本論文は2章からなり、第1章は、"Analysis of the promoter of the auxin-inducible gene,parC,of tobacco"(訳:オーキシン誘導遺伝子parCプロモーターの解析)について述べ、第2章では"Further studies on the requirements of as-1-like sequences for auxin responsiveness.Complexity of binding factors to these as-1-like sequences of two auxin-inducible genes of parA and parC"(訳:オーキシン応答に関するas-1様配列の必要性について:オーキシン誘導遺伝子parA、およびparCのas-1様配列に結合するタンパク質の特性について)について述べられている。 本研究においては、植物の発生・成長・分化のあらゆる局面において、もっとも広範かつ顕著な効果を及ぼすにもかかわらず、その分子機構解明がもっとも遅れている植物ホルモンであるオーキシンの分子機構の解明を目標として研究が行われた。実験系は、タバコ葉肉プロトプラストの培養初期過程より単離された、オーキシン制御遺伝子parA,parB,parC遺伝子について行われ、それぞれの遺伝子のプロモーターをレポーター遺伝子である-グルクロニダーゼ(GUS)に接続し、根頭癌腫菌の感染系を利用した形質転換系を用いて植物体に導入して、トランスジェニック植物を再生してGUS活性を測定することにより、発現の動態を解析した。具体的には葉の切片のオーキシン応答性をGUS活性を調べることにより応答領域を同定した。まず、プロモーターの5’上流側を削ることにより、転写制御のシス領域を限定し、ついでその領域の種々のサイズの制限酵素で切断したプロモーター断片を最小プロモーターに接続して、どの断片がオーキシン応答に決定的に関わるかのいわゆる機能賦与(Gain-of-function)実験によりオーキシン領域を特定した。 その結果特定されたparA,parCのオーキシン応答領域には、両者いずれの場合にもオーキシン応答領域には、当初植物の根特異的発現のシス要素として発表されたカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター由来のas-1配列に良く似たas-1様配列の存在が認められた。このas-1様配列がオーキシン応答に必要であることは、そこに塩基置換による突然変異を挿入するとオーキシン応答が完全に失われることで明瞭に示された。なお、伸長組織で報告のあるオーキシン応答に関して示されたシス要素と良く似た配列が見られたが、これは突然変異の導入により調べたところ、この実験系ではオーキシン応答とは関係ないことが示された。ところが、このas-1様配列だけではオーキシン応答の十分ではなく、他の因子が必要であることが示されたが、これは全く新しい知見であった。これまで、このas-1様配列に関しては、一般的なストレス応答に関わるシス要素であるという見解があったが、この理解をオーキシン応答に関して進めたことは本論文の重要な貢献の一つである。 一方、オーキシン受容体が受けた信号を伝達して、遺伝子発現の制御に直接的に関わるタンパク質はDNA結合タンパク質であると考えられる。そこで、これら同定されたシス要素に結合するタンパク質をゲル移動度シフトアッセイ法で探索したところ、parAのオーキシン応答に関わるas-1様配列には、これまで報告のある転写因子ASF-1が結合したが、parCのas-1様配列には、新しいDNA結合タンパク質が結合していた。そこで、このタンパク質にCSF-1と名付けたが、このCSF-1の結合はparCのオーキシン応答に必要であった。更に、もう一つの、グルタチオンS-トランスフェラーゼを遺伝子産物とするオーキシン応答遺伝子parBのオーキシン応答要素に見られたas-1様配列には、ASF-1でもなく、CSF-1でもない、全く別のタンパク質が結合していることが明らかになった。これまでASF-1のみが知られていたが、新たに転写因子として二つ同定したことは本論文の重要な点である。 このように、タバコ葉肉プロトプラストでの細胞分裂に関わって同定された三つのオーキシン制御遺伝子に関して、転写制御の経路は単一ではなく、並列にいくつかの信号伝達系があると予想され、オーキシンの作用機能の多様性を説明する、初めての有力な具体的証拠が提示されたと考えられ、この点が本研究論文の主要な結論である。 なお、本論文第1章、第2章は、高橋陽介、長田敏行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究デザインの設計と実施が行われたので、論文提出者の寄与が十分と評価する。 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |