学位論文要旨



No 112460
著者(漢字) 高橋,嘉夫
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ヨシオ
標題(和) アクチノイド(III)およびランタノイド(III)のフミン酸錯体の生成ならびに固相吸着に関する研究
標題(洋)
報告番号 112460
報告番号 甲12460
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3240号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 教授 齋藤,太郎
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 野崎,義行
 東京大学 教授 西原,寛
内容要旨 はじめに

 アクチノイド元素の環境中での挙動の解明は、放射性廃棄物の地層処分の観点からも急務の課題である。一方、フミン酸などの腐植物質との錯生成や粘土鉱物・シリカなどの固相・コロイド相への吸着は、金属イオンの環境挙動を支配しているが、未解明な点が多い。本研究ではアクチノイド(III)およびそれと類似の挙動を示すランタノイド(III)を主な対象金属イオンとし、これらの元素の環境中での挙動を知る目的で、特にフミン酸との錯生成や固相への吸着に関する研究を行った。アクチノイド(III)、ランタノイド(III)の挙動を他の元素と比較しより特徴づけるため、マルチトレーサー法(多種のRIトレーサーを同時適用する手法)を用いた研究も行った。Eu(III)の状態分析法としてレーザー誘起蛍光法を利用し、Eu(III)の溶存錯体や固液界面への吸着種のキャラクタリゼーションを行った。以下に章をおって全体の内容を簡単に示した。

 序章では本研究の目的を述べ、研究対象(アクチノイド、フミン酸、固相)および用いた手法(マルチトレーサー法、レーザー誘起蛍光法)に関する概説を行った。

 1章では本研究で用いたフミン酸を他のフミン酸の試料と比較し、そのキャラクタリゼーションを試みた。またそれに伴い本研究で用いた実験方法(フミン酸錯体の生成定数の測定法、pH滴定法など)を記述した。

 2〜4章ではフミン酸錯体の生成に関し様々な観点から行った溶液化学的研究の結果について述べ、その結果フミン酸とアクチノイド(III)・ランタノイド(III)との相互作用について分かったことを示した。

 2章ではマルチトレーサー法を用いた種々の金属イオンのフミン酸錯体の生成定数の同時測定の結果を述べた。フミン酸は天然高分子有機酸の混合物であり、かつ高分子電解質であるため、その錯体の生成定数は研究者の扱う錯生成モデルや測定法により違いがある。そのため本研究では、多種の金属イオンのフミン酸錯体の生成定数の同時測定を目的とし、これをランタノイド(III)を含む19元素(Be、Ca、Sc、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Ga、Sr、Y、Ba、Ce、Eu、Gd、Tm、Yb、Lu)についてマルチトレーサー法を用いて測定した。金属元素のフミン酸錯体の生成定数を3.5<pH<5.5の範囲で求めた。その一部を図1に示した。フミン酸錯体の生成定数は、フミン酸の持つ静電場が解離度と共に増大する為、pHに対しみかけ上増大する。これをSimple electrostatic modelにより解釈し、フミン酸の持つ配位子の真の(intrinsic)生成定数を個々の金属イオンについて得た。この真の生成定数はそれぞれの金属イオンのシュウ酸錯体の生成定数とよく一致し、このような2座のカルボキシル基がフミン酸の結合サイトであることが示唆された。また得られた生成定数から、各元素の環境挙動に及ぼすフミン酸の影響を相対的に比較すると、希土類元素に対し特にその影響が大きいことが推定され、このことはアクチノイド(III)でも同様とみられる。

図1 いくつかの金属元素Mのフミンン酸錯体の生成定数MのpH依存性

 3章ではEu(III)、Am(III)のフミン酸錯体の生成に及ぼす環境中に多量に存在するMg(II)やCa(II)などの多価陽イオン(例えば、海水中では10mM以上)の影響を考察した。フミン酸錯体の大きな安定度にはフミン酸分子の静電場が関与すると考えられ、Mg(II)やCa(II)はフミン酸と錯生成してその静電場を遮へいするため、フミン酸錯体の生成定数は見かけ上、Mg・Ca塩の増大と共に大きく減少した。Mg(II)、Ca(II)の影響を考慮した場合、環境中でのEu(III)、Am(III)の溶存状態として、陸水中ではフミン酸錯体の生成が支配的であるが、Mg・Ca塩が高濃度である海水中では炭酸錯体の生成がフミン酸錯体の生成よりも重要であることが推定された。

 4章では、マルチトレーサーを用いた平衡透析法による金属イオンのフミン酸錯体、ポリカルボン酸{ポリアクリル酸:PAA、ポリマレイン酸:PMA、ポリメタクリル酸:PMAA、ポリ(-ヒドロキシ)アクリル酸:PHAA}錯体及び低分子量カルボン酸錯体の安定度の直接比較を行った。その結果、希土類元素のポリカルボン酸錯体は低分子量カルボン酸錯体に対し特に安定であり、希土類元素のフミン酸錯体の大きな安定度はフミン酸の高分子電解質性によると考えられる。一方、フミン酸錯体とポリカルボン酸錯体を比較すると、Co、Znに対しフミン酸は親和性を示し、ポリカルボン酸にはない特定の結合サイトを持つこと(官能基の多様性)を示している。陰イオン種をとるSeに対してもフミン酸は親和性を示した。

 5〜6章では、Eu(III)の状態分析法としてレーザー誘起蛍光法を利用し、Eu(III)の溶存錯体や固液界面への吸着種のキャラクタリゼーションを行った。

 5章ではフミン酸のアナログである4章と同様のポリカルボン酸を配位子とするEu(III)の錯体を対象とした。図2に(Eu(III)の残存水和数)のpH、CS依存性を示す。pH=3付近ではアコ錯体(=9)の値から急激に減少し錯体の生成を示した。PMAA系ではがpH=6付近で極大を持ち、これはPMAAのコンフォメーションがこのpHでコイル状から直鎖状に急激に変化することに対応する。CSの増大と共には減少したが、これは添加Na+イオンがカルボキシル基間の静電反発力を遮へいし、高分子がより凝集したコンフォメーションをとるためと考えられる。これらから、Eu(III)はポリカルボン酸に包み込まれるように錯生成すると推定される。このような錯生成(多くの水和水の脱離を伴う)における大きなエントロピー変化がこのEu(III)と高分子電解質との錯体の安定度を増大させるとみられる。

 6章ではEu(III)の固相への吸着種を対象とした。金属イオンの固相への吸着は環境化学的に大変重要であるが、その固液界面での存在状態は応用可能な分析法が限られ未解明な点が多い。ここではレーザー誘起蛍光法をイオン交換樹脂、モンモリロナイト、アエロシル(球状シリカ)に吸着されたEu(III)に適用した。強酸性および弱酸性イオン交換樹脂中でははそれぞれ7.5、4程度(pH<7)となり、それぞれ水和イオン及び裸のイオンが樹脂と相互作用すると考えられる。モンモリロナイト系ではpH<6で=9前後となり、pHが低い場合にEu(III)は水和イオンとして吸着されるとみられた。pH>7では<4となり、Eu(III)は錯イオン・錯体として吸着されると推定された。またpH>9では異なる寿命を持つ蛍光が観測され、これらは沈殿成分と吸着成分であることが分かった。Eu(III)-モンモリロナイト系にポリアクリル酸を添加した場合、4<pH<7.5の領域では、吸着したEu(III)の化学状態はポリアクリル酸錯体であることが示された。アエロシル系では、吸着されたEu(III)のは著しく小さな値を示し、pH>9では水和数は平均1個以下であることが分かり、または時間と共に減少する傾向を示した。この系ではEu(III)はアエロシルのバルク中に徐々に取り込まれていくと推定された。

図2ポリカルボン酸錯体中のEu(III)の水和数()のpH(a)及びCS(b)依存性

 7〜8章ではフミン酸錯体の生成と固相への吸着の競争過程を調べるため、金属イオンの固相への吸着に及ぼすフミン酸錯体の生成の影響を考察する。この系は、実験室系で再現した実験としては非常に実環境に近い系であるといえる。

 7章では様々な条件を変えてEu(III)・Am(III)について行った実験の結果を、8章ではこれをふまえマルチトレーサー法をこの系に応用し、他の28元素(Be、Sc、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Ga、As、Se、Rb、Sr、Y、Zr、Tc、Rh、Ag、Ba、Ce、Eu、Gd、Tm、Yb、Lu、Hf、Re、Ir、Pt)の結果との比較検討を行いアクチノイド(III)、ランタノイド(III)元素の特徴付けを行った。その結果をまとめて以下に示す。溶液中のフミン酸とGd、Fe、Gaの割合をpHに対して示した(図3)。解離度の小さい低pH領域では、沈殿生成や固相への吸着のため、フミン酸自体も溶液中から除かれた。液相中の割合のpH依存性がフミン酸の場合と一致する元素は、フミン酸錯体の生成が各元素の固液平衡を支配すると考えられる。この分配挙動から、得られた結果を次の4つのグループに分けることができた。グループ(1)(Am、希土類、Ag)の元素ではフミン酸錯体の生成が吸着挙動を支配している。グループ(2)(アルカリ土類金属、Mn2+、Co2+、Zn2+、Cr3+、Fe3+、VO2+)の元素ではフミン酸との錯生成と固相への吸着・無機錯体(加水分解種、炭酸錯体)の生成が競争的であった。(3)(Ga、Zr、Hf、白金族元素)の元素では固相への吸着や無機錯体の生成が分配挙動を支配することが示された。Ga、Zr、Hfは加水分解が支配的であった。グループ(4)(As、Se、Rb、Tc、Re)の元素は、吸着や錯生成の影響がみられなかった。

図3カオリナイトを含む固液系でのGd,Fe,Ca(○,▲)及びフミン酸(実線)の液相中の割合(固液比20mg/5ml;○:フミン酸添加(初期濃度30mg/l).▲:フミン酸無添加)

 9章では全体のまとめを試みた。

 また環境化学的に次に重要なテーマと考えられる生物相による環境中での金属イオンの挙動に与える影響を考察した研究として、植物の無機元素の取り込みに及ぼす腐植物質の影響を調べた。この研究はまだ完結していないが、この予備的な結果について末尾のAppendixに示した。

 これらの研究から、フミン酸のような腐植物質との錯生成が、特にアクチノイド(III)およびランタノイド(III)の環境挙動に大きな影響を与えることが明らかになった。またフミン酸錯体の生成及び粘土鉱物などへの吸着のメカニズムに関する基礎的な情報が得られた。

審査要旨

 序章では本研究の目的、研究対象、手法について概説されている。

 第1章では、フミン酸のキャラクタリゼーションを試み、フミン酸錯体の生成定数の測定法、pH滴定法など実験方法が記述されている。

 第2〜4章ではフミン酸錯体の生成に関する溶液化学的研究を行い、フミン酸とアクチノイド(III)・ランタノイド(III)との相互作用について調べた。

 第2章ではマルチトレーサー法を用い、種々の金属イオン(ランタノイド(III)を含む19元素:Be、Ca、Sc、V、Cr、Mn、Fe、Co、Zn、Ga、Sr、Y、Ba、Ce、Eu、Gd、Tm、Yb、Lu)のフミン酸錯体の生成定数を同時測定し、フミン酸の持つ配位子の真の生成定数を個々の金属イオンについて得た。二座のカルボキシル基がフミン酸の結合サイトであること、フミン酸は特に希土類元素およびアクチノイド(III)の環境挙動に及ぼす影響の大きいことを推定した。

 第3章ではEu(III)とAm(III)のフミン酸錯体の生成に及ぼす環境中に多量に存在するMg(II)とCa(II)の影響を検討した結果、Eu(III)、Am(III)の溶存状態として、陸水中ではフミン酸錯体の生成が支配的であるが、海水中では炭酸錯体の生成が重要であることを推定した。

 第4章では、マルチトレーサーを用いた平衡透析法による金属イオンのフミン酸錯体、ポリカルボン酸錯体及び低分子量カルボン酸錯体の安定度の直接比較を行った結果、希土類元素の低分子量カルボン酸錯体は特に安定であり、希土類元素フミン酸錯体の大きな安定度はフミン酸の高分子電解質性によると考えた。さらにフミン酸はポリカルボン酸にはない特定の結合サイトを持つ官能基の多様性が明らかになった。

 第5〜6章では、Eu(III)の状態分析法としてレーザー誘起蛍光法を利用し、Eu(III)の溶存錯体や固液界面への吸着種のキャラクタリゼーションを行った。

 第5章ではポリカルボン酸を配位子とするEu(III)の錯体を対象とした。Eu(III)の残存水和数のpH、Cs依存性から、錯体の生成やコンフォメーションの変化を明らかにした。このような水の脱離を伴う錯生成におけるエントロピー変化がこのEu(III)と高分子電解質との錯体の安定度を増大させるとみられる。

 第6章では環境化学的に重要である金属イオンの固相への吸着を、レーザー誘起蛍光法により、イオン交換樹脂、モンモリロナイト等に吸着されたEu(III)について調べた。イオン交換樹脂中では、水和イオン及び裸のイオンが樹脂と相互作用すると考えられ、モンモリロナイト系では、pHにより水和イオンとして、あるいは錯イオン・錯体として吸着し、あるいは沈殿成分と共存すること等を明らかにした。

 第7〜8章では金属イオンの固相への吸着に及ぼすフミン酸錯体生成の影響を調べた。

 第7章では条件を変えてEu(III)・Am(III)について行った実験を、第8章ではこれをふまえマルチトレーサー法をこの系に応用し、他の28元素との比較検討を行い、アクチノイド(III)とランタノイド(III)元素の特徴を調べた。液相中の割合のpH依存性がフミン酸の場合と一致する元素では、フミン酸錯体の生成が各元素の固液平衡を支配すると考えられた。

 第9章では全体をまとめた。フミン酸のような腐植物質との錯生成が、特にアクチノイド(III)およびランタノイド(III)の環境挙動に大きな影響を与えることが明らかになった。またフミン酸錯体の生成および粘土鉱物などへの吸着のメカニズムに関する基礎的な情報が得られた。

 なお、第2章、第4章、第8章におけるマルチトレーサー法の適用における金属箔の重イオン照射は理化学研究所研究員が、第7章における241Amトレーサーの製造・調整は日本原子力研究所目黒義弘研究員がそれぞれ行ったが、それ以外のマルチトレーサーの化学分離およびテーマの設定・実験計画・実験・解析は論文提出者が行った。

 第5章、第6章でレーザー誘起蛍光法を行った測定系機器の構成・構築は日本原子力研究所木村貴海研究員、加藤義春研究員によるが、テーマの設定・実験・解析は論文提出者が行い、特に第6章での固液系に本法を適用した例は無く、本法の新しい応用例として意義深い。

 以上、論文提出者の寄与は十分であり、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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