学位論文要旨



No 112464
著者(漢字) 西川,洋行
著者(英字)
著者(カナ) ニシカワ,ヒロユキ
標題(和) 界面相互作用の弱い系におけるエピタキシャル成長に関する研究
標題(洋)
報告番号 112464
報告番号 甲12464
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3244号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小間,篤
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 斎藤,太郎
 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 助教授 古川,行夫
内容要旨 【はじめに】

 固体表面上に固体物質を成長させる時、それが結晶か非晶質かを問わず、両物質の境界すなわち「界面」が、成長の過程および成長した薄膜に重要な影響を及ぼしている。多くの場合、固体表面には結合手が残っており、成長する物質と何らかの形で結合する。そのため、格子整合性は結晶性を決める大きな要因となっている。しかし、表面、界面に結合手のない物質系においては、何が成長様式を決めているのか、大変興味深いところである。

 本研究では以上の観点より、表面、界面に結合手のない物質系を対象とし、

 i)薄膜成長の下地となる基板表面の形状、状態。

 ii)表面状態の異なる種々の基板上での成長過程の違い、基板表面が与える効果。

 iii)成長温度による成長膜の形状、組成の変化と、基板表面との関連

 といった要素を考慮して、薄膜成長過程を中心に研究を行った。

【実験方法】

 成長物質には、遷移金属ダイカルコゲナイド(TX2)に属するTiS2及びTiSe2を選んだ。これらは層状の構造を持ち、(0001)面には結合手がない。またTiが比較的低温で昇華し、制御性の良い分子線が得られる点で、成長過程を調べるモデル物質として適している。基板には、同種の層状物質であるMoS2,TaSe2、表面終端して結合手をなくしたGaAs(111)B、そして、ホモエピタキシャル成長用に作製したTiS2,TiSe2を用いている。薄膜の作成はすべて超高真空中で行い、成長中及び成長後の薄膜は、RHEEDを用いてその場観察している。基板表面や作成した膜の構成元素はAESにより測定し、基板及び成長膜の表面形状はAFMを用いて観察した。

【成長基板の表面状態】

 薄膜成長においては、成長物質固有の性質が重要なのはもちろんだが、基板-成長膜間の相互作用の弱い系では、基板表面の形状、欠陥等の状態が結晶成長において重要になる。

図1.基板表面のAFM像(1.0m×1.0m)

 図1a)は、MoS2(0001)面の平坦な表面である。他のTX2(0001)面も、比較的平坦性に優れている。こうした表面上では、原子の表面拡散距離が大きくなると予想される。この表面拡散距離は成長膜のドメインサイズを左右するものと考えられる。一方、三次元構造を持つGaAsも、表面の結合手を終端することで、層状物質の成長基板として応用することが可能である。しかし、表面の平坦性の点ではあまり優れてはいない。図1b)はセレン終端したGaAs(111)B(Se-GaAs(111)B)面であるが、三角錐状のetch pitが存在し、MoS2等に比べて平坦性はよくない。硫黄終端表面(S-GaAs(111)B)ではさらに起伏が激しい。また、これらの表面は熱安定性の点でもMoS2(0001)面に劣っている。図2はこのGaAs終端面の熱安定性をAESを用いて調べて結果で、高温になると、表面のS,Seが脱離し平坦性が失われている。こうした昇温による平坦性の消失は、高温での成長膜の形状にも影響を及ぼしている。

図2.GaAs終端表面のオージェ電子スペクトル
【TiX2(X=S,Se)の成長様式】<基板表面状態と薄膜成長>

 まず、カルコゲンの差異による成長膜の形状の相違を調べるために、TiS2とTiSe2を平坦性に優れたMoS2(0001)面上で成長させた。図3a)はTiS2、b)はTiSe2で、ドメインサイズや核密度に若干の差がみられる。TiS2の方が成長核の密度が高く、二層目以降の成長が早く始まっている。しかし、S分子線を活性化すると、より多層成長に近づくことから、この差は分子線の反応性に由来するものと考えられる。一層目のドメインサイズは100nm以上あり、二層目でも100nm近い大きさの結晶が成長している。一方、表面終端GaAs(111)B上に成長させた場合は成長膜の形状が異なる。図3c)はSe-GaAs(111)B面上に成長させたTiSe2で、ドメインサイズは20nm程度とかなり小さくなり、成長核密度は逆に大きくなっている。それぞれのドメインは多層成長しており、この基板上では島状成長が起こっている。この両基板上の成長膜の形状の相違は、基板表面の平坦性の差に由来すると考えられる。つまり、表面上の多数のetch pitや欠陥が結晶成長時のヘテロ成長核となって多核成長が起こり、また、それらの表面欠陥によって表面拡散が妨げられるため、ドメインサイズが制限される。そして、多数の成長核から小さな島状結晶が成長していると考えている。なお、これらの成長膜は、RHEED観察を行い、シングルドメインのエピタキシャル膜であることを確認している。

図3 成長膜のAFM像(400nm×400nm)
<格子整合条件>

 本研究で扱う成長界面での相互作用が弱い系では、格子整合性の重要度は小さくなると思われるが、相対的にどの程度なのかは不明である。そこで、格子整合の効果を見るために、ホモエピタキシャル膜を作成し、MoS2、TaSe2上のヘテロエピタキシャル膜との比較を行った。図3d)は、TiSe2単結晶劈開面上に成長させたTiSe2膜で、層状に成長しているものの、多数の小さな島が見られ、必ずしもヘテロ成長膜より大きなドメインになっていない。しかし、TiSe2基板表面には、MoS2よりもステップや欠陥が多く存在するために、これが成長核密度を増加させドメインサイズを制限している原因となっているとも考えられる。また、TaSe2上の成長膜は、MoS2上の膜とほとんど差がなく、格子不整合の大きさによる影響もみられない。従って、これらの成長膜から判断する限り、格子整合性の有無による相違は確認できず、この系では格子整合による影響はかなり小さいものと考えられる。

【成長温度と成長膜の形状、組成】

 一般的に、薄膜の最適な成長温度は成長物質固有のものと考えられるが、表面状態の効果が相対的に大きくなると、基板の表面状態の温度変化も無視出来なくなり、基板側の最適温度も考慮する必要がある。また、TX2は不定比化合物をつくりやすく、ストイキオメトリーからはずれた膜が成長している可能性も考えられる。

図4 TiSe2/MoS2(0001)(400nm×400nm)

 図4は、成長温度を変えて作製したTiSe2膜で、低温では島状で不定形に近かったものが、高温では層状成長に変化し、形状も晶系を反映したものになっている。ところで、TiSe2はCDW転移を起こす物質であり、その転移の有無は組成に非常に敏感である。そこで、この転移を利用して、成長膜のストイキオメトリーを分析した。CDW転移によって抵抗値が増大することから、図5に示す比抵抗のグラフでの抵抗の増大の有無より、TiSe2の最適成長温度は400℃であると判断される。また、比抵抗の極大値から判断すると、この成長膜の組成のズレは、1%以内である。次に、図6に各温度での成長膜のAES測定の結果を示す。微分ピーク強度の比(Se/Ti)から組成を調べると、低温側の成長膜は、Tirichになっている。しかし、高温側では、MoS2上の膜が400℃成長の膜と差がないのに対し、Se-GaAs上の膜ではTi richになっている。この違いは、基板表面の熱安定性の差に起因すると考えられる。高温側ではSe-GaAs(111)B面の荒れが進行してヘテロ成長核が増加しる。成長温度が高いほど、Seの基板上での滞在時間が短くなるため、逆に反応は起こりにくくなり、Tiのヘテロ核への凝集が速いと、反応が十分に進まない。そのため、ヘテロ核となる表面欠陥の密度の違いによって、成長膜の組成に違いが生じていると考えている。表面の荒れの程度がさらに大きいS-GaAs基板上では、こうした傾向はさらに大きくなっていると思われる。

図5 TiSe2/Se-GaAs(111)Bの電気抵抗図6 TiSe2のオージェ電子スペクトル
【界面相互作用の弱い系での薄膜成長】

 界面で、化学結合などの強い相互作用がない場合、基板表面の平坦性が、成長膜のドメインサイズや成長様式を決める最も大きな要素である。表面欠陥密度が低い基板上では層状成長が起こり、逆に密度が高いと、多層成長から島状成長に近づく。また、結晶性の良い薄膜の成長温度領域は、成長物質固有の温度と基板表面の温度変化によって決まっている。温度による変化も、基板表面の形状変化がもたらす薄膜の成長様式の変化に起因している。

審査要旨

 本論文は7章からなり、第1章では本研究の背景について、第2章では本研究に関連する基礎的事項について、第3章では本研究で対象とした物質系並びに実験手法について、第4章では成長基板について、第5章では各種基板上へのエピタキシャル膜成長について、第6章では成長条件と成長膜について、第7章では本研究のまとめについて述べられている。

 第4章では,本論文で用いた種々のファンデルワールス基板について詳しく述べている。薄膜成長においては、成長物質固有の性質が重要なのはもちろんだが、基板・成長膜間の相互作用の弱い系では、基板表面の形状、欠陥等の状態が結晶成長において重要になる。原子間力顕微鏡(AFM)観察から、層状物質であるMoS2劈開面はもっとも平坦な表面を持つ基板であることが判明した。他の遷移金属ダイカルコゲナイドの劈開面も、比較的平坦性に優れている。こうした表面上では、原子の表面拡散距離が大きくなると予想される。一方、三次元構造を持つGaAsも、表面の結合手を終端することで、層状物質の成長基板としてよく用いられている。しかしAFM観察によれば、セレン終端したGaAs(Se-GaAs(111)B)面には、三角錐状のエッチピットが存在し、MoS2等に比べて平坦性は劣る。硫黄終端表面ではさらに起伏が激しい。また、これらの表面は熱安定性の点でもMoS2劈開面に劣っており、オージェ電子分光により調べた結果では、550℃より高温になると、表面のS,Seが脱離して、平坦性も失われる。こうした昇温による平坦性の消失は、高温での成長に大きな影響を及ぼすと予想された。

 第5章では、成長物質としてTiX2(X=S,Se)を選び、上述の各種ファンデルワールス基板上での成長様式を系統的に解明した結果を述べている。まず、カルコゲンの差異による成長膜の形状の相違を調べるために、TiS2とTiSe2を平坦性に優れたMoS2劈開面上で成長させた。ドメインサイズを比べたところTiS2の方が成長核の密度が高く、二層目以降の成長が早く始まっている。しかし、S分子線を活性化すると、より多層成長に近づくことから、この差はむしろ分子線の反応性に由来するものと考えられた。一方、表面終端GaAs(111)B面上に成長させた場合は成長膜の形状が大きく異なり、ドメインサイズは20nm程度とかなり小さくなって、成長核密度は逆に大きくなった。この相違は、主としてSe-GaAs(111)B面表面上に存在する多数のエッチピット等の表面欠陥によって、表面拡散が妨げられるため、ドメインサイズが制限されて、多数の成長核から小ざな島状結晶が成長しているためと考えられた。

 本研究で明らかとなった大きな知見は、通常ヘテロエピタキシャル成長をさせる上で最大の要因と考えらている格子整合性の重要度が、界面での相互作用が弱い系では、小さいことが明らかとなった点である。格子整合の効果を明らかにするために、TiSe2単結晶劈開面上にTiSe2膜をホモエピタキシャル成長させ、MoS2、TaSe2基板上のヘテロエピタキシャル膜との比較を行った。その結果、ホモエピタキシャル成長した膜は、層状に成長しているものの、多数の小さな島が見られ、必ずしもヘテロ成長膜より大きなドメインになっていないことが明らかになった。格子整合性よりは、むしろ基板の平坦性の方が重要な要因であることが結論された。

 以上述べたように,本研究によって,界面相互作用の弱い系におけるエピタキシャル成長を決める要因が明らかとなり、格子不整合性の大きな系におけるエピタキシャル成長法として有用なファンデルワールスエピタキシーの成長過程を決める要因が解明された。したがって,本論文の提出者である西川洋行は,東京大学博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める。

 なお、本論文の第4章は、斉木幸一朗氏、小間篤氏との共同研究であり、また第6章は、島田敏宏氏、小間篤氏との共同研究であるが、論文提出者が中心になって、装置の作製、エピタキシャル膜の成長、成長膜の評価並びに解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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