内容要旨 | | 最近、湧昇海域のような高生産域では古生物生産力の指標元素として堆積物中の生物源バリウム(Ba)が確立されつつある。地球規模的な生物生産力の変動を把握するためには北西太平洋及び北大西洋のような比較的低生産域においても古生産力の指標元素としてバリウムの妥当性を検討、確立する必要がある。本研究は従来用いられた生物指標(堆積物中の有機炭素,生物源炭酸塩,生物源硅素)を用いて古生産力の復元を試みると共に、これらの指標と堆積物中のバリウムとの比較研究を通じて古生産力の指標元素としてのバリウムの妥当性を確立する目的で行った。 北西太平洋においては表層の生物生産を示す有機炭素量に基づいた新生産(Pnew)、生物源硅素、炭酸塩の質量堆積速度の著しい変動が氷期-間氷期を通じて現れる(図1)。約1万5千年から3万年前の最終氷期(酸素同位体ステージ2)には現在より2倍から5倍までそれぞれの指標の値は増加している。このような現象は少なくとも最終氷期には現在よりはるかに高い表層の生物生産が行われていたことを示唆する。さらに、これらの生物源指標らと堆積物中のバリウムの重回帰分析を行った結果、堆積物中のバリウムは炭酸塩量と強い関係を示している(図2)。このような関係は生物源バリウムの生物生産の指標元素としての可能性を示唆しては一般的な太平洋型の溶解パタンーと一致している.また本研究から得られた結果は微化石の保存の度合いより見つもられた溶解の指標とも一致している.従って,生物源バリウムと炭酸塩の関係は炭酸塩の溶解の影響を示す指標者になる可能性があると判断される. 北大西洋においても氷期-間氷期を含むMioceneまでの生物源バリウムの妥当を検討、古生産力の変動の復元を試みた。分析結果は生物源バリウムと炭酸塩との相関の有意性が北西太平洋の堆積物と同様に認められた.しかし,生物源バリウムの量は北西太平洋に比較して少なく,北大西洋での低い表層生産を反映していると思われる.このような両海域における古生産力の差はおそらく北大西洋の厳しい海洋環境,特にsea-ice coverにその原因があると解釈される. また用いた北大西洋のセクションでは炭酸塩粒子をほとんど含まない層準が認められるが,その中にも生物源バリウムが含まれている.これについては炭酸塩の溶解の結果であると解釈された. 以上のようなことを総合すると、堆積物中のバリウムは高生産域だけではなく北西太平洋及び北大西洋のような比較的低生産域及び長い地質学的時間スケールにおいても古生物生産力の指標元素または炭酸塩の溶解の影響を示す指標者になる可能性があることが明らかになった。 図1.北西太平洋(四国海盆)における炭酸塩とバリウムの関係 |
審査要旨 | | 本論文は堆積物に含まれるバライト(BaSO4)の量を用いて海洋における生物の生産活動の復元を試みた研究である. 本論文は全4章からなり,第1章には研究の背景,第2章には北西太平洋における研究例,第3章は北大西洋における研究例,第4章では結論が述べられている. まず,第1章では,生物生産の復元が古海洋環境の変遷の研究にとって極めて大切であり,また現在までそれに使われている指標が不十分なものであることが解説されている.その理由としては,有機物や生物源オパール,生物源炭酸塩などはいずれも溶解によって著しく変化するという欠点をあげている.一方,有機物の分解によって海水中に析出する微小なバライトの結晶は,海水中を浮遊しているうちに沈降粒子に吸着されて堆積すると推定される.バライトは溶解しにくいために堆積物中に保存されるので,この変動の記録を読み取ることができれば,有機物の分解量すなわち生物の生産量を復元できる可能性がある.第1章では,これらに背景について,よくまとめてある. 第2章は北西太平洋の過去12万年前までの記録を残すコアに関する独立した論文の形式を取ってある.まず海洋中のバリウムサイクル,バライトの形成環境や沈降過程についてレビューしたあとに,使ったコアの層序,岩相について記載している.これらにつづいてバライトの質量沈積量を求め,これと有機炭素,炭酸塩,オパールとの相関を求めた.この結果,炭酸塩とバライトの質量沈積量の間に強い相関があることを始めて発見した.これは,バライトの海底への沈積に,炭酸塩殻(有孔虫やナンノプランクトン)が重要な働きをしていることを示唆している.このことにより,北西太平洋では,生物源炭酸塩の生産の指標としてバライトが有効であることが示された.この章は本論文の中核をなす部分であり,新しく発見されたバライトと炭酸塩殻との関係は,古海洋学的に重要であり,大きな成果と言える. 第3章では,北西大西洋の第四紀-第三紀試料に関するバリウムの研究である.ここでは,国際深海掘削計画で掘られた二つのサイトについて研究しており,申請者が乗船してこれを採集した.分析の結果,ここでもバライトと炭酸塩殻に相関が認められた.ところが,炭酸塩殻がほとんど含まれていない層準でもバライトが含まれていることを発見し,これを炭酸塩の溶解による残留バリウムと解釈した.これによってバリウムを用いた炭酸塩溶解指標の確立が可能であることを示した.これも発展性のある成果である. 第4章では全体のまとめを行っている.簡潔で要を得ている. 以上,本論文は博士論文としての水準に達しており,またこの研究に関しての申請者の注意深い実験態度も評価できる.したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める. |