地球マントルの物質循環を解明するためにの手段として、高圧高温発生装置を用いて地球マントル中の高圧高温状態を実現する実験は非常に有効であると考えられている。マントル中の物質循環に大きな影響を与えている現象の一つに海洋プレートのマントルへの沈み込みがある。本研究においては、このプレートの沈み込みに注目して、この現象に伴う物質移動、とりわけ水の移動を見積もることを目的とする。マントル中の岩石に水が含まれると、その岩石の物性が大きく変化することが予想される。たとえば、岩石中に含水鉱物が出現することにより岩石全体としての密度が変化したり、水が岩石中に含まれることにより岩石の溶融温度や粘性が大きく変化したり、岩石中の物質拡散や電気的性質にも影響を与えると考えられている。これらの現象を明らかにする事はマントル中の物質循環を解明する鍵となる。そこで、マルチアンビル型高圧高温発生装置を用いて、マントルへ沈み込むスラブ中に存在しうる含水鉱物を決定し、スラブがどのような条件下において、どの程度の量の水を地表からマントルへ運びうるかを明らかにする実験を行った。 実験に用いた装置はMA8型マルチアンビルで、実験条件は700℃から1600℃の温度範囲、6GPaから16GPaの圧力範囲、1時間から50時間の加熱時間である。ヒーターの材質はグラファイトあるいはランタンクロマイト、試料を封入するカプセルは白金あるいはAuPd合金を使用し、温度測定はタングステン・レニウム熱電対を用いた。実験出発物質としては市販の化学試薬を混ぜ合わせたものと、ゲル法によって合成したものを採用した。実験生成物は表面を研磨した後、EPMAを用いて共存する鉱物の化学組成を測定し、微小領域X線回折装置を用いて鉱物種の同定を行った。 本研究では3つの種類の含水系の実験を行った。1つは単純系のAl2O3-SiO2-H2O系の実験、2つめは天然の海洋底の堆積物(Sediment)の化学組成を用いた実験、3つめは天然の中央海嶺玄武岩(MORB)の化学組成を用いた実験である。 Al2O3-SiO2-H2O系の実験は1000℃、10GPa以上の条件での相関係を明らかにすることを主な目的としている。なぜならば、過去にはこの条件での詳細な実験が行われていないということと、この系の実験結果が天然の堆積物の相関係を考えるうえで重要な情報を与えると予想されたからである。実験において確認された含水鉱物はTopaz-OHとPhase eggの2種類である。Topaz-OHは13GPa、1400℃以下の条件において安定に存在し、約10wt%のH2Oを含んでいる。Phase eggは10GPa以上、1500℃以下の条件で出現し、約7wt%のH2Oを含んでいると推定される。この含水鉱物は今回の実験圧力の上限である16GPaにおいても出現していて、さらに高圧条件でも安定である可能性がある。10GPa以上でこれらの鉱物と共存するStishoviteは純粋なSiO2組成ではなく少量のAl2O3を含んでいる。Al2O3量は温度が上がるにつれで増大し、1600℃でおよそ3wt%に達する。Al2O3量は圧力に対する依存性はほとんど認められない。Pawley et al(1993)によればStishovite中にはAl2O3とともに少量のH2Oが入ることを報告している。もしそのことが本研究の結果において成り立つとすれば、Stishovite中のH2O量は温度が上昇するにつれて増大することが予測できる。 堆積物の化学組成についての実験では6GPa以上の条件において出現する含水鉱物に注目して相関係を明らかにすることを目的としている。実験出発物質には約6wt%のH2Oを加えている。6GPaの圧力条件では1200℃以下で含水鉱物としてPhengiteが出現した。これは約4wt%H2Oを含む鉱物である。出発物質の化学組成と、実験生成物中の共存する鉱物の化学組成を用いて岩石中の含水鉱物の重量比を計算したところ、Phengiteは約50wt%となり、この圧力条件では含水鉱物によって保持される堆積物中のH2O量は約2wt%と見積もられた。1400℃においてはPhengiteは消失しMeltが観察された。9GPaから12GPaの圧力範囲では含水鉱物としてTopaz-OHが出現した。この鉱物の岩石中の重量比は5-7wt%で、堆積物中のH2O量は約0.5-0.7wt%と見積もられた。高温になると1200℃でTopaz-OHは消失し、Kyaniteが出現した。12GPa以上ではPhase eggが含水鉱物として出現する。岩石中の重量比は約5-7wt%になり、堆積物中のH2O量は約0.3-0.5wt%と見積もられた。Phas-e eggの出現する温度圧力条件は圧力が上昇するに伴って温度領域は広がり、15GPa、1300℃の条件でPhase eggの存在が確認された。海洋底の堆積物の化学組成のバリエーションは非常に大きい。そのために計算した岩石中の鉱物の重量比は大きく変化しうる。今回の実験から得られた相関係が大きく変化しない範囲で、堆積物の組成変化に応じた鉱物の重量比を見積もると、堆積物中の含水鉱物としてマントル遷移層まで運ばれるH2O量はおよそ0-2wt%の範囲になる。 中央海嶺玄武岩の化学組成についての実験では6GPa以上の条件において出現する含水鉱物に注目して相関係を明らかにすることを目的としている。実験出発物質には約6wt%のH2Oを加えている。6GPa、800℃の条件で含水鉱物としてLawsoniteが出現した。この鉱物は約11wt%のH2Oを含んでいる。岩石中におけるLawsoniteの重量比は12wt%となり、この条件では含水鉱物によって保持される玄武岩中のH2O量は約1.3wt%と見積もられる。900℃においてはLawsoniteは観察されなかった。9GPaの圧力条件では700℃ではLawsoniteが出現したが、800℃では消失した。それ以上の温度圧力条件においては含水鉱物は観察されなかった。玄武岩中のLawsoniteの出現領域は報告されているCaO-Al2O3-SiO2-H2O系の結果に比べて狭くなっている。玄武岩中ではLawsoniteの出現領域は共存するGarnetとClinopyroxeneの組成変化に支配されている。高温高圧になるにつれてGarnet中のCaO量が増大し、それにともなってLawsoniteが消失している。そして、この反応の温度依存性は大きい。 沈み込むスラブはいくつかの化学組成の異なった岩石層で構成されている。最下層はHarzburgite、その上部に玄武岩(MORB)、さらにその上部に堆積物(Sediment)、それより上部はPeridotiteのウエッジマントルが存在する。スラブに伴う水の輸送を明らかにするためには、このスラブの層構造を考慮しなければならない。Irifune et al(1994)によると、堆積物(Sediment)は9GPaまでは周囲のマントル物質より密度が小さいと報告しているので、必ずしも海洋プレートとともにマントル深部へ沈み込むかどうかは明らかになっていない。図1にはそれぞれの岩石中の含水鉱物の出現領域を示している。PeridotiteのデータはKawamoto(1996)に基ずいている。スラブが沈み込む時に条件の違いにより、たどる温度圧力の履歴が異なってくる。海嶺で形成されてあまり時間が経っていないスラブが低角度でゆっくり沈み込む場合には、比較的温度が高い履歴を経験する。このような場合には3-4GPaでスラブ上部のPeridotiteとMORB中の含水鉱物はすべて分解し、5-7GPaでSediment中の含水鉱物も分解してしまい、沈み込むスラブによってマントル深部まで水を運び込むことはできないと考えられる。それとは反対に海嶺で形成されてから十分冷やされたスラブが高角度で速く沈み込む場合には、比較的温度の低い履歴を経験する。特にスラブが図1の点P1より低温側を通る場合を考える。5GPaまでにスラブ上部のPeridotite領域では含水鉱物が分解して水を保持することができなくなる。その下部のMORB層では10GPaまではLawsoniteが徐々に分解して上部のマントルに水を供給し続ける。Peridotite中では7GPaぐらいから含水鉱物が存在できるようになり、MORB層から供給される水の一部を保持することが可能になる。スラブ上部に存在する比較的低温のPeridotite部分が、沈み込む海洋プレートに引きずられてマントル深部まで沈み込むならば、最大でMORB中の1wt%に相当する量の水がマントル深部まで運ばれることになる。もしSedimentもマントル深部まで沈み込むならば、同じメカニズムによってSedimentも水の輸送に寄与するはずである。ただし、Sediment中の含水鉱物の出現領域はMORBに比べて高温高圧側に広がっているので、MORBの場合よりも多くの沈み込み帯でこのメカニズムによって水の輸送が起こっている可能性がある。この場合の輸送される水の量はSedimentの化学組成によって大きく変化すると予想される。 図1 岩石中の含水鉱物の出現領域。太線より低温側において含水鉱物が出現する。灰色部分は沈み込むスラブの温度圧力履歴の例を示している。 |