学位論文要旨



No 112479
著者(漢字) 西田,元彦
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,モトヒコ
標題(和) 原核生物由来グルタチオンS-トランスフェラーゼのX線結晶構造解析
標題(洋)
報告番号 112479
報告番号 甲12479
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3259号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 講師 武藤,裕
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 田之倉,優
内容要旨 【目的】

 グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)は、分子量20-25kDaのサブユニットがホモもしくはヘテロ二量体を構成してできた多機能蛋白質である。GSTは主としてグルタチオン(GSH)と求電子性基質との抱合反応を触媒し、解毒代謝に関わる。哺乳類由来GSTでは、X線結晶構造解析及び部位特異的変異法による解析から、N端近傍のチロシンのhydroxyl基がGSHのthiol基の求核性を高める事によってGSH抱合反応が触媒されると推測されている1)。真核生物では多様な生物種からGSTが単離、研究されている一方、原核生物においてはGSTの構造は基より存在の普遍性についても明らかでない。そこで本研究では既知のファミリーとは最も遠縁の大腸菌よりGSTを精製、クローニングし、そのX線結晶構造解析を通じてGSTファミリーの構造・機能相関の分子進化を解明する事を目的とした。

【クローニングと発現系の構築】

 大腸菌K12株よりDE-52及びGSHアガロースカラムを用いてGSTを高純度精製した。そのN端アミノ酸配列を基にThe Escherichia coli Gene Mapping Membrane(宝酒造)を用いてGSTの構造遺伝子をクローニングした2)。その結果、本酵素の遺伝子は大腸菌染色体上約1731kbに位置し、201アミノ酸残基(22,860Da)からなる事が明らかとなった。本酵素の遺伝子をpUC18プラスミドベクターに挿入して発現させたところ、培地1lあたり約100mgの産生量を得た。

【結晶化とX線構造解析】

 高発現した大腸菌由来GSTをGSHアガロースカラムで精製した。基質類似阻害剤のグルタチオンスルフォネート存在下で沈澱剤としてPEG6000を用い、酸性条件(pH4.6)で単結晶を得、これをMacro-seedingによって0.8mm×0.5mm×0.1mmまで成長させた。この結晶は2.1Å分解能までの回折斑点を与え、空間群P212121、a=90.56Å、b=95.65Å、c=51.21Å、溶媒含量は49%で非対称単位にホモダイマー1分子を含む。Native結晶については10個の結晶を用い、回転対陰極型X線発生装置で発生させたCuKa線を用い、イメージングプレートを使った読み取り装置一体型振動カメラにより2.1Å分解能までの回折強度データを収集した(Table1)。次に3種の重原子置換体結晶を用いた多重同型置換法により初期位相を得た(Table1、2)。溶媒領域の電子密度図の平滑化と非結晶学的二回軸を利用したダイマーの電子密度の平均化で改良した2.8Å分解能の電子密度図を基にして構造の初期モデルを組み立てた。X-PLORで精密化した402アミノ酸残基とインヒビター2分子、水分子179個からなる構造モデルに対するR因子は18.2%となった(Table3)。

Table1.Data collection statisticsTable2.Summary of phasing statisticsTable3.Refinement statistics
【結果】

 本酵素はホモ二量体であり、ダイマー分子全体としては球状で、その大きさは58Å×56Å×52Åである(Figure1)。モノマー分子はN端側(1-80残基)とC端側(89-201残基)の二つのドメインから構成されている(Figure2)。N端側ドメイン(1〜2)は2枚の-sheetと2本の-helixからなり、その中核はモチーフを構成する。又、そのC端側ドメインは5本の-helixからなり(3〜7)、これらが反時計周りに螺旋状に並んでいる。N端側ドメインの1、2及びC端側ドメインの3、5は密に接触しており、ダイマー分子全体の中核となっている。GSH結合部位を構成する溝はN端側ドメイン上に存在し、その底部は1と1間のループと5と2間の折り返し部分からなる。インヒビター分子は、その-glutamyl基を蛋白質分子内部に、glycyl基を外部に配向して結合しており、特に-glutamyl基と蛋白質分子の間に8本の水素結合からなる強い相互作用が認められる。触媒機構上重要なGSHのthiol基に対応するsulfonate基は1と1間のループ上に位置し、その酸素原子が1と1間のループに存在するCys10の主鎖の窒素原子及び3に存在するHis106の原子と水素結合を形成している(Figure3)。

Figure1(左図)ダイマー全体を、各モノマーを関係づける二回軸に対し平行な方向より見たリボン図。インヒビター分子はball and stickモデルで表す。 Figure2(右図)モノマー分子を、二回軸に対し垂直方向から見たリボン図。
【考察と結論】

 本酵素の真核生物由来のGSTに対する1次構造上の相同性は18%以下であるにも関わらず、基本構造はそれらのGSTとトポロジー的に類似している。他方、2と4間の領域の構造や、3及び4が隣接サブユニットの両-helixと相互作用を形成している為、サブユニット間の接触が密である事などは大腸菌由来GSTの特徴である。又、哺乳類由来GSTのC端部分はGSHと反応する求電子性基質の結合部位を覆っているのに対し、本酵素のC端部分は短く、推定上の求電子性基質結合部位は溶媒に対してより開いている。他方、本酵素のGSH結合部位には既知のGSTの特徴が高度に保存されている。すなわち、Pro53のcis型のコンフォメーションやGlu65の主鎖の屈曲は、GSH結合部位の構造形成に重要であり、他のGSTでも保存される。又、Val52、Gln51、Gly66及び隣接サブユニットに存在してGSH結合部位に側鎖が突出しているThr103とGlu104などのアミノ酸残基は、他のGSTでも立体構造上同様の位置に保存もしくは類似の残基に置換され、GSHとの結合に関わっている。こうした全体構造及び触媒部位の相同性に関わらず、哺乳類由来GSTにおいて1のC端近傍に位置し、触媒に直接関与するとされるチロシンは本酵素ではGSH結合部位近傍に存在しない。大腸菌由来GSTにおいて触媒チロシンに相当する残基はTyr5であるが、Tyr5のフェニルアラニンへの置換は酵素活性に影響を与えなかった2)。本酵素においては、チロシンに代わってCys10の主鎖の窒素原子或いはHis106の原子が水素供与体としてthiol基のアニオン型を安定化するか、或いはHis106の原子がthiol基の水素を受け取る事によってその求核性を高めていると考えられる。本研究によって、GSTファミリーは同一の起源から進化した共通のフォールディングと機能を持つにも関わらず、その触媒機構に関しては種によって重要な相違が存在する事が示唆された。

Figure3 GSH結合部位のステレオ図。インヒビター分子とCys10及びHis106(太線)との間の水素結合を破線で示した。
【参考文献】1)Kong,K.-H.,Nishida,M.,Inoue,H.and Takahashi,K.(1992)Biochem.Biophys.Res.Commun.182,1122-1129.2)Nishida,M.,Kong,K.-H.,Inoue,H.and Takahashi,K.(1994)J.Mol.Biol.269,32536-32541.3)Nishida,M.,Harada,S.,Satow,Y.,Inoue,H.and Takahashi,K.(1996)Journal of Crystal Growth 168,284-287.
審査要旨

 基本構造が同一である蛋白質分子間では、通常それらの触媒部位は、生物種を越えて高度に保存されている事が認められている。本論文では、原核生物由来のグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)のグルタチオン(GSH)抱合反応の触媒機構は、真核生物由来のGSTファミリーと異なり、こうした一般論が成り立たない事を明らかにしている。

 GSTは、解毒代謝に機能する多機能蛋白質であり、主としてグルタチオン(GSH)と求電子性基質との抱合反応を触媒する事により、これらの基質を無毒化する。GSTは、真核生物では幅広く存在する事が知られているが、他方原核生物では、その存在、性状、構造は全く不明であった。本論文では、既知のGSTとは最も遠縁の原核生物よりGSTを単離し、その三次元構造解析を行って、GSTファミリーの構造・機能の分子進化について知見を得る事を目的としている。

 本論文では、2章1節で大腸菌よりGSTを単離、精製し、2節でそのクローニング及び各種性状解析を行っている。又、その大量発現系を構築し、部位特異的変異法による反応速度論的解析の結果を報告している。3節では、大腸菌由来GSTの結晶化、重原子同型置換法によるX線構造解析を行った。3章でその三次元構造を詳述し、4章で本酵素の触媒反応機構、及びその真核生物由来の酵素との差異に基づいてGSTファミリーの構造・機能相関の分子進化について考察を展開している。

 2章1節では、まず、大腸菌よりGST活性を検索し、その高純度精製を行っている。これより本酵素のN端アミノ酸配列が明らかにされた。2節ではそのクローニングを行い、GST遺伝子の染色体上の位置、及びその構造遺伝子と周辺の塩基配列を同定した。次いで、その大量発現系を構築し、各種の酵素学的性状解析を行っている。本論文で、初めて原核生物由来のGSTの遺伝子の単離が行われたが、その真核生物由来のGSTに対する一次構造上の相同性は18%以下である。しかし、これらの実験結果から、大腸菌由来の酵素が分子量46kDaのホモ二量体であり、又、本酵素が、各種の基質に対するGSH抱合反応及びGSH依存的に過酸化物の還元反応を触媒する事から、既知のGSTファミリーに属する蛋白質である事が示唆された。

 従来行われた多数の部位特異的変異による解析及びX線結晶構造解析の知見から、GSTファミリーでは、N端近傍に保存されるチロシン残基が活性中心であり、このアミノ酸残基がGSHのチオール基と直接相互作用してその求核性を高める事により、GSH抱合反応が触媒されると推測されている。ところが、本論文では、部位特異的変異法による反応速度度論的解析から、大腸菌由来の酵素ではN端近傍のTyr5が酵素活性に関与しない事を示している。これは、GSTファミリーにおいて、触媒部位に可変性が存在する事を示唆した初めての発見である。この問題を解明する為に、本論文では、更に2章3節で大腸菌由来GSTのX線結晶構造解析に研究を展開している。始めに大腸菌由来GSTの、GSH類似阻害剤グルタチオンスルフォネートとの複合体の結晶を得、これより重原子同型置換法により2.1Å分解能でのR因子18.2%の構造モデルを精密化した。この結果から、大腸菌由来GSTのフォールディングトポロジーは、基本的に既知のGSTと同一であり、特にGSH結合部位の構造とこれを構成するアミノ酸残基はよく保存されている事が明らかにされた。ところが、その触媒部位については、His106の側鎖及びCys10の主鎖のアミド基が阻害剤と近接した位置にあり、そのスルフォネート基と水素結合を形成している事が認められた。又、活性中心と予想されたチロシン残基は触媒部位に存在せず、2章2節における部位特異的変異の実験結果と符号する。これらの知見に基づいて、4章では、大腸菌由来GSTではCys10とHis106がチロシン残基に代わってGSHの求核性を高める事により、その抱合反応が触媒されると主張している。

 以上の研究によって、GSTファミリーでは、原核生物由来と真核生物由来の酵素との間には、その触媒部位の構造と触媒機構に重大な相違が存在する事が示された。こうした例は酵素分子において、極めて希である事から、本研究より得られた知見は蛋白質の構造・機能相関の分子進化を研究する上において高い意義を持つと判断される。

 又、本論文では、4章では原核生物由来と真核生物由来のGSTとの立体構造上の相違に基づいて、その生理機能の違いについて考察を展開している。例えば、そのC端領域の違いから、GSH抱合反応を受ける求電子性基質及び基質の認識に原核生物と真核生物由来のGSTでは違いのある可能性を推測している。GSTは、解毒代謝以外に、生理活性物質の生合成などにも機能しており、こうした基質認識の違いは、生体の代謝形成の進化を考察する上で貴重な知見といえる。

 以上の、原核生物由来のGSTの検索、精製とそのクローニング、各種性状解析、部位特異的変異法による反応速度論的解析からX線結晶構造解析まで、これらはすべて、本論文提出者が主体となって行ったものであり、審査委員会は、本論文提出者が博士(理学)の学位をうける資格があるものと判定した。なお、本論文は、東京大学理学系研究科の横山茂之教授、同大学薬学部の佐藤能雅教授、東京薬科大学生命科学部の高橋健治教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

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