原始的エコンドライト隕石は、分化した隕石であるエコンドライト的な完晶質の組織を持ちながら、鉱物・化学組成は始源的なコンドライト的である隕石グループであり、惑星物質の初期進化の過程の研究に重要な隕石である。特にそのケイ酸塩鉱物と金属鉄の分離の過程は地球のマントル・コアの研究と関連して重要な情報を提供する。また小惑星帯にもっとも多いS型小惑星はこの種の隕石の母天体だとされている。原始的エコンドライトはいくつかのサブ・グループを含む。それらのうち、アカプルコアイトとロドラナイト(AL)は、酸素同位体組成から同一母天体を持つと考えられている。ロドラナイトの方がアカプルコアイトより結晶の粒が大きい、斜長石が少ないなどの特徴があるが、両者の中間的なものも存在する。また、ウィノナイトとIAB鉄隕石(WI)中のケイ酸塩鉱物包有物(SI)が同一母天体を持つと考えられているが、それはALグループのものとは異なる点が多い。 これまでの原始的エコンドライトの研究はそれぞれのサブ・グループごとのものがほとんどであったが、現在までに知られているそれぞれのサブ・グループの隕石の数は少なく、違う母天体であっても原始的エコンドライト全体が共通の生成過程を経て来ているものと仮定して、成因を考えることで、原始的エコンドライトについて新しい知見を得ることが本研究の主な目的である。 ALグループから11個、WIグループから5個、酸素同位体は未決定または異なるがALグループと思われるもの1個、WIグループと関連するもの2個、H7コンドライト1個について鉱物学的研究を行い、それらの関係を明らかにし、両者に共通な物質進化の過程を明らかにした。 物質の分化の様子を調べるため、各隕石中の鉱物の存在比およびその分布の仕方を知ることは重要である。19個の隕石の21枚の薄片について同一の方法を適用した。まず微小領域分析法であるエレクトロン・マイクロプローブ(EPMA)による2次元元素分布図(Si,Mg,Ca,Fe,Cr,P,Al,S,Niを画像処理した)により詳細な鉱物分布図を作成し、鉱物の存在比を求めた。 論文は5章よりなり、第1章は原始的エコンドライトの概説、第2章は扱った隕石試料と研究手法について、第3章は各隕石ごとに得られた結果を述べ、第4章でその結果から導き出される知見について論じ、第5章でそれらの結論をまとめている。 アカプルコアイト-ロドラナイト(AL)グループ 本研究において求められた鉱物存在比は図1の通りである。図2はケイ酸塩鉱物とカルシウムリン酸塩についての存在比をH7コンドライトのY75008で規格化したものをグラフに表したものである。その分布は、これらの隕石の分化が、母天体上での物質の不均一な分布で説明されうることを示している。 その多様性に見られる鉱物存在比の系統的変化と金属鉄粒の肥大化により、WIグループにあってALグループにないものである金属鉄の濃集したもの(鉄隕石)が存在している可能性を示すことができた。 EET84302はALグループのなかでも特異な隕石で、ロドラナイトのように粗粒でありながら斜長石を多量に含むなど、アカプルコアイトに近い鉱物組み合わせを持ち、また特に不透明鉱物(主にFeNi金属、ほかにトロイライト、クロム鉄鉱等)の多さとその形状の複雑さが目立つ。鉱物組み合わせ同様、他のアカプルコアイト、ロドラナイトにも、不透明鉱物の大きさや形状には少しずつ違いが見られるが、程度の差はあっても共通して入り組んだ形状をしていることが多く、隕石の生成過程を反映していると考えられる。 この組織の違いと分化の度合いを系統的に調べるために、EET84302及び3つのアカプルコアイト,Acapulco,ALH77081,ALH78230と2つのロドラナイト、Y791491,MAC88177について、不透明鉱物の形状の特徴を数値で表した。面積をS、周囲長をLとすると、L/(4S)1/2は円のとき1になるパラメーターで、この値が大きいほど面積に対して境界線が長く、複雑な形をしている。粒の大きさ、周囲の長さは、薄片写真をスキャナーで取り込んだものを画像処理ソフトを用いて求めた。 不透明鉱物は、ケイ酸塩の間のすき間を埋めるような形をしており、ケイ酸塩の粒が大きいために大きな隙間が出来やすく、かつその部分に金属のメルトが多ければ、隙間同士がつながって複雑な形が形成されると考えることができる。ALH77081やALH78230は再結晶したコンドライトに近い鉱物分布を示し、L/(4S)1/2の値も小さく、最も未分化のものと考えられる。EET84302は、L/(4S)1/2の値も最も大きく、大きな金属の粒がケイ酸塩鉱物の粒をほぼ取り囲んでいるようなところもあり、その傾向がさらに進めば鉄隕石中のケイ酸塩包有物の様な状態になると考えられる。つまり、Fe-Ni-S共融体ができ移動した領域ともとることができる。AcapulcoはALH77081,ALH78230よりロドラナイトに近い値を持ち、鉱物学的にもアカプルコアイトのなかではロドラナイトよりの特徴を持つことと一致する。MAC88177のように、不透明鉱物の量は少なくても、L/(4S)1/2の値は比較的大きいものもあり、これは、物質の移動量が多かったためと思われる。不透明鉱物の形状の形成にはこれらの隕石の形成過程における溶融と物質の移動が関与しているものと思われる。 ウィノナイト・IAB鉄隕石(WI)グループ WIグループにおいては、ウィノナイトは一般的に不透明鉱物の量が多く鉄限石に近い。 図1 各隕石中の鉱物の存在比(左から斜長石の少ない順)図2 ケイ酸塩鉱物とカルシウムリン酸塩の存在比。Opx=Caの少ない輝石、Ca-Phos=カルシウムリン酸塩、Plag=斜長石、Aug=Caに富む輝石、Ol=カンラン石。 Y75305にはケイ酸塩鉱物の塊をほぼ取り囲む大きな不透明鉱物がある。Y8005は、鉱物学的には、ウィノナイトと一致していることが明らかになったが、特に大きな金属鉄の粒を含み、また、大きさは異なるがEET84302の金属鉄に似た込み入った形の金属鉄も同じ薄片中の別の部分に存在している。Y8005はIAB鉄隕石中のSIに近いものと考えられる。 Y791058の二つの薄片のうち、片方は金属鉄が多くそのなかにケイ酸塩の粒が含まれているが、もう1つの薄片はALグループのような組織で、ケイ酸塩のなかに金属鉄などの不透明鉱物が含まれている。 Caddo County 隕石の大きな試料から採られた3つの薄片は、それぞれ異なる特徴を持ち、特に、ロドラナイトから抜けている物質である斜長石と普通輝石を多量に含み、これらの低温溶融物質は、Fe-Ni-S共融液とともに母天体上で移動しただけで、その残滓としてロドラナイトのような隕石が生成しうることを示している。 AL・WI両グループ共通の形成過程 結晶質の組織や鉱物組成は共通のものが多いが、金属鉄が濃集しているのはWIに多く、カンラン石、輝石の残滓が集まっているのはALに多い。Mg/Feなどの化学組成は酸化状態を反映して、隕石ごとに異なる。これは母天体が熱いうちに還元環境にさらされた時の場所による違いを反映するものとして確認された。ウィノナイトの特徴の一つは、ケイ酸塩鉱物が非常にMgに富むことであるが、ウィノナイトのなかでfe#(=100×Fe/(Fe+Mg))の値が大きいものより、ALグループのなかでfe#の小さいものの方が小さい。また、fe#のゾーニングのパターンにも共通性が見られ、fe#の違いは分化の成因に関して本質的な違いではないといえる。 結論として、これまで研究されていなかった物を含む20個の原始的エコンドライトについての鉱物学的研究とその比較により、原始的エコンドライトの各サブ・グループを分けている特徴は重なりあっており、各隕石は母天体においてできた始原的な物質からの連続的な変化の、部分的なサンプルであると推定された。不均質性は狭い領域でも分化の度合いに差がある事を示す。一つの隕石の中の不均一性はこれまで見なされてきたよりもずっと無視できないものであり、むしろ、本研究で明らかとなった不均質こそが成因を反映したものであると言える。 これまで提出されてきた形成モデルでは部分溶融で溶けた物質の内、玄武岩質的なものは爆発的火山現象で失われたとされていたが、本研究ではむしろ、それらの物質は金属鉄などと行動を共にして濃集することが明らかになった。各原始的エコンドライトの含む鉱物の存在比の違いは比較的小さなスケールでの物質の不均一によって生成されうるものである。これが始原的惑星物質からの分化の最も初期の段階の分化の過程であると言える。 |