学位論文要旨



No 112513
著者(漢字) 川本,英子
著者(英字)
著者(カナ) カワモト,エイコ
標題(和) 岩塩および方解石剪断帯の脆性から完全塑性に至る変形挙動と新しい断層モデル
標題(洋) Brittle to fully-plastic deformation behavior of halite and calcite shear zones and a new fault-zone model
報告番号 112513
報告番号 甲12513
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3293号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋本,利彦
 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 助教授 石井,輝秋
 東京大学 助教授 中嶋,悟
 千葉大学 助教授 金川,久一
内容要旨

 リソスフェアの大変形は断層と剪断帯に集中して起こっている.従って,浅所の脆性破壊が卓越する領域から深所の高温塑性流動が卓越する領域まで断層内部の変形様式と断層の力学的性質を決めることは,リソスフェアのレオロジーを確立する上でも,また大地震の発生機構を明らかにする上でも非常に重要である.リソスフェアの強度断面の簡単なモデルは,脆性破壊が卓越する条件下の摩擦強度を地下深部の高圧方向に,また塑性流動が卓越する条件下で決められた流動則をより浅所の低温方向にそれぞれ外挿して描かれるが,脆性領域と完全塑性領域との間にはかなり広い中間領域が存在することが室温下の実験で示されている.しがしながら,これまでの実験的研究の殆どは一定の温度で封圧を増加させることによって,あるいは一定の封圧で温度を増加させることによって行われてきており,地温勾配と同様の温度・圧力変化を与えて,脆性から高温塑性流動を再現した研究はない.また,2相以上の多結晶から成る岩石の変形実験は行われているが,これまでの実験では歪量が小さいために,断層・剪断帯のように歪が非常に大きい場合に,どのような鉱物が力学的性質を支配するかという問題については,Jordan(1988)によってtwo-block modelが成立するだろうと予想されているだけであった.

 本研究の目的は,リソスフェアを縦断する形で変形様式の全体像を把握することである.地温勾配と同様に温度が垂直応力に正比例して増加する条件下で,岩塩剪断帯および岩塩-方解石剪断帯を用いて浅所の脆性変形から深所の完全塑性流動に至る変形を再現させ,断層と剪断帯で予想されるような大きな剪断歪のもとで,剪断帯の力学的性質とその変形組織を調べた.

 実験は高温二軸摩擦試験機を用いて無水条件下で行った.岩塩の高温剪断変形実験は,三つの稲田花崗岩のブロックの間に厚さ約0.7mmの岩塩層(粒径0.2〜0.3mmの食塩)を挟んだサンプルを用いた.実験での最大変位量は20mmなので,最大剪断歪は約30である.実験条件は,地温勾配約9℃/MPa,500℃以下の温度,0.03〜30mの変位速度(強度断面を描いたのは3m/s)であった.岩塩-方解石混合物の剪断変形実験では,花崗岩ブロックの代わりにより高温強度の大きいハンレイ岩ブロックを用い,剪断帯として岩塩の体積比を0%〜100%まで変化させた厚さ約0.7mmの混合物層を挾んだ.岩塩のガウジは上記と同じもので,方解石のガウジはYule marbleを砕いた粒径0.1〜0.25mmのものを用いた.実験条件は,地温勾配約22℃/MPa,700℃以下の温度,0.3m/sの変位速度であった.

 本研究は,地温勾配と同様に温度が垂直応力(圧力)に比例して増加する条件下でリソスフェアを完全に縦断する形で剪断帯の挙動を調べた最初の研究である.図1は,岩塩の高温剪断実験から決めたリソスフェアの強度断面である.これは室温下での実験から予測されていたように,脆性・中間・完全塑性領域に三分される.低圧では剪断応力が垂直応力にほぼ比例する形で増加し,さらに垂直応力が大きくなると線形な関係から外れてくる.強度のピークを超えると温度の効果が卓越し,垂直応力の増加にも関わらず強度は低下しいく.低圧で線形な関係から外れるところを脆性-中間領域の境界とし,高圧で垂直応力依存性がなくなるところを中間-完全塑性領域の境界とした.地震性の動きを示す不安定すべり(stick-slip)は脆性および中間領域のほぼ上半部で観察され,強度のピーク付近で安定すべりに変わる.不安定すべり時の応力降下量は脆性-中間領域の境界付近で最大になり,断層の挙動はこの境界付近で最も不安定である.変位速度0.03〜30mの範囲で速度依存性を調べると,脆性領域では速度弱化を示し不安定すべりを伴うが,完全塑性領域では速度強化を示し安定すべりをする.中間領域の200℃で速度弱化から速度強化への遷移が見られた.

 それぞれの領域の剪断変形組織をみると,脆性領域の低温・低圧部では剪断帯の変形は母岩との境界部に集中している.脆性領域でもより高温・高圧になると岩塩の粒は伸びてfoliationを形成し始める.中間領域の強度のピークまでの変形組織は脆性領域のものと良く似ているが,ピークを超えると全て再結晶粒になり,連続した再結晶粒界で定義されるfoliationができる.しかし変形の局所化が起こりfoliationはRiedel shearsによって切られている.つまり,中間領域でも既に塑性変形が卓越しているが,変形の局所化に伴って地震性の動きも起こっていることを示している。完全塑性領域の変形組織は比較的一様に発達したfoliationで特徴づけられる.

 岩塩-方解石混合物の高温剪断実験から図2のような強度断面が得られた.この実験条件下では,岩塩は脆性領域から完全塑性領域に至る力学的挙動を示すが,方解石はまだ脆性的挙動のみを示している.図2では岩塩の体積比が0%,20%,100%の剪断帯の実験結果とHeard and Raleigh(1972)による方解石の流動応力を示している.岩塩を20%含む剪断帯の力学的挙動は,岩塩100%の剪断帯のものと良く似ている.剪断帯中の岩塩の含有率に対するbulk強度は図3のようになる.この図ではそれぞれの岩塩含有率を持つ剪断帯の,ピーク強度とほぼ定常状態に達した強度を示している.ピーク強度は岩塩の含有率の増加に伴って徐々に減少し,k=1.5のときのTharp model(1983)に良く合う.ほぼ定常状態に達した強度は,岩塩がほんの5%含まれるだけで著しく低下し,Jordan(1988)によって推定されたTwo-block modelに良く合う.このことは,剪断帯が複数の鉱物の混合物から成る場合,その強度断面は弱い鉱物の挙動に支配されることを示している.この結果は今後の剪断帯の研究を進める上で極めて重要である.これまでは力学的挙動は主要構成鉱物(含有率20〜30%以上)の中で最も弱い鉱物が力学的性質を支配すると考えられていた.そして,そのような見地から多くの実験データは地殼とマントルの主要構成鉱物の中でも変形しやすい石英・長石・カンラン石に集中してきた.この常識は剪断帯ではもはや通用しなくなった.5%の鉱物が挙動を支配できるならば,上記の粒状鉱物よりも粘土鉱物・緑泥石・雲母などの板状鉱物が最も重要な鉱物である可能性が高くなった.

 混合物剪断帯の変形組織をみると,岩塩を20%含む剪断帯の変形組織は,温度と垂直応力の増加に伴って,もともと孤立していた岩塩粒が剪断面を埋めるように変形してつながっていく.これは,全体的な配置がTharp modelからtwo-block modelへと変化ていることを示唆している.岩塩を5%含む剪断帯を温度600℃,垂直応力26MPaで20mm剪断させると,方解石の領域内で脆性的な剪断面が発達するが,母岩との境界で変形が集中している.岩塩はこの境界沿いに断続的に狭くつながっている.岩塩を75%含む剪断帯を同様の条件で剪断させると,方解石の粒の周りは破砕され,細粒の破片は岩塩のfoliationに支配される方向に並んでいる.この組織は,天然で見られるマイロナイトの流動組織を良く再現している.

 本研究の実験結果に基づいて,ほぼ同じ広がりを持つ脆性・中間・完全塑性領域から成る断層モデルを提唱した(図4;Kawamoto,1996).顕著な塑性変形は中間領域から認められ,地震性挙動の下限は中間領域の中央の強度のピーク付近である.既存の断層モデルは本実験結果に合わないので改訂される必要がある.新しい断層モデルによってマイロナイトの形成領域と,地震の下限の意味が明らかになった.今後,遷移的挙動の力学データが揃って,脆性から塑性に至る構成則が確立されれば,大地震の現実的なシミュレーションが可能になる.本研究結果は,より現実的な断層およびプレート境界モデルを確立する上で重要なステップになると考えられる.

図1.岩塩の高温剪断実験から得られるリソスフェアの強度断面図2.岩塩-方解石混合物の高温剪断実験から得られるリソスフェアの強度断面図3.岩塩の含有率に対する岩塩-方解石混合物の強度図4.本研究の実験結果に基づいた断層モデル
審査要旨

 本論文は、大地震の発生機構を明らかにするために、岩塩・方解石及び両者の混合物を用いて断層深部(剪断帯)の変形を高温二軸摩擦試験機を用いて実験室で再現し、断層深部の変形様式と力学的性質について体系的に報告したものである。本研究は、地温勾配と同様に温度が圧力(断層に垂直に作用する応力)に比例して増加する条件下で断層帯内部の著しく大きい剪断歪を再現し、リソスフェア(プレート)を横切る形で断層またはプレート境界の強度断面、断層のすべり挙動、及び断層の浅所から深所に至る変形様式の変化を初めて明らかにしたものである。

 本論文は8章からなり、始めの3章では、序論として研究の現状・目的・意義、これまでの研究の経過と問題点、及び本研究で採用した試験機と実験方法について述べられている。第4章と第5章ではそれぞれ岩塩及び方解石剪断帯の力学的性質と変形様式について報告し、第6章では岩塩-方解石混合物からなる剪断帯の挙動と変形様式についてまとめている。また、第7章ではこれまでの断層モデルが全て実験結果に反することが示され、新しい断層モデルが提唱されている。第8章では、本研究のまとめと将来の研究課題を提示している。

 本研究の結果、(1)リソスフェアは破壊が卓越する脆性領域、塑性流動が卓越する完全塑性領域、及び両者の間の中間領域からなり、それらはほぼ同じ広がりをもっていること、(2)マイロナイトは中間領域から形成され始めること、(3)強度のピークは中間領域の中央よりやや深部に位置しており、地震の下限はほぼこのピークに一致すること、(4)このピーク付近で断層の速度依存性が不安定なvelocity weakeningから安定なvelocity Strengtheningに変わり、これが地震の下限を規定している可能性が高いこと(既存の断層の構成則は中間領域では成立しない)、(5)断層が最も不安定になるのは脆性と中間領域の境界付近(地震発生域の下から3分の1付近)であり、おそらくこの境界が自然の微小地震の発生頻度のピーク(日本列島内陸部では深さ約10km)に相当すること、(6)リソスフェアの強度と断層のすべりの様式は変形しやすい鉱物(岩塩と方解石の混合物では岩塩)がほぼ完全に決めてしまうこと、(7)剪断変形が大きくなると混合物剪断帯の強度はJordan(1988)のtwo-block modelで記述できること、つまりわずか5%含まれるだけの柔らかい鉱物が剪断帯全体の強度と挙動を決めてしまうことが明らかになりました。(1)と(2)は室温・高圧下の実験で同様な結論が得られていたが、(3)以降は本研究で初めて明らかにされたことである。本研究の結果、Sibson(1977),Strehlau(1986),Scholz(1988)の断層モデルは実験結果と大きく異なることが明らかになり、Shimamoto(1989)のモデルも地震の下限の位置が修正を受けた。

 本学位論文の内容は、論文提出者による2編の論文(1編は公表ずみ、他は招待論文として準備中)、及び嶋本利彦との2編の共著論文(1編は公表ずみ、1編は印刷中)として公表される見込みである。共著論文における嶋本の役割は、研究テーマの重要性を指摘したことと、実験を遂行するための試験機を開発・設計したことである。実際の実験、実験試料の顕微鏡観察、結果の解釈は全て論文提出者が行ったものである。

 論文提出者は、研究生及び大学院生として在籍した4年間に、北海道南西地震(1993年7月)後の地殻変動と津波被害調査、兵庫県南部地震(1995年1月)後の被害調査に現地での実調査日数が38日に及ぶ調査をこなしている。また、伊那谷断層系の田切断層のトレンチ掘削調査に参加している。このような研究も加えて、論文提出者のこれまでの研究成果は、共同発表も含めて23回の学会発表(本人の発表は7回)、共著も含めて10編の論文として公表されている。論文提出者は、博士課程入学時に専門を堆積学・古生物層序学から構造地質学・岩石レオロジーに変更しており、新たな研究テーマに柔軟に対応できることを示した。

 以上のことから、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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