ムスカリン性アセチルコリン受容体(mAChR)はGタンパク質共役受容体であり、七回膜貫通ドメインを持つ単量体タンパク質である。現在までに五つのサブタイプの遺伝子が、ヒト、ラット、ブタなどよりクローニングされている。それぞれのサブタイプは異なった発現パターンを示すが、その発現制御機構についての知見は全くなかった。我々は、ほぼ神経細胞に限局して発現しているm4サブタイプの転写レベルでの発現制御機構を解明するために、ラットm4mAChR遺伝子のプロモーター領域を同定し、解析した。 まずはじめに同遺伝子の構造を決定した。m4mAChRを比較的多く発現している細胞株PC12D(ラット褐色細胞腫)より調製したpoly(A)+RNAを用いて、SLIC(single-strand ligation to single-stranded cDNA)-PCR法により同遺伝子の5’非翻訳領域を含むcDNAを単離した。その結果、異なる5’非翻訳領域を含む二種類のcDNAが得られた。ラットm4mAChR遺伝子のゲノミッククローンを単離し、cDNAに含まれる5’非翻訳領域の配列と比較したところ、coding exonより約5kb上流に二つのnoncoding exonが存在することがわかった。この二つのエクソンはオルタナティブスプライシングを受け、二番目のエクソンがmRNAに取り込まれるか取り込まれないかにより二種類のmRNAがつくられることがわかった。スプライシングを受ける部位には、スプライシングのコンセンサス配列が見出された。S1マッピングおよびプライマー伸長法により、最も上流のnoncoding exonの3’端より160bp及び157bp上流から転写が始まることがわかった。二番目のnoncoding exonの長さは158bpであった。 転写開始点よりも上流には遺伝子の転写を制御する領域が存在すると期待されるので、約1kbにわたる領域の塩基配列を決定した。この領域はGC含量に富み(転写開始点より上流400bpまでの領域において70%)、TATA-boxは見られなかった。AP2、Sp1等の転写因子の結合配列や、CAAT-box、E-boxなどが見出された。 次に、この領域がプロモーターとして機能しうるのかを検討した。様々な長さのm4mAChR遺伝子5’上流領域をルシフェラーゼ遺伝子の上流につないだプラスミドを構築し、種々の細胞株に導入した。435bp上流まで含むプラスミドでは、m4mAChRを発現している神経様細胞PC12D、NG108-15(マウス神経芽細胞腫N18とラットグリア細胞腫C6のハイブリッド細胞)、m4mAChRを発現していないL6(骨格筋筋芽細胞)、3Y1B(繊維芽細胞)細胞ともにルシフェラーゼ活性が見られた。一方、上流約3kbまたは約1kbの領域を含むプラスミドでは、PC12DおよびNG108-15では上流435bpに比べほぼ同程度のルシフェラーゼ活性が見られたが、L6、3Y1B細胞では約1/20の活性しか見られなかった。これらの結果から、転写開始部位より上流435bpの領域には、m4mAChRが発現しているか否かに関わらず全ての細胞種で活性を持つ細胞種非特異的なプロモーター(以後、非特異的プロモーター)が存在し、さらにその上流638bpの領域に存在する細胞種特異的なサイレンサーが非神経細胞において非特異的プロモーターの活性を抑制することにより、細胞種特異的な発現が制御されていることがわかった。この638bpの領域には、neuron-restristrictive silencer element/repressor element 1(NRSE/RE1)と高い相同性を示す配列が存在した。ラットNaII、SCG10、ヒトシナプシンIなどの神経細胞特異的な遺伝子の転写調節領域は、非特異的プロモーターと細胞種特異的サイレンサー(NRSE/RE1)からなっており、NRSE/RE1が非特異的プロモーターの活性を非神経細胞で抑制している。NRSE/RE1を直接m4mAChR遺伝子非特異的プロモーターにつなげると、NG108-15細胞ではルシフェラーゼ活性に影響はないが、L6細胞においてルシフェラーゼ活性がほとんど見られなくなること、転写開始点より上流1073bpまでの領域からNRSE/RE1を除くと、L6細胞でもNG108-15細胞と同程度のルシフェラーゼ活性が見られることから、m4mAChR遺伝子においても、その神経細胞特異的な発現がNRSE/RE1によって制御されることが示された。 NRSE/RE1に結合し、ラットNaII、SCG10遺伝子のプロモーター活性を抑制するリプレッサーとしてNRSF/REST(neuron-restrictive silencer factor/RE1-silencing transcription factor)がクローニングされているので、m4mAChR遺伝子のNRSE/RE1による抑制もNRSF/RESTによって担われているのかを検討した。NRSF/REST発現プラスミドをレポータープラスミドと一緒にNG108-15細胞に導入してNRSF/RESTを強制発現させたところ、m4mAChR遺伝子のプロモーター活性が約半分に抑制された。一方NaII遺伝子のプロモーター活性は、NRSF/RESTの強制発現によりNG108-15細胞でほぼ完全に抑制された。NRSE/RE1と非特異的プロモーターの組み合わせをm4mAChR、NaII両遺伝子で入れ換えたキメラプロモーターを作製し、NRSF/RESTを強制発現したNG108-15細胞でのプロモーター活性を測定したところ、m4 NRSE/RE1はNaII遺伝子非特異的プロモータをほぼ完全に抑制したが、NaII NRSE/RE1はm4mAChR遺伝子非特異的プロモーターを部分的にしか抑制しなかった。したがって両遺伝子プロモーターにおけるNRSF/RESTの抑制活性の違いは、NRSE/RE1の違いではなく非特異的プロモーターの性質の違いによること、m4mACh遺伝子非特異的プロモーターの活性を完全に抑制するにはNRSF/RESTでは十分でないことが示された。 NRSF/RESTを強制発現したNG108-15細胞においてはm4mAChR遺伝子プロモーター活性が部分的にしか抑制されないのに対して、内在性のNRSF/RESTを発現しているL6細胞ではプロモーター活性がほぼ完全に抑制される。ゲルシフトアッセイにより、L6細胞においてm4mAChR遺伝子サイレンサー領域に結合するタンパク質は一種類であること、NaII NRSE/RE1とm4 NRSE/RE1には同じタンパク質が結合することが示唆されている。また、L6細胞でNaII NRSE/RE1にはNRSF/RESTが結合することを、抗NRSF/REST抗体を用いたスーパーシフトアッセイにより示した報告がある。よって、m4mAChR遺伝子サイレンサー領域にはNRSF/RESTのみが結合していると思われる。NRSF/RESTを強制発現したNG108-15細胞でも、同じ領域に結合するタンパク質はNRSF/RESTのみと考えられる。したがって、両細胞においてNRSF/RESTによるm4mAChR遺伝子プロモーター活性の抑制の程度が大きく異なるのは、サイレンサー領域に結合する因子が両細胞で異なるのではなく、非特異的プロモーターに結合する転写活性化因子が異なるためと考えられる。 この仮説を検証するために、非特異的プロモーター領域を詳しく解析した。この領域を5’側から欠失させた一連のレポータープラスミドを作製し、プロモーター活性を測定した。その結果この領域には複数の転写制御配列が存在することが分かった。転写開始点から上流90bpまでの領域を含むレポータープラスミドを用いた場合でも、NG108-15、L6細胞ともにプロモーター活性がみられた。上流90bpまでの領域をプローブに用いてゲルシフトアッセイを行ったところ、複数のシフトしたバンドが検出され、この領域に結合するタンパク質が存在することが示された。シフトしたバンドのパターンはNG108-15細胞、L6細胞とで異なっており、両細胞で異なる核タンパク質がこの領域に結合することが示唆された。この結果は、NRSF/RESTの転写抑制活性は非特異的プロモーターに結合する転写活性化因子の種類に依存する、という仮説を支持する。 以上のことから、NRSF/RESTによる転写抑制活性は非特異的プロモーターおよび非特異的プロモーターに結合する転写活性化因子の種類により大きく異なり、NRSF/RESTと転写活性化因子の組み合わせによってm4mAChR遺伝子の神経細胞特異的な発現が制御されているというモデルを提出した。 |