学位論文要旨



No 112463
著者(漢字) 豊田,栄
著者(英字)
著者(カナ) トヨダ,サカエ
標題(和) 大気中ハロカーボン濃度自動測定法に関する研究
標題(洋)
報告番号 112463
報告番号 甲12463
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3243号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 助教授 松尾,基之
内容要旨

 成層圏オゾン層破壊や地球温暖化をもたらす特定フロン(クロロフルオロカーボン、CFC)などのハロカーボン類は、1987年のモントリオール議定書およびその後の締約国会議における改定に基づいて生産・消費が国際的に規制され、1995年末までにCFCとハロンおよび一部の塩素化炭化水素(CH3CCl3およびCCl4)は全廃された。しかし大気中寿命の長いハロカーボン類は全廃後も長期間にわたって大気中に存在し続けること、発展途上国における使用は21世紀まで続くことなどから、今後もこれらの大気中濃度の経年変化を詳しく追跡する必要がある。また、寿命の短いハロカーボン類については放出量の変化に追従した濃度変化が予想され、これら化合物の挙動や大気の運動についての知見を得るためにも、継続的な精度・確度の高い濃度測定が不可欠である。

 本研究では放出量が急激に減少しているCFCおよび一部の塩素化炭化水素の最近の経年変動や高度分布を明らかにするとともに、自動測定法を開発して経時変化を調べ、これらの放出や大気中の分布、変動、ならびに挙動についての知見を得た。

 対流圏大気試料は北海道と南極昭和基地において1年に数回、2〜12Lの超清浄な全金属製容器にグラブサンプリング法で採取した。これから真空ラインを用いて圧力差によりガスクロマトグラフへ約15mlSTP導入し、ドライアイスを用いて分離カラムを昇温することにより大気中の主要な7種のハロカーボン類、すなわちCFC-11(CCl3F)、CFC-12(CCl2F2)、CFC-113(CCl2FCClF2)、CH3CCl3、CCl4、CHCl=CCl2、およびCCl2=CCl2を分離し、電子捕獲型検出器(ECD)で検出した。

 これまで北半球中緯度(北海道)および南半球(昭和基地)におけるCFC-11、CFC-12、CFC-113、およびCH3CCl3の大気中平均濃度は年増加率3〜10%で増加していたが、1990年以降北半球ではこれらの増加率の低下や濃度の減少がみられていた。本研究では南半球においても1993年からCFCは従来の年増加率4〜10%が1〜2%に低下し、大気中寿命が約5年と短いCH3CCl3については年3%で増加していた濃度が減少に転じたことを明らかにした。放出量の削減後も南半球での大気中濃度が2〜3年の遅れで北半球に追随して経年変化していることから、これらの放出が北半球に集中してきたこと、北半球中高緯度と南極との間の大気の混合には2〜3年を要することを確認し、濃度変化から求められる放出量と、生産量の統計値から見積もられている放出量とを比較した。

 成層圏大気試料は宇宙科学研究所三陸大気球観測所から放球された大気球によりクライオサンプリング法で採取した。1994年8月および1995年6月の地表から高度35kmまでのハロカーボン類の高度分布を求めた。これらの化合物は成層圏内では紫外光により分解されるため、高度とともに混合比は著しく減少したが、1994年は各成分がより高い高度にまで分布し、特に30km以上の各高度における混合比は1995年の数倍となった。1995年の結果は以前に得られた結果とほぼ一致すること、対流圏におけるこれらの濃度の年変化率は数%に過ぎないことから、このような分布は成層圏大気中濃度の経年変化に基づくものではなく、成層圏内における大気の運動の相違によってもたらされたものと考えられた。

 大気中寿命の短いハロカーボン類の挙動を明らかにするためには、大気中濃度の経時変化を長期間にわたってモニターするのが有効であり、自動連続測定が適している。しかしこれまでのハロカーボン濃度測定法は、広い温度範囲での分離、試料量が多い場合の水分の除去、低温濃縮などを行うために寒剤を用いる必要があり、妨害成分を除くための複雑な操作も不可欠であるため自動化には適していない。本研究では、自動化の障害となる寒剤を用いず、切り替えバルブを効果的に使用して、モニタリングステーション等での自動測定に適した分析法の開発を試みた。さらに、試料に含まれる水分をカラムで分離することによって、汚染や吸着の原因となる乾燥剤や透過膜式ドライヤー等の使用を避けた。

 製作した測定装置はエアアクチュエーター付マルチポート切り替えバルブ、全金属製真空ライン、ガスクロマトグラフなどから成り(図1)、これらの制御およびデータの取り込みはパーソナルコンピューターで行った。分析系を並列する2つのチャンネルAおよびBで構成し、チャンネルAを低沸点成分の測定に、チャンネルBを高沸点成分の測定に用いた。まず真空ラインを用いて、圧力差により各々のサンプルループに外気または容器に入った大気試料ないし標準試料を導入し、プレカラムで室温付近の温度からの昇温によって水分などの妨害成分の除去を含む予備的な分離を行う。次に分離カラムでさらに各成分を分離してECDで定量する。なお、バックフラッシュバルブや検出器バイパスバルブ(図1のBFVおよびDETV)を適宜切り替えることにより、プレカラムに残った妨害成分や、プレカラムで除けない酸素などを捨てることができる。チャンネルAの下流にはキャリヤーガスに酸素を添加することにより高感度化したECD(図1のECD-A2)を接続し、分子内塩素原子数が少ないため通常のECDでは検出が困難な代替フロンHCFC-22(CHClF2)を測定した。

 カラムの種類および組み合わせ、2台のGC恒温層による4本のカラムの温度制御、キャリヤーガス流量、バルブ切り替えのタイミングなどの分離条件や、試料量および検出器感度などを詳細に検討した。得られた最適条件では、チャンネルAのECD-AlではCFC-11、CFC-12、およびCFC-113を、チャンネルBではCH3CCl3、CCl4、CHCl=CCl2、およびCCl2=CCl2を、チャンネルAのECD-A2ではHCFC-22を、それぞれ90分間隔で測定することが可能になった。この条件ではHCFC-22については都市における濃度レベルに達していないと測定が困難であったが、他の成分ではバックグラウンドレベルの濃度測定も可能である。同一試料を繰り返し測定したときの測定精度はHCFC-22、CHCl=CCl2 CCl2=CCl2では最大10%であったが、他の5成分では1〜3%で、従来の測定法に匹敵する。また、本法では他に報告されている自動測定法とは異なり、容器に採取された大気圧以下の減圧の試料の測定も可能である。

図1.大気中ハロカーボン濃度自動測定装置の概略

 実験室外から大気を導入して連続測定を行ったところ、CCl4では化学教室での使用による影響が見られたが、他の成分では上野公園で採取された試料中の濃度とおおむね一致し、東京における濃度を代表していると考えられた。寿命の長いCFCの大気中濃度は以前に比べてバックグラウンドレベルに近づき、小さな経時変動を示した。このことから、生産の全廃によって都市部における放出がかなり減少していることが明らかになった。一方短寿命のCH3CCl3やCHCl=CCl2、CCl2=CCl2はバックグラウンドレベルの数倍から数十倍の高濃度で激しく変動し、都市部における放出が依然として大きいことを示した。また、HCFC-22はバックグラウンドレベルの5倍以上の濃度でしばしば大きな変動を示し、その平均濃度はCCl4を除く全成分の中で最大であった。このことは、CFCの代替品として主に冷媒として用いられるHCFC-22の都市部での使用が急増し、人間活動に伴って大気中に多量に放出されていることを示している。さらに化合物間の濃度の相関、大気中濃度の経時変化と気象条件との関係、東京における平均濃度とバックグラウンド濃度の差と国内の生産統計値との関係を調べ、都市部におけるこれらの化合物の挙動について種々の知見を得た。

 本法は遠隔地の無人モニタリングステーションでの自動測定も可能であり、これらハロカーボンの大気中バックグラウンド濃度の経時変化の監視と挙動の解明に有用であることが確認された。

審査要旨

 本論文は6章からなり、第1章の序論では、本研究のバックグラウンドとなるハロカーボン類による成層圏オゾン層破壊や、フロンの性質、国際的なハロカーボンの生産・消費規制、世界におけるハロカーボン類の大気中濃度測定の現状等について述べられている。

 第2章では、従来より所属の研究室で行われてきた手動の装置による大気中の主要ハロカーボン類濃度の高精度測定法と、地表および成層圏までの大気試料採取法について記述している。

 第3章では、同装置を用いて、論文提出者が1992年から1996年まで分析を行った北半球中緯度試料(北海道)、南半球高緯度試料(南極昭和基地)、成層圏大気試料(三陸大気球観測所)の測定結果を記し、その結果得られたこれらハロカーボン類の大気中濃度の分布と変動、データ解析により求めた人間活動によるハロカーボン類の放出量の見積りなどを示している。さらに他の測定例や工業生産使用量の統計値などと比較・検討し、最近の大気中濃度の状況と実際の放出量の推定値の違い等を明らかにしている。また大気の運動・循環等についても知見を得ている。

 第4章は、本論文の主要をなすものであり、継続的な精度の高い大気中濃度自動測定法の開発と、自作した実際の装置の概略と、分析操作最適条件の探索等について述べられている。従来報告されているハロカーボン濃度測定法は、広い温度範囲での分離操作、水分の除去、低温濃縮などのために寒剤を用いており、妨害成分を除くための複雑な操作もあり、自動化には適していないことから、論文提出者は、自動化の障害となる寒剤を用いず、切替バルブを効果的に使用して、モニタリングステーション等での自動測定にも適した分析法の開発を試みた。さらに、試料に含まれる水分をカラムで分離することによって、汚染や吸着の原因となる乾燥剤や透過膜式ドライヤー等の使用を避けた。

 自作した測定装置は自動マルチポート切替バルブシステム、全金属製真空ライン、ガスクロマトグラフなどから構成され、これらの制御およびデータの取込はパーソナルコンピューターで行っている。分析系は並列する2つのチャンネルで構成し、それぞれ低沸点成分および高沸点成分の測定に用いている。真空ラインを用いて圧力差により外気または容器中大気試料ないし標準試料を導入し、プレカラムで室温付近の温度からの昇温によって水分などの妨害成分の除去を含む予備的な分離を行い、分離カラムでさらに各成分を分離して、ECDで定量している。

 一方のチャンネルの下流にはキャリヤーガスに酸素を添加することにより高感度化したECDを接続し、分子内塩素原子数が少ないため通常のECDでは検出が困難な代替フロンHCFC-22(CHClF2)を測定している。

 本法は、他の報告例と異なり、容器にグラブサンプリングで採取された大気圧以下の試料の測定も可能である特徴がある。

 第5章では、実際に室外から大気を導入して都市大気中のハロカーボン類濃度変動を長期間にわたり連続測定した結果と、多種の成分の濃度変動と、それら物質間と気象条件等との相関から、その発生源と発生量について解析している。

 本法は遠隔地の無人モニタリングステーションにおける自動測定も可能であり、これらハロカーボンの大気中バックグラウンド濃度の経時変化の監視と挙動の解明に有用であることが確認された。

 第6章では全体のまとめを行っている。

 なお、第2章で述べられている手動の分析装置は以前に同研究室先輩により製作されたものであり、第3章で述べられている両半球バックグラウンド大気の採取は論文提出者を含めた研究室メンバーおよび日本南極観測隊員によるものであり、経年変動の測定における1991年以前のデータも先輩によるものである。しかし、1992年以降の装置の維持、改善は論文提出者によるものであり、この間の大気中濃度増加傾向の変化の詳細な変動の検出は同人の緻密な測定結果によるものである。第2章と第3章に述べられている成層圏大気試料採取は、宇宙科学研究所で開発された液体ヘリウムクライオジェニックサンプラーを用いて同研究所および東北大学理学部との共同研究で得られたものであるが、試料の分析と解析は論文提出者による。

 また、本論文の主要をなす第4章の自動分析装置の開発と製作、および第5章の測定と解析は、すべて論文提出者によるものである。これらのことから、本論文における論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54565