学位論文要旨



No 112478
著者(漢字) 鶴田,里沙子
著者(英字)
著者(カナ) ツルタ,リサコ
標題(和) マウスヘルパーT細胞におけるIL-2遺伝子発現制御機構の解析
標題(洋) Transcriptional regulation of the IL-2 gene in mouse helper T cells
報告番号 112478
報告番号 甲12478
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3258号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横田,崇
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 宮島,篤
内容要旨 <序>

 免疫反応は、T細胞により分泌される様々なサイトカインの作用を通して制御される。マウスのヘルパーT細胞は、サイトカイン産生パターンにより、2つのサブセットTh1、Th2に分類される。Th1細胞はIL-2、IFNを産生し細胞性免疫に、Th2細胞はIL-4、IL-5を産生し液性免疫に関与する。Th1、Th2細胞が異なるサイトカイン産生パターンを示す機構については不明であるが、両細胞において、サイトカイン遺伝子発現に関与するシグナル伝達分子あるいは転写因子の制御が異なる可能性が示唆されている。また、マクロファージにより分泌されるプロスタグランジンE2などにより引き起こされる細胞内cAMPレベルの上昇は、Th1細胞とTh2細胞に対して相反する作用を及ぼすことが知られている。すなわち、cAMPレベルの上昇によりTh1細胞からのIL-2及びIFNの産生は抑制されるが、Th2細胞からのIL-4及びIL-5の産生は抑制されず、逆に増大する。さらに、Th2細胞はTh1細胞に比べて細胞内のcAMP濃度が高いことが報告されており、Th1、Th2細胞のサイトカイン産生パターンの相違は、細胞内cAMPレベルの相違に起因する可能性についても示唆されている。本研究では、以上の知見をもとに、ヘルパーT細胞サブセットの相違の分子機構について明かにする目的で、T細胞が産生する種々のサイトカインの中で、T細胞の増殖を誘導するなど、免疫反応の誘導において重要な役割を果たしているIL-2に着目し、cAMPによるIL-2遺伝子発現の抑制機構(第一部)及びIL-2遺伝子のヘルパーT細胞サブセット特異的制御機構(第二部)について解析を行った。

<方法と結果>第一部cAMPによるIL-2遺伝子発現の抑制機構

 マウスリンパ腫細胞株EL-4は、PMA(ホルボールエステル)に反応して、IL-2、IL-4、IL-5などTh1、Th2タイプ両方のサイトカインを産生する。EL-4細胞において、cAMPはIL-5遺伝子の発現を正に制御するのに対し、IL-2遺伝子の発現を抑制することが当研究室のH.-J.Leeによりすでに示されている。cAMPの作用機構については、cAMPのIL-2とIL-5に対する相反する効果を同時に観察できるこのEL-4細胞を用いて解析を行った。

 まず、cAMPの抑制作用を受けるIL-2プロモーター領域について、5’上流領域を段階的に欠失したIL-2プロモーターを含むレポータープラスミドをEL-4細胞に一過性に導入する系を用いて検討を行った。その結果、上流約300bpまでのプロモーター領域がcAMPの作用を受けていることが明らかになった。

 このプロモーター領域は、NF-AT、AP-1、NF-kB、Octなどの転写因子の結合配列を含むことが知られている。これらの配列の中で、cAMPの作用を受けるものを同定する目的で、各配列複数コピーを含むレポータープラスミドをEL-4細胞に一過性に導入する実験により、各配列を介する転写活性に対するcAMPの影響について検討を行った(図1)。その結果、NF-AT配列を介する転写活性化がcAMPにより顕著に抑制されることが判明した。

 そこで、EL-4細胞にNF-AT(NF-ATc、NF-ATx)の発現プラスミドと、IL-2プロモーターレポータープラスミドを同時に導入し、NF-ATを過剰発現した場合のIL-2プロモーター活性に対するcAMPの効果について検討を行ったところ(図2)、NF-ATc、NF-ATxの過剰発現により、cAMPによるIL-2プロモーター活性の抑制はほぼ完全に回避された。この結果は、NF-AT配列がcAMPの抑制作用を受けている可能性をさらに支持するものである。

 さらに、各配列に対する結合因子へのcAMPの効果について、ゲルシフトアッセイにより検討を行った。NF-AT配列に対しては、PMA刺激により移動度がわずかに異なる複数種の複合体の結合が誘導され、cAMP添加により、それらの複合体の結合量、移動度が変化した。これは、NF-AT結合複合体がcAMPにより何らかの修飾を受けていることを示唆する。また、NF-kB配列に対するNF-kBp50/p65の結合がcAMPにより抑制されていることも判明したが、以前の報告で、IL-2プロモーターの活性化は、刺激に伴うNF-kB配列へのp50/p65の結合誘導に相関することが示されており、NF-ATに加えてNF-kBもIL-2遺伝子発現のcAMPによる抑制に関与していると考えられる。

図1.IL-2プロモーターの各配列を介する転写活性に対するcAMPの効果図2.NF-ATの過剰発現した場合のcAMPのIL-2プロモーター活性に対する効果
第二部IL-2遺伝子発現のヘルパーT細胞サブセット特異的制御機構

 ヘルパーT細胞サブセット特異的IL-2遺伝子発現の制御機構についてはマウスヘルパーT細胞クローンを用いて解析を行った。約300bpのIL-2プロモーターを含むレポータープラスミドをTh1及びTh2クローンに一過性に導入したところ、このレポータープラスミドの転写活性はTh1クローンのみでPMA/A23187(カルシウムイオノフォア)により誘導された。従って、IL-2のサブセット特異的産生は、IL-2遺伝子のプロモーターを介する転写レベルでの制御によると考えられた。

 IL-2プロモーター活性化のTh1特異性は、IL-2プロモーター領域に結合する転写因子のうちでヘルパーT細胞サブセット特異的制御を受けているものが存在することによる可能性が考えられる。その可能性について検討するために、まず、IL-2プロモーターのNF-AT、NF-kB、AP-1、あるいはOct結合配列複数コピーを含むレポータープラスミドをTh1及びTh2クローンに一過性に導入する実験により、各配列を介する転写のPMA/A23187刺激による誘導について比較を行った(図3)。その結果、NF-AT配列を介する転写誘導はTh1、Th2両クローンで観察されたのに対して、NF-kB配列を介する転写誘導はTh1特異的であった。次に、ゲルシフトアッセイにより、NF-AT、NF-kB、AP-1、OctのDNA結合パターンについてTh1、Th2クローン間で比較を行った。その結果、全ての因子について、検出可能な差が認められたが、最も顕著な差が認められたのは、NF-kBについてであった(図4)。すなわち、Th1クローンでは、PMA刺激に伴いp50/p65の結合が誘導されるのに対し、Th2クローンでは、その誘導がTh1クローンに比べて非常にわずかであった。以上の結果から、IL-2プロモーター活性化のTh1特異性は、Th2細胞におけるp50/p65の結合誘導の欠如が一つの要因であると考えられる。

 この現象についてさらに解析するため、NF-kBのサブユニットであるp65のタンパクレベルでの発現と細胞内局在について、ウエスタンブロット解析により検討を行った。その結果、p65については、Th1、Th2両クローンの細胞質に存在していたが、PMA刺激に伴う核内への移行はTh1クローンのみで観察された(図5)。従って、Th2クローンにおけるNF-kB配列に対するp50/p65の結合誘導の欠如は、NF-kBサブユニットの発現が欠如しているためではなく、p50/p65の核内への移行がPMA刺激により誘導されないためであることが判明した。

図3.Th1,Th2クローンにおけるIL-2プロモーターの各配列を介する転写活性図4.Th1,Th2クローンにおけるNF-kBの結合活性図5.Th1,Th2クローンにおけるNF-kBサブユニットp65の発現及び細胞内局在についての解析
<考察>

 cAMPによるIL-2遺伝子発現の抑制機構の解析の結果、cAMPは、NF-AT、NF-kBなど複数のIL-2遺伝子発現を制御する転写因子に抑制作用を及ぼすことが判明した。NF-kBの場合とは異なり、NF-ATのIL-2プロモーターへの結合はcAMPにより単純に抑制されるわけではないが、NF-AT複合体はcAMPにより何らかの作用を受けていることがゲルシフトアッセイにより示唆された。IL-2プロモーターのNF-AT配列にはNF-ATとAP-1が複合体を形成して結合することが知られているが、NF-AT及びAP-1にはそれぞれ複数種のサブファミリーが存在することが知られている。従って、cAMPはNF-AT及びAP-1の各サブファミリーの発現パターンの変化あるいは修飾を通してNF-AT複合体の構成因子を変化させている可能性が考えられ、実際に本研究でもNF-AT複合体に含まれるAP-1サブファミリーの種類がcAMPにより部分的に変化していることを示唆する結果が得られている(ここには示していない)。

 また、本研究第二部において、NF-kBは、cAMPの標的であるばかりでなく、ヘルパーT細胞サブセット特異的な制御も受けていることが示された。NF-kBについては、これまでの研究により、Th1細胞で産生され、cAMPにより抑制作用を受けるIL-2、GM-CSFの発現を正に制御するのに対して、Th2特異的サイトカインIL-5の発現には関与せず、IL-4の発現に対してはむしろ抑制的にはたらくと考えられている。従って、本研究で得られた結果により、Th1、Th2タイプサイトカイン産生のcAMPに対する感受性の差を説明することが可能となり、また冒頭で述べたcAMPの作用機構とTh1、Th2の相違の分子機構が関連しているという仮説も支持される。

 以上、T細胞サブセット特異性を決定する分子機構、及びcAMPによるT細胞サブセットの選択的制御の分子機構について解析を行ったが、これらの機構の解明は、生体内において人工的にTh1/Th2バランスを制御するための技術の開発につながることが予想され、様々な疾患の予防、治療技術の開発の面でも役立つことが期待される。

審査要旨

 マウスのヘルパーT細胞は、そのサイトカイン産生パターンにより、Th1とTh2の2つのサブセットに分類され、生体内におけるこの2種類のヘルパーT細胞のバランスが免疫調節に重要であることが報告されている。しかし、このように異なるサイトカイン産生パターンがどのような機序で実現されるのかについては不明であった。また、cAMPは、Th1細胞とTh2細胞に対して選択的な作用を及ぼすこと、さらにTh2細胞内のcMAPレベルはTh1細胞のものより高いことが知られている。本論文では、Th1、Th2の相違の分子機構について明かにするために、IL-2遺伝子がTh1特異的に発現する機構及びcAMPによるIL-2遺伝子発現制御機構について解析を行っている。

 本論文は序章、結果、考察からなる。結果は二部、考察は三部に分かれている。序章では、T細胞の活性化、IL-2遺伝子の発現制御機構、マウスヘルパーT細胞サブセット及びcAMPがT細胞に与える効果について概説している。

 結果の第一部では、cAMPによるIL-2遺伝子発現制御機構について検討し、以下の新たな知見を得ている。(1)cAMPはIL-2遺伝子の転写開始点上流約300bpの領域を介してIL-2の転写を抑制する。 (2)NF-AT配列を介する転写がcAMPにより抑制される。(3)NF-ATの強制発現により、cAMPによるIL-2プロモーター活性の抑制はほぼ完全に回避される。(4)NF-AT配列結合複合体のAP-1構成因子がcAMPにより部分的にc-JunからJunBに移行する。 (5)NF-kB配列に対するp50/p65複合体の結合がcAMPにより抑制される。

 これらの知見から、考察第一部において以下のように議論している。cAMPは、おそらくNF-AT複合体のNF-AT構成因子あるいはAP-1構成因子に何らかの作用を及ぼすことにより、NF-AT複合体の転写活性化能を抑制している。その機構の1つの可能性として、AP-1構成因子のc-JunからJunBへの移行が考えられる。また、NF-ATの強制発現によりcAMPの効果が回避されることから、cAMPはNF-AT複合体のAP-1構成因子のみならず、NF-AT構成因子にも何らかの作用を及ぼしていることが推察される。さらに、NF-kB配列に対するp50/p65複合体の結合がcAMPにより抑制されるという事実も考慮して、cAMPは、NF-AT、NF-kB、AP-1など複数の転写因子に対する作用を通してIL-2遺伝子発現を抑制すると結論づけられる。

 結果の第二部では、IL-2遺伝子がTh1特異的に発現する機構について解析を行い、以下の事実を明かにしている。(1)IL-2のTh1特異的産生は、IL-2遺伝子の約300bpのプロモーターを介する転写レベルでの制御による。(2)NF-kB配列を介する転写誘導、NF-kB配列に対するNF-kBp50/p65複合体の結合誘導がTh1特異性を示す。(3)NF-kBp50/p65複合体の核移行はTh1細胞のみでPMAにより誘導される。(4)NF-kBの核移行の制御分子であるIkBの分解の制御がTh1、Th2細胞で異なっている。

 上記の事実から、考察第二部において以下のように議論している。NF-kB配列を介する転写誘導及びNF-kB配列に対するNF-kBp50/p65複合体のPMAによる結合誘導がTh1特異的であることから、NF-kBはIL-2プロモーター活性化のTh1特異性に寄与していることが示唆される。この現象は、Th1、Th2細胞においてIkBの分解の制御が異なっており、その結果としてNF-kBp50/p65複合体の核移行の制御が異なってくるために生じると考えられる。

 最後に、考察第三部では、結果第一部及び第二部で得られた知見を総合することにより、IL-2遺伝子のみならず種々のサイトカイン遺伝子のcAMPによる制御機構及びThサブセット特異的制御機構を説明することを試みている。また、cAMPが引き起こす現象とTh2細胞でみられる現象が非常に類似しており、cAMPの作用機構とTh1、Th2の相違の分子機構が関連しているという仮説が支持されることについても指摘している。

 以上の研究は、Th1、Th2細胞のサイトカイン産生パターンの相違の分子機構の解明に大きく貢献することが期待される。よって、論文提出者は、博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格があるものと判断した。なお、本論文は、Hyun-Jun Lee博士、Esteban Sanai Masuda博士、小谷野-中川菜峰子博士、新井直子博士、新井賢-博士、横田崇博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

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