学位論文要旨



No 112489
著者(漢字) 足立,直樹
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ナオキ
標題(和) アフリカツメガエル初期発生における遺伝子発現の蛍光ディファレンシャル・ディスプレイ法による解析
標題(洋) Fluorescent Differential Display Analysis of Gene Expression in Early Embryogenesis of Xenopus laevis
報告番号 112489
報告番号 甲12489
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3269号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩川,光一郎
 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 助教授 藤原,晴彦
 東京大学 助教授 広野,雅文
 東京大学 助教授 平良,眞規
内容要旨 1.

 発生を司る遺伝子の発現は発生の進行に伴って変化していると考えられる。

 そのような転写産物集団間の差異を検出する方法として、近年開発されたディファレンシャル・ディスプレイ(DD)法がある。DD法はoligo(dT)プライマーでRNAからcDNAを作製し、そのcDNAに対してoligo(dT)と任意のプライマーとでPCRを行い、そのPCR産物を電気泳動してパターンを得るという方法である。その利点は、多数のサンプルを同時に比較できることや、必要となるRNA量が比較的少量ですむことなどである。しかし発生学の分野ではこの方法はこれまであまり用いられてはいなかった。そこで私はDD法原法の信頼性を向上させ、蛍光でシグナルを検出するようにした蛍光ディファレンシャル・ディスプレイ(FDD)法を用いて、アフリカツメガエルの初期発生のmRNA変化を解析した。

2.蛍光ディファレンシャル・ディスプレイ法

 FDD法を用いて、アフリカツメガエルの初期発生段階の卵割期・胞胚期・嚢胚期・神経胚期・尾芽胚期・初期おたまじゃくし幼生期からのRNAに対して解析を行ったところ、各プライマーセットに対して多数のバンドを得た。これらのバンドの中には、その発現が一定のレベルを示すものもあったが、漸減、漸増、一過性の発現を示すようなものもみられた。そのような発現の変動を示すバンドから無作為に3つを選び、それぞれクローニングを行い、解析を行った。

 3つのクローンは、発生初期は発現がみられず途中から発現がみられるようになるクローン(Jn8-10)、発生の初期は発現が弱く途中から発現が高くなるクローン(Jn7-4)、及び、初めは発現が高く次第に発現が低くなるクローン(Jn6-3)である。

 クローンJn8-10は塩基配列を決定し、ホモロジーサーチを行ったところ、アフリカツメガエルのalpha cardiac actinと塩基配列が一致した。

3.Jn7-4の解析

 クローンJn7-4は、卵割期から弱く発現し、神経胚期以降に強く発現するようになるクローンで、ホモロジーサーチによって、アフリカツメガエルのnon-epidermal keratin geneであるXK endo Bと高い相同性(93.5%)を示した。

 そこで、Jn7-4とXK endo Bの発現様式を調べるために、FDDで用いたのと同じ各発生段階からの6種類のRNA、および切り分けられたstage18の神経胚の各部位から抽出されたRNAに対してNorthern blot及びRT-PCRによる分析を行った。その結果、両者の間に大きな差は見られなかったが、Jn7-4はXK endo Bに比べてやや局在性が弱いという結果が得られた。

4.Rox(Jn6-3)の解析

 クローンJn6-3は卵割期から発現し、発生とともにその発現を減少させていくクローンである。胚発生の初めに発現が高く、次第に発現が減少していくので、oocyteの時期における発現をRT-PCRによって調べた。その結果、同時に調べたEF1の発現がstage IIIでピークとなった後、減少を続け、受精後また増加し尾芽胚期にピークとなるのに対し、Jn6-3はstage IIまで発現が増加したのち、そのレベルを受精まで維持し、受精後は発現が減少した。また、発現が高い時期の8細胞期の胚を四分割して得られたRNAに対してRT-PCRを行ったところ分布に偏りはみられなかった。

 このクローンの塩基配列決定により、この転写物は未知のものであると考えられたため、RACE法によってJn6-3の全長cDNAの塩基配列(1393bp)を決定し、この新規遺伝子をRox(Reduction of expression)と名付けた。Rox遺伝子の配列解析の結果、172残基からなるORFが存在すると推定され、データ・ベース上のいくつかの配列と相同性が高いと認められる部分が二ヶ所存在した。またヒト、マウス等のいくつかの種のExpressed Sequence Tag(EST)(系統的に配列決定されたcDNAの末端配列)と類似性をもつことがわかった。ESTは断片的な発現情報であるのでそのままでは、情報量に乏しい。そこで最初に見出せたESTをもとにさらにホモロジー・サーチを繰り返してゆき、いわばコンピュータ上でのcDNA walkingといえる作業(cDNA waking in silico)を行うことによって、そのESTがもたらされたもとのcDNAの全長配列と思われるものを再構築することができた。これらはアフリカツメガエルRoxのホモログと思われ、通常のホモロジー・サーチの結果と併せて考えると、この遺伝子の少なくともその2つの相同領域は酵母からヒト、シロイヌナズナまで広く保存されており,何らかの機能をもつと推定される。しかし、この種の配列については、ほとんどが機能的情報がないため現時点でRoxの機能を類推することは困難である。ただ、シロイヌナズナのCOPT1、酵母のYHX5/CTR2/YHRl75wはcopper transporterとして機能することが知られている。アフリカツメガエルの卵形成過程ではoocyteにzincなどのmetal ionが蓄積されることがわかっていることとあわせて考えると、Roxはなんらかのmetal ionのtransportationに関与しているのではないかと思われる。

 以上のように、蛍光ディファレンシャル・ディスプレイ法をアフリカツメガエルの初期発生における遺伝子発現の解析に適用することに成功し、発生に伴って、発現量が変化するような3つのクローンを得ることができた。その3つのクローンはそれぞれ既知の遺伝子、既知の遺伝子のホモログ、未知の遺伝子の一部である。

 Jn7-4はXK endo Bのホモログであり、両者は類似した発現パターンを示すが、Jn7-4の方がややXK endo Bよりも発現の局在性が緩やかである。

 未知の遺伝子Rox(Jn6-3)については、その全長配列を決定し、その卵形成の時期から初期発生に至る発現の変化を調べた。またRoxの配列から、cDNA walking in silicoの手法をも用いることによって、類似する配列を見出した。その結果、この遺伝子は真核生物に広く保存される領域をもち、metal ionのtransportationに関与するのではないかと考えられる。

審査要旨

 本論文は2章からなり、第1章は蛍光ディファレンシャル・ディスプレー(FDD)法を用いてのアフリカツメガエル胚の遺伝子発現、第2章は新しい母性mRNAの遺伝子Roxの分析について述べられている。

 まず、4種類のプライマー・セットを利用し、FDD法を用いて、ツメガエルの初期胚のRNAを解析したところ、多数のmRNAバンドを得た。これらのうちから、発生の途中から発現がみられるようになるもの(Jn8-10)、発生の最初から発現されるが発生の途中から発現が高まるもの(Jn7-4)、および発生とともに発現が低くなるもの(Jn6-3)を選び、これらを更に解析した。

 Jn8-10はその塩基配列からalpha-アクチンと同定された。

 Jn7-4はnon-epidermalケラチンであるXK endo Bと高い相同性(93.5%)を示した。発現の部域性を調べた結果、Jn7-4はXK endo Bよりやや局在性が弱いという結果が得られた。

 Jn6-3は卵形成過程では、ステージIIまで発現が増加し、そのレベルは受精まで維持されること(すなわち、母性m RNAであること)が確認できた。さらに、8細胞期胚での分布はほぼ一様であることが明かとなった。RACE法によってその塩基配列(1393bp)を調べたが、これは全く新規な遺伝子であることが判明した。そこでこれをRox(Reduction of expression)と名づけた。この遺伝子のホモログを他の生物で検索したところ、ヒトからシロイナズナまで共通配列が広く分布していることが判明した。目下のところ、その機能は確定してはいないが、シロイナズナや酵母の場合にこのRox遺伝子ファミリーと思われるものが金属イオンの輸送に関与していることが分かっているので、ツメガエルのRoxもそのような機能をもつものと予想している。

 なお、本論文第1章は、伊藤隆司、古賀千恵、紀藤圭治、榊佳之、塩川光一郎との共同論文であり、第2章は日笠弘基、信賀順、伊藤隆司、榊佳之、塩川光一郎との共同論文であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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