学位論文要旨



No 112471
著者(漢字) 亀田,隆
著者(英字)
著者(カナ) カメダ,タカシ
標題(和) c-JunとJunDによる軟骨細胞の成熟過程の抑制に関する研究
標題(洋) c-Jun and JunD suppress maturation of chondrocytes.
報告番号 112471
報告番号 甲12471
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3251号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 客員教授 横田,崇
 東京大学 助教授 室伏,擴
内容要旨

 c-jun、c-fosはニワトリに線維肉腫を起こすASV17およびマウスに骨肉腫を起こすFBJ-MuSVのウイルスゲノム中からそれぞれ単離された癌遺伝子v-junとv-fosの細胞側のカウンターパートとして同定された。現在までに両遺伝子は関連遺伝子群からなるjunファミリー(c-jun、junBおよびjunD)とfosファミリー(c-fos、fra-1、fra-2およびfosB)をそれぞれ形成することが分かっている。Junファミリータンパク質はロイシンジッパー構造を介して安定性の低いダイマーを形成したり、Fosファミリータンパク質との間でより安定なダイマーを形成して、塩基性領域を介しAP-1認織配列(コンセンサスTGAG/CTCA)に結合して各々のダイマーに特異的な転写制御を行う。転写制御因子AP-1はこれらのJun、Fosファミリータンパクからなる種々のダイマー群の総称である。私はこれまでにニワトリ胚線維芽細胞(CEF)と複製能を完備したレトロウイルスベクターを用いて、自発突然変異によりトランスフォーメーション活性を獲得したJunD変異体の解析、AP-1活性を一括して抑制するドミナントネガティブ変異体による種々の癌遺伝子によるトランスフォーメーションの抑制実験等を行い、AP-1を介した制御の異常がトランスフォーメーションにおいて重要であることを解析してきた。これは同時に正常な細胞の制御においてもAP-1が重要であることを示唆する。私は、AP-1の生体中での機能の解析をめざして本研究を行った。

 現在までに、c-fosを高発現させたES細胞を用いたキメラマウスが軟骨種を形成すること、c-fosのトランスジェニックマウスは骨肉腫を形成するが、その骨肉腫形成はc-junの導入により更に高率になること、内在のAP-1構成成分の恒常的発現が骨・軟骨において観察されること等が報告されている。これらの報告はAP-1を介した制御が骨・軟骨の制御において重要であることを示唆している。

 軟骨細胞は発生過程において未分化間葉系細胞からの分化、増殖、成熟化、肥大化、石灰化といった一連の過程をたどって後の骨形成のもととなる軟骨組織を形成していく。これらの過程はいくつかのマーカーによりモニターすることが可能である。未分化間葉系細胞から分化したのち軟骨細胞ではプロテオグリカン-H(PG-H)(アグリカン)、type II collagen等の軟骨細胞のマーカーが発現し、軟骨細胞が成熟していくにしたがって成熟のマーカーであるアルカリフォスファターゼ(ALPase)活性とtype X collagenの発現が上昇する。本研究においてはこれらの過程のうち増殖と成熟化の過程について解析されているニワトリ胚胸骨を用いて解析を行った。

 ニワトリ18日胚胸骨の頭側の領域からより成熟の進んだ軟骨細胞(US細胞)、尾側の領域からより未熟な軟骨細胞(LS細胞)をそれぞれ初代培養しその内在性のAP-1構成成分を解析した。両細胞においてニワトリで存在が報告されている全てのAP-1構成成分(c-Fos、Fra-2、c-Jun、JunD)の発現を35Sメチオニンによる細胞ラベルと特異抗体を用いた免疫沈降法により検出した。このうち特にc-Junについて、LS細胞でのUS細胞よりも高いレベルでの発現がノーザンブロット解析、免疫沈降法、イムノブロッティングによって観察された(図1に免疫沈降法およびイムノブロットの結果を示す)。

 免疫組織化学的手法により生体中の胸骨においても未熟な成長軟骨細胞が成熟軟骨細胞に比べて高いレベルでのc-Junを発現していることが示された。また軟骨細胞の成熟を抑制することが報告されているパラサイロイドホルモン(PTH)をUS細胞に作用させるとALPase活性とtype X collagenの発現を強力に抑制する(図2にtype X collagenについての結果を示す)と同時に内在性のc-Jun、JunDの恒常的な高発現を誘導した(図3)。

(図1)LS細胞、US細胞におけるc-Junの発現。(左)35Sメチオニンによるラベルの後に特異抗体で免疫沈降。(右)ウエスタンブロティング(US細胞にレトロウイルスベクターにより外来的にニワトリc-Junを高発現した例を含む)。(図2)CEF、LS細胞、US細胞、PTH処理したUS細胞における軟骨細胞マーカーの発現(ノーザンブロット法による解析)(図3)US細胞の内在性c-Jun、JunDの発現に対するPTH処理(1及び3日)の影響

 我々は以上の観察から内在性c-JunとJunDが軟骨細胞の成熟を抑制している因子ではないかとの仮説をたて高力価のレトロウイルスベクターを用いた遺伝子導入系による逆遺伝学的解析を行った。我々の実験系では、ほぼ全ての軟骨細胞に遺伝子を2日以内に導入できた。外来性のニワトリc-JunならびにJunDをUS細胞に高発現させるとPG-H、type II collagenの発現は大きく変動しなかったが軟骨成熟マーカーであるALPase活性、type X collagenの発現はLS細胞やPTH処理したUS細胞に近いレベルまで抑制された(図4、5)。

(図4)US細胞に外来的に発現させたc-Jun、JunD、supJunD-1のALPase活性への影響。(図5)US細胞に外来的に発現させたc-Jun、JunD、supJunD-1による軟骨マーカー発現への影響(感染後10日・ノーザンブロット法)。

 またc-Junの高発現はUS細胞の増殖能をLS細胞に近いレベルに活性化した。AP-1活性を一括して抑制するドミナントネガティブ変異体supJunD-1の導入はUS細胞の増殖活性を抑制し成熟マーカーの発現を促進した(図4、5)。以上より未熟な軟骨細胞やPTH処理された軟骨細胞において構成的に高発現される内在のc-Jun、JunDは軟骨細胞の成熟過程を負に制御していることが示された。

 軟骨細胞の成熟化を進める内在性の因子については未だ不明であるが、US細胞においてはレチノイン酸がALPase活性の著しい上昇を起こすことが報告されている。このALPase活性の上昇は外来性c-Jun、JunDの高発現によりほぼ完全に抑制された(図6)。このことからレチノイン酸の情報伝達系(おそらく核内レセプターを介する)とAP-1との相互作用が軟骨細胞において重要な機能を担うことが示唆された。

 本研究では生体中における内在性AP-1の機能解析をめざし軟骨細胞成熟過程において、AP-1構成成分のうちJunファミリーがこの過程を負に制御していることを示唆する結果を得た。この分子メカニズムについては不明であるが複雑な軟骨細胞成熟過程を単一の遺伝子の発現量により制御しうることは興味深い。軟骨におけるレチノイン酸の効果がAP-1の変動により影響されたことからも示されるように、生体中ではシグナル伝達系間でのクロストークが細胞種特異的な制御に予想以上に重要であると考えられる。生体においてAP-1は、様々な組織で重要な制御を行っていると考えられる。今後はAP-1結合配列を介した制御以外に他のシグナル伝達系とのクロストークの機構とその普遍的、細胞種特異的な役割についても解析していきたい。

(図6)レチノイン酸で誘導されたUS細胞のALPase活性上昇に対してPTH処理や外来的に発現させたc-Jun、JunDが与えた影響。
審査要旨

 c-jun、c-fosはニワトリに線維肉腫を起こすASV17およびマウスに骨肉腫を起こすFBJ-MuSVのウイルスゲノム中からそれぞれ単離された癌遺伝子v-junとv-fosの細胞側のカウンターパートとして同定された。現在までに両遺伝子は関連遺伝子群からなるjunファミリー(c-jun、junBおよびjunD)とfosファミリー(c-fos、fra-1、fra-2およびfosB)をそれぞれ形成することが分かっている。Junファミリータンパク質はロイシンジッパー構造を介して安定性の低いダイマーを形成したり、Fosファミリータンパク質との間でより安定なダイマーを形成して、塩基性領域を介しAP-1認識配列(コンセンサスTGAG/CTCA)に結合して各々のダイマーに特異的な転写制御を行う。転写制御因子AP-1はこれらのJun、Fosファミリータンパクからなる種々のダイマー群の総称である。

 c-fosを高発現させたES細胞を用いたキメラマウスが軟骨種を形成すること、c-fosのトランスジェニックマウスは骨肉腫を形成するが、その骨肉腫形成はc-junの導入により更に高率になること等からAP-1を介した制御が骨・軟骨の制御において重要であることが示唆されてきた。軟骨細胞は増殖、成熟化、肥大化、石灰化といった一連の過程をたどって骨形成のもととなる軟骨組織を形成していく。軟骨細胞ではプロテオグリカン-H(PG-H)(アグリカン)、type II collagen等の軟骨細胞のマーカーが発現し、軟骨細胞が成熟していくにしたがって成熟のマーカーであるアルカリフォスファターゼ(ALPase)活性とtype X collagenの発現が上昇する。

 本研究では、軟骨細胞の成熟過程におけるAP-1の機能解析を目的としてニワトリ18日胚胸骨の頭側の領域からより成熟の進んだ軟骨細胞(US細胞)、尾側の領域からより未熟な軟骨細胞(LS細胞)をそれぞれ初代培養し材料として用いた。内在性のAP-1構成成分を解析したところ特にc-Junについて、LS細胞でのUS細胞よりも高いレベルでの発現が観察された。免疫組織化学的手法により生体中の胸骨においても未熟な成長軟骨細胞が成熟軟骨細胞に比べて高いレベルでのc-Junを発現していることが示された。また軟骨細胞の成熟を抑制するパラサイロイドホルモン(PTH)をUS細胞に作用させるとALPase活性とtype X collagenの発現を抑制すると同時に内在性のc-Jun、JunDの恒常的な高発現を誘導した。

 以上の観察から内在性c-JunとJunDが成熟を抑制している因子ではないかとの仮説をたて高力価のレトロウイルスベクターを用いた遺伝子導入系による逆遺伝学的解析を行った。ほぼ全ての軟骨細胞に遺伝子を2日以内に導入できたことから細胞に選択がかかることを回避した条件での解析が可能となった。外来性のニワトリc-JunならびにJunDをUS細胞に高発現させるとPG-H、type II collagenの発現は大きく変動しなかったが軟骨成熟マーカーであるALPase活性、type X collagenの発現はLS細胞やPTH処理したUS細胞に近いレベルまで抑制された。またc-Junの高発現はUS細胞の増殖能をLS細胞に近いレベルに活性化した。AP-1活性を一括して抑制するドミナントネガティブ変異体supJunD-1の導入はUS細胞の増殖活性を抑制し成熟マーカーの発現を促進した。以上により未熟な軟骨細胞やPTH処理された軟骨細胞において構成的に高発現される内在のc-Jun、JunDが軟骨細胞の成熟を負に制御するという仮説が強く支持される。

 軟骨細胞の成熟化を進める内在性の因子については未だ不明であるが、US細胞においてはレチノイン酸がALPase活性の著しい上昇を起こすことが報告されている。このALPase活性の上昇は外来性c-Jun、JunDの高発現によりほぼ完全に抑制された。このことからレチノイン酸の情報伝達系(おそらく核内レセプターを介する)とAP-1との相互作用が軟骨細胞において重要な機能を担うことが示唆された。

 本論文では生体中におけるAP-1の機能解析をめざし軟骨細胞成熟過程において、AP-1構成成分のうちJunファミリーがこの過程を負に制御していることを示唆する結果を得た。これは細胞制御における転写制御因子の機能を解析した興味ある結果である。よって論文提出者、亀田隆は細胞生物学、分子生物学の分野において研究遂行能力を持ち博士(理学)の学位を受けるに充分な資格があると判断した。なお本論文は渡部博貴氏、伊庭英夫氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を進めたことを確認した。

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