本論文は、構造の規定された銅単結晶を用いて、酸素種の吸着サイトとその反応性およびNOの反応性を振動分光法や昇温脱離法等の表面科学的手法を駆使して研究し、低温領域におけるこうした吸着種の新しい挙動を明らかにしたものである。特に、銅上の酸素については、これまで室温以上で研究がなされてきていたが、末吉氏は、さらに低温度領域の研究に発展させ、これまで見つかっていなかった新しい活性酸素種を発見した。本論文は8章からなる。 第1章では、これまでの表面酸素種についてまとめ、さらに銅表面における酸素の挙動について言及している。特に、銅の低指数面にみられる吸着誘起再配列構造についてこれまでの実験や理論の成果をレビューし、本論文に必要な背景や目的を提供している。 第2章では、使用した装置を説明し、電子線損失分光の原理に関して、記述するとともに、高分解能電子線損失分光法(HREELS)の表面科学で果たした役割を述べている。 第3章では、Cu(110)上における100Kでの酸素の吸着挙動とそのCO酸化反応性に関してHREELS及びTDSで研究した成果について述べている。酸素は100Kで解離して吸着し、秩序構造は示さないが、200Kに昇温すると、(2x1)-Oの再配列秩序構造に取り込まれる。これら酸素のCO酸化活性を吸着直後のものと再配列(2x1)構造に取り込まれたものとで比べると、吸着直後のものの方が25倍近く高い活性を示すことを見いだした。また、CO-Oの共吸着系では、COの波数が60cm-1も低波数シフトすることも見いだしている。 第4章では再配列を起こしていないCu(110)を用いて、230K以下の反応温度でCO-O2及びCO-NOの反応を起こさせ、その表面の反応特性を調べている。その結果、反応活性酸素は、第3章でみた吸着直後の酸素種であり、ラングミュア型の吸着で解析したところ、CO-O表面反応の活性化エネルギーは34.8kJ/molであると決定している。活性化エネルギーは元来活性といわれるPt,Pd,Rhに匹敵するほどの低いものであることがわかった。CO+NOの反応では200KでCO2とN2Oの生成が観測されたことを報告している。 第5章ではCu(111)上への酸素の低温吸着をHREELSにより研究し、二つの分子状吸着種を発見している。氏はこれらの分子状酸素を架橋型パーオキソ種とアトップ型パーオキソ種に帰属し、その表面挙動を調べている。 第6章ではCu(100)表面上のおける100Kで生成する酸素種の挙動と反応性を論じている。Cu(100)では、100Kで酸素は解離吸着し、COと反応して、125KでCO2を生成することを見いだしている。さらに高温でこの酸素種を処理すると、c(2x2)構造や構造が生成し、活性が低下する。こうした秩序構造に取り込まれない酸素が活性種であると同定した。さらにこうした吸着直後の酸素は水からの水素引き抜きにも活性を示した。 第7章では環境問題で重要なNOを取り上げている。近年CuはNO除去触媒として注目されているものであり、NOに対する触媒活性の表面科学的なアプローチとして注目される系である。特に、NOとアンモニアの共吸着系を取り上げ、Cu(111)表面では、NOとNH3との間に引力的相互作用が働き、(2x2)構造が形成され高温まで、NOが分子状に存在することを見いだしている。また、(2x2)の実空間モデルをHREELS,TPD,AESの結果を元に導き出し論じている。 第8章では、こうした銅表面での吸着酸素の挙動と反応活性を酸素誘起再配列構造と関連させながら議論し、酸素の活性化や自己被毒といった触媒的に重要な概念を本研究で得られた表面科学的知見をもとに、再構築を試み、本論文全体を通しての結論を導き出している。 以上、本論文は銅というこれまで、不活性金属として扱われてきた表面が低温で酸素を吸着させることでPt,Pdといった高活性触媒と同等の高い活性を示しえることを見いだし、その挙動を分子論的立場から明らかにした点、表面科学、触媒化学両面から非常に価値の高い研究である。さらに、自己被毒や活性化といった触媒化学の基礎概念を原子レベルで刷新し、再提供したことは、触媒作用の本質的理解に対し、多大な貢献をしたものと評価される。また、本論文の研究は本著者が主体となって考え実験を行ったもので、本著者の寄与は極めて大きいと認める。よって、末吉剛氏は博士(理学)の学位を受ける資格があると判定する。 |