学位論文要旨



No 112504
著者(漢字) 滝田,陽子
著者(英字)
著者(カナ) タキタ,ヨウコ
標題(和) 出芽酵母のCa2+ホメオスタシス維持に関与する一連の遺伝子群について
標題(洋) Genes involved in Ca2+ homeostasis in budding yeast Saccharomyces cerevisiae
報告番号 112504
報告番号 甲12504
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3284号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安楽,泰宏
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 助教授 大矢,禎一
 東京大学 助教授 長谷,あきら
内容要旨 序論

 真核生物において、Ca2+は細胞内の普遍的なシグナル伝達物質として働いている。Ca2+がセカンドメッセンジャーとして働くことができるのは、細胞内外で大きな濃度差が保たれているからである。単細胞真核生物である出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)においても細胞外の濃度が10-3Mに対して、細胞内の遊離Ca2+濃度が10-7Mというように細胞内外での大きな濃度勾配が保たれている。このようなCa2+濃度差を維持しているCa2+ホメオスタシスの維持機構を解明することは、Ca2+による細胞内の情報伝達系を理解する上で不可欠である。現在までに出芽酵母では、100mMCa2+に感受性を示すcls(calcium sensitive)変異株の系統的な遺伝学的研究(Ohya et al.,1986)から、Ca2+ホメオスタシスに関与する因子が続々と解明されてきた。一群のcls変異株(cls7〜cls11)の解析を通じて液胞膜H+輸送性ATPaseのサブユニット遺伝子の同定が飛躍的に進み、液胞へのカルシウム輸送が酵母のCa2+ホメオスタシスにとって極めて重要であることが示された(Ohya et al.,1991)。また細胞内Ca2+プールが異常に高くなったcls変異株の解析からは、小胞体膜上のCls2pタンパク質がカルシニューリンと協同してCa2+ホメオスタシスに関与していることが明らかになった(Takita et al.,1995;Tanida et al.,1996)。

 私は博士課程において、細胞膜を介してCa2+ホメオスタシスを維持する機構を解明するために、Ca2+特異的に感受性を示し、上記のようなオルガネラの機能欠損を示す変異とは明らかに異なるグループに属するcls5変異株の解析を行った。CLS5遺伝子のCa2+ホメオスタシスにおける機能を解明するためにCLS5遺伝子産物と物理的に相互作用する蛋白質を作用機構解明のプローブにして研究を展開した。さらに分子遺伝学的手法を駆使して、CLS5遺伝子産物と協同して機能発現する因子を探索した。最後に、以上の分子生物学的解析を円滑に行うために、迅速かつ網羅的な出芽酵母の遺伝子操作法を開発した。

結果と考察1.CLS5遺伝子はプロフィリンをコードしている

 出芽酵母のゲノムDNAライブラリーから、cls5-1変異株のCa2+感受性を相補するクローン(pMN751)を単離した。その制限酵素地図を作成してサブクローニングを行った結果、cls5-1を相補する最小必須領域にPFY1遺伝子(酵母プロフィリン遺伝子)が存在することがわかった。四分子解析によりcls5-1変異とPFY1遺伝子との連鎖が確認されたことから、PFY1遺伝子がCLS5遺伝子と同一であることが示唆された。さらにcls5-1変異遺伝子を回収し、そのDNA塩基配列の決定から、cls5-1がプロフィリンのカルボキシル末端付近の108番目のGlyがAspに変化した変異であることを明らかにした。

 プロフィリンはアクチンの重合・脱重合を調節するアクチン結合タンパク質であり、出芽酵母でもアクチン繊維の制御に関与している(Haarer et al.,1990)。cls5/pfy1遺伝子破壊株(pfy1)は生育遅延とcls5-1変異株より強いCa2+感受性を示した(図1)。高濃度(300mM)Ca2+存在下で、cls5-1変異株およびpfy1株は10時間後に約50%まで生存率が減少し、そのとき細胞溶解を引き起こした。従ってCLS5/PFY1遺伝子はアクチンの制御系で働く以外に、特に高濃度Ca2+存在下で細胞増殖に必須な機能を果たし、その必須機能の欠如は不可逆的な増殖停止に結び付くことが明らかになった。さらにcls5/pfy1変異株において、細胞内のCa2+プールがどのように変化しているかを45Caを用いて調べた(図1)。cls5-1変異株およびpfy1株の細胞全体のプールは野生型に比べて、それぞれ2.4倍および5.8倍に増加していた。培地のCa2+と交換可能な細胞内Ca2+プールと、交換不可能な細胞内Ca2+プールのどちらも上昇していた。以上の結果から酵母プロフィリンのもう一つの機能として、細胞のCa2+ホメオスタシスを維持する働きがあることが示された。

2.プロフィリンがCa2+ホメオスタシスを維持する分子メカニズム

 プロフィリンがCa2+ホメオスタシスを維持している分子機構を解析するために、プロフィリンと直接結合できる因子について、Ca2+ホメオスタシスに関与しているかを調べることにした。現在までにi)アクチン、ii)フォスファチジルイノシトール二リン酸(PIP2)、iii)Bni1タンパク質という三つの因子がプロフィリンと結合することが知られている。

 まず、プロフィリンとの結合能力を失ったアクチンの変異株では、Ca2+感受性がみられなかったことから、プロフィリンのアクチンとの相互作用はCa2+ホメオスタシスの維持に関係ないことが示唆された。PIP2の関与については、PIP2がホスフォリパーゼC(PLC1遺伝子産物)によって分解されることから、CLS5とPLC1の遺伝学的相互作用について検討した。もし、プロフィリンがPIP2との結合を介してCa2+ホメオスタシス維持に関与しているならば、cls5-1変異のCa2+感受性はplc1変異により影響を受けるはずである。しかしplc1単独ではCa2+感受性を示さず、cls5-1 plc1二重変異株は依然としてcls5-1と同様のCa2+感受性を示し、プロフィリンとPLCとの間の強い関係を見い出すことはできなかった。

 プロフィリンがBni1タンパク質(Bni1p)と結合することがTwo-hybrid法で示されている(田中と高井、私信)。Bni1pおよびそのホモログであるBnr1タンパク質(Bnr1p)がCa2+ホメオスタシス維持に関与しているかどうかを調べるために、bni1遺伝子破壊株(bni1)およびbni1bnr1株のCa2+感受性および細胞内のCa2+プールを調べた(図2)。その結果bni1株は弱いがCa2+感受性を示し、bni1bnr1株はさらに強いCa2+感受性を示すことを発見した。どちらの変異株もMg2+感受性は示さない。bni1bnr1株はcls5変異株と同様にCa2+存在下で細胞溶解を起こしていた。また、bni1bnr1株の細胞全体のCa2+プールは野生型株の3.6倍に増加していた。以上の結果から、プロフィリンとBni1pおよびBnr1pが協同してCa2+ホメオスタシスを維持していることが示唆された。

 Bni1pはGTP結合型のRho1pに特異的に結合するRho1pのターゲットの一つである(Kohno et al.,1996)。一方、あるrho1アレルがCa2+感受性を引き起こすことが知られていた(Qadota et al.,1994)。そこで、Bni1pと結合できないrho1変異がCa2+感受性を示すと予想し、Bni1pとの結合活性を失うrho1-2変異(E45V:門田、未発表)を使って実験を行った。rho1-2変異株は予想どおりbni1株と同程度にCa2+感受性を示し、細胞のCa2+プールは野生型株の3.1倍に増加していた(図2)。以上の結果はプロフィリン、Bni1pとBnr1p、それにRho1pが協同してCa2+ホメオスタシスを維持していることを示唆している(図3)。

3.CLS5、BNI1およびBNR1と遺伝学的に相互作用する遺伝子の単離

 プロフィリン、Bni1pとBnr1p、Rho1pを中心とする制御系で働く因子をさらに取得するために、cls5-1変異の多コピー抑圧遺伝子を単離した。約6,000個のコロニーをスクリーニングしてキネシン様のタンパク質をコードするSMY1遺伝子を単離した。SMY1遺伝子はcls5/pfy1株のCa2+感受性を抑圧できたが、bni1株およびbni1bnr1株のCa2+感受性は抑圧できなかった。さらにbni1bnr1株のCa2+感受性を多コピーで抑圧する因子の単離を試みた。20,000個のコロニーをスクリーニングして、5つのクローンを単離した(図4)。現在このクローンを解析中である。また、bni1bnr1からCa2+感受性を復帰する突然変異株を単離した。40,000個のコロニーから4個の復帰突然変異株を取得した(図5)。現在、この株の細胞内Ca2+プールを測定中である。

4.広域PCRを用いた新しい分子遺伝学的手法

 まず酵母DNAから広域PCR(LA-PCR)で増幅したDNA断片を使って直接塩基配列を決定できる手法を確立した。広域PCRとはBamcs(1994)によって開発された方法で、2kb以上のDNA断片を増幅するのに適している。プラスミドを含む酵母からガラスパウダーを使って精製したDNAを鋳型として用い、ベクタープラスミドに挿入された約10kbの断片を増幅した(図6)。この増幅したDNAを直接鋳型に用いて塩基配列の決定が可能であったため、今まで3日かかったステップが1日に短縮されて迅速な酵母遺伝子の構造解析が可能となった。

 ベクターへのサブクローニングなしに広域PCRで増幅した遺伝子を酵母に導入する方法を開発した。酵母に導入する際に、増幅したDNA断片と直線状にしたプラスミドベクターとの間に共通な領域を作り、両者を混合して直接酵母を形質転換した。条件検討の結果DNA断片とベクターの量比を10:1にし、20bp以上のオーバーラップ領域があれば高い効率で酵母に導入され、組み換えを起こしてプラスミドとして保持されることが明らかになった(図7)。この方法を用いると、制限酵素やライゲースを使わなくても遺伝子を酵母に導入でき、また、大腸菌でうまく増幅しない酵母遺伝子の解析も可能になった。

まとめ

 1)cls5-1はプロフィリンの変異である。細胞内Ca2+プールの測定からプロフィリンには細胞のCa2+ホメオスタシスを維持する働きがあることがわかった。

 2)プロフィリンと直接結合するBni1pとBnr1p、Bni1pと直接結合するRho1pがプロフィリンと協同して細胞のCa2+ホメオスタシスを維持する働きをもつことが示唆された。

 3)cls5-1およびbni1 bnr1変異株を利用してCa2+ホメオスタシスの維持に関与する新たな因子の取得を試みた。

 4)酵母のDNAを広域PCRを用いて増幅させることにより、迅速な塩基配列の解析が可能になった。従来の「酵母と大腸菌のシャトル」に代わる新しい遺伝子操作法として「酵母と広域PCRで増幅したDNA」のシャトルを提案した。

図1.(A) cls5/pfy1 変異株はCa2+感受性を示す 野生型株(Wild-type)、cls5-1変異株、およびpfy1株を30℃で4H間培養した結果を示す。 (B)cls5/pfy1 変異株は 細胞内Ca2+プールが増加する 細胞内Ca2+プールは、細胞質の遊離Ca2+温度を反映する短時間で外界のCa2+と交換可能な遊離Ca2+プール(斜線部分)と細胞内小器官に取り込まれているために短時間では交換不能な貯藏Ca2+プール(黒色部分)からなる。野生型株(Wild-type)、clx5-1変異株、pfy1株、PPY1遺伝子を単コピ・ベクターに挿入たプラスミドをpfy1株に導入した株(pfy1[PPY1])、およびcls7株について測定した結果を示す。図2.(A)bni1株およびbni1 bnr1株はCa2+感受性を示す 野生型株(Wild-type)、bni1株、bni1bnr1株、およびpfy1株を23℃で4日間培養した結果を示す。 (B)bni1bnr1株およびrho1-2変異株は細胞内Ca2+プールが増加する 斜線部分は交換可能な遊離Ca2+プールを、黒色部分は交換不能な貯蔵Ca2+プールを示す。bni1bnr1株およびrho1-2変異株の細胞内Ca2+プールは野生型株と比較して、それぞれ3.6倍および2.7倍に上昇していた。図3.Ca2+ホメオスタシスを維持する機構のモデル実線は遺伝学的あるいは物理的に相互作用があることを示す。その中でも、太い実線で結ばれたプロフィリン、Bni1p/Bnr1p、およびRho1pは特にCa2+ホメオスタシスを維持する動きがあると考えられる。図4. bni1bnr1株のCa2+感受性の多コピー抑圧遺伝子の候補 Ca2+感受性を示さなくなった形質転換体(BB/01.BB1001.BR1002.BB1003.BB1004)、野生型株.およびbni1bnr1株を300mMCaCl2を含む培様で23℃で4日間培養した結果を示す。図5. bni1bnr1のCa2+感受性に対する復帰突然異株の単離 Ca2+感受性を示さなくなったbni1bnr1株の復帰突然変異株、育生型株、およびbni1bnr1株を、300mMCaCl2を含む培地で23℃で4日間培養した結果を示す。図6.広域PCRを用いて酵母DNAの塩基配列を迅速に決定する方法の模式図 ここではカルモデュリン遺伝子を含むDNA挿入断片の両端の塩基配列決定について示した。カルモデュリン変異を相補するプラスミド(pST26)を持つ酵母細胞をガラスビーズを使って〓成し、〓〓〓〓ル処理とガラスパウダーによって酵母DNAを精製した。このDNAを鋳型に用い、pST26の挿入断片の前後に相当する部分をプライマーとして、94℃20秒、68℃4分を40サイクルという条件で広域PCRを行った。この結果、右の写真にあるように約10kbの挿入部分のDNAが効率良く増幅された。増幅したDNAを鋳型として用い、AB1373AによるDNAシーケンシングが容易に明確であった。図7. (A)広域PCRで増幅した遺伝子の簡便な酵母への導入 ここでは広域PCRで増幅したRHO1断片の導入法について示す。直線状にしたプラスミドパウダー(pRS314)と、RHO1断片を混合して酵母を形質転換することにより、酵母細胞内でオーバーラップ領域で組み換えを起こして、RHO1がプラスミドとして保持されるようになった。(B)オーバーラップ領域の長さと遺伝子導入効率の相関 RHO1断片を上記の方法でtholの温度感受性変異株に導入すると、温度感受性を相補した形質転換体(Ts’)の割合からRHO1遺伝子の導入効率がわかる。RHO1断片と直線状ベクターの間のオーバーラップ領域を0.100bpまで変えて調べてみたところ、20bp以上のオーバーラップ領域があれば、十分に高い効率(88%)で遺伝子が導入されることがわかった。
審査要旨

 真核生物において、Ca2+は細胞内の普遍的なシグナル伝達物質として働いている。Ca2+がセカンドメッセンジャーとして働くことができるのは、細胞内外で大きな濃度差が保たれているからである。出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)においても,細胞外の濃度が10-3Mに対し、細胞内の遊離Ca2+濃度は10-7Mであり,細胞内外に大きな濃度勾配が保たれている。このようなCa2+濃度差を形成し,Ca2+ホメオスタシスを維持する細胞機構を解明することは、Ca2+による細胞内の情報伝達系を理解する上で不可欠である。現在までに,出芽酵母の100mMCa2+に感受性を示すcls変異株の系統的な遺伝学的研究から、Ca2+ホメオスタシスに関与する因子が続々と解明されてきた。一群のcls変異株(cls7〜cls11)の解析を通じて液胞膜H+輸送性ATPaseのサブユニット遺伝子の同定が飛躍的に進み、液胞へのカルシウム輸送が酵母のCa2+ホメオスタシスにとって極めて重要であることが示された。また細胞内Ca2+プールが異常に高くなったcls異株の解析からは、小胞体膜上のCls2pタンパク質がカルシニューリンと協同してCa2+ホメオスタシスに関与していることが明らかになった。

 本研究において、論文提出者,滝田は,細胞膜を介してCa2+ホメオスタシスを維持する機構を解明するために、Ca2+特異的に感受性を示すCLS5遺伝子の分子生物学的研究を展開した。さらに分子遺伝学的手法を駆使して、CLS5遺伝子産物と協同して機能を発現する因子を探索した。加えて,以上の分子生物学的解析を円滑に行うための迅速かつ網羅的な出芽酵母の遺伝子操作法を開発した。その成果の要旨を以下に記す.

1.CLS5遺伝子はプロフィリンをコードしている

 出芽酵母のゲノムDNAライブラリーから、cls5-1変異株のCa2+感受性を相補するクローン(pMN751)を単離した。その制限酵素地図を作成してサブクローニングを行った結果、cls5-1を相補する最小必須領域にPFY1遺伝子(酵母プロフィリン遺伝子)が存在することがわかった。四分子解析によりcls5-1変異とPFY1遺伝子との連鎖が確認されたことから、PFY1遺伝子がCLS5遺伝子と同一であることが示唆された。さらにcls5-1変異遺伝子を回収し、そのDNA塩基配列の決定から、cls5-1がプロフィリンのカルボキシル末端付近の108番目のGlyがAspに変化した変異であることを明らかにした。

 プロフィリンはアクチンの重合・脱重合を調節するアクチン結合タンパク質であり、出芽酵母でもアクチン繊維の制御に関与している。cls5/pfy1遺伝子破壊株(pfy1)は生育遅延とcls5-1変異株より強いCa2+感受性を示した。高濃度(300mM)Ca2+存在下で、cls5-1変異株およびpfy1株は10時間後に約50%まで生存率が減少し、そのとき細胞溶解を引き起こした。従ってCLS5/PFY1遺伝子はアクチンの制御系で働く以外に、特に高濃度Ca2+存在下で細胞増殖に必須な機能を果たし、その必須機能の欠如は不可逆的な増殖停止に結び付くことが明らかになった。さらにcls5/pfy1変異株において、細胞内のCa2+プールがどのように変化しているかを45Caを用いて調べた。cls5-1変異株およびpfy1株の細胞全体のプールは野生型に比べて、それぞれ2.4倍および5.8倍に増加していた。培地のCa2+と交換可能な細胞内Ca2+プールと、交換不可能な細胞内Ca2+プールのどちらも上昇していた。以上の結果から酵母プロフィリンのもう一つの機能として、細胞のCa2+ホメオスタシスを維持する働きがあることが示された。

2.プロフィリンがCa2+ホメオスタシスを維持する分子メカニズム

 プロフィリンがCa2+ホメオスタシスを維持している分子機構を解析するために、プロフィリンと直接結合できる因子について、Ca2+ホメオスタシスに関与しているか否かを調べた。まず、プロフィリンとの結合能力を失ったアクチンの変異株では、Ca2+感受性がみられなかったことから、プロフィリンのアクチンとの相互作用はCa2+ホメオスタシスの維持に関係ないことが示唆された。PIP2の関与については、PIP2がホスフォリパーゼC(PLC1遺伝子産物)によって分解されることから、CLS5とPLC1の遺伝学的相互作用について検討した。もし、プロフィリンがPIP2との結合を介してCa2+ホメオスタシス維持に関与しているならば、cls5-1変異のCa2+感受性はplc1変異により影響を受けるはずである。しかしplc1単独ではCa2+感受性を示さず、cls5-1plc1二重変異株は依然としてcls5-1と同様のCa2+感受性を示し、プロフィリンとPLCとの間の強い関係を見い出すことはできなかった。

 プロフィリンがBni1タンパク質(Bni1p)と結合することがTwo-hybrid法で示唆されている。Bni1PおよびそのホモログであるBnr1タンパク質(Bnr1p)がCa2+ホメオスタシス維持に関与しているかどうかを調べるために、bni1遺伝子破壊株(bni1)およびbni1bnr1株のCa2+感受性および細胞内のCa2+プールを調べた。その結果bni1株は弱いがCa2+感受性を示し、bni1bnr1株はさらに強いCa2+感受性を示すことを発見した。どちらの変異株もMg2+感受性は示さない。bni1bnr1株はcls5変異株と同様にCa2+存在下で細胞溶解を起こしていた。また、bni1bnr1株の細胞全体のCa2+プールは野生型株の3.6倍に増加していた。以上の結果から、プロフィリンとBni1pおよびBnr1pが協同してCa2+ホメオスタシスを維持していることが示唆された。Bni1pはGTP結合型のRho1pに特異的に結合するRho1pのターゲットの一つである。そこで、Bni1pと結合できないrhol変異がCa2+感受性を示すと予想し、Bni1pとの結合活性を失ったrho1-2変異をもちいて検討を行った。rho1-2変異株は予想どおりbni1株と同程度にCa2+感受性を示し、細胞のCa2+プールは野生型株の3.1倍に増加していた。以上の結果から,プロフィリン、Bni1pとBnr1P,Rho1pが協同してCa2+ホメオスタシスを維持していることを提案した。

3.CLS5、BNI1およびBNR1と遺伝学的に相互作用する遺伝子の単離

 プロフィリン、Bni1pとBnr1p、Rho1pを中心とする制御系で働く因子をさらに取得するために、cls5-1変異の多コピー抑圧遺伝子を単離した。約6,000個のコロニーをスクリーニングしてキネシン様のタンパク質をコードするSMY1遺伝子を単離した。SMY1遺伝子はcls5/pfy1株のCa2+感受性を抑圧できたが、bni1株およびbni1bnr1株のCa2+感受性は抑圧できなかった。さらにbni1bnr1株のCa2+感受性を多コピーで抑圧する因子の単離を試みた。20,000個のコロニーをスクリーニングして、5つのクローンを単離した。また、bni1bnr1からCa2+感受性を復帰する突然変異株を単離した。40,000個のコロニーから4個の復帰突然変異株を取得した。

4.広域PCRを用いた新しい分子遺伝学的手法

 酵母DNAから広域PCR(LA-PCR)で増幅したDNA断片を使って直接塩基配列を決定できる手法を確立した。広域PCRとはBarnes(1994)によって開発された方法で、2kb以上のDNA断片を増幅するのに適している。プラスミドを含む酵母からガラスパウダーを使って精製したDNAを鋳型として用い、ベクタープラスミドに挿入された約10kbの断片を増幅した。この増幅したDNAを直接鋳型に用いて塩基配列の決定が可能であったため、今まで3日かかったステツプが1日に短縮されて迅速な酵母遺伝子の構造解析が可能となった。さらに,ベクターへのサブクローニングなしに広域PCRで増幅した遺伝子を酵母に導入する方法を開発した。酵母に導入する際に、増幅したDNA断片と直線状にしたプラスミドベクターとの間に共通な領域を作り、両者を混合して直接酵母を形質転換した。条件検討の結果DNA断片とベクターの量比を10:1にし、20bp以上のオーバーラップ領域があれば高い効率で酵母に導入され、組み換えを起こしてプラスミドとして保持されることが明らかになった。この方法を用いると、制限酵素やライゲースを使わなくても遺伝子を酵母に導入でき、また、大腸菌でうまく増幅しない酵母遺伝子の解析も可能になった。

 本研究は、1)cls5-1はプロフィリンの変異であり,プロフィリンは細胞のCa2+ホメオスタシスを維持する働きがあること,2)プロフィリンと直接結合するBni1pとBnr1p、および,Bni1pと直接結合するRho1pがプロフィリンと協同してCa2+ホメオスタシスを維持機構を形成すること,3)酵母のDNAを広域PCRを用いて増幅させることにより迅速な塩基配列の解析を可能とし,従来の「酵母と大腸菌のシャトル」に代わる新しい遺伝子操作法として「酵母と広域PCRで増幅したDNA」のシャトルを提案した。審査委員は,全員一致して,これらの業績は新規であり,博士(理学)の学位にふさわしいものと認めた.

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