学位論文要旨



No 112515
著者(漢字) 水谷,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,テツヤ
標題(和) 三波川変成岩におけるアルバイト斑状変晶の組織形成に関する研究
標題(洋) Textural Evolution of Albite Porphyroblasts in the Sambagawa Metamorphic Rocks
報告番号 112515
報告番号 甲12515
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3295号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鳥海,光弘
 茨城大学 助教授 西森,拓
 東京大学 助教授 小澤,一仁
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 助教授 中嶋,悟
内容要旨 0、はじめに

 変成岩中には非常に興味深い組織が存在し、これらの組織は変成岩成長時の情報を多く保存していると考えられる。そのうちの一つに他の鉱物と比べて著しく粗粒な斑状変晶と呼ばれる鉱物が存在する。

 その中でアルバイト(NaAlSi3O8)の斑状変晶の成長はほかの鉱物の成長に比べて単純なため、理論的研究に適している。その理由として、アルバイトに含まれるNaが高圧型変成岩中のほかの鉱物にはほとんどなく、変晶は他の鉱物同士の反応でできるものではないことが挙げられる。変晶の出現とともに、縞状に分布していたアルバイトは斑状に分布するようになるので、変晶の成長は変成岩の構造成長における重要な過程であると考えられる。そこでこのような変晶の成長機構を解明し、変成岩の構造形成機構を推定するため、三波川変成帯において温度圧力の空間的変化に対する構造成長の様式とその変化について研究し、モデルを用いた数値シミュレーションにより特徴的な物理量についての考察を行った。

 ここではアルバイトの粒成長の場合に考えられる物理モデルと、実際の観察、数値実験に関して簡単な説明を行う。

1、測定結果

 四国中央部汗見川地域の三波川変成岩では、変成度が上がるとともに鉱物は粒成長する。特にアルバイトの場合はざくろ石帯よりもやや低変成度から粗粒な変晶が出現する。まずアルバイト粒子の粒径分布、空間分布を各変成度についてメタチャート、塩基性変成岩、泥質変成岩について測定した。粒径は円相当径とした。その結果、アルバイト変晶の粒径、空間分布は、

 (0)アルバイトの平均粒径は変成度が上がるにしたがって大きくなる。特にざくろ石帯手前で著しく粗粒化する。

 (1)低変成度の緑泥石帯ではメタチャート、塩基性変成岩、泥質変成岩とも対数正規分布をとる。空間分布はポアソン分布に近い。

 (2)ざくろ石帯よりも高変成度のメタチャート中ではよべき分布をとり、空間分布はクラスターを作ることがわかった。粒径分布のべき指数は1.2〜1.8程度の値をとる。またメタチャートにおいて、平均粒径と最大粒径を座標軸にとってべき指数を調べると、変成度を問わず1.3程度の傾きをもつことがわかった。このことは系のメカニズムを検討する上で重要な意味をもつ。

 (3)それに対して泥質、塩基性変成岩中の粒径分布は粗粒側に片寄った対数正規分布からべき分布に近いものまでの幅広い粒径分布をとり、空間分布は粒径分布に伴って変化する。対数正規分布をとるものは低変成度の分布よりポアソン分布に近い。泥質変成岩の粒径分布はアルバイトの体積比によって変化する。

 (4)塩基性変成岩中のインクルージョンはアルバイト変晶のコアに集中的に分布するが、メタチャート中のインクルージョンは、変晶中にランダムに分布する。

2、物理モデル

 アルバイト粒子の粒成長と分布の変化は、相転移現象の後期成長過程と同等に扱うことができる。後期成長とは、核形成、相分離が終わったあと、ゆるやかな構造の粗大化が行われる過程をさす。Siggia(1979)などによると、後期成長過程は(1)Coagulation、(2)Evapolation-Precipitation、(3)Percolationの3つに分けることができる。

 Coagulationは、流体系などでは、通常、ブラウン運動を考える。この過程における粒径の増大は時間の1/3乗に比例し、粒径分布はべき分布をとる。これに対して変成岩の場合は剪断流動による衝突、合体を考えるのが最も妥当であるが、この過程において粒径の増大は合体の機構に依存し、粒径分布はべき分布をとる。今回の研究では粒径が時間の1/4乗に比例して成長することがわかった。

 Evapolation-Precipitationは、粒成長が表面エネルギーを減少させる方向に進むと考えるもので、一般にはオストワルド成長と呼ばれる。大きな粒子が増加することによって、系全体の表面エネルギーが下がるために選択的に成長しやすい。Lifshitz and Slyozov(1961)は球形粒子、平均場近似、局所平衡を仮定して理論的に成長則と安定分布を導いた。これによると粒径の増大は時間の1/3乗に比例し、粒径分布は正規分布がやや粗粒側に片寄った形をとる(LSW分布)。ただしLSW分布は理想的な分布で、成長する物質の体積分布が増加すると粒径分布の幅が広がる。また弾性効果を加味したモデルではほぼ対数正規分布に近い粒径分布に変化する。

 Percolationは、3次元系におけるパーコレーションの臨界確率が体積分布で16%であることによる成長機構である。すなわちこのような高い体積分布を持つものはすでに互いに連結しており、表面エネルギーを下げるためにより早く成長する。流体系では不規則な形をした粒子は急速に球形に変化し、Siggiaの見積りによると粒径の増大は時間の1乗に比例し、考えられる成長メカニズムのなかで最も早い。固体系では、合体した粒子は不規則な形をしたクラスターとして存在する。

3、考察

 粒径、空間分布と物理モデルより考察した結晶成長のメカニズムは以下のように推定される。

 (1)メタチャート中では石英が高変成度になると軟化するため、塩基性変成岩、泥質変成岩よりも歪量が大きいと考えられる。ざくろ石帯程度の温度では、アルバイト粒子は石英の5〜10倍固いと考えられるため、アルバイトは流体中の固体粒子の様に挙動し、アルバイトのクラスター同士の衝突がおこる。衝突した粒子は、比較的速い速度でネック成長して合体し、そのうち何割かが単粒化する。この合体確率が単粒化の速度に依存する。このように変成岩中の流動にともなって、Albite粒子は移動・衝突・合体し、結晶成長、構造形成する。この場合、粒径分布はべき分布となる。

 (2)泥質、塩基性変成岩中では、オストワルド成長によって得られる粒径分布からべき分布に近いものまでの幅広い粒径分布が得られる。オストワルド成長の場合、平均粒径は時間の1/3乗に比例して成長するので、岩石中の拡散係数を10-14(m2/s)とすると、実際に塩基性変成岩で測定した平均粒径程度(数百m)に成長するためには、オストワルド成長のみを考えた場合困難である。このことを解決するためには、(1)拡散係数が現在考えられているよりも大きいか、(2)別の機構を持つ粒成長が先に、もしくは同時に起こったことが考えられる。(1)の場合、拡散係数の温度変化等で考えうる変化はせいぜい数倍程度であって、粒径のオーダーを変えるまでには至らない。(2)の場合、塩基性変成岩、泥質変成岩ではアルバイトの体積分率が16%を超えているものも多いので、初期の粒成長の一つとして、わずかな相対運動でも粒子が互いに接触し、パーコレーションによる著しい成長も考えられる。

 オストワルド成長と衝突合体成長は(強弱はあっても)同時に働いていると考えられるので、この強弱によって粒径、空間分布のバリエーションがうまれる。特にメタチャート中のアルバイト粒子の成長については、この2つの機構の数値シミュレーションによって、特徴的物理量の推定が可能である。

4、数値実験

 以上のモデルを確かめ、変成岩成長時の物理量を推定するために、オストワルド成長と衝突合体成長のモデルを用いて、アルバイト粒子成長の数値シミュレーションを試みた。衝突合体成長では層流剪断を仮定してシミュレーションを行った。このとき衝突確率は単純に歪速度に比例する。合体確率は1として考えたが、衝突確率にかけるだけでよいため、たとえば合体確率が0.5の時は、歪速度が1/2の場合に相当する。またシミュレーションの結果をより深く理解するため、ここではペクレ数によって歪み速度と拡散速度の効果を評価する。ペクレ数は歪み速度に特徴的長さをかけたものと拡散係数の比であらわされる無次元数である。シミュレーションによって、次のような結果が得られた。

 (1)衝突合体成長のシミュレーションでは、粒径分布は1.0-1.8程度のべき指数を持つべき分布となった。

 (2)衝突合体成長のみのシミュレーションのときにはピークの位置はほとんど移動しないのに対し、オストワルド成長とカップリングさせたシミュレーションではオストワルド成長の程度によってピーク位置が移動した。

 (3)カップリングのシミュレーションではアルバイト粒子は歪量が20程度で、ピークの粒径の10倍以上成長する。

 (4)衝突合体成長、オストワルド成長の場合は平均粒径の増大は時間のそれぞれ1/4乗、1/3乗に従うのに対し、カップリングさせたシミュレーションでは成長速度が早く、時間の0.6乗に比例することもある。

 (5)このシミュレーションと実際に得られた分布を比べ併せることによって、実際の変成岩での歪量と拡散係数の比を求めることができる。たとえば、拡散係数が10-15(m2/s)、歪速度が10-11(1/s)のとき、実際にざくろ石帯で得られる結晶数密度や粒径分布に近づくには1000%の歪量と32000年の時間を要する。歪量が比較的妥当な値を取るのに対して、この時間については今まで推定されている変成に要する時間よりも1、2桁小さい。この事は拡散係数がもっと小さいことを示唆する。

 また、粒径分布のべき指数の値が測定値よりやや高いこともあるのは、アルバイト粒子中のインクルージョンの効果が考えられる。2つの鉱物が合体するとき、粒間にある鉱物は取り込まれることがある。そのような場合、一回の合体でも粒子の成長は早くなって、さらに粗粒部の成長は早くなる。簡単に2つの粒子が合体して、体積が2倍になるときに20%のインクルージョンを取り込むとすると、インクルージョンがない粒子が10倍成長する間に、インクルージョンを含む粒子は2倍成長する。このような効果を考えると、今回のシミュレーションで得られた粒径分布のべき指数よりもやや小さくなるであろう。

審査要旨

 本論文は全体として2部から構成されている.第1部は三波川変成帯の主要な分布地域である四国中央部の汗見川地域における変成岩の構造についての詳細な解析とその記載である.第2部は一般に変成岩の構造形成のメカニズムについて従来とは異なるモデルを提出し、これを計算物理学的に解析をおこなった.

 第1部では沈み込み帯で起こる高圧中間型変成作用の典型地として西南日本外帯の三波川変成帯に分布する低変成度から高変成度の変成作用を受けた様々な化学組成の変成岩について、従来とはまったく異なる視点、すなわち変成岩を構成する鉱物の粒径、形状、分布、体積比などからなる構造量を変成作用の温度や圧力および、歪み速度などとの関係で研究する方法を採った.補完するデータとして変成岩を構成する各種鉱物の化学組成とその累帯構造を測定した.その結果、アルバイト結晶の組織構造が顕著に変化することを明らかにした.その変化とは、

 1、変成帯の中で、変成作用の温度が高い地域ほど、平均的なアルバイトの粒径は大きい.

 2、粒径分布については、低変成度の緑泥石帯の岩石では構成する鉱物が変化しても、対数正規分布をしめす.

 3、ざくろ石帯よりも高温で変成作用を受けた石英質の変成岩ではアルバイトの粒径分布はべき分布を示す.

 4、ざくろ石帯よりも高温で変成作用を受けた玄武岩や泥質変成岩では、粒径分布は対数正規分布からべき分布までの多様性がある.

 5、アルバイトの粒径がべき分布を示す岩石では、アルバイト粒子の空間分布はクラスターをつくる分布パターンとなる.一方、対数正規分布の粒径分布を示す岩石ではアルバイト粒子の空間分布はランダムな分布を示している.

 6、粒子がクラスターを持って空間分布しているときには粒子相互の位置は全くのランダムなクラスターではなく、偏った分布を示すことが多い.しかし、方位についての2体相関関数は顕著ではない.

 7、ランダムな空間分布を示すアルバイト粒子の方位相関関数は岩石中でも全体としては顕著ではない.

 8、アルバイトはほとんど純粋であるが、黒雲母帯の高温部ではオリゴクレースが不規則にアルバイト変晶に入っている.

 以上の事実を明らかにしたうえで、変成作用におけるアルバイト粒子の挙動を以下のように定式化した.

 1、石英片岩では基本的な構成鉱物は低温度で形成された変成岩では、石英、アルバイト、雲母、緑泥石、であり、高温の変成岩では、石英、アルバイト、雲母、緑泥石、ざくろ石である.したがって、変成作用の過程でのアルバイト粒子の挙動は、元来低温の変成岩にも高温の変成岩にもアルバイト粒子が多数含まれていて、その後に現在のような構造をつくったと考えられる.その変成作用を受ける前の構造は低温度変成作用で見られるものと一致する.きわめて低温でできる構造はランダムな空間分布であり、対数正規分布に近い粒径分布を示すことがしめされる.

 2、変成温度が上昇するにつれて、歪み速度が著しく大きくなることが判明している.高温下では石英とアルバイトから構成されると近似される石英片岩では、塑性流動と粒子成長過程が協同する.このとき、実験構造地質学的な結果では明らかにアルバイト粒子は石英に比べて十分に流動応力が大きいので、岩石の塑性変形はほとんど石英の流動により、アルバイト粒子は変形しない.したがって、塑性流動の結果、粒子と粒子は互いに近接し、かつ衝突する.この過程はアルバイト粒子の合体成長がオストワルド成長と同時に起こることを意味している.その起こり方は両者のプロセスの強弱によっている.つまり、変形による移流と拡散の流束比がこの系を支配していると結論した.

 そこで、実際に妥当な拡散係数と歪み速度を用いて、3次元での一万体の多体系での粒子ダイナミックス法とスモルコフスキーダイナミックス系での数値シミュレーションをおこなった.その結果、つぎのことが明らかにされた.

 1、衝突による粒子成長はべき分布の粒径分布関数を与え、粒成長の時間のべきは1/3である.

 2、オストワルド成長による粒子成長はLSW型の粒径分布関数を与え、粒成長の時間のべきは1/3であり、いままでの研究結果と一致する.

 3、剪断変形速度を与えての衝突による粒子成長とオストワルド則による粒子成長を協同させた数値実験はべき乗則と対数正規則の中間的な粒径分布則を与え、粒子成長の時間則はきわめて注目するべきことには0.6を与えた.

 4、また3、項の実験では粒子の空間分布が明らかに初期のランダム分布からクラスター分布を示すように変化することが示された.

 以上の結果は天然のプレート境界における変成作用にともなる石英-長石系の構造形成をきわめてよく再現したものと評価される.また、この研究の結果、天然の変成帯において、アルバイトの構造、つまり、粒径分布、粒子分布、および変成作用の温度が変化するにつれて、細粒のアルバイトからアルバイト変晶へと構造変化することをしめしたこと、さらに数値実験による研究の結果、一般的な重要事実として、粒子成長の時間則のべき指数が剪断凝集とオストワルド成長両者を協同した場合には0.33から急激に増大して、0.6となることをはじめて明らかにした.これらのことはきわめて独創性が高く、また、世界でもはじめての結果であることが評価された.そこで、審査会は本論文が博士(理学)に適合した論文であることを認めた.

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