本研究は、子どもが地域における日常生活で場を獲得する仕組みを、主に都市で生活する小学生児童の遊び行動を通して論じるものである。子どもは居住環境を選択できずに地域と関わらなくてはならない。従って、子ども期に遊び行動を通して地域における場を獲得することは、自己の場の形成に対する基礎へとつながっていくのである。ここでいう遊び行動とは、地域を対象とした行動一般を表わし、子どもの生活内で対象となる社会が定まっている学校生活や家庭生活などは除いている。遊び環境は遊び場、遊び内容、遊び時間、遊び仲間から構成されるものと定義されるが、特に遊び場と遊び内容の関係から子どもが状況に応じて獲得している場を成立させる要因に関する分析を行っている。本論文は7章から構成されている。 第1章では、本論文の研究を既往研究の中で位置付けている。子どもの環境に関する研究では、子どもの遊び行動と物理的な場に関わる研究がみられる中で、子どもの場の形成に対する社会的側面からの考察が不足してきたことを指摘している。個人の場の形成は、環境に埋め込まれている場のリソースを状況に合わせて引き出すことであると定義している。 第2章では、まず調査対象地域と調査対象児童の属性を示し、本研究が住宅地の特性から子どもの環境行動に関する分析を明確にしている。個人環境のデータ収集には、対象児童の基本的属性をある程度統一させるため、対象地域内の小学校と通じて高学年児童のデータを収集した。後半ではアンケート調査項目から遊び環境の構成要素のうち遊び仲間と遊び内容に関する分析を行い、大まかな遊び環境の傾向を探るとともに、第3章以降でのケース・スタディにおける基礎資料としている。 第3章では、既成市街地の例として東京都文京区根津地区を対象に、まず地域の成立過程を含めた概要を記述した上でケース・スタディを行っている。地域イメージ、ルート構造、遊び場分布、禁止場所、そして地域内で知り合う、または顔見知りの大人の存在を意味する社会コンタクトに関する分析を行い、根津地域における子どもの環境傾向を探った。過半数の女子児童が内遊び志向ではあったが小学校近くの児童遊園を中心に、大多数が外遊びであった男子児童はたまり場となる場所を基点に遊び環境を構築している。江戸の町人地の町割に合わせた児童遊園しか公園が存在せず、一見すると劣悪な環境のようにもみえるが、神社境内に代表されるオープンスペースの存在によって、選択肢に幅のある多様な遊び展開がもたらされている。行動場面をKJ法によってまとめた遊び場と遊び行為の相関より、拠点として浮かび上がった場所に関する遊び展開を述べている。いずれの場所でも多様な遊び展開をサポートする一因に、ソフト面すなわち社会との関係性が含まれていることを検証している。 第4章では、大型の集合住宅団地例として東京都練馬区光が丘地区を対象に、地区開発の概要をまず述べてからケース・スタディを行っている。光が丘地区の場合も内遊び志向の児童が多く、地域施設を中心に遊び環境を構築している。公園は様々なレベルで整備され充実しているが、子どもの生活社会の範囲とほぼ一致する学区域単位は公園が対象とする領域よりも狭く、子どもたちには自己の場となる安らぎを得られにくい状況である。公園だけに限らず、住戸から一歩外出したら公共性の高い空間に囲まれており、子どもが定位するのは子どもの社会と地域社会との関係成立が一因となっている。このことは住棟周辺で獲得される遊び場が、自分の学区域すなわち子どもの社会の範囲に限定される現象から明らかになった。また、遊び場となる場所の特徴は囲まれ感が意識できる空間が多く、子どもからは手に負えないスケールの団地空間に対し、感覚的にスケールがフィットする空間を発見している。 社会コンタクトでは駅前の屋台売の人が最も多く認知され、団地住民でないと一目で分かる人に注目が集まっている。近隣の人は住棟内や近辺で出会うとあいさつを交す程度の付き合いで、場所に基づくコンタクトも多少はみられるが、人を特定するコンタクトの成立は難しく、匿名性の高い住空間を表わす結果となっている。 遊び行為を成立させる場の考察を通して、何気ない場の仕掛けから行動が誘発されている団地空間では著しい現象を分析している。団地空間に対し直接場に手を加えて適当な遊び場は作れないが、場との有機的な関係形成により、広場のデザイン、街路樹、舗装模様、車止め、段差、手すりなど、遊び行動を意図しない場の状況に埋め込まれているリソースを発見している。 第5章は、低層高密な住宅地が再開発により大きな住環境の変貌を遂げている東京都荒川区汐入地区を取り上げている。現在再開発の過渡期で、今まさに地域全体が移行期をむかえている。まず汐入の成立過程と再開発の経緯を記述した上で、団地建設前の記憶と現在の環境との比較を通して、移行期における環境への対応を検討している。 子どもの日常生活において環境の変化に対する評価は遊び場の増加と減少で捉えている。増加面では、団地空間の誕生に伴う新しい空間要素を取り入れ、遊びの形態自体を変化させている。一方の減少面では、場所の狭さと遊び場の限定を捉え、自然広場が団地空間へと変貌し、自由度のある空間を失った影響の大きさが表われている。家の前に代わる団地空間では、身近な空間として子どもが自由に選択できず、遊び場が限られた印象が強い。 遊び場の変化では、紡績工場跡地が原っぱとして残っていたが、自然広場の消失が大きな痛手となっている。団地空間では関係性が成立する住棟周辺を足掛りに新たな環境へと働きかけ、自分たちの環境を再構築している状況で、ある住棟の前や駄菓子屋周辺に子どもたちが集中し、遊び内容と遊び場の組み合わせが半ば規範化された共通イメージが確立しつつある。 従前も現在も、商店の人々を中心に多くの地域コンタクトが行われている。近隣関係は、転居先でも同様に成立している。行動を介したコンタクトや場所で知り合った付き合いなど人の顔が見えるコンタクトが多く、地域環境の豊かさを表わしている。 行動場面をKJ法でまとめた遊び場と遊び行為の相関より、拠点として浮かび上がった場所から、環境が変化する移行期がゆえに機能する子どもたちの環境の拠り所を導いている。拠り所には2種類があり、一方は従前の環境が残る不変性、他方は異空間の結節点である。不変性には小学校近くの公園と店先空間などを挙げ、従来の生活行動が変わらずに展開することを不変性による拠り所としている。店先空間は不変性の中に商店の人とのコンタクトを含み、総合的な行動をも拠り所をしている。異空間の結節点は、子どもたちが集中している住棟周辺の空間である。移行期に対応して従前の集落と新たな団地を、自らの体験を通じて関連づけられる空間、すなわち異空間を連続的に繋ぐ結節点としての重要性を、空間条件から考察している。 第6章では、全調査対象地域のケース・スタディを基に子どもの環境形成を扱っている。環境は場、行為、他者との関係性の3要素から構成されるものと定義し、積極的に場を獲得する子どもの対応を分析するために、このうちの場要素を場への行為的対応と社会・心理的対応に分類し、この2軸を基にしたマトリックス上で子どもの環境行動を分析している。行為的対応は、場に受け身、場の見立て、場の役割の発見、場に居つくこと、社会・心理的対応は、場の役割・認知に基づく帰属感、場への慣れ親しみに基づく帰属感、公共性の認知に基づく帰属感、身近な帰属感からの脱皮のそれぞれ4タイプへの分類を定義した。ここでいう帰属感とは、自己の場所として獲得する際に場所から得る安心感とする。そして各調査対象地域ごとに、帰属感から他の環境構成要素との関係を分析し、地域特性を抽出している。根津地域では、帰属性の段階を活用した環境形成が有効に作用している。小学校、児童館、児童遊園の有機的な結合は、強い帰属感を子どもに与え、遊び環境における核を形成している。根津神社は根津住民としてのシンボル的な存在として、根津神社に帰属性を与えている。光が丘地域では、子どもの社会領域が小学校数も地区内に存在するので帰属感が得られる空間は少なく、遊び場として充実していた地域施設や公園も身近な帰属感から脱皮した場の対応となる。汐入地域では、住宅周辺の帰属感が再開発の影響を受け、直接的な帰属感の場から団地転居により外部に対して直接的な関係が築けない。 さらに個人の環境行動へと論を進め、調査対象地区の特性を考察している。根津地域は小規模な遊び場が点在する地域を有効利用する方法として、外部空間と内部空間を融合し遊び展開に幅を持たせた一つの遊び環境を形成している。光が丘地域では、学区内と地域全体の二重の帰属感を活用して、施設と住棟周辺の空間を使いこなしている。汐入地域は環境行動の変容が高い自由度をもつ自然広場の消失によってもたらされ、広場に代わりスポーツ遊びに適する広さを求めた場の選択と、遊び展開の自由度を空間構成から取り戻す選択を中心に個人の遊び環境が再構築されている状況を示している。 以上の考察を通して、子どもの環境形成における、帰属感を与える場所、多様な遊びの展開を提供する場所、居続けられる場所の必要性を考察し、地域の特性を子どもの場の獲得から明らかにする場の対応マトリックスを提案する。 |