生物は個体の死を超えた生命の永続性を生殖によって保証されている。生殖には無性生殖と有性生殖が存在するが、後者は二種類の遺伝情報が混合することにより新たな形質が生じる可能性に富んでおり、進化的により優れていると言える。有性生殖には、世代ごとの遺伝物質を一定に保つ機構、すなわちDNA合成(減数分裂前DNA合成)後、二回の分裂(減数第一、第二分裂)が連続して行われる減数分裂が組み込まれている。この減数分裂の制御機構については、適当な実験系の不備などに起因して体細胞分裂周期ほどには知見が得られていない。本研究では、減数分裂を容易に誘導でき、分子遺伝学的手法も応用できる分裂酵母Schizosaccharomyces pombeを用いて減数分裂過程の分子制御機構の解析を試みた。 分裂酵母において減数分裂の開始はMei2によって制御されている。通常一倍体で増殖する分裂酵母は、外界の栄養源が枯渇すると異なる接合型の細胞同士が接合して、減数分裂、胞子形成という一連の有性生殖過程に移行する。栄養源の枯渇と二種類の接合型遺伝子の共存という減数分裂開始の条件がそろうと、減数分裂を負に制御するPat1キナーゼの不活化が起きて、その結果Pat1キナーゼの標的であるMei2が活性化される。RNA結合タンパク質であるMei2は何らかのRNA分子と結合して減数分裂前DNA合成を誘導した後、そのパートナーをsme2遺伝子にコードされるmeiRNAに代えてタンパク質-RNA複合体を形成し、減数第一分裂の開始を制御すると考えられている。しかしながら、その重要性にかかわらずMei2の分子機能は未だ不明である。本研究ではMei2-meiRNAの機能を探るため、減数第一分裂が不能となるmeiRNA変異をマルチコピーで抑圧する分裂酵母のssm遺伝子(suppressor of sme2)の単離、解析を行った。 本研究のスクリーニングから、新規の遺伝子としてspo5、ssm4、ssm6、ssm12が、既知のものとして減数分裂期の遺伝子組換えに関与するrec8がクローンとして得られた。spo5、ssm4、ssm12、rec8各遺伝子の発現はノーザン解析より窒素源飢餓下の二倍体細胞、すなわち減数分裂を開始している細胞でのみ強く誘導されていることが示された。また、これらの遺伝子の発現はmei2およびsme2に依存しており、Mei2-meiRNA複合体自体が転写因子として機能している可能性を含めて、Mei2-meiRNAの下流で減数分裂に関連した遺伝子群の特異的な転写制御が行われていることが示唆された。これらの遺伝子と異なり、ssm6の発現は接合型にかかわらず窒素源飢餓によって誘導を受けており、接合過程などを含めたより広い範囲で機能していることが考えられた。 spo5遺伝子の塩基配列を決定したところ、その遺伝子産物はショウジョウバエの性決定因子sex-lethal、出芽酵母のpoly A結合タンパク質PABP、分裂酵母のMei2などのRNA結合タンパク質に見られるモチーフをもち、Spo5もRNA結合タンパク質であることが予想された。spo5遺伝子破壊株を作製したところ、この株は生育は正常であったが、減数第二分裂の進行に欠損が生じていた。この遺伝子破壊株と、同様の表現型をもつ既存の変異株との掛け合わせ実験を行い、今回単離した遺伝子が減数第二分裂、胞子形成に異常を示すspo5変異の原因遺伝子そのものであることを明らかにした。 ssm6、およびssm12の塩基配列から予想される遺伝子産物はいずれも既知のタンパク質と相同性をもたず、特徴的なモチーフも存在しなかった。また、それぞれの遺伝子を破壊した株を作製したが、通常の増殖、有性生殖のいずれの過程においても顕著な表現型は認められず、遺伝子産物の機能を示唆するような情報は得られなかった。これらの遺伝子は減数第一分裂不能のmeiRNA変異を抑圧できることから、減数第一分裂で何らかの機能活性をもつ可能性が考えられるが、この点に関してはさらなる解析が必要である。 ssm4遺伝子の塩基配列を決定したところ、670アミノ酸からなるORFが存在していた。予想される遺伝子産物には、ヒトのendocytic vesicleと微小管の結合に必須のCLIP-170や出芽酵母の微小管制御タンパク質BIK1などの微小管結合タンパク質との相同性が見られた。Ssm4のN末端側には、これらのタンパク質に共通した微小管結合モチーフが存在し、その後ろにcoiled-coil構造をとると思われる部分が続いていた。従ってSsm4は二量体を形成して、微小管に結合する可能性が示唆された。そこでSsm4とmyc-epitopeの融合タンパク質、あるいはgreen flouorescent protein(GFP)との融合タンパク質を過剰発現した分裂酵母株で間接蛍光抗体染色を行ったところ、Ssm4の局在が微小管と一致することが明らかとなった。Ssm4のN末端の微小管結合モチーフ内に変異を導入すると、微小管との共在は見られなくなり、このモチーフが微小管との結合に必須の機能を果たしていることが示された。また、この変異型Ssm4は核に局在することが認められた。野生型のSsm4融合タンパク質は間期の細胞質微小管、分裂期のスピンドルの両方に局在していたが、もし減数分裂が進行するに従いSsm4が細胞質から核に移行するなどの制御を受けているとすれば非常に興味深い。ただし、間期の細胞質微小管へのSsm4の局在は過剰発現の結果であり、本来Ssm4はスピンドルなどの核内の微小管構造のみと特異的に結合しているという可能性も残されており、さらなる解析が必要である。 ssm4遺伝子破壊株では、その発現パターンからの推測と合致して、減数分裂特異的な欠損が見られた。ssm4破壊株で減数分裂、胞子形成を誘導すると、野生型株ではほとんど観察されない、2個しか胞子を形成していない細胞が見られた。チューブリン変異株においても同様の異常な胞子が見られることから、Ssm4は減数分裂期のスピンドルなどの微小管分裂装置を制御することによって、体細胞分裂と異なった減数分裂特有の分裂様式を成立させる機構に関与している可能性が高いと考えられた。 減数第一分裂不能のsme2破壊株では、減数第一分裂の進行に必須の転写因子をコードするmei4遺伝子の発現誘導が起きない。また、減数分裂前DNA合成後に核に移行して機能すると考えられてぃるMei2に関しても、sme2破壊株においては核へ移行せず細胞質にとどまるとの観察がある。これらのsme2破壊株で見られる現象は、ssm4を導入して減数分裂不能の表現型を抑圧するといずれも回復した。この結果は、ssm4を過剰発現したことによって何らかの正に作用するフィードバック機構が働き、Mei2がmeiRNA非依存的に核に移行して機能すると考えることで説明できる。 Ssm4と同じモチーフをもつ出芽酵母のBIK1は、coiled-coilタンパク質ASE1と協調して、体細胞分裂期のスピンドルの伸長において必須の機能を果たしているとの報告がある。ssm4破壊株での異常な胞子の頻度は1割程度にとどまっており、ASE1に相当するパートナーが存在する可能性も考えられた。そこで、分裂酵母ゲノムプロジェクトのデータベースを検索したところ、Ssm4と同じ微小管結合モチーフをもつものが存在した。このタンパク質をコードする遺伝子をmbm1(microtubule-binding motif protein)と名付け、クローニングして解析を行った。mbm1の発現は、接合型、窒素源の有無によらず一定で、体細胞周期、有性生殖過程のいずれにおいても機能していることが示唆された。mbm1破壊株は増殖が高温感受性となり、制限温度下で培養すると染色体の分離が完了する前に細胞質分裂が起きるcut変異の表現型が観察された。また、mbm1破壊株では許容温度下で、ssm4破壊株で見られたような異常な胞子が観察された。以上より、Mbm1が体細胞分裂においても減数分裂においても、スピンドルなどの微小管構造に結合して染色体分配を支配しているという可能性が示唆された。さらに、ssm4 mbm1二重破壊株では、減数分裂における欠損がそれぞれの単独破壊株の場合より強められて正常な胞子はほとんど観察されず、Ssm4とMbm1は減数分裂過程ではオーバーラップした機能をもつと考えられた。 本研究では、Mei2-meiRNAの機能に関する直接的な情報を得ることは出来なかったが、Mei2-meiRNAの下流で働く遺伝子の単離に成功した。それらには減数第二分裂で機能するRNA結合タンパク質の遺伝子spo5や、微小管結合タンパク質をコードするssm4が含まれていた。本研究からSsm4が減数分裂期の微小管制御に関与することが明らかとなり、Ssm4は減数分裂の特異性を成立させる因子のひとつである可能性が考えられた。今後、さらなる解析でSsm4の分子活性が解き明かされ、減数分裂の制御機構に関する理解が深まることを期待する。 |