本論文は、人間の生理心理的自我空間である個体領域に着目し、空間の広がりを示す指示代名詞の使い分けによって、その領域の物理的大きさを実大実験によって導いたものである。この結果と住宅を構成している室の伝統的大きさとの比較検討を行い、室空間規模に対して日本・韓国・中国間での比較文化的様態の観点から論じたものである。 本論文は、序論とそれにつづく4章および結からなる。 序論では、空間領域に関連した個体空間、指示領域、空間規模の尺度に関する研究の中で、特に人間の知覚的尺度についての研究系譜を考察し、研究の位置づけを行っている。また、中国の伝統住宅・現代住宅・小康住宅といった中国の住宅の変遷や、韓国近代住宅に関する研究の流れについても検討を加えている。 第1章では、指示代名詞による立体的な指示領域を、実物大モデルを用いた天井面での指示領域分節実験を通じて解明している。使用した言語は、日本語の他に、韓国語、北京語(中国)、そして英語であり、前2者は指示代名詞の種類が3つ、後2者は2つであり、実験結果においても、日本と韓国との相似性や中国の領域がそれらより拡大することを明らかにしている。(なお英語については被験者数が少なく、参考データとして提示している)。実験における空間条件としては、天井・壁に囲まれた室(限定空間)、天井・壁の影響を直接受けない大空間(非限定空間)を対象とし両者の違いを検討したこと、立体的指示領域を床より下方にまで広げたことが特徴である。 第2章では、建築の室を構成する単位空間の規模を考察する前提として、中国・日本・韓国・欧米における度の単位の歴史的変遷の考察を行っている。また、これまで広さを基に捉えられていた単位空間やその中での動作を立体的な容積を単位として表示し、代名詞の指示領域との比較検討を行っている。また、最小限空間として潜水艦をはじめとする乗り物等における極限状況での必要容積に関するデータを収集し、建築の諸空間との対比を示している。 第3章は、居住空間の容積の考察にあてられている。中国・韓国の伝統建造物、および日本の伝統的住居(茶室、書院等)・近現代住居の容積に関する大量のデータを収集し、日韓の容積が中国のそれよりも小さいことを指摘している。また、極小の生活空間として宇宙船の室内容量と行動とを考察している。 第4章では、個体領域、尺度、居住空間の容積に関する比較文化的考察を試みている。第3章までに考察を行ってきた「実験等によるパーソナルスペース」「空間の規模に関する単位・諸空間」「生活空間」などの空間の形成・現状の違いを比較文化的な視点からの考察を試みている。 結では、これまでの住居空間の規模決定においては、単位空間の平面的寸法が重点課題として検討されてきたが、近年では居住空間の質を上げる方法として天井高を高くする、あるいは広さと天井高という二元的な押さえではなく、室全体を容積として考えるなど、動作寸法に加えて心理的な要素も取り入れようとする試みがあることを指摘し、日本・韓国・中国のそれぞれの試みについて具体的に言及し、空間規模のあり方を論じている。 以上、本論文は、人間の生理・心理的個体領域について、実物大の実験によってその立体的な大きさを導き、日本・韓国・中国各言語による違いを明らかにし、更に各国における伝統的・現代的住居その他の小さい空間の容積規模を比較文化的に論じたものである。これは人間の生理・心理的要求に根ざして空間の適切なスケールを導くための実証的研究であり、将来、住空間の国際化が進んでいくなかでの共通性と多様性を満たした空間の規模計画に対して基礎的知見を与えるものである。 この成果は日本、韓国、中国の建築空間の環境心理学的な研究や建築計画学の今後の展開に寄与するところが大である。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |