内容要旨 | | 高分子量多本鎖N型糖鎖を持つ糖タンパク質が、初期胚や癌細胞表面上に出現して、細胞間相互作用の制御に密接に関与することが明らかにされつつあるが、それらの巨大N型糖鎖の詳細な構造、作用機構についての知見は未だ乏しい。本博士論文は、高分子量糖鎖を持ち、受精および発生過程における機能性糖タンパク質である魚卵表層胞局在糖タンパク質(hyosophorin)の糖鎖に着目し、これらの多本鎖糖鎖構造を詳細に決定するとともに、これらの多本鎖構造に共通なコア糖鎖の立体構造を解明することを目的としている。得られた結果を以下に示す。 (1)4魚種(Oryzias melastigma,Oryzias latipes,Fundulus heteroclitus,Tribolodon hakonensis)卵から、hyosophorin分子を単離・精製し、その全化学構造を精密に決定した(図1-4)(論文リスト(a),(b),(c),(d))。 図1 Oryzias melastigma hyosophorin分子の全化学構造図2 Oryzias latipes hyosophorin分子の全化学構造図3 Fundulus heteroclitus hyosophorin分子の全化学糖鎖構造図4 Tribolodon hakonensis hyosophorin分子の全化学糖鎖構造 図1-4から明らかなように、これらの糖鎖は共通して多本鎖(4本鎖または5本鎖)多分岐構造を持ち、側鎖非還元末端部分には、魚種特異的な糖鎖構造単位(-Galのクラスター構造等)が1分子中に高頻度で存在する特徴を持つ。このような構造的特徴は、初期発生過程の細胞接着・認識に対するhyosophorin分子の機能に対する構造的基盤を与えるものである。 高分子量N型糖鎖の構造決定には、従来の糖分解酵素の逐次消化に主に依拠した方法では不十分であり、化学的な選択的分解・切断方法(過ヨウ素酸酸化-スミス分解、ヒドラジン分解一亜硝酸脱アミノ化反応)を用いることが有用であること、また糖鎖の側鎖部分の配列決定には、化学的修飾と組み合わせたFAB-MS測定が有効であることも明らかにした。現在知られているN型糖鎖の中で最も多本鎖である5本鎖糖鎖は、オボムコイドの一例の他は通常の糖タンパク質には類例がないこと、なおかつ同一魚種ではアンテナ鎖の数が一種類に決まっていることから、新規糖転移酵素とその厳密な活性発現制御の存在が推定され、糖鎖の生合成機構に興味が持たれる。 (2)多本鎖N型糖鎖の立体構造解析を目的として、5本鎖N型糖鎖のコア構造(図5)を調製し、2次元NMR(TOCSY,DQF-COSY,RECSY,NOESY)の手法を用いて、同構造中の-Man残基の1Hの化学シフト値と結合定数を決定した。この結果は、Man1-6Man配列の(O6-C6-C5-H5)が180°である立体配座(gauche-gauche)が優勢であることを示しており、今までに報告されている2本鎖のそれとは異なっていることが判明した(論文リスト(e))。また、HMQC、HMQC-TOCSY測定により-Man残基の13Cの化学シフト値も決定した(論文リスト(f))。 GlcNAc1-6Man1-配列を持つ3本鎖N型糖鎖についても同様の手法により、-Man残基の1Hの化学シフト値を決定した。この糖鎖構造については、シグナルのオーバーラップが激しく結合定数は求められなかったが、Man1-6Man配列の立体配座の状態をよく反映すると考えられている-Man残基のH4が5本鎖N型糖鎖と同様に低磁場シフトを起こしていることから、3本鎖N型糖鎖についてもgauche-gaucheが優勢であることが示唆された(論文リスト(g))。 GlcNAc1-6Man1-配列をもつN型糖鎖のこの様な立体配座の特徴は、側鎖上での糖鎖の生合成過程および糖鎖結合タンパク質による糖鎖認識過程を制御する上で、重要な寄与をしている可能性がある。 図5 5本鎖N型糖鎖のコア構造 省略記号:FAB-MS,fast atom bombardment mass spectrometry;NMR,nuclear magnetic resonance;TOCSY,total correlated spectroscopy;DQF-COSY,double quantum filtered correlated spectroscopy;RECSY,relayed correlated spectroscopy;NOESY,nuclear Overhauser effect spectroscopy;HMQC,heteronuclear multiple quantum coherence transfer. 公表論文リスト (a)Taguchi,T.,Seko,A.,Kitajima,K.,Inoue,S.,Iwamatsu,T.,Khoo,K.-H.,Morris,H.R.,Dell,A.,and Inoue,Y.(1993)J.Biol.Chem.268,2353-2362. (b)Taguchi,T.,Seko,A.,Kitajima,K.,Muto,Y.,Inoue,S.,Khoo,K.-H.,Morris,H.R.,Dell,A.,and Inoue,Y.(1994)J.Biol.Chem.269,8762-8771. (c)Taguchi,T.,Kitajima,K.,Muto,Y.,Inoue,S.,Khoo,K.-H.,Morris,H.R.,Dell,A.,Wallace,R.A.,Selman,K.,and Inoue,Y.(1995)Glycobiology5,611-624. (d)Taguchi,T.,Iwasaki,M.,Muto,Y.,Kitajima,K.,Inoue,S.,Khoo,K.-H.,Morris,H.R.,Dell,A.,and Inoue,Y.(1996)Eur.J.Biochem.238,357-367. (e)Taguchi,T.,Kitajima,K.,Muto,Y.,Yokoyama,S.,Inoue,S.,and Inoue,Y.(1995)Eur.J.Biochem.228,822-829. (f)Taguchi,T.,Kitajima,K.,Niimi,T.,Muto,Y.,Yokoyama,S.,Inoue,S.,and Inoue,Y.(1995)Carbohvdr.Res.275,185-191. (g)Taguchi,T.,Muto,Y.,Kitajima,K.,Yokoyama,S.,Inoue,S.,and Inoue,Y.(1996)Glycobiology in press. |