学位論文要旨



No 112510
著者(漢字) 佐野,貴司
著者(英字) Sano,Takashi
著者(カナ) サノ,タカシ
標題(和) 洪水玄武岩のマグマ成因論 : インド・デカントラップを例とした研究
標題(洋) Magma genesis of continental flood basalts : A case study of Deccan Trap basalts,India
報告番号 112510
報告番号 甲12510
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3290号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 助教授 中田,節也
 東京大学 助教授 永原,裕子
内容要旨

 洪水玄武岩の噴出は地球上において最も大きな火山活動の1つであり,これによって多量の熱および物質が地表に解放される.従って洪水玄武岩の研究からマントルのダイナミクスを読み取れる可能性がある.これまで洪水玄武岩のマグマ成因については様々な生成モデルが提案されている.しかしこれらのモデルを検証するために必要な地質学的,岩石学的データはまだ少なく,岩石学的検証を含めた確固たるマグマ成因モデルは報告されていない.

 そこで本研究では,洪水玄武岩台地の中では最も噴出量の多い火山の1つであるデカントラップにおいて層序を確立し,全岩化学組成の分析を行った.さらに常圧〜高圧での岩石融解実験に基づきマグマの成因についての議論を行った.

 まずデカントラップ全域の26地域の溶岩流柱状図を基に,溶岩流の形態,記載岩石学的特徴および岩石化学組成を検討し,デカントラップ全体の溶岩流層序を提唱した.これらの溶岩層序から過去の研究で層序の確立がなされている西地域(Western Ghats地域)の層序が中部,東部地域にも連続することを明らかにすることができた.

 デカン洪水玄武岩は大陸リソスフェアを通り抜けて地表に噴出したために,大陸リソスフェアの混染を受けた溶岩が存在する.ところでマグマの成因を岩石学的に議論するためには,混染の影響を受けていない溶岩を特定する必要がある.そこでまず混染作用を受けていない岩石を選出した.過去の研究では,混染の影響はSr-Nd同位体比組成に最も顕著にみられ,混染の影響を受けた岩石は高い87Sr/86Sr比,低いNd値を示すことが知られている.本研究では,これら研究を調査した結果,デカン洪水玄武岩の87Sr/86Sr比とBa/Nb比との間の顕著な正の相関およびNd値とBa/Nb比との間の負の相関を見い出した.このことから,Sr-Nd同位体比においてprimitive mantleよりもeirichした組成(=87Sr/86Sr比>0.705,Nd値<0)をもつ岩石はBa/Nb比が10以上であると考え,これらは地殻物質の混染の影響を受けている溶岩と認定した.またBa/Nb比が10より低くてもSr-Nd同位体比においてprimitive mantleよりenrichした組成をもつ岩石が数個存在する.これら岩石のTiO2量はほとんど全てが1.95wt.%以下である.過去の研究では,これらTiO2量の低い岩石は,汚染された大陸リソスフェアの混染を受けた岩石であると解釈されている.従ってTiO2量が1.95wt.%以下の岩石も混染の影響を受けた岩石と認定した.非混染溶岩は混染の影響を受けた溶岩に比べて相対的にSiO2,K2O,Rb,Ba量が低く,主成分および微量成分元素はほぼ均質であり,わずかなバリエーション(MgO=7〜5wt.%)は明瞭な1本のトレンドを形成するという特徴をもつ.この非混染溶岩の多くは,Western Ghats地域において高さ500m以上にわたって連続しており,中部,東部地域においても高さ200m以上にわたって連続している.この非混染溶岩はデカン全体の溶岩の噴出量の51%を占めることになり,デカン洪水玄武岩を代表していることが明らかになった.

 非混染溶岩の中で最もMgO量の多い岩石を用いて(MgO=6.7wt.%)常圧での融解実験を行った結果,約1160〜1130℃で最大33wt.%の分別結晶作用(カンラン石=4wt.%,斜長石=16wt.%,単斜輝石=13wt.%)により非混染溶岩の組成トレンドは説明されることが明らかになった.従って本研究では非混染溶岩の組成バリエーションは低圧での分別結晶作用で説明可能であると結論し,この中で最も未分化な溶岩をpristineマグマと呼ぶことにした.pristineマグマはソレアイト玄武岩でありレールゾライトの融解液に比べてFeO/MgO比が高く,MgO量が低いという特徴を持つ.またREE組成のLa/Lu比はマントルの融解液と考えられているMORBに比べてかなり高いという特徴も持つ.

 これまでに洪水玄武岩のマグマ成因のモデルとして,(1)超高温プリュームの上昇によるアセノスフェアの融解,(2)高温プリューム上部に位置するリソスフェアの断裂によるアセノスフェアの減圧融解,(3)MORBを取り込んだプリュームの部分融解:混合プリュームモデル,の3つが主に提唱されている.

 (1)および(2)のモデルはマントルレールゾライトの融解を想定している.しかし前述のようにデカントラップのpristineマグマ組成はレールゾライトの融解液に比べて分化した組成を持つ.そこでレールゾライトの融解液の分別結晶作用によりpristineマグマが生成可能かどうかについての検討を行った.レールゾライトの融解液の主成分元素組成を求めた過去の研究によると,部分融解度が低い場合にはアルカリマグマが,部分融解度が高い場合にはソレアイトマグマが生成されることが報告されている.また高圧条件下ほど高部分融解度までアルカリ玄武岩であることが知られている.ソレアイトマグマが高圧で分別結晶作用を行うとアルカリマグマが生成される可能性はある.しかしアルカリマグマはいかなる圧力で分別結晶作用を行ってもソレアイトマグマにはならない.従ってソレアイトマグマの親マグマがレールゾライトの融解液であったとすると,この親マグマは各圧力下において,高い部分融解度で生成される必要がある.一方,REE組成からの要請として,高La/Lu比のマグマを生産するためには部分融解度が低い必要がある.高圧では融解の際,ざくろ石が溶け残り鉱物として存在する.ざくろ石と平衡共存するマグマはざくろ石と平衡共存しないマグマに比べて高La/Lu比を持つことから,部分融解度が同じ場合,高圧ほどLa/Lu比は高くなる.各圧力においてデカンのpristineマグマのLa/Lu比は,ある部分融解度よりも低い値で生産される必要がある.なお,この際,分別結晶作用によってLa/Lu比が高くなる効果も合わせて議論を行った.計算の結果,通常のマントルレールゾライト(primitive mantleおよびMORB-source mantle)の融解とその後の分別結晶作用を考える限り,上記のpristineマグマの主成分元素とREE組成の特徴を同時に満足する部分融解度は存在し得ないことが明らかになった.また高FeO量(〜13wt.%)であるデカンのpristineマグマをレールゾライトの融解液から分別結晶作用によってつくるためには,多量の斜長石の分別を行う必要がある. このような多量の斜長石の分別が行われれば,我々はREE組成においてEuの負の異常を認識できるはずである.しかし,デカンのpristineマグマにはEu異常は認められない.従って,デカンのpristineマグマはレールゾライトの融解液からの分別結晶作用によってはつくることはできない.このようにレールゾライトのみの融解モデルを考える限り,デカンのpristineマグマは生成不可能であることが明らかになった.なお,レールゾライトと平衡共存が可能なピクライト質玄武岩(斑晶モード〜5vol.%,カンラン石斑晶のFo値=90,全岩のNiO量=0.39wt.%)がデカントラップ西端部に少量産出するが,これはアルカリ玄武岩であり,デカンのpristineマグマの親マグマとはなりえない.

 洪水玄武岩のマグマ生成モデルとして,上記(3)の混合プリュームモデルではマントルに沈み込んだMORBの融解が想定されている.これはマントル内を断熱上昇するプリュームが沈み込んだMORBの岩片を取り込むことにより混合プリュームを形成し,プリューム本体(レールゾライト)の部分融解によりマグマのネットワークがつながるような温度・圧力になると,MORBの融解液とレールゾライトの融解液の混合液が分離上昇するというモデルである.しかし高圧でのMORBの融解液組成を正確に求めた研究はこれまでにない.そこで大陸下のアセノスフェア最上部を想定した圧力下(3〜5.5GPa)で,MORB(大西洋中央海嶺玄武岩)の融解実験を行った.部分融解度の低い(<50%)実験ではマグマの液組成を正確に定量するために焼結ダイヤモンドの粉の中に液を注入する方法を用いた.実験の結果,3〜5.5GPaでの融解ではMORBの融解液の溶け残り鉱物はざくろ石と単斜輝石であり,単斜輝石がより高温まで溶け残ることが判明した.

 上記のMORBの融解実験の結果を用いて混合プリュームモデルを検討したところ,生じる混合マグマの主成分および微量成分元素組成はデカンのpristineマグマとほぼ一致することが明らかとなった.なおこのモデルの検討は,デカントラップ西端部に産出するピクライト質玄武岩をプリューム本体であるレールゾライトのみの部分融解液であるという仮定をして行った.このモデルに従った場合,混合液の分離上昇する温度・圧力は約2.8GPa,1410℃,プリューム全体に対するMORB岩片の割合は5〜9wt.%,MORBが溶け始める圧力でのプリュームの周囲のマントルに対する過剰温度は約90℃でなければいけないことも明らかになった.

審査要旨

 本論文は典型的な洪水玄武岩であるデカン高原玄武岩について,岩石学的研究を行い,洪水玄武岩マグマの成因について新しい観点を提出したものである.

 本論文ではまず,インド半島デカン高原に分布する玄武岩類の層序と化学的特徴を記述し,これまで系統的な岩石学的記述が行われていなかったデカン高原中・東部の玄武岩類の特徴が,西端部の模式地(西ガーツ山脈)のものと基本的に一致することを明らかにした.これにより,広大な面積をしめるデカン玄武岩類は分布の全域で,同じような層序・化学的特徴を示すことが明らかとなった.更に,同位体組成,微量成分の検討に基づいて,大陸リソスフェアの影響を受けていない玄武岩類(非混染岩)の化学的特徴を抽出した.この非混染岩がデカン玄武岩類の約50%を占め,他の玄武岩類はこのマグマが大陸リソスフェアの混染を受けた結果生じたものであることを示した.また,非混染岩に見られる化学組成のバリエーションが低圧での結晶分化作用によるものであることを1気圧での溶融実験結果に基づいて示した.

 次に,このような非混染マグマがマントルペリドタイトの溶融あるいはその後の結晶分化で形成される可能性を,最新の実験結果の解析と微量成分の解析から検討した.その結果,デカン洪水玄武岩は通常考えられているようなマントルペリドタイトの部分溶融あるいはそれからの結晶分化では作り得ないことを示した.この検討には,現在の岩石学分野で考えられる解析方法のほとんどが援用され,様々な観点からの検討が行われており,説得性の高いものである.洪水玄武岩マグマは地球上における最も広大な火山活動の一つであるが,そのマグマの源岩がマントルペリドタイトではないという結論は大変重要である.これまでのマグマ成因論においては,玄武岩マグマはマントルペリドタイトの溶融もしくはその分化物であるという前提に立って,その生成条件が議論されてきた.しかし,本論文は,少なくとも洪水玄武岩についてはこれまでの常識が通用しないことを説得性のある解析に基づき示した点で非常に意義がある.

 最終章では,マントルペリドタイトに代わる源岩として,沈み込んだ海洋プレートを想定し,検討を行っている.マントルペリドタイトをマグマの源岩とするという立場を放棄した以上,源岩としては任意性があることは確かであるが,地球内部に想定されるペリドタイトに次いで有力視される物質は,プレートテクトニクスにより地球内部に持ち込まれる海洋プレートであり,本論文における設定は十分納得できるものである.この可能性を検討するにあたって,著者は海洋地殻物質の超高圧下での溶融実験を行い,海洋地殻物質の3-6GPaの圧力下での部分溶融液の組成を決定した.上記の海洋地殻物質の溶融実験の結果を用いて,海洋地殻物質をふくむマントルプリュームの上昇によるマグマ発生というモデルを検討し,生じるマグマの組成はデカン玄武岩の非混染マグマのうち最も未分化なものにほぼ一致することを明らかにした.なお,デカン高原に産するアルカリピクライト玄武岩マグマがプリュームのペリドタイト部分の溶融液の組成を代表するという仮定をもうけることにより,マグマの生成条件を定量的に求めることが可能となる.この結果,マグマがプリュームから分離した条件は約3GPa,1400℃であり,プリューム内の海洋地殻物質の割合は5-9%であることが推定された.

 洪水玄武岩マグマの噴出は地球上の最も大きな火山活動の一つであるため,マントルのダイナミクスを読みとる手がかりとして着目されてきた.これまでにも多くの生成モデルが提案されてきたが,これらのモデルの検証に必要な地質学的・岩石学的データはまだ少なく,岩石学的検証を含めたマグマ成因論は確立していなかった.本論文は,このような洪水玄武岩の典型例とされるデカン高原玄武岩類について地質学的,岩石学的検証を行い,西部を除き不明な点が多かったデカン高原中央部及び西部の岩石学的層序を明らかにした.さらに,豊富な分析データと新しい実験データの解析に基づいてその成因を議論し,これまでの通説とは異なる新しいモデルを提唱した.

 このように本研究は洪水玄武岩マグマの成因に関して新しい局面を切り開いたものとして博士(理学)の学位を授与できると認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54569