学位論文要旨



No 112520
著者(漢字) ガランダラザデ,アッバス
著者(英字) Abbas,Ghalandarzadeh
著者(カナ) ガランダラザデ,アッバス
標題(和) 模型振動実験による水際構造物の地震時変位の研究
標題(洋) SHAKING TABLE TESTS ON SEISMIC DISPLACEMENT OF WATER-FRONT STRUCTURES
報告番号 112520
報告番号 甲12520
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3798号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 助教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 ディバジニア,モハンマド
内容要旨

 阪神淡路大震災などの最近の地震によって、液状化の可能性のある地域に存在する重力式護岸は地震時に大きな被害を被りやすいことがわかってきた。安定解析に基づく護岸の設計においては、様々な破壊の形態に対する安全率を計算し比較検討を行う。このような手法が護岸の耐震設計にも適用され、多くの設計指針において等価静荷重を用いる方法を採用している。しかし、動的な護岸の挙動は等価静荷重による挙動とは異なった性質を持っていることが最近指摘されており、静荷重による護岸の変形はかなり精度よく予測できるが地震力による変形予測は極めて困難であるのが現状である。

 もし、地盤の液状化の影響を考慮する必要がある場合には、護岸の変形問題はより複雑なものとなる。近年、護岸の基礎や裏込めに広く用いられている礫質土が液状化する可能性が指摘され、護岸の被害に対する地盤液状化の影響の重要性が認識されている。そこで、護岸の挙動に対する地盤の液状化の影響を詳細に研究する必要がある。

 まず、水で飽和した裏込め埋め立て土の液状化による側方変形と、それに対する護岸の支持効果を明らかにする必要がある。現在のところ、裏込めと基礎地盤が液状化する場合の護岸の挙動に関する研究はほとんどなく、基礎地盤の液状化や軟化の影響はほとんど無視されているのが現状である。破壊のメカニズムとそれに伴う残留変形や擁壁と土との動的相互作用などの諸問題が未解決のまま残されている。また、いろいろな破壊形態や、護岸の近傍・遠方にある地盤の液状化分布について明らかにする必要がある。さらに、地震動による慣性力と地盤の液状化のどちらが実際の被害の主たる原因であるのかについても解明する必要がある。

 本研究では、上に述べたような諸問題を解明するために、1G重力条件での振動台実験を行い、振動荷重下における護岸の破壊特性とそのメカニズムを調べることを試みている。

 本研究における実験の大部分はモデル護岸の振動試験であるが、その前に、飽和砂及び乾燥砂の力学的性質に及ぼす振動の影響を調べるために、傾斜地盤及び水平地盤に対する小型モデル実験を行った。この実験では、モデル地盤中の摩擦板に作用する摩擦力を直接測定することにより、液状化した砂や乾燥砂の最小強度を観測した。その結果、飽和地盤において初期上載圧の100%に対応する間隙水圧が発生して液状化した場合には、砂の強度には粘性的なせん断速度依存性が認められた。また、乾燥砂の強度は振動によって低下することが確かめられた。さらに、振動による乾燥砂の強度低下は振動の強さだけではなくその振動数にも依存することがわかった。

 変形解析において、液状化した土は液体として振る舞うと仮定すると、慣性力を無視して重力による静的な荷重のみを扱えばよいので、問題が非常に簡略となる。このような仮定が成り立つためには、振動終了後においても相当時間にわたって土の強度が完全に失われていることが条件になる。過剰間隙水圧比が100%の状態での土の流動挙動はこの方法でモデル化することができる。しかしながら、次に行ったモデル岸壁の振動試験では、地盤中の間隙水圧の上昇は岸壁の挙動に左右され、岸壁の移動のために岸壁背後では過剰間隙水圧が100%には達しないことがわかった。また、岸壁の基礎地盤についても、その著しい軟化が認められるものの過剰間隙水圧は100%には達しないことがわかった。

 これらの実験では、振動中のサイクリックな土の軟化と硬化が観察された。このサイクリックなダイレタンシー挙動によって裏込め土と基礎地盤の両方で変形に対する抵抗力が発生し、その結果、振動中の護岸の変形は進行と停止を繰り返すことになる。さらに繰返し荷重の各サイクルの最後に現れる慣性力の反転もこのような変形特性の原因となっている。これらの事実は、護岸の破壊は地盤の間隙水圧の上昇によって生じるというよりは護岸に作用する繰返し慣性力によって支配されていることを示しており、重力によって支配される流動破壊の場合のような土の流動挙動の仮定とは対照的なものである。

 本研究でのモデル実験では、岸壁のすべり・回転・前傾という3つの異なった破壊形態が観察された。これらの破壊形態の諸要因やメカニズムについて検討したところ、ケーソンの重さ、基礎地盤の密度、および基盤振動の強さと周波数がこのような護岸の破壊形態に大きな影響を与えていることが明らかになった。水中単位体積重量が1.1t/m3の軽いケーソンを用いたモデル実験では、護岸の基礎地盤が非常に密なときにはすべり破壊が生じた。すなわち、基盤振動が護岸と基礎地盤との間の摩擦抵抗を上回るほど大きな場合には護岸は回転することなく水平方向へと移動し、基礎地盤には顕著な変形は見られなかった。基礎地盤が完全に破壊したときには、護岸底部の回転破壊モードが観察された。基礎地盤が全体的な破壊を生じるほど弱くはないが護岸つま先部分で局所的な破壊を生じて支持力が失われる場合には、護岸の前傾モードの変形が現れた。回転破壊および前傾破壊においては、振動の加速度レベルが重要な役割を果たしている。すなわち、ある密度をもった基礎地盤の上にある護岸に関して、振動加速度が小さい時には前傾モードの変形を生じるが加速度が大きいと回転モードの変形となり、基礎地盤がゆるいほど前傾モードと回転モードの境界となる加速度レベルは小さくなることがわかった。また、振動周波数が小さいほどこの境界加速度レベルはより小さくなった。

 水中単位体積重量が1.5t/m3の重いケーソンを用いたモデル実験では、広い範囲の振動加速度レベルに対して前傾モードの変形が現れた。すなわち、軽いケーソンの場合に基礎地盤が大きく破壊するとケーソン基部の回転破壊が生じるのに対して、重いケーソンの場合には破壊モードは前傾破壊であった。重いケーソンの場合には基礎地盤が大きく変形してもケーソンつま先の沈下によるケーソン頭部の前傾が卓越するためにこのような破壊モードの相違を生じるものと考えられる。このような実験結果の解釈は実際の地震の際の護岸被害の形態にも当てはまるものである。

 実験で観察された地盤内の過剰間隙水圧の上昇は実際の地震時に観察された地盤の液状化や噴砂の分布と一致している。岸壁背後にフィルターを設置しない場合であっても、実験で計測された裏込めやケーソン近傍での過剰間隙水圧は初期有効拘束圧レベルには達しておらず、限定液状化となっている。これは、ケーソンの移動が間隙水圧の発生を抑制しているためと考えられる。

 実験で観測された加速度・変位・動水圧および動土圧データを用いて、護岸-地盤システムの動的応答について検討を行った。その結果、護岸と地盤との間には非常に複雑な相互作用のあることがわかった。動水圧についてはWestergaard(1933)やMatsuo and Ohara(1965)の解析解と実験における測定値はおおよそ一致するものの、護岸-地盤システムの動的応答はそのような解析に用いられる仮定よりも遥かに複雑な特性を持っている。たとえば護岸と地盤の挙動の大幅な時間遅れはその複雑な相互作用を物語っている。

 裏込め土の変形挙動とそこにおける過剰間隙水圧の発生に関して、ねじりせん断試験機を用いて検証した。水平方向有効拘束圧の有効鉛直圧に対する比k’が一定の条件における飽和砂の非排水単調載荷せん断試験を行ったところ、k’が小さいほどせん断挙動がより膨張的になることが示された。また、非排水繰返しせん断試験においても同様の傾向が見られた。応力比k’と側方変位の両方の拘束条件が過剰間隙水圧の発生に影響しており、拘束の異方性が大きくk’が小さい場合には間隙水圧が発生しにくいことがわかった。従って護岸が破壊に伴って海側へ移動した場合には裏込め土の側方拘束圧が低下してk’が減少し、土の挙動がより膨張的となって過剰間隙水圧の発生を抑制することになる。

 以上に述べたような状況について本論文ではより詳細に議論し、地震時のケーソン護岸の挙動の基礎的な分析を行っている。その成果は水際構造物の動的挙動の予測を簡易に行うための手法の開発および数値解析との比較に役立つものである。

審査要旨

 1995年の兵庫県南部地震では多くの種類の構造物に甚大な被害が起きた。その中でも特筆すべきものに、重力式の水際護岸が海側へ滑動ないし傾斜して港湾の機能を麻痺させたことがあった。本研究はこの現象に着目し、ケーソンで構成された重力式護岸の地震時変状機構を振動台模型実験の手法によって、詳細に調べたものである。

 本論文は九つの章から成っている。第1章は研究の目的と論文の構成を概括したものである。

 第2章では重力式護岸の地震時変状の事例をまとめている。1995年の地震では神戸港のポートアイランドを始めとする多くの埋立地で重力式ケーソン護岸が横方向へ大移動し、港湾の機能を停止させた。本研究の目的は、このような護岸の変状の機構を解明することにある。護岸の被害を液状化と結びつける見方も存在するが、現地の被害状況を観察すると、埋立地盤一帯が液状化を起こしているにもかかわらず、護岸直近の背後には噴砂噴水などの液状化の兆候が見られないことに気が付く。地震動の強い方向に護岸の変位が卓越した、との報告もあり、護岸の被害は地震慣性力が主原因である、との意見もある。また、護岸の基礎の海底を潜水やソナー音波探査で調査したところによれば、かなりの地形変化や噴砂らしき変状も報告されている。このような状況の下、護岸の地震時挙動を模型実験で観察、被害発生機構を理解することが耐震工学上重要である、と考えられた。

 本研究は振動台を用いた模型実験が主体であるが、一部、中空ねじりせん断実験も行なった。振動台実験は前述の護岸の模型実験が中心で、それに加えて、液状化後に大変形する砂のせん断強度(残留強度)を測定する試みも行なった。これらの実験の方法の詳細な説明が、第3章で記述されている。

 大変形する砂の残留強度は、流動破壊の可能性を推定するために重要な土質定数である。在来の三軸せん断装置を始めとする要素試験では実現できるひずみに限界があり、実現象で起こるような大変形まで再現することに難があった。したがって残留強度の測定にも満足が得られなかった。また地盤変形は地震動の継続中にもかなりの量が起こる、と推定されているが、要素試験装置を振動させながらせん断実験を行なうことは不可能である。このような理由で、流動する模型地盤の中で砂の残留強度を測定する必要があった。

 残留強度を測定するために、砂の模型地盤中にひずみゲージを張り付けた板を埋め込み、斜面が液状化して流動するときにこの板に作用するせん断力を測る、あるいは液状化した水平地盤中でこの板を横引きするのに要する力を測る、という方法を採用した。実験結果を第4章で示し、第5章ではそれについて考察している。残留強度はまず砂の密度に依存し、ゆる詰めの砂ほど強度が小さい。また、ひずみ速度依存性が顕著に存在し、埋設板の速度にほぼ比例して強度が増加する。この性質は粘性流体のそれに似てはいるが、本来なら粘性のごく小さいはずの砂と水の混合物に、なぜ顕著な粘性が現われるのか、理由は定かではない。

 重力式護岸の模型振動実験の結果を説明しているのが第6章である。ケーソン式重力護岸は、基礎の軟弱地盤を砂に置換した上に設置されるのが普通であり、本研究の模型もこれに倣っている。この置換砂に加えて埋立地を構成する裏込め砂にも、液状化を起こさせた。実験の結果、護岸の変状には次の三種類のあることがわかった。その第一は、ケーソン上部が下部より大きく横変位して前方へ傾斜するものである。本論文ではこれを転倒(overturning)と称している。実地震でもこの種の被害が多く発生した。これとは逆に、ケーソンの足元が上部より前方へ動き、ケーソンが後ろ向きに傾く現象も観察された。これを回転(rotation)と称している。この種の変状も実際に起こったことが確認されている。さて転倒と回転とは置換砂や裏込め砂のせん断変形をともなうものだが、砂が充分なせん断強度を備えていても裏込め砂からの動土圧が過大になった結果、ケーソンが前へ滑動する現象も観察された。これが第三種の変状である。

 第7章では、変状の詳細な機構について、実験結果に基づき考察した。まず、砂がゆるく震動が激しいときほど回転型の変状が起こりやすいこと、置換砂が安定しているように見えてもケーソンのつま先部分の支持力が局所的に不足したときに、転倒型変状が起こることがわかった。ケーソンの接地圧を実物に相当する大きさにすると転倒が起こりやすく、やや軽めのケーソンを使用すると回転型の変状が発生した。前者ではケーソン直下に高い過剰間隙水圧が発生する特徴があり、支持力不足からつま先部の沈下、そして置換砂の海底への流出を招いていた。また、測定された加速度、大きな裏込め動土圧、過剰間隙水圧を用いて置換砂内部の応力ひずみ及び応力経路挙動を推定したところ、変状の大きいときには過剰間隙水圧が激しく上昇して、有効応力状態が破壊規準を満たすに至っていることも判明した。今後同種の被害を防止するためには、裏込め土と護岸との縁を切って動土圧がケーソンに伝達されないようにすること、そして置換砂が海底へ流出しないように地中壁を設けることが有効であろう。

 第8章では中空ねじりせん断試験機を用い、裏込め砂の応力履歴を実験室で再現し、ケーソン直近で液状化の起こりにくいことを実証した。第9章は全体の結論である。

 以上を要するに本論文の価値は、重力式護岸の地震時変状発生機構についてさまざまな震動と土質条件の下で実験的に研究し、その詳細を解明したことにある。そして具体的な対策を提案できるような実験的根拠を示すことにも成功した。これらの成果は地震工学の進歩のためにきわめて価値が高い。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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