本論文は7章からなり、第1章では本研究の背景について、第2章では本研究に関連する基礎的事項について、第3章では本研究で対象とした物質系並びに実験手法について、第4章では成長基板について、第5章では各種基板上へのエピタキシャル膜成長について、第6章では成長条件と成長膜について、第7章では本研究のまとめについて述べられている。 第4章では,本論文で用いた種々のファンデルワールス基板について詳しく述べている。薄膜成長においては、成長物質固有の性質が重要なのはもちろんだが、基板・成長膜間の相互作用の弱い系では、基板表面の形状、欠陥等の状態が結晶成長において重要になる。原子間力顕微鏡(AFM)観察から、層状物質であるMoS2劈開面はもっとも平坦な表面を持つ基板であることが判明した。他の遷移金属ダイカルコゲナイドの劈開面も、比較的平坦性に優れている。こうした表面上では、原子の表面拡散距離が大きくなると予想される。一方、三次元構造を持つGaAsも、表面の結合手を終端することで、層状物質の成長基板としてよく用いられている。しかしAFM観察によれば、セレン終端したGaAs(Se-GaAs(111)B)面には、三角錐状のエッチピットが存在し、MoS2等に比べて平坦性は劣る。硫黄終端表面ではさらに起伏が激しい。また、これらの表面は熱安定性の点でもMoS2劈開面に劣っており、オージェ電子分光により調べた結果では、550℃より高温になると、表面のS,Seが脱離して、平坦性も失われる。こうした昇温による平坦性の消失は、高温での成長に大きな影響を及ぼすと予想された。 第5章では、成長物質としてTiX2(X=S,Se)を選び、上述の各種ファンデルワールス基板上での成長様式を系統的に解明した結果を述べている。まず、カルコゲンの差異による成長膜の形状の相違を調べるために、TiS2とTiSe2を平坦性に優れたMoS2劈開面上で成長させた。ドメインサイズを比べたところTiS2の方が成長核の密度が高く、二層目以降の成長が早く始まっている。しかし、S分子線を活性化すると、より多層成長に近づくことから、この差はむしろ分子線の反応性に由来するものと考えられた。一方、表面終端GaAs(111)B面上に成長させた場合は成長膜の形状が大きく異なり、ドメインサイズは20nm程度とかなり小さくなって、成長核密度は逆に大きくなった。この相違は、主としてSe-GaAs(111)B面表面上に存在する多数のエッチピット等の表面欠陥によって、表面拡散が妨げられるため、ドメインサイズが制限されて、多数の成長核から小ざな島状結晶が成長しているためと考えられた。 本研究で明らかとなった大きな知見は、通常ヘテロエピタキシャル成長をさせる上で最大の要因と考えらている格子整合性の重要度が、界面での相互作用が弱い系では、小さいことが明らかとなった点である。格子整合の効果を明らかにするために、TiSe2単結晶劈開面上にTiSe2膜をホモエピタキシャル成長させ、MoS2、TaSe2基板上のヘテロエピタキシャル膜との比較を行った。その結果、ホモエピタキシャル成長した膜は、層状に成長しているものの、多数の小さな島が見られ、必ずしもヘテロ成長膜より大きなドメインになっていないことが明らかになった。格子整合性よりは、むしろ基板の平坦性の方が重要な要因であることが結論された。 以上述べたように,本研究によって,界面相互作用の弱い系におけるエピタキシャル成長を決める要因が明らかとなり、格子不整合性の大きな系におけるエピタキシャル成長法として有用なファンデルワールスエピタキシーの成長過程を決める要因が解明された。したがって,本論文の提出者である西川洋行は,東京大学博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める。 なお、本論文の第4章は、斉木幸一朗氏、小間篤氏との共同研究であり、また第6章は、島田敏宏氏、小間篤氏との共同研究であるが、論文提出者が中心になって、装置の作製、エピタキシャル膜の成長、成長膜の評価並びに解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |