太陽光はその波長によって紫外線・可視光・赤外線の3つの領域に大別される。DNAが紫外線照射されると、主にシクロブタン型ピリミジンダイマー(CPD)および(6-4)光産物((6-4)PD)が生成され、突然変異や発癌の原因となると考えられている。生物にはこれらのDNA損傷に対応できるDNA修復機構が備わっており、これは遺伝情報の維持・保存には不可欠のメカニズムである。DNA修復機構としては、可視光のエネルギーを用いてCPDを開裂させる光回復酵素系、新規のDNA合成を伴う除去修復系、相同染色体との組みかえによる組みかえ修復系などが現在までに知られている。 光回復酵素はCPDを特異的に修復する1つの酵素(CPD photolyase)のみと長い間考えられてきたが、1993年にTodoらによりDrosophilaにおいて(6-4)PDを特異的に修復する光回復酵素((6-4)photolyase)の存在が示された。1996年にはSancarらによりXenopusとCrotalus(ガラガラヘビ)にも(6-4)photolyaseが存在することが報告された。さらに同年、Drosophilaの(6-4)photolyaseのアミノ酸配列は、大腸菌のCPD photolyaseや、植物のシグナル伝達物質であるblue-light receptorの1つと相同性が高く、またヒトのcDNA中にも相同性の高い塩基配列が存在することがTodoらにより示された。以上のように(6-4)photolyaseの発見によって光回復酵素研究は新たな展開をみせており、魚類における(6-4)photolyaseの解析はDNA修復研究に新たな知見を与えるのはもちろんのこと、分子研究一般についても、生物の進化と地球圏環境中の太陽光の関わりを明らかにするうえでも重要な役割を果たすものである。 紫外線照射後の可視光処理によって(6-4)PDの残存量がCPDと同様に減少することは1986年、MitchellらによってXenopus培養細胞において既に報告され、このことはキンギョ培養細胞を用いた私の修士課程の実験においても確認された。しかし、光回復処理中にも除去修復系が働くと考えられるので「CPDが光回復されるため除去修復に余力ができ、(6-4)PDがより効率よく除去されるので、見かけ上(6-4)PDの光回復現象があるようにみえるだけであり、(6-4)PDの光回復酵素は存在しない」という説も当時出されていた。キンギョ培養細胞では、紫外線照射に先立ち可視光を照射しておくと(可視光前処理)、CPD photolyaseの転写誘導がおこり、CPDの光回復能が上昇することが当研究室での過去の研究で知られていた。そこで、可視光前処理をしてから紫外線を照射するまでの時間を変化させ、CPDおよび(6-4)PDの光回復能の経時的変化を調べたところ以下に述べる違いがみられた。すなわち、可視光前処理をしない細胞に比べて可視光前処理をした細胞では、CPDの光回復能は可視光前処理4時間後から24時間後まで上昇し続けたが、(6-4)PDの光回復能は可視光前処理後4時間から12時間の間だけ上昇した。この結果は、細胞に可視光前処理を行ってからの遺伝子発現誘導の経時的変化が異なる2種類の光回復酵素系の存在を示していると考えた。従って、キンギョ培養細胞においてもDrosophilaでの報告同様に(6-4)photolyaseが存在することと、それが可視光前処理によって誘導されることが示唆された。 そこで次にゲルシフト法を行い、キンギョ培養細胞粗抽出液中の(6-4)PD結合性タンパク質の存在について調べてみた。すると、(6-4)PDに特異的に結合し、可視光照射で結合がはずれる(6-4)photolyaseと考えられるタンパク質の存在が確認された。また、そのタンパク質は細胞に可視光前処理を行うことで(6-4)PDとの結合量が増加することがわかった。さらに、(6-4)photolyaseと考えられるタンパク質はキンギョ肝臓・キンギョ脳・メダカ肝臓・メダカ卵巣にも検出され、CPD photolyaseと同様に個体の組織においても存在することが示唆された。 次に、損傷が生じたDNA側の光回復処理後の変化を解析した。高線量の紫外線を、制限酵素のEcoRlによる認識・切断部位を1つ持つDNA断片に照射すると、そのDNA断片はEcoRlで切断されにくくなる。このDNA断片は、大腸菌CPD photolyaseで光回復処理を行いCPDを取り除いても、なおEcoRlで切断されにくい。この原因として、このDNA断片のEcoRl認識・切断部位に残った(6-4)PDが、EcoRlによる認識・切断を阻害することが考えられた。そこで、まず大腸菌CPD photolyaseによる光回復処理を行い、次にキンギョ培養細胞粗抽出液の存在下で光回復処理を行ったところ、EcoRlによるDNA断片の切断が回復した。この結果から、EcoRl認識・切断部位に生じた(6-4)PDがキンギョ培養細胞に存在する(6-4)photolyaseによって修復されたことが示唆された。さらに、可視光前処理を行ったキンギョ培養細胞からの粗抽出液を用いて同様の実験を行ったところ、可視光前処理を行わないキンギョ培養細胞からの粗抽出液に比べて、制限酵素による切断が顕著になった。 (6-4)photolyaseの可視光前処理による誘導現象が、CPD photolyase同様転写レベルでの誘導現象かどうかを明らかにするために(6-4)photolyase遺伝子の単離を試みた。Drosophilaの(6-4)photolyase遺伝子の塩基配列をもとにミックスプライマーを作り、キンギョ・メダカ・ニワトリのcDNAをテンプレートにしてPCRを行ったところ、それぞれ(6-4)photolyase遺伝子の断片と思われる約200bpの配列が増幅された(この領域をコア領域と呼ぶことにする)。TAクローニングを行ったところ、キンギョまたはメダカそれぞれについて、予想されるアミノ酸配列が異なる2種類のクローンがとれた。今後個体で解析する場合と、これまでの実験データーの蓄積を考え、当研究室で系統維持されているメダカの(6-4)photolyase遺伝子のシークエンスを調べた。得られた2種類のメダカクローン、clone1・clone2についてコア領域のシークエンスを調べたところ、予想されるメダカclone1のアミノ酸の数はDrosophilaとXenopusのコア領域のアミノ酸の数と一致していたが、clone2のアミノ酸の数はそれらよりも多く、cDNAに約80bPの挿入が認められた。メダカclone1特異的なプライマーとベクター特異的なプライマーを用いて、PCRを行ったところ、コア領域を含む(6-4)photolyase遺伝子の5’側と3’側と思われるDNA断片が増幅された。その増幅されたDNA断片のシークエンスを調べ、アミノ酸配列をDrosophilaおよびXenopusの(6-4)photolyase・ヒトの(6-4)photolyase homologと比べたところ、コア領域以外でも高いhomologyが認められ、得られたDNA断片がメダカ(6-4)photolyase遺伝子またはそのhomologであることが強く示唆された。 さらに、可視光前処理を行ったキンギョ培養細胞と行わない培養細胞とからそれぞれRNAを抽出し、メダカclone1・clone2それぞれに特異的なプライマーを用いてRT-PCRを行い、増幅されるDNA断片量をEtBr染色で推定した。その結果、両方のcloneにおいて可視光前処理を行った細胞から増幅されるDNA断片量のほうが、可視光前処理を行わない細胞から増幅されるDNA断片量よりも多く、clone1・clone2の転写産物はともに可視光前処理によって誘導されることがわかった。 以上の結果より(6-4)photolyase遺伝子またはそのhomologの存在が新たにキンギョ・メダカ・ニワトリにも示唆され、このものは魚類・両生類・は虫類・鳥類・哺乳類・昆虫・植物と、広く生物界に存在すると考えられる。また可視光には、(1)光回復のエネルギー源を供給する、(2)CPD photolyase遺伝子発現を誘導してCPDの光回復能を上昇させる、(3)(6-4)PDの暗所での除去修復能を上昇させる、という働きだけでなく、(4)(6-4)photolyase遺伝子またはそのhomologの発現を誘導させるという働きが認められた。これにより、可視光がDNA修復系に、より多面的に影響を与えていることが示され、生物の進化と太陽光の密接な関わりが今まで以上に明らかになった。加えて、紫外線が到達できないキンギョ・メダカの肝臓などの内臓組織にも(6-4)photolyase様タンパク質が存在することから、(6-4)photolyaseがCPD photolyaseと同様に、紫外線誘発DNA損傷以外のDNA損傷に結合する可能性や除去修復系の効率を上昇あるいは低下させる可能性が考えられ、DNA修復系のしくみがよりいっそう複雑であることが示唆された。魚類(6-4)photolyaseの解析を行った本研究によって「生物はDNAの誤りと修復のつり合いの点をよろめきながら進化してきたこと」(近藤)が、一段と明らかにされた。 (3940字/4000字) |