本研究は、都市景観に影響をあたえ、またそれを形成する特徴的な要素についての議論を中心としています。具体的には、交差点に面して「都市のコーナー」を形成している建築をとりあげます。 建築と都市との関係が研究の対象です。ここでは、この都市要素の発展過程に焦点を絞っています。 ここで答えたいと考えている問題は次のようなものです。コーナーに建つ建築、それは、アーバンファブリックの中で特徴的な位置に置かれていることに対応した特別なデザインがなされているのか、また、なされてきたのか。そうしたデザインはどのようなものなのか。この都市のスペクトラムの特別な要素はどのように扱われてきたのか、とりわけ今日の東京においてはどうなっているのか、という問題です。 この問題への広い理解を得るには、さまざまなレベルの知識がもとめられることになります。 英語のcornerに対応する漢字は3つあります。 図表 日本人の感覚では、「調和」、「和」、「全体」などは、まるいイメージでとらえられています。もし誰かが和を乱すと、そこに角が生じたというイメージがうまれます。たとえば、そんなことを言うと角がたつよ。 図表 また、「界隈」という言葉は、境界が定かでない、という意味をふくんでいます。 心理的な面からいいますと、コーナーを強調することは必ずしも喜ばしいことではない、といえます。和、界隈、角が立つ、などの概念はこうした感情を反映するものです。この考えは、建築にもあきらかに反映されています。文化は様々なレベルで通じ合うものなのです。 その意味を都市レベルにひろげてみましょう。日本語の「辻」は、直交する交差点の意味をもちますが、そこから派生して、[辻]は、交差点や街路の道端で行なわれる活動も意味しています。つまり、辻、あるいは町角とは、建物ではなく場所を指しているのです。「町角」という表現は、"city corner"と直訳できる言い方ではありますが、より広い意味を担っています。そこで、city cornerだけを指す場合には、日本人は「町のコーナー」あるいは「街の角」という表現をよく使うのです。 図表 日本のコーナーの現象を分析するためのシステムを開発します。まず引張線、そして方向線です。ここにあげる引張線とは、接合部を構成する要素の方向性をベクトルで示しています。このシステムを用いて、そこでの具体的なマナーを見いだすことができました。開放=Release,拘束=Restrain,開放-拘束=Release-Restrainの3つの型がそれです。 コーナーの拘束は、表面の連続性を意味しています。この連続性の質を評価するためにふたつの概念を用意しました。 日本の木造在来構法の特徴、その特別な方法を見いだすために、伝統的な建築の例をいくつか見ていきました。すると4つの代表的なタイプが用いられていることがわかりました。すなわち、高床、神道、寺、数寄屋です。 これら4つの事例から、建築の発展と、それが次第に複合していく様子を見ることが出来ます。壁のレベルでは、開放タイプはなくなっていきますが、庇のレベルにはそれが残り、より複雑になっていきます。 図表 この特有の建築から、次のような、コーナーにおける接合条件を見いだすことができます。こうした接合部は、庇や犬走り、窓、開口部、障子、畳、床の間、木製の家具など、建築の各部位においても見られるものです。 図表 これらの分析された要素の中から、寄棟と入母屋の屋根以外にも、コーナーを回りこんで連続する二つの要素を見いだしました。庇と特殊なコーナーウィンドウがそれです。これを「45度の折れ」と呼びます。 図表 日本の伝統建築は直交座標系に従うものです。その空間の動きは、カドの建築と呼びうるものです。雁行とよばれる配置はこうした空間意識の現れです。そこでは空間はジグザグに接続されます。これによって、内部にも外部にも多くのカドをもつ建築が産み出されるのです。 図表 コーナーの問題を都市レベルにひきあげて検討してみます。江戸図屏風に描かれた代表的な歴史的事例を見ると、近代以前の時代のものの状態について明確に知ることができます。 この絵画資料の調査から、街路の交差点のコーナーにおいて、建物がどのように分節されていたかが分かります。商人町のコーナーについて徹底して見ていき、建物のそれぞれの部分がどのようにコーナーに対応していたかを分析します。高い建物、すなわち櫓があることと、青い瓦が用いられていることから、そこがコーナーの位置であることがわかります。ここでの分析には引張線および方向線の概念を適用します。 屋根と関係する正面性の概念を詳細に見ていくと、ヒエラルキーをもった様々な方向性があることが理解されます。この配置によって、街路に対する屋根の表情は、複雑で豊かな者になっているのです。 図表 コーナーへの対応方法は、90度の折れと庇の45度の線によっています。 ここで指摘しておきたい興味深い点は、実際の庇は90度の開放になっているにもかかわらず、どの庇もコーナーをまわりこむ45度の折れとして描かれている、ということです。 江戸時代の中期、社会的な規制によってこれらの櫓が取除かれて、都市のコーナーを物理的に強調することのない都市空間が残りましたが、それでも寄棟屋根によって交差点に向かう45度の斜め方向が強調されていることが観察されます。 図表 建築システムには大きく二つのタイプがあることをしっかりと区別しておく必要があります。木造のフレームシステムと、密実な素材によるウォールシステムです。前者は日本建築に代表されるものであり、後者は地中海ヨーロッパのものです。 これら二つのシステムの違いを明らかにするために二つの概念を用います。テクトニックとステレオトニックという概念です。ステレオトニックな壁の素材は、厚く、密実で、連続的で、重く、大地に結び付いています。テクトニックな壁の素材は、非連続で、接合部があり、薄く、軽く、自然に開かれており、地面から離れています。フレームシステムとウォールシステムに関連するテクトニックとステレオトニックという概念は、コーナーの扱いの発展を理解する上での基本となるものです。フレームシステムでは、エッジは柱であり、特に他の部分と区別されていません。ウォールシステムではエジは連続的な表面を補強するものであり、他とは区別されています。これらは、コーナーという共通の問題への応答の仕方の前提となっています。 図表図表 このことは、それぞれの建築のコーナーを開くことを考えてみると、よりはっきりします。フレーム・システムにおいては垂直なパーティションと構造材は区別されているので、コーナーを開くにも構造体の変更は必要ありません。一方、ウォールシステムでは、全体が構造体をなしており、眺望を得るためには部材を掘り込まれる、つまり素材の引算がなされるわけです。いったん開けられた穴は、そのままに残ります。ウォールシステムでは部材が引算されるので、外側の斜め45度の対角線方向から見た場合、コーナーに正面性が与えられるのです。 図表 明治にはじまる日本の西洋化によって、大きな変化が生じました。この時、日本と外国の建築家はこれまでと非常に異なるランドスケープを作り出しました。多くの建物は、ウォールシステムに基づくヨーロッパのものに似せてデザインされました。つまり、連続的でマッシヴな表面としての壁の表現が支配的になったのです。しかし、ウォールシステムが使われても、フレームシステムのメンタリティは残っており、後にあらわれてきます。 隅切りや円弧によってコーナーがなめらかに回りこむようになります。これは明治になってからの新しいやりかたです。 コーナーにアクセントを設けることが一般的になります。コーナーは視覚的に独立した要素となったのです。垂直な方向を強調する塔、頂部の飾りなどがそれです。 図表 隅切りにの部分にエントランスをとることがよく行なわれるようになりました。隅切りが、交差点の45度の方向に正面性をもたらしたのです。この見え方は、交差点のパブリックスペースを包含するコーナーからコーナーへの正面になるのです。 図表 ここで、古典建築における正面性の考え方について触れておきたいと思います。これはシンケルによって解釈され、多くのヨーロッパの建築家に影響を与えたものです。コーナーを強調することでシンメトリカルな構成にしています。 図表 コンクリートとスチールが建築に導入されたことが、特にテクトニックとステレオトニックの限界を大きく変化させました。建築は両義的になったのです。ひとつの建築の中で、テクトニックの性質とステレオトニックの性質について語りうるようになりました。ステレオトニックシステムに基づく文化にとっては、構造の連続性が完全に解放され、負荷の大きい場所に大きな変化がもたらされました。それによって、コーナーの非物質化が完成されたのです。テクトニックシステムに基づく文化にとっても、ステレオトニックな条件が整ったのです。 図表 現代の事例を観察して、コーナーの問題についての現実的な状況はいかなるものであるかについての興味深い結論を引出しました。ここでは調査のために二つの都市を選んでいます。東京とマドリッドです。発見したいくつかのタイプとサブタイプを、記号で表現してみました。 図表 カド、隅切り、円弧、えぐれ、一面、二面、オープン、基 アングルタイプは、すべての事例に共通しています。東京の街路は特に支配的なものです。 ベヴェルタイプも共通しています。しかし、ベヴェル・ラウンド・エッジのタイプは、東京にしかみつかりませんでした。 また、丸ビルのようなシンプル・ラウンドタイプのものは、マドリッドにはほとんど見つかりませんでした。 エレメント・アーティキュレーションタイプは、マドリッドの事例に広く見られるもので、東京よりもずっと多くあります。マドリッドでは、コーナーにむけて強調するということは自明のことです。したがって、コーナーの正面性は強調されます。 東京におけるエレメント・アーティキュレーションタイプの表現は、多くの場合、なんらかの機能をともなうものであることは興味深く思われます。強調された要素は、東京のアーバンスペクトラムへの新たな貢献であると言えます。建物のコーナーに階段やエレベーターシャフト、構造の柱などの機能的な要素を用いることは、グロピウスに見られるように、モダニズム運動と関係づけることができます。この要素は、大抵の場合、ソリッドなものではなくフィルターの特性を持っています。 インワードタイプのうち、正面性を強く表現する方法であるラウンドやベヴェルのタイプのものは、マドリッドの事例に多く現れています。東京に見られるインワード・タイプは、上昇する要素をともなった90度のコーナーに、アングルの表現として用いられることが多く見られます。このことは、日本の伝統的なコーナーへの対応の仕方と関係していると言えます。 ここにお見せするツープレインタイプは、ポディウムタイプ同様に、東京の事例だけに見られるものです。2面を独立した面として扱うこの方法は、すでに示したように、あきらかに日本の伝統建築と結び付けることができます。それは、もちろん、なんらかの解釈を加えられていますし、まったく昔と同じ方法で分節されているのではありません。 一 街路のコーナーに面した表現は、多様化し、複雑になり、洗練されてきました。日本のアーバンスペクトラムの新たなタイポロジーをつくりだすことができました。日本独特の方法が今も引継がれていることもわかりました。 一 日本の、特に東京の都市空間におけるコーナーの問題の発展を見てきました。アーバンスペクトラムを産み出す様々なパラメーターについても理解してきました。東京とマドリッドでは、違いがあることはあきらかであるけれども、現代都市への対応においてはそれほど違うわけではないと言えるでしょう。東京では表現の自由の可能性がヨーロッパよりも高く、それについて建築のコミュニティはより深く探究していかなければならないでしょう。 |