学位論文要旨



No 112521
著者(漢字) 松島,亘志
著者(英字)
著者(カナ) マツシマ,タカシ
標題(和) 粒状体斜面の動的塑性変形に及ぼす粒子間相互作用の影響
標題(洋)
報告番号 112521
報告番号 甲12521
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3799号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小長井,一男
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨

 阪神大震災以降、極めて大きな地震動に対して構造物が重大な被害を引き起こさないための設計基準(第2段階の設計基準)の必要性がより一層高まっている。極めて大きな地震を受け、材料が降伏するような場合の粒状体斜面安定性評価においては、最終的にどの程度の変形が引き起こされるかで被害の大きさが変わってくることを考えれば、変形量の検討は避けて通れない。しかし、大きな歪みが生じる場合の斜面変形量においては、降伏点以降の粒状材料の力学特性に不明な点が多く、更に、構造の破壊モード、地震動特性の影響など関しても未だ明らかになっていないことから、現状では定量評価のレベルまで達していない。そこで本研究は、まず粒状体材料の力学特性を数値シミュレーションを用いて検討し、その知見を踏まえて、大きな地震動を受けて粒状体斜面が塑性変形を生じる場合の変形量を簡便に評価し、耐震設計に活かせる手法を提案することを目的としている。

 粒状体材料の降伏点以降の力学特性は、歪みがせん断層と呼ばれる粒子10個から20個の狭い幅に集中することから、このせん断層内部の粒子間の相対運動や接触力のやり取りなどの相互作用に支配される。このミクロな挙動を要素試験などで検討することは多くの困難を伴う(1)。そこで本研究では、円形、正多角形、楕円形など、さまざまな形状の粒子を用いた個別要素法(DEM:Discrete Element Method)解析により、せん断層内の粒子間相互作用と、マクロな力学特性の関係を、粒子形状の影響を考慮しつつ検討した。そして、その結果を文献(1)の実験結果と比較し、定量的に意味のある、以下の知見を得た。

 (1)せん断層内のダイレタンシーの低下率k(すなわち強度の低下率)はおよそ-0.35から-1.0の値をとり、初期密度が大きいものほど-1.0に近くなる。k=-1.0は、上の粒子が下の粒子を乗り越える、非常に単純なモデルでの値とほぼ等しい。また、peak強度から残留状態に達するまでのせん断歪みは0.5程度であり、これは粒子半径分のずれに相当する。

 (2)異なったせん断歪みが生じている供試体の各部でほぼユニークな関係が得られた。従って、この関係を基に、連続体と仮定した解析が可能である。また、せん断層内の構成関係は、最も大きな歪みが生じている中央部で評価するのが良い。

 (3)実際に目視されるせん断層の幅は、いくつかの極小せん断層から構成されている可能性がある。極小せん断層は粒子5個程度ではないかと推定される。

 更に、地震波のように、大きな繰り返し歪みを受ける場合の構成関係を検討するために、繰り返し単純せん断試験のシミュレーションを行い、以下の知見を得た。

 (4)peak強度を超える歪みを受けた場合でも、ヒステリシスは、静的な荷重変位曲線を骨格曲線とした、安定したループを描く。残留強度に至った後は、歪みの反転などによっても粒子骨格の質的な変化がなくなり、Masing則が成立する。

 これらの知見を基に、非常に大きな地震動を受けて材料が降伏するような場合の、粒状体斜面の塑性変形解析過程の構成を試みた。既往のロックフィルダムの振動破壊実験結果(2)などを踏まえ、斜面の表層滑りを、剛な傾斜基盤上の1次元の柱の変形と理想化することで、比較的簡単な解析過程を構成できる。構成した解析法によって求めた斜面の残留変形量を図1に示す。入力地震波は兵庫県南部地震の地震波形で、加速度振幅をさまざまな大きさに変化させたものを用いた。1次元の柱の要素分割数を変化させることで、さまざまなせん断層の厚さを実現できるが、このせん断層厚さの違いが、生じる残留変形量に大きく影響を及ぼしていることが分かる。せん断層の厚さは粒径と関連が深いから、粒径が大きいほど残留変形量は小さい。すなわち、ロックフィルダムのような粗い粒子からなる構造は、粒径の小さなものより耐震性が高いということになる。この粒径の影響は、現在の設計基準では考慮されていない問題である。

 この粒径依存性の原因は、せん断層内の歪み軟化と深い関わりがある。残留状態に達するまでに必要な歪みが0.5程度で粒径によらないとすると、変位量に直せば、せん断層の厚さが薄いほど、わずかな変位量で残留状態に達する。いわば、地震のエネルギーが小さい幅に集中するほど早く壊れる(残留状態に達する)のである。

 図1によれば、塑性変形は、地震の最大加速度がある限界値(限界加速度t)を超えると顕著に現れ、その後はほぼ直線的に増加している。斜面の耐震設計においては、このtが、安定性を示す指標になると考えられる。

図1 加速度倍率を変化させた神戸地震波(N-S方向)による無限斜面(1:2,深さ3mでせん断)の残留変形量

 いくつかの解析例から、実地震波は、それに含まれる主要なパルスを独立に与えたと仮定して変形量を求めても、それほどおかしな結果にならないことが分かった。そこで、1つの矩形パルスに対する加速度-残留変位曲線を求めたものが図2である。やはり、せん断層厚さによって差が見られるが、ここで、斜面表層滑りを剛体ブロックの滑りと仮定したNewmarkのSliding Block法による基盤加速度amaxと残留変形量Dpの関係式

 

 (ここに、aini=gtan(0-)(塑性変形の生じる限界の加速度)、0はブロックと斜面の間の摩擦角、は斜面の傾斜角、t0は矩形波の継続時間)

 において、0を、材料のpeak強度および残留強度にとった場合の関係を、それぞれp-line、r-lineとして図2に示すと、斜面の変形は、はじめp-lineに沿って進むが、ある加速度で急激に立ち上がり、r-lineに漸近してゆくことがわかる。この傾きの急変部は、材料が残留状態に達する点とほぼ一致しており、残留状態に達する条件が限界加速度に関係することが分かる。この結果を基に、限界加速度tを簡便に評価する、以下の方法を検討した。

 まず、残留状態に達するまでに必要な変位量Dresは、残留到達せん断歪みres、せん断層の幅ws、せん断層内の変形モードを表す定数より、以下のように表すことができる。

 

 ここに、はせん断層内の変形モードを直線(歪み一様)とすると=1、二次曲線(歪みが直線分布)=0.5などとなる。

図2 矩形波加速度パルスを入力したときの斜面残留変形量

 実際の地震波のパルスは、矩形波よりsine波に近いと考え、最大速度が等しくなるように円振動数のsine波パルスを矩形波に置き換える等価継続時間を次のように定義する。

 

 与えられた地震波の主要インパルス数をnpとする。主要なパルスによって生じる変形の和が残留状態に達するのに必要な変形量と等しくなる条件から実地震波の限界加速度が定まるとすると、1つのインパルスに対して必要な変位量はDres/npである。したがって、式(1)で、0がpeak強度と残留強度の間の値をとるものとして、Dp=Dres/npを満たすような加速度amaxから限界加速度tを近似的に評価できるとすると、式(0-2),(0-3)を用いて、tは以下のように表される。

 

 この式を用いた結果と、先の兵庫県南部地震の応答結果から得られるtを比較したものが図3である。ここで、0には、peak強度をとった。主要なインパルス数は、地震波形から4ないしは5波と推定されるが、その違いは余り顕著でなく、ここでは4波とした。地震動の卓越振動数fは1Hzから2Hzであり、神戸の結果は比較的よく合っている。図にはエルセントロの地震波形を用いた場合の結果も示した。エルセントロ地震波の卓越周波数も神戸地震波とほぼ同様であるが、神戸に比べて高周波成分を多く含んでいるため、勾配がf=3Hzの結果に近くなっていると思われる。

 なお、せん断層幅が小さい範囲で、数値解の結果と式(4)の結果が異なっているが、これは、せん断層が非常に薄い場合は、主要なインパルスの平均加速度ではなく、最大加速度を持つインパルス1つで残留状態に達してしまうため、その他のインパルスの影響がなくなるからである。そのためせん断層幅10cmの場合は、3つの地震波について、その波形に関わらず、最大加速度が静的な限界加速度(ここでは327gal)となるあたりで残留状態に達している。

 以上の考察により、式(4)は、粒状体斜面の安定性を簡便に評価するのに有効であることが分かった。式(4)を用いるにあたって必要なパラメータは以下の通りである。

 (1)斜面の材料の物性値として、(a)内部摩擦角、(b)残留摩擦角、(c)残留に至るまでに必要なせん断歪み(歪み軟化率より)、(d)せん断層厚さ(粒径などより)、(e)せん断層内の変形モード(2次式仮定など)、ただし(d)と(e)は構造の境界条件の影響を受ける可能性がある。

 (2)斜面の振動特性値として、(f)最大加速度または主要なインパルスの平均加速度、(g)主要なインパルスの数、(h)卓越振動数

 (3)構造の物性値として、(i)斜面勾配(または滑り面勾配)

図3 せん断層幅と限界加速度の関係(1)吉田 輝:砂の破壊に伴う歪みの局所化とせん断層の発生,東京大学博士論文,1994.(2)田村・岡本・加藤:ロックフィルダム模型の振動破壊実験-貯水のない場合-,土と基礎,Vol.20,No.7,pp.45-51,1972.(3)N.M.Newmark:Effect of Earthquake on Dams and Embankments,Geotechnique,Vol.15,No.2,pp.139-160,1965.
審査要旨

 阪神大震災以降、極めて大きな地震動に対して構造物が重大な被害を引き起こさないための設計基準(第2段階の設計基準)の必要性がより一層高まっている。粒状体斜面が強い地震動を受ける場合、最終的にどの程度の変形が引き起こされるかが被害の性格を大きく左右することを考えると、その安定性評価において変形量の検討は避けて通れない。しかしながら、粒状体斜面の大変形を検討する場合、降伏点以降の粒状材料の力学特性を適切に評価することが困難で、またこのため構造の破壊モードとこれに及ぼす地震動特性の影響なども十分解明されておらず、現状では変形量の定量的評価が十分信頼できるレベルまで達していない。本研究は、粒状材料の特にピーク強度以降、変形が局所化していく過程での粒子形状や粒子間の相互作用など微視的構造の変化を追跡し、これらが土質力学的パラメータにどのように反映されているのか検討している。そして得られた知見を基に粒状体斜面の変形量に及ぼす地震動特性の影響などを詳細に検討し、その動的塑性変形量の簡便な評価法を提案し、耐震設計に資することを目的としている。

 本論文は7章よりなる。

 第1章は斜面を含む粒状体構造の変形量評価の既往の研究と問題点を整理し、大変形解析を行う上で本論文で焦点を当てるべき課題を絞り込んでいる。

 第2章では粒状体の内部、特に変形が集中するせん断層内部の微視的粒状体構造の変化と土質力学的パラメータの関連を詳細に検討するツールとして、粒子形状とエネルギー収支を考慮した個別要素法(DEM:Discrete Element Method)の開発を行っている。

 第3章ではこの個別要素法で円形、正多角形、楕円形など、さまざまな形状の粒子を積んだ要素の単純せん断シミュレーションを行い、得られた結果を、実際の要素試験で生じたせん断層内部の挙動の観測結果と比較し、定量的に意味のある、以下の知見を得ている。すなわち、(1)せん断層内の、せん断歪みに対するダイレタンシーの低下率は、比較的密づめの粒状体でおよそ0.25から1.5の値をとり、最大ダイレタンシー角が大きいほど大きくなる。この傾向はピーク強度から残留状態に達するまでのせん断歪みが密度や粒子形状によらずほぼ0.5〜1.0程度の値をとるとするとうまく説明できる。(2)変形の局所化が進行し、部分的に異なったせん断歪みが生じている供試体のいかなる部位でもほぼユニークなせん断ひずみとダイレタンシーの関係が得られる。従って、この関係を基に、構造の連続的な解析が可能になる。(3)実際に目視されるせん断層は、いくつかの局部せん断層が複合して構成されている可能性がある。局部せん断層は、これが単一で現れる場合と、複数でつながる場合でやや変化があるものの、およそ粒子5〜9個程度の幅を持つ。

 第4章では、さらに、地震波のように大きな繰り返し歪みを受ける場合の構成関係を検討するため、繰り返し単純せん断試験のシミュレーションを行っている。その結果、ピーク強度を超える歪みを受け残留強度に至った後は、歪みの反転などによっても粒子骨格の質的な変化がなくなり、それ以降のヒステリシスループにMasing則が成立するとの知見を得ている。

 第5章では第3章、第4章で得られた知見を基に、非常に大きな地震動を受ける粒状体斜面の塑性変形過程を検討している。ここでは既往のロックフィルダムの振動破壊実験結果を踏まえ、斜面の表層滑りが剛な傾斜基盤上の1次元の柱の変形と理想化できる場合に解析対象を絞り込み、せん断層幅や、ダイラタンシーの影響を取り込んだ塑性変形解析のスキームを構築している。そして構築されたモデルに兵庫県南部地震の神戸海洋気象台の地震波形を入力し、塑性変形過程や残留変形量を議論している。斜面モデルの塑性変形は初期は緩慢に進行するが、変形がある敷居値を越えると急激に増加し、そのプロセスは加振終了時の残留変形に影響する。せん断層の厚さ、すなわち粒径が大きいほど、急激な変形の生じるレベルに達するいわゆる限界加速度(破壊加速度)は大きくなり、また残留変形量は小さくなる。すなわち、ロックフィルダムのような粗い粒子からなる構造は、粒径の小さなものより耐震性が高いことが示された。この結果は、1984年の長野県西部地震時の牧尾ダムや1985年のメキシコ地震時のラビジータ(La Villita)ダムが、設計加速度を上回る強い地震動を受けたにもかかわらず、その被害が軽微であった事実と符合する。残留変形量あるいは破壊加速度の粒径依存性は、せん断層内の歪み軟化と深い関わりがある。残留状態に達するまでに必要な歪みが0.5程度で粒径によらないとすると、せん断層の厚さが薄いほど、わずかな変位量で残留状態に達することになる。すなわち、地震のエネルギーが小さい幅に集中するほど早く壊れる(残留状態に達する)ことを示している。粒径の影響は、現在の設計基準では考慮されていない問題である。

 第6章では第5章で紹介されたいくつかの解析例を基に、簡便な粒状体斜面の変形量評価手法を提案し、これを耐震設計に反映させる手法について論じている。ここではまず実地震波に対する塑性変形量が、地震波に含まれる主要なパルスを独立に与えたと仮定して求めても、妥当な値になることを示している。さらに粒状体斜面の破壊加速度が、限界変位に達するのに必要なエネルギーと静的な破壊加速度の簡便な関数として与えている。これは結果として破壊加速度が粒径や地震動の卓越周波数に影響されることを合理的に示すものとなっている。

 第7章は結論として、各章で得られた結果や知見を整理し、今後の課題と展望について述べている。

 以上、本論文は、粒状体の塑性変形の進行過程について変形が集中するせん断層内部の微視的粒状体構造の変化と土質力学的パラメータの関連を詳細に検討し、得られた構成関係を斜面の変形過程解析に活かすとともに、粒状体斜面の動的安定性評価の実務に反映できる形でこれらの重要な知見を整理したものである。その成果は今後の粒状体構造の耐震設計に大きく資するものと評価され、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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