学位論文要旨



No 112524
著者(漢字) 佐藤,考一
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,コウイチ
標題(和) 設計指向型部品に関する研究
標題(洋)
報告番号 112524
報告番号 甲12524
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3802号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
内容要旨

 建築生産の工業化は、大量建設の実現、建物のローコスト化、熟練技能不足への処方箋、建築生産社会の近代化、そして建築家という職能の復権等、様々な目標を含む試みであった。特に、日本における工業化は、単なるローコスト化に留まらず品質向上を含意していた点に、他国には見られない特色があると指摘されている。この様に建築生産の工業化という主題には様々な側面がある。本研究はこの工業化という主題を取り上げたものであるが、中でも建築設計の視点から論を展開するものである。

 本研究は七つの章から構成されている。第1章は序論であり、研究の背景と目的を示している。本研究が今日の部品製造技術が建築生産において有効に展開されていないという認識から出発していることを述べた上で、高い設計自由度を備えた「設計指向型部品」を今後の建築部品像と位置づけ、その成立要件と果たすべき役割を考察するために以下の五つの研究目的を設定した。

 (1)工業化理念の検討を通じてこれまでの建築部品の枠組を総括し、建築設計における部品の問題点を明確化すること。(2)部品メーカーの生産方式の特性と近年に生じた技術革新を明らかにすることで、その技術的可能性を検証すること。(3)部品のヴァリエーション構造を明らかにすることで、選択肢として用意された設計自由度の限界を検証すること。(4)建築部位のフレキシビリティを支える鍵として役物に着目し、部品の設計自由度を高めるための要件としてその扱い方の枠組を明確化すること。(5)以上の知見に基づいて、今後の建築部品像として設計指向型部品を考察すること。

 次いで関連する既往研究を縮約して整理したが、それらはオープンシステム論、システムズビルディング論、建築部品概念の三つに大別される。研究の鍵語である部品概念については、工業化推進のために与えられた厳格な条件設定がその現実化に伴って次第に解体されたこと、しかしながら部品が見込生産されるという設定だけは今日でも保存されていることを明らかにした。

 第2章では、前章で縮約した既往研究の議論を前提としながら、これまでに提出された工業化理念を建築設計という視角から総括している。まず建築部品が建築生産の個別性と工業生産の量産性の妥協点として成立したことを明らかにしている。次いで、工業化に大きな役割を果たしたアプローチが工業技術と建築設計を結び付ける新たなツールをそれぞれに提出しており、特に今日の生産社会の枠組を支えているオープンシステム理念が建築部品の活用方法として選択という行為を建築設計の中に導入し、カタログというツールがそれらを結び付けていたことを指摘した。また、部品が見込生産されるという設定がそうしたオープンシステム理念の考え方に根拠を与えていることを明らかにした。

 第3章では建築部品の生産方式の特性を解明している。まず、経営工学の既往研究を援用して多品種少量生産方式に認められる特徴の整理を行った。次いで、部品メーカーの工場調査に基づいて、現在の建築部品生産方式の特性と近年の技術革新の方向性を分析した。調査対象には6社7部品を取り上げている。その結果、今日の部品生産が、完成品の見込生産を行っていないという点でかつての工業化理念が前提にした部品生産の姿と異なっており、何らかの工程で見込計画生産やロット生産が行われているという点では手工業的な受注生産とも異なっていることを明らかにした。また、こうした生産方式は部品の多品種化によってもたらされたものであるが、生産方式の変容過程で加工技術が飛躍的に高度化しており、ここに従来の生産方式には見られない可能性が存在することを指摘した。

 第4章ではカタログ分析に基づいて、部品メーカーが用意しているヴァリエーションの構造とその増加傾向の実態把握を行っている。岩下繁昭が住宅部品24品目を対象に行った既往の調査研究を援用しながらカタログ上に用意された部品ヴァリエーションが飽和状態にまで達していることを示し、オープンシステム理念が提出した選択という行為に基づく設計のあり方に綻びが見え始めていることを明らかにした。さらに、カタログの情報表示のあり方にも言及し、見込生産方式時代と同様な情報表示形式では、現在の部品メーカーが保有している技術的なポテンシャルを十分を伝達できなくなっている現状を指摘した。

 第5章は役物に関する論考である。1975年から1994年までの日本建築学会大会学術講演梗概集と日本で刊行された九つの建築辞典を対象にした文献調査に基づいて、役物という概念が建築生産における量産と深く関わっている可能性を述べ、部品の設計自由度を高める端緒として「役物」を見直すことの重要性を示した。

 次いで、乾式外装システムをケーススタディとして取り上げて役物の扱い方を論考した。まず、乾式外装材に対する設計者の要望を把握するために設計事務所413社と中小ゼネコン81社にアンケート調査を行い、異種部材の取合い等に発生する役物の設計情報が要望されていることを明らかにした。また、8材種33製品の乾式外装材カタログを分析することでカタログ上の役物情報の不備を指摘し、8材種8社に対するヒアリング調査によって乾式外装材メーカーの役物の捉え方を把握した。

 これらの知見に基づいてカタログ上に役物の見取り図を用意する考え方を示したが、乾式外装材の役物に見取り図を与えるためには立面の全体的な表示が必要であり、こうしたものが有効に機能するためには、乾式外装材が多用される立面構成に対して代表性を備えていることが重要である。この点については、フィールド調査によって都市型中小ビルのファサード112事例を収集し、乾式外装材が採用されているファサードには典型的な類型が存在することを示し、役物の見取り図を用意するという考え方の成立可能性を検証した。

 第6章では以上の知見を総括して設計指向型部品に関する考察を行っている。高い設計自由度を内包した設計指向型部品を成立させるための技術的基盤の存在が検証されたこと、またこうした構想の実践上の展開力に大きな影響力を与えることになる部品情報の表現手法の要件を役物という観点から明らかにしたことを示した。さらに、規格カーテンウォールを題材としながら設計指向型部品の具体的姿についても言及している。最後に、こうした設計指向型部品が果たすべき役割を、オープンシステム理念との関係の中で考察し、これまで理念上ではその必要性を認めながらも現実的には構築されることのなかった「部品の修正回路」として機能する可能性を指摘した。

 第7章では結論として本研究の到達点をまとめ、残された今後の課題を整理した。本研究で考察してきた設計指向型部品という部品像は、部位を限定して構想したものではないが、第6章に示した設計指向型部品の要件は、第5章の議論の限定を反映してあくまで乾式外装システムを前提としたケーススタディに止まっている。乾式外装システム以外の設計指向型部品の要件を明らかにすることが今後の研究課題として残されていることを確認し、本研究の論を閉じた。

審査要旨

 本研究は、建築生産の工業化において主要な役割を担ってきた建築部品製造技術が十分に有効に展開されていないとの現状認識に立ち、高い設計自由度を備えた建築部品のあり方を提示するとともに、その成立条件を明らかにすることを目的としたもので、7章から構成される。

 第1章では、研究の背景、目的、方法について論じた上で、関連する既往研究を縮約して整理している。

 第2章では、前章で縮約した既往研究の議論を前提としながら、これまでに提出された工業化理念を建築設計という視角から総括している。まず建築部品が建築生産の個別性と工業生産の量産性の妥協点として成立したことを明らかにしている。次いで、工業化に大きな役割を果たしたアプローチが工業技術と建築設計を結び付ける新たなツールをそれぞれに提出しており、特に今日の生産社会の枠組を支えているオープンシステム理念が建築部品の活用方法として選択という行為を建築設計の中に導入し、カタログというツールがそれらを結び付けていたことを指摘している。また、部品が見込生産されるという設定がそうしたオープンシステム理念の考え方に根拠を与えていることを明らかにしている。

 第3章では建築部品の生産方式の特性を解明している。まず、経営工学の既往研究を援用して多品種少量生産方式に認められる特徴の整理を行い、次いで、部品メーカーの工場調査に基づいて、現在の建築部品生産方式の特性と近年の技術革新の方向性を分析している。調査対象には6社7部品を取り上げている。その結果、今日の部品生産が、完成品の見込生産を行っていないという点でかつての工業化理念が前提にした部品生産の姿と異なっており、何らかの工程で見込計画生産やロット生産が行われているという点では手工業的な受注生産とも異なっていることを明らかにしている。また、こうした生産方式は部品の多品種化によってもたらされたものであるが、生産方式の変容過程で加工技術が飛躍的に高度化しており、ここに従来の生産方式には見られない可能性が存在することを指摘している。

 第4章ではカタログ分析に基づいて、部品メーカーが用意しているヴァリエーションの構造とその増加傾向の実態把握を行っている。住宅部品24品目を対象に行った既往の調査研究を援用しながらカタログ上に用意された部品ヴァリエーションが飽和状態にまで達していることを示し、オープンシステム理念が提出した選択という行為に基づく設計のあり方が成立しにくくなり始めていることを明らかにしている。さらに、カタログの情報表示のあり方にも言及し、見込生産方式時代と同様な情報表示形式では、現在の部品メーカーが保有している技術的な能力を十分に伝達できなくなっている現状を指摘している。

 第5章は役物に関する論考である。文献による史的な調査に基づいて、役物という概念が建築生産における量産と深く関わっている可能性を述べ、部品の設計自由度を高める端緒として「役物」を見直すことの重要性を示している。

 次いで、乾式外装材を対象として役物の扱い方を考察している。まず、乾式外装材に対する設計者の要望を把握するために設計事務所413社と中小ゼネコン81社にアンケート調査を行い、異種部材の取合い等に発生する役物の設計情報が要望されていることを明らかにしている。また、8材種33製品の乾式外装材カタログを分析することでカタログ上の役物情報の不備を指摘し、8材種8社に対するヒアリング調査によって乾式外装材メーカーの役物の捉え方を把握している。

 これらの知見に基づいてカタログ上に役物の見取り図を用意する考え方を示しているが、乾式外装材の役物に見取り図を与えるためには立面の全体的な表示が必要であり、こうしたものが有効に機能するためには、乾式外装材が多用される立面構成に対して代表性を備えていることが重要である。この点については、フィールド調査によって都市型中小ビルのファサード112事例を収集し、乾式外装材が採用されているファサードには典型的な類型が存在することを示し、役物の見取り図を用意するという考え方の成立可能性を検証している。

 第6章では以上の知見を総括して設計指向型部品に関する考察を行っている。高い設計自由度を内包した設計指向型部品を成立させるための技術的基盤の存在が検証されたこと、またこうした構想の実践上の展開力に大きな影響力を与えることになる部品情報の表現手法の要件を役物という観点から明らかにしたことを示している。さらに、規格カーテンウォールを題材としながら設計指向型部品の具体的姿についても言及している。最後に、こうした設計指向型部品が果たすべき役割を、オープンシステム理念との関係の中で考察し、これまで理念上ではその必要性を認めながらも現実的には構築されることのなかった「部品の修正回路」として機能する可能性を指摘している。

 最終章では、研究全体の成果を統括し、結論としている。

 以上、本論文では、建築部品製造技術が多品種少量生産方式に対応できる状態にあることを具体的に明らかにした上で、そのことによって建築設計の自由度が拡張できることを示し、更にそうした可能性を現実のものとする方法を立案している。ここで得られた新たな知見は、今後の建築生産の工業化の進展を図る上で有効な示唆を与えるものとして評価でき、建築学の発展に寄与するところは大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54571