学位論文要旨



No 112484
著者(漢字) 横地,智貴
著者(英字)
著者(カナ) ヨコチ,トモキ
標題(和) 染色体分離に必須な大腸菌DNAトポイソメラーゼIVの反応機構の遺伝学的解析
標題(洋)
報告番号 112484
報告番号 甲12484
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3264号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 鈴木,紘一
 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 大坪,栄一
内容要旨

 細胞が増殖する際に、染色体が複製されて娘細胞に分配される。そのためには、染色体の分配に先立って、複製に伴って生じるDNAのからまりがほどかれて分離することが必要である。この染色体分離の過程に重要な働きをしているのがII型トポイソメラーゼである。II型トポイソメラーゼは生育に必須な酵素であり、その一次構造はバクテリアからヒトに至るまできわめてよく保存されている。大腸菌ではDNAジャイレースとトポイソメラーゼIVの2種類のII型トポイソメラーゼが存在し、染色体分離には両方の機能が必要とされることが知られている。

 II型トポイソメラーゼの反応機構に関しては、結晶構造解析の結果などを基にして、酵母のII型トポイソメラーゼであるトポイソメラーゼIIについてモデルが提出されている。そのモデルでは、トポイソメラーゼIIが1本目のDNA二重鎖をまず切断し、2本目のDNA二重鎖を通過させてから切断された1本目のDNA鎖を再結合させ、この一連のDNA切断-再結合のサイクルを繰り返すことで、DNAのからまりを解消していると考えている。II型トポイソメラーゼによるDNA二重鎖切断の過程は、一次構造が判明しているII型トポイソメラーゼで完全に保存されているチロシン残基(active-site tyrosine)と、DNAのリン酸ジエステル結合との間のエステル交換反応であることがわかっている。またこのエステル交換反応によって生じるII型トポイソメラーゼとDNAの共有結合した反応中間体は、クリバブルコンプレックス(cleavable-complex)と呼ばれている。

 II型トポイソメラーゼの反応機構は、結晶構造解析の結果や生化学的解析によってある程度明らかになっているものの、遺伝学的な解析が不十分であるために不明な点も多い。本研究では、II型トポイソメラーゼの反応機構、特にDNA二重鎖切断と再結合の機構を明らかにすることを目的に、II型トポイソメラーゼのモデルとして大腸菌のトポイソメラーゼIVを用いて遺伝学的解析を行った。

1.トポイソメラーゼIVの優性致死突然変異株の単離

 トポイソメラーゼIVは大腸菌の生育に必須な酵素であるため、機能に欠損を持つ変異株は、一般に温度感受性変異株などの条件致死変異株として単離しなければならない。しかしそうした変異株からは、限られた種類の変異株しか得られない。そこで、変異型遺伝子の発現をコントロールすることで条件致死となるような、一種の優性致死突然変異株を用いて解析を行った。トポイソメラーゼIVはparCとparE各々の遺伝子産物から構成されるヘテロテトラマーであるが、このParC、ParEサブユニットのそれぞれから優性致死突然変異株を単離した。parC遺伝子の変異株を単離する方法を(図1)に示す。プロモーターを欠くparC遺伝子に対して、マンガンイオン存在下でPCRを行うことにより、種々の変異が導入された変異型parC遺伝子を含むDNA断片を調製した(A)。これを、細胞内に1コピー存在するmini-Fプラスミドベクターにクローニングしたが、その際lacプロモーターの下流でparC遺伝子が発現するようにした(B)。染色体上のparC遺伝子に関しては野生型である株にこのプラスミドを導入した後(C)、IPTG存在下、すなわち変異型ParC蛋白質を発現させたときにのみ生育できなくなるような変異株を単離した。

2.トポイソメラーゼIVの優性致死突然変異株の解析(1)parC3変異株の解析

 同時に解析を行っていた加藤により、同じ方法で単離されたparC3変異株の変異型トポイソメラーゼIVによる反応がクリバブルコンプレックスを形成した段階で停止すること、つまりこの変異型トポイソメラーゼIVはDNAの切断はできるものの再結合の過程に欠損を持つことが、in vitroでの実験から明らかにされた(加藤、横地、池田、投稿準備中)。そこでこの変異株ではin vivoでもDNA切断が起こっているのではないかと考え、SOS応答の誘導によってラムダファージ溶原菌から放出されるファージの粒子数を計測した。その結果、ParC3変異型蛋白質を発現させた際には約10倍多くのファージが放出されており、変異型トポイソメラーゼIVによってin vivoでもDNA切断が起こることが示唆された。またこの変異株の変異部位を決定したところ、活性中心と思われるチロシン残基の隣に位置する119番目のアルギニン残基がシステインに置換していた。このことから、このアミノ酸残基がDNAの再結合の過程に重要な働きをしていることが明らかになった。

(2)parE(K99E)、parE(K99I)変異株の解析

 野生型トポイソメラーゼIVについての生化学的な解析から、ATP非存在下では、DNAの切断は起こるが再結合が起こらないことがわかっている。そこで、ATPase活性ドメインを持つParEサブユニットの機能を明らかにするために、parE遺伝子の優性致死突然変異株の単離を試みた。DNAジャイレースに関する解析結果を参考にして、トポイソメラーゼIVのATPaseドメインと考えられる部位に変異を導入した変異株(parE(K99E)、parE(K99I))を作製したところ、これらの変異型parE遺伝子は、過剰発現させたときに宿主の生育を著しく阻害した。更に、野生型parE遺伝子、または野生型parC遺伝子を持つ多コピープラスミドを用いて相補性試験を行ったところ、野生型parE遺伝子を持つ多コピープラスミドでは相補されるが、野生型parC遺伝子を持つ多コピープラスミドでは抑圧されないタイプだった。同様のタイプであるparC3変異株やparC10変異株がDNA切断を引き起こすことが示唆されていたので、これらの変異株もまたDNA切断を起こすのではないかと考えられる。

(3)parC10変異株の解析

 (図1)に示した方法によって2100株の形質転換体を調べ、parC遺伝子の優性致死突然変異株を15株単離した。これらについて上記の相補性試験を行った結果、野生型parC遺伝子を持つ多コピープラスミドによっては相補されるが、野生型parE遺伝子を持つ多コピープラスミドでは抑圧されないタイプのものが2株見出された。これらはDNA切断を引き起こす変異株ではないかと考え、このうちの1つ、parCl0変異株について解析を行った。

 parC10変異株の変異部位を同定するために、野生型parC遺伝子と変異型parC10遺伝子との様々なキメラ遺伝子を作製して、優性致死の性質を示すかどうかを指標に、parC遺伝子のどの領域に変異が起こっているかを調べた。その結果、致死性を引き起こす変異はparC遺伝子のN末端側およそ400bp以内にあることがわかった。次にこの領域の塩基配列を決定したところ、この変異は、active-site tyrosineと考えられる120番目のチロシン残基がヒスチジンに置換した変異であった。

 このactive-site tyrosineの変異により、性質がどのように変化したかを明らかにするために、変異型ParC10蛋白質の精製を行った。parC10変異株は優性致死変異株であるので、細胞内に野生型ParC蛋白質が混在している。したがって、変異型ParC10蛋白質を精製するには、野生型ParC蛋白質と分ける必要がある。そこで、ParC10蛋白質とマルトース結合蛋白質(Maltose Binding Protein,MBP)との融合蛋白質を作製し、これをアミロースカラムを用いたアフィニティクロマトグラフィーで精製した後に、部位特異的プロテアーゼであるfactor XaでMBPの部分を切断することによって、ParC10蛋白質を精製した。

 得られた変異型ParC10蛋白質と野生型ParE蛋白質とを用いて、in vitroで変異型トポイソメラーゼIVを再構成した。そのトポイソメラーゼ活性を、プラスミドの超らせんを弛緩させる活性によって調べた。その結果、変異型トポイソメラーゼIVはDNAに一本鎖切断を入れる活性を持つことがわかった。この反応はATP非依存的であり、また切断されたDNAの末端にトポイソメラーゼIVが共有結合していなかった。更にDNAの再結合の過程を阻害するオキソリン酸を作用させてもこの反応に変化が見られなかったことから、再結合以後のステップではなく、DNAの切断のステップに欠損があることが示唆された。以上の結果から、120番目のチロシン残基がDNAの切断の過程に重要であることが、遺伝学的に明らかになった。

3.トポイソメラーゼIVの反応機構に関する考察

 120番目のチロシン残基がヒスチジン残基に置換した変異型ParC10蛋白質で、共有結合を作らずにDNAを切断する活性が見られたことから、その反応機構について(図2)に示したモデルが考えられる。変異型ParC10蛋白質では、活性中心のヒスチジンに水素結合した水分子が活性化されてDNAのリン酸ジエステル結合を求核攻撃し、その結果としてDNAの加水分解が起こるために、DNA切断が起こる(図2A)。したがってこの結果から、野生型ParC蛋白質においては、活性中心に存在するチロシン残基のフェノール性水酸基の求核性を高める機構が、ParC蛋白質の活性部位近傍に存在すると考えられる(図2B)。一方、変異型ParC3蛋白質では、DNAの再結合の過程に欠損がみられたが、チロシンとDNAの共有結合は形成されるので、DNAを切断する活性は残っている。このことは、119番目のアルギニン残基が切断には関与せず、主に再結合の過程に働いていることを示唆する。

図1図2
審査要旨

 大腸菌DNAトポイソメラーゼIVは、染色体の分配において重要な役割を持つ酵素であり、環状DNAの複製の際に生じるDNA間の絡まりをほぐす働きをしている。II型トポイソメラーゼの反応機構の複雑さのために、トポイソメラーゼの反応機構の詳細なメカニズムは未だに明かではない。本論文は、DNAトポイソメラーゼIVに関する遺伝学的な解析によって反応機構の解明に迫ることを目的としたものである。

 本論文の実験の結果及び考察は、第2章にまとめられている。第2章第1節では、トポイソメラーゼIVの反応過程の様々なステップに欠損を持つ変異株の単離を目的として、その優性致死突然変異株を単離する方法を開発したことと、得られた変異株の一般的な性質をしらべ、目的とした突然変異株が得られたことを確認した。複雑な反応過程を持つ酵素について優性致死突然変異株を単離するこの方法は、他に類を見ない新しいものである。

 第2章第2節では、優性致死突然変異株parC3について、SOS応答の誘導を測定するアッセイ系を確立し、parC3変異の導入によって細胞内でDNA切断が起きることを示した。この結果から、変異型トポイソメラーゼIVがDNA鎖の再結合に欠損を持つことがわかった。また、parC3遺伝子の変異部位を同定し、119番目のアルギニンがシステインに変わっていることを示した。

 第2章第3節では、トポイソメラーゼIVのATPase活性ドメインを持つParEサブユニットに関する優性致死突然変異株を単離し、変異によってSOS応答が誘導されることを示した。さらに、ATP結合ドメインに対して部位特異的に変異を導入した変異株を単離し、やはり細胞内でDNA切断を引き起こすことをin vivoで示した。

 第2章第3節では、優性致死突然変異株parC10を単離し、この変異株がin vivoでSOS応答を誘導していることを示した。さらに、その変異は、トポイソメラーゼIVがDNAと共有結合をつくるための活性中心とされる120番目のチロシン残基がヒスチジン残基に置換されていることを明らかにした。さらに、変異型ParC10蛋白質を精製して、in vitroで変異型トポイソメラーゼIVを再構成し、酵素活性を測定した。その結果、この変異型トポイソメラーゼは、野生型酵素とは異なって、ATP非依存的にDNAの一本鎖切断を起こすことと、その反応産物がトポイソメラーゼと共有結合していないことを明らかにした。このことから、変異型トポイソメラーゼIVが、DNA鎖切断のステップに欠損を持っていると推定し、ヒスチジン残基に水素結合した水分子がDNA鎖を求核攻撃するというモデルで、変異型トポイソメラーゼIVの活性を説明した。

 以上の結果は、野生型ParC蛋白質においては、120番目のチロシン残基がDNAの切断の過程に重要な役割を持つことを遺伝学的に証明したものである。同時に、チロシン残基のフェノール性水酸基の求核性を高める機構がParC蛋白質の活性部位近傍に存在する、ということが示唆された。さらに、119番目のアルギニン残基は、切断の再結合の過程に重要な役割を持つことを示した。

 本論文は、II型トポイソメラーゼの反応機構の各ステップを遺伝学的に解析する方法の端緒を開いたものであり、この酵素の高次構造の解明と相まって、酵素の構造と機能の問題の解明の重要なステップとなるものであり、この領域へ大きく寄与したものと考えられる。よって、博士(理学)の学位を授与するに値することを認める。

 なお、本論文は、加藤潤一博士、池田日出男博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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