学位論文要旨



No 112528
著者(漢字) 朱,鎭洙
著者(英字)
著者(カナ) ジュ,ジンスウ
標題(和) 在来鉄道の騒音伝搬予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 112528
報告番号 甲12528
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3806号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨

 近年、鉄道沿線に住宅をはじめとする建物が密集する状況となっており、在来鉄道の騒音や振動に係る問題は道路交通騒音などと同様に深刻な社会問題の一つとなっている。この問題を解決するためには、列車の発生騒音の低減、伝搬防止などに関する技術的な開発研究が必要であることはもちろんであるが、それと同時に騒音の予測手法の開発もきわめて重要である。しかし、鉄道騒音の予測にしても低減対策にしても、まずは騒音の発生源である列車の騒音放射特性を基礎資料として、対策手法や予測手法の検討を行うことが不可欠である。

 そこで、本研究では転動音と高架構造物音を主音源とした在来鉄道騒音の予測を行うことを目的とし、走行列車や高架構造物および機関車の騒音放射特性について実験的な検討を行った。また、実験結果を基に在来鉄道の音源モデルを設定し、線路構造や地表面の音響特性および障壁・障害物などを考慮した騒音伝搬予測モデルを作成し、騒音伝搬予測ついて検討を行った。それらの内容を要約すると以下の通りである。

 まず、在来鉄道騒音の効果的な予測のための基礎的検討として、音響インテンシティ法を用いて走行列車や高架構造物の騒音放射特性についての実験的検討を行い、音源同定や指向特性などについて検討を行った。

 列車走行のインテンシティレベルと音圧レベルの時間変化を用いて音源同定を行ったところ、列車下部からの転動音やモーター音が列車騒音の主な騒音源であることがわかった。インテンシティベクトルによる走行列車の音源位置の検討では、転動音の音源高さを軌道中心線上10cmに設定した場合に最もよい結果が得られた。また、走行列車の鉛直断面内における騒音放射特性は水平方向にやや強く、その指向特性を表す係数はn=2に近似する結果が得られた。すなわち、走行列車の指向特性はcos2と表せることがわかった。

 コンクリート高架橋の高架構造物音の騒音放射特性は、インテンシティベクトルを用いて検討したところ、列車種や走行方向の違いによって大きく変わらない傾向がみられた。法線インテンシティを用いて算出した高架構造物音のパワーレベルによる検討においても同様の結果が得られた。また、転動音のパワーレベルと比較したところ、高架構造物音が低音域で転動音より優勢となり、線路近傍では高架構造物音の寄与が完全に無視できないことがわかった。一方、高架下の音場は、インテンシティレベルの変化がかなり激しい複雑な残響性音場となり、高架構造物音の音源同定はできなかったが、以上のような平均的な騒音放射特性より、音源位置を高架スラブ底面の中心線上にあるものとした。

 電気機関車についてインテンシティベクトルを用いて音源同定の検討を行ったところ、200Hzバンド以下では車体側面のルーバー付近の放射音が主音源とみられる結果が得られた。他の周波数バンドでは、通勤列車と同様に列車下部の騒音が主音源とみられるが、音源位置は通勤列車より高くなる結果が得られた。鉛直断面内の騒音放射特性は、200Hzバンド以下では上側でやや強く、他の周波数バンドでは水平方向の指向性がやや強くなる結果となった。その指向性を表す係数はn=1となり、機関車の指向特性をcosと表せることがわかった。

 次に、以上の音響インテンシティ法による検討結果に基づいて、在来鉄道の転動音や高架構造物音および貨物列車の音源モデルを設定し、線路構造や地表面の音響特性および障壁の回折などの影響を考慮した騒音伝搬予測モデルの作成について検討した。

 音源モデルは、転動音については指向特性cos2の点音源が軌道中心線上10cmに位置するものとした。高架構造物音については、東京都の高架鉄道騒音予測手法の指向特性cosを参考として、指向特性cosの点音源が高架スラブ底面の中心線上にあるものと設定した。また、これら音源点の位置は台車中心とし、それが1列車の長さにわたって一直線に並んでいる点音源列モデルとした。貨物列車においては、機関車と貨車に分類した音源モデルを設定した。機関車の音源モデルは、指向特性cosの点音源が軌道中心線上2.3m(50Hz〜200Hzバンド)と0.5m(250Hz〜5kHzバンド)にあるものとした。また、貨車については転動音のみを仮定して、指向特性cos2の点音源が軌道中心線上10cmに位置するものとした。貨物列車の音源点の位置は機関車と貨車ともに台車中心と仮定した。

 予測モデルとしては、日本音響学会の道路交通騒音の予測計算法を参考として、上述の音源モデルと地表面の反射や障壁の回折およびウェッジでの伝搬などに関する近似解を用いた騒音伝搬予測モデルを提案した。

 さらに、提案した騒音伝搬予測モデルの妥当性を調べるために、平坦部や高架部および盛土部を通る在来線列車を対象として騒音伝搬性状の測定を行い、予測モデルによる計算結果と比較・検討を行った。

 まず、平坦部における列車騒音と予測モデルを用いて、転動音の音源モデルの音源高さや指向特性について検討を行い、提案した音源モデルの妥当性を調べた。その結果、音響インテンシティ法による結果と同様に、音源高さ10cm、指向特性cos2の点音源モデルにおいて計算値と実測値との間によい対応がみられ、音源モデルの設定が適当であることが確認できた。

 騒音の周波数特性や距離減衰特性およびユニットパターンなどについて計算結果と実測結果との比較を行い、予測モデルの有効性を検討した。その結果、細かくみるとばらつきがあるものの全体的に両者はよい対応関係にあるという結果が得られた。以上のことより、在来鉄道の騒音予測において、本研究で提案している予測モデルは、騒音レベルの周波数特性や時間的変動およびエネルギー積分値などの予測に有効であることが検証された。

 本研究で提案した高架鉄道に対する予測モデルを用いて、高架構造物音が沿道騒音に影響を及ぼす範囲について検討を行った。その結果、音響インテンシティ法による結果と同様に、その範囲は線路近傍に限られるという結果が得られた。

 最後に、以上で提案した予測手法の一般化のための基礎検討として、実測結果に基づいた在来鉄道騒音の代表パワースペクトルを設定し、代表パワースペクトルに基づいた騒音伝搬予測モデルを提案し、それを用いた騒音予測についての検討を行った。

 まず、鉄道騒音のパワーレベルと走行速度との関係において、転動音のパワーレベルは高い速度依存性が見られ、その度合は列車種および周波数バンドによって異なる結果が得られた。高架構造物音においては、列車種や列車速度の違いによってパワーレベルに大きな差が見られず、また、周波数特性もほぼ等しくなる結果が得られた。また、列車騒音の代表パワースペクトルとしては、周波数バンドごとのパワーレベルの平均値から求めたパワースペクトル(I)と、周波数バンドごとにパワーレベルと列車速度との直線近似によって求めたパワースペクトル(II)を設定した。代表パワースペクトルに軌道種や列車種に対する補正を施し、予測対象の列車の転動音のパワーレベルを算出した。

 次に、予測モデル(I)と代表パワースペクトルをベースとする騒音伝搬予測モデル(II)作成し、それを用いた騒音予測について検討を行った。予測モデル(II)における転動音の計算では、反射性防音壁の近傍側の線路を通る列車と防音壁との間に生じる多重反射の影響に対する補正を行った。予測モデル(II)による計算結果と実測結果の単発騒音暴露レベルの対応性を調べたところ、標準偏差はわずかに大きくなるが、予測モデル(I)による検討結果と比べて大きな差は見られなく、両者の間によい対応がみられた。しかし、この基礎的検討は、代表パワースペクトルや補正値などを求めた列車についての比較結果であり、他の線路における測定データとの比較にまでは至ってないが、以上のことより、鉄道騒音の予測において、代表スペクトルに基づく予測手法の利用の可能性が見出された。

 本研究における在来鉄道の騒音放射特性や騒音伝搬予測に関する検討結果は以上の通りであるが、本研究で検討したケースだけでは、列車種や走行条件が多種多様な在来鉄道をすべて表せるとは言い難い。今後、本研究を基に汎用性のある予測モデルへ改良して行くには、列車種別、線路構造別および走行条件別の膨大な実測データの蓄積を行い、それに基づいた在来鉄道騒音の音源モデルやパワーレベルおよび伝搬計算の補正値などの的確な設定が望まれる。

審査要旨

 本論文は、典型的な環境騒音の一つである在来線鉄道騒音の伝搬予測手法の開発を目的とし、実測結果に基づいた騒音源のモデル化、屋外における種々の要因を考慮した騒音の伝搬計算方法について、理論的並びに実験的検討を行った結果を取りまとめており、6章から構成されている。

 まず第1章では、本研究の背景と必要性、研究目的を述べ、関連する既往の研究を整理している。

 第2章では、在来線鉄道騒音の問題を扱う上で第一に必要な騒音放射特性を把握するために行ったフィールド測定の結果を示している。測定では、直接的な騒音源である列車(一般列車、機関車)および間接的な騒音源である高架線路の構造物を対象として、通常の音圧測定だけでなく、音響インテンシティ法も用いて騒音放射特性を実測を行い、音源位置、指向特性、放射パワーなどを求めている。その結果、列車走行騒音の主な騒音源としてはレールと車輪との相互作用による転動音であることを明らかにし、伝搬計算を行う上での仮想音源としては、各車両の台車ごとに、軌道中心線上、レール面より10cmの高さにcos2の指向特性をもった点音源が1列車の長さにわたって一直線に並んでいるモデルを設定している。また高架構造については、高架スラブ下方に放射する高架構造物音の音源位置を正確に同定するまでには至っていないが、インテンシティベクトルやパワーレベルに関する検討結果から、伝搬計算の上では、音源位置を高架スラブ底面の中心線上に設定することが適当であるとしている。貨物列車を牽引する電気機関車については、列車下部(転動音)だけでなく、周波数帯域によっては車体中央(内部機関音)が主音源であること、指向特性はcosに近いことを示している。

 第3章では、前章で検討した音源モデルに基づいて、平坦、盛土および高架の線路構造ごとに、騒音伝搬の予測計算モデルを提案している。この計算モデルでは、障壁及びウェッジ上での回折現象および地表面の音響吸収の計算を簡便化するために、無指向性点音源の仮定をおいた近似解法を採用している。

 第4章では、平坦部、盛土部および高架部を通る在来線列車を対象として、前章で設定した計算モデルによる計算値とフィールド測定の結果との対応を検討し、音圧レベルの周波数特性や距離減衰特性および騒音レベルの時間的変動などについて検討している。その結果、計算結果と測定結果との間によい対応が見られ、本論文で提案している予測計算モデルの妥当性を示している。さらに、沿線における鉄道騒音に対する高架構造物音の影響範囲や地表面の音響特性および防音壁などの影響について、予測計算モデルに基づいた詳細な検討を行っている。

 第5章では、予測手法の一般化のための検討として、まず、鉄道騒音のパワーレベルと走行速度との関係について考察しており、転動音のパワーレベルは列車種別および周波数バンドによって程度は異なるものの、速度との間に高い相関が見られること、高架構造物音の場合は列車種や列車速度の違いによるパワーレベルの差がほとんど見られず、周波数特性もほぼ均一であることなどを見出している。その結果から列車騒音の代表パワースペクトルを設定し、3章の予測モデルに基づく予測計算モデルを作成し、予測手法の一般化を試みている。さらにその妥当性を調べるために、計算結果と実測結果との対応を調べ、本論文で提案する予測計算手法の有効性を示している。

 第6章では、各章における検討結果を取りまとめるとともに、列車種や走行条件が多種多様な在来鉄道を簡便・正確に予測するための汎用的な予測計算法を確立するための今後の研究課題を整理している。

 以上に述べたように、本論文では在来線鉄道騒音の伝搬予測計算方法に関して、フィールド測定の結果を基礎とする騒音源のモデル化、具体的計算方法を提案し、その妥当性を検証している。本研究の結果は、道路交通騒音と共に深刻な社会問題の一つとなっている鉄道騒音の予測および対策を考える上で、きわめて有効である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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