阪神淡路大震災などの最近の地震によって、液状化の可能性のある地域に存在する重力式護岸は地震時に大きな被害を被りやすいことがわかってきた。安定解析に基づく護岸の設計においては、様々な破壊の形態に対する安全率を計算し比較検討を行う。このような手法が護岸の耐震設計にも適用され、多くの設計指針において等価静荷重を用いる方法を採用している。しかし、動的な護岸の挙動は等価静荷重による挙動とは異なった性質を持っていることが最近指摘されており、静荷重による護岸の変形はかなり精度よく予測できるが地震力による変形予測は極めて困難であるのが現状である。 もし、地盤の液状化の影響を考慮する必要がある場合には、護岸の変形問題はより複雑なものとなる。近年、護岸の基礎や裏込めに広く用いられている礫質土が液状化する可能性が指摘され、護岸の被害に対する地盤液状化の影響の重要性が認識されている。そこで、護岸の挙動に対する地盤の液状化の影響を詳細に研究する必要がある。 まず、水で飽和した裏込め埋め立て土の液状化による側方変形と、それに対する護岸の支持効果を明らかにする必要がある。現在のところ、裏込めと基礎地盤が液状化する場合の護岸の挙動に関する研究はほとんどなく、基礎地盤の液状化や軟化の影響はほとんど無視されているのが現状である。破壊のメカニズムとそれに伴う残留変形や擁壁と土との動的相互作用などの諸問題が未解決のまま残されている。また、いろいろな破壊形態や、護岸の近傍・遠方にある地盤の液状化分布について明らかにする必要がある。さらに、地震動による慣性力と地盤の液状化のどちらが実際の被害の主たる原因であるのかについても解明する必要がある。 本研究では、上に述べたような諸問題を解明するために、1G重力条件での振動台実験を行い、振動荷重下における護岸の破壊特性とそのメカニズムを調べることを試みている。 本研究における実験の大部分はモデル護岸の振動試験であるが、その前に、飽和砂及び乾燥砂の力学的性質に及ぼす振動の影響を調べるために、傾斜地盤及び水平地盤に対する小型モデル実験を行った。この実験では、モデル地盤中の摩擦板に作用する摩擦力を直接測定することにより、液状化した砂や乾燥砂の最小強度を観測した。その結果、飽和地盤において初期上載圧の100%に対応する間隙水圧が発生して液状化した場合には、砂の強度には粘性的なせん断速度依存性が認められた。また、乾燥砂の強度は振動によって低下することが確かめられた。さらに、振動による乾燥砂の強度低下は振動の強さだけではなくその振動数にも依存することがわかった。 変形解析において、液状化した土は液体として振る舞うと仮定すると、慣性力を無視して重力による静的な荷重のみを扱えばよいので、問題が非常に簡略となる。このような仮定が成り立つためには、振動終了後においても相当時間にわたって土の強度が完全に失われていることが条件になる。過剰間隙水圧比が100%の状態での土の流動挙動はこの方法でモデル化することができる。しかしながら、次に行ったモデル岸壁の振動試験では、地盤中の間隙水圧の上昇は岸壁の挙動に左右され、岸壁の移動のために岸壁背後では過剰間隙水圧が100%には達しないことがわかった。また、岸壁の基礎地盤についても、その著しい軟化が認められるものの過剰間隙水圧は100%には達しないことがわかった。 これらの実験では、振動中のサイクリックな土の軟化と硬化が観察された。このサイクリックなダイレタンシー挙動によって裏込め土と基礎地盤の両方で変形に対する抵抗力が発生し、その結果、振動中の護岸の変形は進行と停止を繰り返すことになる。さらに繰返し荷重の各サイクルの最後に現れる慣性力の反転もこのような変形特性の原因となっている。これらの事実は、護岸の破壊は地盤の間隙水圧の上昇によって生じるというよりは護岸に作用する繰返し慣性力によって支配されていることを示しており、重力によって支配される流動破壊の場合のような土の流動挙動の仮定とは対照的なものである。 本研究でのモデル実験では、岸壁のすべり・回転・前傾という3つの異なった破壊形態が観察された。これらの破壊形態の諸要因やメカニズムについて検討したところ、ケーソンの重さ、基礎地盤の密度、および基盤振動の強さと周波数がこのような護岸の破壊形態に大きな影響を与えていることが明らかになった。水中単位体積重量が1.1t/m3の軽いケーソンを用いたモデル実験では、護岸の基礎地盤が非常に密なときにはすべり破壊が生じた。すなわち、基盤振動が護岸と基礎地盤との間の摩擦抵抗を上回るほど大きな場合には護岸は回転することなく水平方向へと移動し、基礎地盤には顕著な変形は見られなかった。基礎地盤が完全に破壊したときには、護岸底部の回転破壊モードが観察された。基礎地盤が全体的な破壊を生じるほど弱くはないが護岸つま先部分で局所的な破壊を生じて支持力が失われる場合には、護岸の前傾モードの変形が現れた。回転破壊および前傾破壊においては、振動の加速度レベルが重要な役割を果たしている。すなわち、ある密度をもった基礎地盤の上にある護岸に関して、振動加速度が小さい時には前傾モードの変形を生じるが加速度が大きいと回転モードの変形となり、基礎地盤がゆるいほど前傾モードと回転モードの境界となる加速度レベルは小さくなることがわかった。また、振動周波数が小さいほどこの境界加速度レベルはより小さくなった。 水中単位体積重量が1.5t/m3の重いケーソンを用いたモデル実験では、広い範囲の振動加速度レベルに対して前傾モードの変形が現れた。すなわち、軽いケーソンの場合に基礎地盤が大きく破壊するとケーソン基部の回転破壊が生じるのに対して、重いケーソンの場合には破壊モードは前傾破壊であった。重いケーソンの場合には基礎地盤が大きく変形してもケーソンつま先の沈下によるケーソン頭部の前傾が卓越するためにこのような破壊モードの相違を生じるものと考えられる。このような実験結果の解釈は実際の地震の際の護岸被害の形態にも当てはまるものである。 実験で観察された地盤内の過剰間隙水圧の上昇は実際の地震時に観察された地盤の液状化や噴砂の分布と一致している。岸壁背後にフィルターを設置しない場合であっても、実験で計測された裏込めやケーソン近傍での過剰間隙水圧は初期有効拘束圧レベルには達しておらず、限定液状化となっている。これは、ケーソンの移動が間隙水圧の発生を抑制しているためと考えられる。 実験で観測された加速度・変位・動水圧および動土圧データを用いて、護岸-地盤システムの動的応答について検討を行った。その結果、護岸と地盤との間には非常に複雑な相互作用のあることがわかった。動水圧についてはWestergaard(1933)やMatsuo and Ohara(1965)の解析解と実験における測定値はおおよそ一致するものの、護岸-地盤システムの動的応答はそのような解析に用いられる仮定よりも遥かに複雑な特性を持っている。たとえば護岸と地盤の挙動の大幅な時間遅れはその複雑な相互作用を物語っている。 裏込め土の変形挙動とそこにおける過剰間隙水圧の発生に関して、ねじりせん断試験機を用いて検証した。水平方向有効拘束圧の有効鉛直圧に対する比k’が一定の条件における飽和砂の非排水単調載荷せん断試験を行ったところ、k’が小さいほどせん断挙動がより膨張的になることが示された。また、非排水繰返しせん断試験においても同様の傾向が見られた。応力比k’と側方変位の両方の拘束条件が過剰間隙水圧の発生に影響しており、拘束の異方性が大きくk’が小さい場合には間隙水圧が発生しにくいことがわかった。従って護岸が破壊に伴って海側へ移動した場合には裏込め土の側方拘束圧が低下してk’が減少し、土の挙動がより膨張的となって過剰間隙水圧の発生を抑制することになる。 以上に述べたような状況について本論文ではより詳細に議論し、地震時のケーソン護岸の挙動の基礎的な分析を行っている。その成果は水際構造物の動的挙動の予測を簡易に行うための手法の開発および数値解析との比較に役立つものである。 |