学位論文要旨



No 112523
著者(漢字) アルバロ,バレラ
著者(英字) Alvaro Varela
著者(カナ) アルバロ,バレラ
標題(和) 日本における「コーナー」の意味に関する形態研究
標題(洋) MORPHOLOGICAL STUDY ON THE JAPANESE NOTION OF CORNER FROM THE OBSERVATION OF JAPANESE ARCHITECTURE AND URBAN SPACE
報告番号 112523
報告番号 甲12523
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3801号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 香山,寿夫
 東京大学 教授 原,廣司
 東京大学 助教授 伊藤,毅
 東京大学 助教授 加藤,道夫
内容要旨

 本研究は、都市景観に影響をあたえ、またそれを形成する特徴的な要素についての議論を中心としています。具体的には、交差点に面して「都市のコーナー」を形成している建築をとりあげます。

 建築と都市との関係が研究の対象です。ここでは、この都市要素の発展過程に焦点を絞っています。

 ここで答えたいと考えている問題は次のようなものです。コーナーに建つ建築、それは、アーバンファブリックの中で特徴的な位置に置かれていることに対応した特別なデザインがなされているのか、また、なされてきたのか。そうしたデザインはどのようなものなのか。この都市のスペクトラムの特別な要素はどのように扱われてきたのか、とりわけ今日の東京においてはどうなっているのか、という問題です。

 この問題への広い理解を得るには、さまざまなレベルの知識がもとめられることになります。

 英語のcornerに対応する漢字は3つあります。

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 日本人の感覚では、「調和」、「和」、「全体」などは、まるいイメージでとらえられています。もし誰かが和を乱すと、そこに角が生じたというイメージがうまれます。たとえば、そんなことを言うと角がたつよ。

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 また、「界隈」という言葉は、境界が定かでない、という意味をふくんでいます。

 心理的な面からいいますと、コーナーを強調することは必ずしも喜ばしいことではない、といえます。和、界隈、角が立つ、などの概念はこうした感情を反映するものです。この考えは、建築にもあきらかに反映されています。文化は様々なレベルで通じ合うものなのです。

 その意味を都市レベルにひろげてみましょう。日本語の「辻」は、直交する交差点の意味をもちますが、そこから派生して、[辻]は、交差点や街路の道端で行なわれる活動も意味しています。つまり、辻、あるいは町角とは、建物ではなく場所を指しているのです。「町角」という表現は、"city corner"と直訳できる言い方ではありますが、より広い意味を担っています。そこで、city cornerだけを指す場合には、日本人は「町のコーナー」あるいは「街の角」という表現をよく使うのです。

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 日本のコーナーの現象を分析するためのシステムを開発します。まず引張線、そして方向線です。ここにあげる引張線とは、接合部を構成する要素の方向性をベクトルで示しています。このシステムを用いて、そこでの具体的なマナーを見いだすことができました。開放=Release,拘束=Restrain,開放-拘束=Release-Restrainの3つの型がそれです。

 コーナーの拘束は、表面の連続性を意味しています。この連続性の質を評価するためにふたつの概念を用意しました。

 日本の木造在来構法の特徴、その特別な方法を見いだすために、伝統的な建築の例をいくつか見ていきました。すると4つの代表的なタイプが用いられていることがわかりました。すなわち、高床、神道、寺、数寄屋です。

 これら4つの事例から、建築の発展と、それが次第に複合していく様子を見ることが出来ます。壁のレベルでは、開放タイプはなくなっていきますが、庇のレベルにはそれが残り、より複雑になっていきます。

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 この特有の建築から、次のような、コーナーにおける接合条件を見いだすことができます。こうした接合部は、庇や犬走り、窓、開口部、障子、畳、床の間、木製の家具など、建築の各部位においても見られるものです。

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 これらの分析された要素の中から、寄棟と入母屋の屋根以外にも、コーナーを回りこんで連続する二つの要素を見いだしました。庇と特殊なコーナーウィンドウがそれです。これを「45度の折れ」と呼びます。

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 日本の伝統建築は直交座標系に従うものです。その空間の動きは、カドの建築と呼びうるものです。雁行とよばれる配置はこうした空間意識の現れです。そこでは空間はジグザグに接続されます。これによって、内部にも外部にも多くのカドをもつ建築が産み出されるのです。

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 コーナーの問題を都市レベルにひきあげて検討してみます。江戸図屏風に描かれた代表的な歴史的事例を見ると、近代以前の時代のものの状態について明確に知ることができます。

 この絵画資料の調査から、街路の交差点のコーナーにおいて、建物がどのように分節されていたかが分かります。商人町のコーナーについて徹底して見ていき、建物のそれぞれの部分がどのようにコーナーに対応していたかを分析します。高い建物、すなわち櫓があることと、青い瓦が用いられていることから、そこがコーナーの位置であることがわかります。ここでの分析には引張線および方向線の概念を適用します。

 屋根と関係する正面性の概念を詳細に見ていくと、ヒエラルキーをもった様々な方向性があることが理解されます。この配置によって、街路に対する屋根の表情は、複雑で豊かな者になっているのです。

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 コーナーへの対応方法は、90度の折れと庇の45度の線によっています。

 ここで指摘しておきたい興味深い点は、実際の庇は90度の開放になっているにもかかわらず、どの庇もコーナーをまわりこむ45度の折れとして描かれている、ということです。

 江戸時代の中期、社会的な規制によってこれらの櫓が取除かれて、都市のコーナーを物理的に強調することのない都市空間が残りましたが、それでも寄棟屋根によって交差点に向かう45度の斜め方向が強調されていることが観察されます。

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 建築システムには大きく二つのタイプがあることをしっかりと区別しておく必要があります。木造のフレームシステムと、密実な素材によるウォールシステムです。前者は日本建築に代表されるものであり、後者は地中海ヨーロッパのものです。

 これら二つのシステムの違いを明らかにするために二つの概念を用います。テクトニックとステレオトニックという概念です。ステレオトニックな壁の素材は、厚く、密実で、連続的で、重く、大地に結び付いています。テクトニックな壁の素材は、非連続で、接合部があり、薄く、軽く、自然に開かれており、地面から離れています。フレームシステムとウォールシステムに関連するテクトニックとステレオトニックという概念は、コーナーの扱いの発展を理解する上での基本となるものです。フレームシステムでは、エッジは柱であり、特に他の部分と区別されていません。ウォールシステムではエジは連続的な表面を補強するものであり、他とは区別されています。これらは、コーナーという共通の問題への応答の仕方の前提となっています。

図表図表

 このことは、それぞれの建築のコーナーを開くことを考えてみると、よりはっきりします。フレーム・システムにおいては垂直なパーティションと構造材は区別されているので、コーナーを開くにも構造体の変更は必要ありません。一方、ウォールシステムでは、全体が構造体をなしており、眺望を得るためには部材を掘り込まれる、つまり素材の引算がなされるわけです。いったん開けられた穴は、そのままに残ります。ウォールシステムでは部材が引算されるので、外側の斜め45度の対角線方向から見た場合、コーナーに正面性が与えられるのです。

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 明治にはじまる日本の西洋化によって、大きな変化が生じました。この時、日本と外国の建築家はこれまでと非常に異なるランドスケープを作り出しました。多くの建物は、ウォールシステムに基づくヨーロッパのものに似せてデザインされました。つまり、連続的でマッシヴな表面としての壁の表現が支配的になったのです。しかし、ウォールシステムが使われても、フレームシステムのメンタリティは残っており、後にあらわれてきます。

 隅切りや円弧によってコーナーがなめらかに回りこむようになります。これは明治になってからの新しいやりかたです。

 コーナーにアクセントを設けることが一般的になります。コーナーは視覚的に独立した要素となったのです。垂直な方向を強調する塔、頂部の飾りなどがそれです。

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 隅切りにの部分にエントランスをとることがよく行なわれるようになりました。隅切りが、交差点の45度の方向に正面性をもたらしたのです。この見え方は、交差点のパブリックスペースを包含するコーナーからコーナーへの正面になるのです。

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 ここで、古典建築における正面性の考え方について触れておきたいと思います。これはシンケルによって解釈され、多くのヨーロッパの建築家に影響を与えたものです。コーナーを強調することでシンメトリカルな構成にしています。

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 コンクリートとスチールが建築に導入されたことが、特にテクトニックとステレオトニックの限界を大きく変化させました。建築は両義的になったのです。ひとつの建築の中で、テクトニックの性質とステレオトニックの性質について語りうるようになりました。ステレオトニックシステムに基づく文化にとっては、構造の連続性が完全に解放され、負荷の大きい場所に大きな変化がもたらされました。それによって、コーナーの非物質化が完成されたのです。テクトニックシステムに基づく文化にとっても、ステレオトニックな条件が整ったのです。

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 現代の事例を観察して、コーナーの問題についての現実的な状況はいかなるものであるかについての興味深い結論を引出しました。ここでは調査のために二つの都市を選んでいます。東京とマドリッドです。発見したいくつかのタイプとサブタイプを、記号で表現してみました。

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 カド、隅切り、円弧、えぐれ、一面、二面、オープン、基

 アングルタイプは、すべての事例に共通しています。東京の街路は特に支配的なものです。

 ベヴェルタイプも共通しています。しかし、ベヴェル・ラウンド・エッジのタイプは、東京にしかみつかりませんでした。

 また、丸ビルのようなシンプル・ラウンドタイプのものは、マドリッドにはほとんど見つかりませんでした。

 エレメント・アーティキュレーションタイプは、マドリッドの事例に広く見られるもので、東京よりもずっと多くあります。マドリッドでは、コーナーにむけて強調するということは自明のことです。したがって、コーナーの正面性は強調されます。

 東京におけるエレメント・アーティキュレーションタイプの表現は、多くの場合、なんらかの機能をともなうものであることは興味深く思われます。強調された要素は、東京のアーバンスペクトラムへの新たな貢献であると言えます。建物のコーナーに階段やエレベーターシャフト、構造の柱などの機能的な要素を用いることは、グロピウスに見られるように、モダニズム運動と関係づけることができます。この要素は、大抵の場合、ソリッドなものではなくフィルターの特性を持っています。

 インワードタイプのうち、正面性を強く表現する方法であるラウンドやベヴェルのタイプのものは、マドリッドの事例に多く現れています。東京に見られるインワード・タイプは、上昇する要素をともなった90度のコーナーに、アングルの表現として用いられることが多く見られます。このことは、日本の伝統的なコーナーへの対応の仕方と関係していると言えます。

 ここにお見せするツープレインタイプは、ポディウムタイプ同様に、東京の事例だけに見られるものです。2面を独立した面として扱うこの方法は、すでに示したように、あきらかに日本の伝統建築と結び付けることができます。それは、もちろん、なんらかの解釈を加えられていますし、まったく昔と同じ方法で分節されているのではありません。

 一 街路のコーナーに面した表現は、多様化し、複雑になり、洗練されてきました。日本のアーバンスペクトラムの新たなタイポロジーをつくりだすことができました。日本独特の方法が今も引継がれていることもわかりました。

 一 日本の、特に東京の都市空間におけるコーナーの問題の発展を見てきました。アーバンスペクトラムを産み出す様々なパラメーターについても理解してきました。東京とマドリッドでは、違いがあることはあきらかであるけれども、現代都市への対応においてはそれほど違うわけではないと言えるでしょう。東京では表現の自由の可能性がヨーロッパよりも高く、それについて建築のコミュニティはより深く探究していかなければならないでしょう。

審査要旨

 本研究は、日本の都市の道の交差点に面した建物と対象として、その角の扱いの形態的特徴の把握を目指した研究である。角は二つの面が会合する特異点であるが故に、それが属する形態文化や空間の文化の特徴が鋭く現れる部位といえる。この点に注目し、著者は、幾つかの側面から多角的にアプローチしている。一つは分析の対象のスケールであり、それは、都市スケールから、建築の全体構成、窓などの建築の部位、家具に至る。もう一つは時間的広がりであり、古代の寺社から現代東京の中央通りまで、日本の都市空間における角の概念の変遷を覆っている。また、スペイン文化のなかで育った著者は、自国の建築・都市文化との比較のなかで、日本の都市における角の概念の特徴を捉えようとしている。現代のマドリッドと東京の繁華街の建物の角の分析をおこない、角の問題を、建築の設計の現代的課題として捉えようとしている。

 以下本論の章建てに従って、概要とその意義を述べたい。「序章」では、研究の目的と方法を説明している。続いて、角を表わす日本語の語を幾つか拾いだし、日本独特の角に対する意味付けを、スペイン語と比較しつつ素描している。その結論は日本語では、「角」は、調和や全体を表わす「丸い」と対比され、否定的な意味合いで用いられることが多いというものである。

 「第1章伝統的建築における角の扱い」では、日本建築の特徴を、角で会合する構成部材の関係を「開放」、「拘束-開放」、「拘束」の3つのカテゴリーで捉えることを提案し、以下のような様々なキーワードから形態論的に考察している。柱梁構造、直交格子による平面計画、伝統的住宅、縁、庇、屋根、垂木と組み物、柱の面、窓枠、建具、畳の敷き方、家具と包括的かつ子細に角の形態的特徴について検討、分析し、日本建築の角の特徴は「開放」系の角であるが、「拘束-開放」系も同時に見出され、それは歴史が降るに従って顕在化してくるとしている。

 「第2章日本の都市空間における角の概念」では、主に江戸図屏風に描かれた交差点のの建築の形態的特徴を分析している。その結果、屋根は正面性の表現に預かっていること、小庇が角での回転性に関与していること、角を強調する垂直要素が無いこと、隅柱が特別の扱いを受けることがないことなどと述べている。また、江戸図屏風で特徴的な町地の隅櫓については、日本の都市史において角が強調された希有な例であると述べ、交差点を挟むことによって都市的な門構えを構成していながら、相対する二つの隅櫓の妻が対称に置かれる事は基本的には避けられながら、しかし重要な道に対しては相称に置かれていることを発見している。隅櫓はその後作られなくなり、「新撰東京名所図絵」の観察から、明治時代にはむしろ角を意識した建築が減ったとしている。一方、櫓を持たない一般の交差点の入母屋の屋根では、破風の向きに法則性は見られないとしている。

 明治時代の欧米文化の導入は、他の文化、技術の展開と同じように、日本の角の概念の展開にも大きな影響を与えた。都市計画で、隅切りを持った街路が導入され、建築では欧風の様式が輸入されて、角で滑らかに回転する概念、隅切り部に設けられた正面玄関、垂直要素による角の強調などの手法がを日本の都市にもたらされた事を述べている。

 ここまで、日本の伝統的な都市、建築概念を扱ってきたのに対して「第3章壁の建築から抽出された角の概念」、「第4章近代建築における角の概念の展開」では、近代建築以前のスペインを含むヨーロッパ地中海沿岸地域の建築・都市の角の特徴、そしてヨーロッパにおける近代建築以降の変容を、stereotomicとtectonicという基本的な空間-構築概念によってて説明し、日本の角の概念をよりひろい文脈の中に位置付けようと試みている。

 最終章の「第5章近代建築における角の概念の展開」では、著者は現代東京の中央通りとブラボ・ムリジョ街、アルフォンソ7世セラーノ街の角地の建物の角の扱いの事例を多数比較している。その結果両者には、近代建築としての共通性を持つものの、例えば、独立した2枚の壁が角で隙間をもって会合している扱いなどは中央通りにしか見られないなど、そこには両者の文化的背景ゆえの固有性を持っていることを明らかにしている。

 以上のように、著者は、都市デザインの戦略的ポイントともいうべき角に着目して、言語的なハンディキャップも乗り越え、丹念にかつ多角的にアプローチしている。その結果、日本の建築、都市の特徴を理解するうえで幾多の有用な知見が引き出されている。

 本研究は、角をめぐる事象を網羅的に覆おうとして野心的な分、つめの甘さ等に欠点もあるが、それは致命的なものではなく、現代のアーバンデザインにまで結び付けようとしている点など評価すべき点は多く、また、今後の同テーマの研究に多くの指針と研究領野の広がりを示した功績は大きいといえる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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