学位論文要旨



No 112502
著者(漢字) 酒井,達也
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,タツヤ
標題(和) タバコ葉肉プロトプラストから単離されたオーキシン誘導遺伝子の転写制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 112502
報告番号 甲12502
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3282号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 庄野,邦彦
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 助教授 西田,生郎
 東京大学 助教授 高橋,陽介
内容要旨 【序論】

 植物ホルモンは、植物の発生、成長、分化、そして恒常性維持などの様々な生理現象における制御要因として作用している。その中でもオーキシンは、細胞分裂、細胞伸長、発生分化に関して最も広範な作用を持つ生体制御物質であることが知られているが、その分子作用機構の解明は遅れている。オーキシンの分子作用機構の解明は植物の生物学的特色を明らかにするために重要であり、その解析手段の一つとしてオーキシン誘導遺伝子の解析が行ってきた。

 タバコ葉肉プロトプラストは、分化して細胞分裂の休止した細胞集団であるが、オーキシンとサイトカイニン存在下では再びDNAを合成し細胞分裂に至る。これは細胞周期の見地からするとG0期からS期に移行する過程であり、この時オーキシンを除くとG0期からS期への移行は全く起こらない。当研究室ではこの過程でオーキシンにより発現が誘導される遺伝子として、parA、parB、parCを単離した。本研究は、タバコ葉肉プロトプラストでオーキシンにより誘導される遺伝子parA、parCの転写制御機構について解析を行い、オーキシンの分子作用機構の具体像を探った。

【実験結果と考察】(1)parCプロモーター内のオーキシン制御領域の同定

 parCのオーキシン制御は、主に遺伝子5’上流のプロモーター内で行われていると考え、プロモーターをGUSレポーター遺伝子に融合し、融合遺伝子をタバコ植物体に導入して解析を行った。修士課程では5’欠失変異体による解析を行い(loss of function)、-226ApaIまで欠失させてもオーキシン応答性を示すことを明らかにした。そこで、プロモーター領域な分断して転写に最低現必要な領域のみをもつ最小プロモーターの5’上流へつなぎ、どのDNA断片が最小プロモーターにオーシシン応答性を付与できるか、解析を行った(gain of function)。すると、図1に示される様に-226ApaI/-54TaqI領域のみが最小プロモーターにオーキシン応答性を付与できることが分かった。さらにこの領域を縮めた-226ApaI/-84AvaII領域、-151TaqI/-54TaqI領域ではオーキシン応答性が付与できないことから、parCのオーキシン応答性は-226ApaIsiteから-54TaqIsiteまでの173塩基配列によって必要十分であり、オーキシン応答性は10-20塩基配列からなるシス因子が単独で行うのではなく、ある程度離れて存在する少なくとも二つ以上のシス因子がオーキシン応答性に必要なことが明らかになった。

図1.parCプロモーターの各断片による、最小プロモーターへのオーキシン応答性の付与.最小プロモーターはオーキシン応答性を示さない、TATA-box上流4塩基配列までを含むparB最小プロモーターを用いた.下のパネルの白いパーは4.5M2,4-D存在下で24時間培養したタバコ形質転換体の葉のGUS活性を示し、黒いパーは2,4-D処理していない葉のGUS活性を示す.

 parCのオーキシン制御領域-226ApaI/-54TaqI内には、これまでオーキシン応答性に関与していると主張されたas-1配列に似た配列と、T/GGTCCCAT配列に似た配列が見つかった(図2)。as-1はTGACG配列が7塩基間をおいてタンデムに並ぶ配列で、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター領域内に存在し、根組織特異的な転写の活性化に働くシス因子としてみつかっていた。なお、as-1を四回繰り返した配列は50M以上の高濃度の2,4-Dでオーキシン応答性を示すことが報告されていた(Liu and Lam1994)。T/GGTCCCAT配列は、伸長組織で単離されたオーキシン誘導遺伝子のオーキシン制御領域内に共通して存在することが報告されていた(Li et al.1994:Ballas et al.1995)。この二つの配列がparCのオーキシン応答性に関与しているかどうかを明らかにするため、人為的に変異を導入してオーキシン応答性の変化を調べた。as-1様配列に変異導入したBamHI-mt1ではオーキシン応答性はまったく見られなくなったが、GGTCCAT配列に変異導入したBamHI-mt2では活性自体は低下するものの、オーキシン応答性は確認できた(図3)。これよりparCのオーキシン応答性にはas-1様配列が必要であり、GGTCCAT配列は少なくともparCのオーキシン応答性には関与していないことが示された。

図2.parCプロモーターのTATA近傍領域.オーキシン制御領域を太い線で示した.as-1様配列、T/GGTCCCAT様配列、TATA-box様配列は四角で示した.GGTCCAT配列はAva II siteに逆向きに存在した.図3中のBamHI-mt1、-mt2、-mt3コンストラクトの変異させた塩基配列は白黒反転表示した.図3.様々に変異導入されたBamHIコンストラクトにおけるオーキシン応答性.それぞれの変異した配列は図2に示し、BamHI上で変異した位置は太い線上の四角で示した.白いパーは2,4-D処理した葉、黒いバーは2,4-D処理していない葉のGUS活性を示す.

 以上の解析より、parCのオーキシン応答性は-226Apa I siteから-54Taq I siteまでの173塩基配列で行われていること、その中に存在するas-1様配列はオーキシン応答性に必要であること、そしてas-1様配列を含む-226ApaI/-84AvaII領域ではオーキシン応答性を最小プロモーターに付与できないことを明らかにした。as-1様配列単独ではオーキシン応答性に十分でなく、他のシス因子と共同的に働くことが、本研究で初めて明らかとなった。

(2)parAのオーキシン制御領域の同定図4.parA及びparCのオーキシン制御領域(ARR).

 parA及びparCはそれぞれ独立に単離されたオーキシン誘導遺伝子であったが、そのcDNAを解析したところ、アミノ酸レベルで68%の相同性があることが分かった。parAのオーキシン応答性がparCと同じ制御機構で示されているのかどうか調べるため、parAのプロモーターの解析を、parC同様、形質転換体を用いて行った。その結果、図4にまとめられる様に、まず第一にparAのオーキシン応答性は-83Mbo II siteから-21Sca I siteまでの63塩基配列で示されること、第二にこの中に存在していたas-1様配列が、parC同様、オーキシン応答性に必要であること、第三にこのas-1様配列を含む-83/-33領域ではオーキシン応答性を最小プロモーターに付与できないことから、やはりparAのas-1様配列も単独ではオーキシン応答性には十分でなく、他のシス因子の存在を必要としていることが明らかとなった。この結果は、parCのオーキシン制御領域の解析結果と非常によく似ており、両遺伝子のオーキシンによる転写制御機構が同じである可能性が考えられた。そこで、次にparA、parCのオーキシン制御領域に結合する核タンパク質を探索することにした。

(3)parA及びparCのas-1様配列に結合するトランス因子の解析

 この目的のため、両遺伝子のオーキシン応答性に必要であるas-1様配列に注目して、これに結合するトランス因子の解析を進めることにした。as-1に結合して転写を活性化させる核タンパク質はASF-1と呼ばれている(Lam et al.1989)。parAのas-1様配列(pas-aと命名)及びparCのas-1様配列(pas-c)に結合する核タンパク質の検出及びASF-1との関係を明らかにするため、オーキシン処理したタバコの葉組織から調製した核抽出液を用い、ゲルシフト解析を行った。

 図5に示されたゲルシフト解析の結果では、pas-a、pas-cそれぞれに対し塩基配列特異的に結合する核タンパク質が検出された(レーン1と2、及び6と7)。pas-aの場合、as-1を加えると阻害されることより(レーン5)、pas-aに結合する核タンパク質はASF-1であることが示された。pas-cの場合、非標識のpas-a、as-1どちらを過剰量加えてもpas-c/核タンパク質複合体の形成は阻害されないことから(レーン9と10)、pas-cに結合するのはASF-1ではなく、他の核タンパク質であることが推定された。今回この核タンパク質をCSF-1と名付けた。pas-a/ASF-1複合体及びpas-c/CSF-1複合体は、オーキシン応答性を失うように変異導入した非標識の配列を過剰量加えても形成が阻害されない(レーン3及び8)。このことから、それらの核タンパク質の結合がオーキシン応答性に必要なことが推測された。この結果は、parAとparCのオーキシン応答性を制御するシス因子が類似していても、それに結合するトランス因子は異なっており、その制御機構も異なっていることを示した。

図5.pas-a、pas-c及びas-1を用いたゲルシフト解析.標識したDNA断片(Probe)を、オーキシン処理したタバコの葉組織より調製した核抽出液と一緒に混ぜて、ポリアクリルアミド電気泳動を行った(レーン1、6、11).非標識のDNA断片(Competitor)WはProbeに用いた配列(レーン2、7、12)、Mはオーキシン応答性を失うように変異導入した配列(レーン3、8、13)、aはpas-a(レーン9、14)、cはpas-c(レーン4、15)、as-1(レーン5、10)を示し、これをProbeに対して100倍量一緒に加えた.矢印はProbe/核タンパク質複合体の位置を示す.
【まとめ】図6.parA、parCのオーキシン制御領域及びそこに結合するトランス因子.

 本研究は、オーキシン誘導遺伝子parA、parCプロモーター内のオーキシン制御領域を同定し、その中に存在するas-1様配列、pas-a、pas-cがオーキシン応答性に必要であることを示した。ゲルシフトによる解析では、pas-aに結合するのはASF-1であること、pas-cにはASF-1は結合せず、他のオーキシン応答性に関わる新しいトランス因子、CSF-1が結合することを明らかにした(図6)。また、as-1様配列単独ではオーキシン応答性を示さないことは、ASF-1及びCSF-1が単独でオーキシン応答性に関与するのではなく、他のトランス因子との相互作用によりその応答性に関与していることを示唆した。同じタバコ葉肉プロトプラストから単離されたオーキシン誘導遺伝子群でもいくつか異なるシス・トランス因子によって制御されるという結果は、植物に対するオーキシンの広範な生理作用が、複合的な遺伝子発現の制御機構に起因していると予測させ、オーキシン作用の多様性に関する分子レベルでの具体的な証拠が提出できたと考える。

審査要旨

 本論文は2章からなり、第1章は、"Analysis of the promoter of the auxin-inducible gene,parC,of tobacco"(訳:オーキシン誘導遺伝子parCプロモーターの解析)について述べ、第2章では"Further studies on the requirements of as-1-like sequences for auxin responsiveness.Complexity of binding factors to these as-1-like sequences of two auxin-inducible genes of parA and parC"(訳:オーキシン応答に関するas-1様配列の必要性について:オーキシン誘導遺伝子parA、およびparCのas-1様配列に結合するタンパク質の特性について)について述べられている。

 本研究においては、植物の発生・成長・分化のあらゆる局面において、もっとも広範かつ顕著な効果を及ぼすにもかかわらず、その分子機構解明がもっとも遅れている植物ホルモンであるオーキシンの分子機構の解明を目標として研究が行われた。実験系は、タバコ葉肉プロトプラストの培養初期過程より単離された、オーキシン制御遺伝子parA,parB,parC遺伝子について行われ、それぞれの遺伝子のプロモーターをレポーター遺伝子である-グルクロニダーゼ(GUS)に接続し、根頭癌腫菌の感染系を利用した形質転換系を用いて植物体に導入して、トランスジェニック植物を再生してGUS活性を測定することにより、発現の動態を解析した。具体的には葉の切片のオーキシン応答性をGUS活性を調べることにより応答領域を同定した。まず、プロモーターの5’上流側を削ることにより、転写制御のシス領域を限定し、ついでその領域の種々のサイズの制限酵素で切断したプロモーター断片を最小プロモーターに接続して、どの断片がオーキシン応答に決定的に関わるかのいわゆる機能賦与(Gain-of-function)実験によりオーキシン領域を特定した。

 その結果特定されたparA,parCのオーキシン応答領域には、両者いずれの場合にもオーキシン応答領域には、当初植物の根特異的発現のシス要素として発表されたカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター由来のas-1配列に良く似たas-1様配列の存在が認められた。このas-1様配列がオーキシン応答に必要であることは、そこに塩基置換による突然変異を挿入するとオーキシン応答が完全に失われることで明瞭に示された。なお、伸長組織で報告のあるオーキシン応答に関して示されたシス要素と良く似た配列が見られたが、これは突然変異の導入により調べたところ、この実験系ではオーキシン応答とは関係ないことが示された。ところが、このas-1様配列だけではオーキシン応答の十分ではなく、他の因子が必要であることが示されたが、これは全く新しい知見であった。これまで、このas-1様配列に関しては、一般的なストレス応答に関わるシス要素であるという見解があったが、この理解をオーキシン応答に関して進めたことは本論文の重要な貢献の一つである。

 一方、オーキシン受容体が受けた信号を伝達して、遺伝子発現の制御に直接的に関わるタンパク質はDNA結合タンパク質であると考えられる。そこで、これら同定されたシス要素に結合するタンパク質をゲル移動度シフトアッセイ法で探索したところ、parAのオーキシン応答に関わるas-1様配列には、これまで報告のある転写因子ASF-1が結合したが、parCのas-1様配列には、新しいDNA結合タンパク質が結合していた。そこで、このタンパク質にCSF-1と名付けたが、このCSF-1の結合はparCのオーキシン応答に必要であった。更に、もう一つの、グルタチオンS-トランスフェラーゼを遺伝子産物とするオーキシン応答遺伝子parBのオーキシン応答要素に見られたas-1様配列には、ASF-1でもなく、CSF-1でもない、全く別のタンパク質が結合していることが明らかになった。これまでASF-1のみが知られていたが、新たに転写因子として二つ同定したことは本論文の重要な点である。

 このように、タバコ葉肉プロトプラストでの細胞分裂に関わって同定された三つのオーキシン制御遺伝子に関して、転写制御の経路は単一ではなく、並列にいくつかの信号伝達系があると予想され、オーキシンの作用機能の多様性を説明する、初めての有力な具体的証拠が提示されたと考えられ、この点が本研究論文の主要な結論である。

 なお、本論文第1章、第2章は、高橋陽介、長田敏行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究デザインの設計と実施が行われたので、論文提出者の寄与が十分と評価する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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