学位論文要旨



No 112529
著者(漢字) 林,秀永
著者(英字)
著者(カナ) リン,スヨン
標題(和) 建築空間の規模に関する比較文化的研究
標題(洋)
報告番号 112529
報告番号 甲12529
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3807号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨

 個体領域においては、身体寸法による目に見える空間と感覚による心理的な空間が存在している。その特性を解明することは、建築空間における空間的寸法を提案する上で重要である。建築空間の環境心理学的な研究、人間と物理的な空間・環境との対応に関しての研究成果は蓄積されつつある。しかし人間をとりまく空間の特性をとらえる研究はまだ十分ではない。

 この研究は、人間の空間的な特性、及びそこから生じる空間のスケール感などについて、実物大の実験装置による実験を通して明らかにし、さらに、諸空間の規模の考察によって実際の空間との間にそれらがどのような形で現れたのかを比較文化的に考察することを目的とする。

 この論文の特色は

1.個体領域の実物大実験による考察

 指示代名詞の領域に関する考察を、高橋らの研究を引き継ぎ実物大での実験を行うことによって領域分布を明らかにしている。

2.指示語領域の考察

 日本語の指示領域分布と同じく三つの指示語を持つ文化的に近い国である韓国の言葉を取り入れた研究。

 日本および韓国に大きな文化的な影響を与えたが、それ以上に文化的な違いを表している中国語との比較。

 現在最も世界で広く使われている英語による指示領域の分布。

 これらを比較文化的な視点から考察を試みている。

 またpersonal spaceを物理的な空間と対応づけ、物理的空間量として距離、形態を取り上げている。空間の形の二次元考察および三次元考察を通じて、personal spaceの面積・容積の定量化を試している。さらにそこから算出した指示領域の定量化値による空間の適切なスケールを探っている。

3.諸空間の容積比較考察

 今まで人間によって造られてきた諸空間と、実験により算出された計量値の比較をすることによって人間に必要な容積を求める。

4.容積及び住居空間に関しての比較的な考察

 今まで二次元で行われた空間スケールの分析を、高さの分析にまで広げ、床面積だけに限って考察されてきた空間を天井高の意味などを取り入れて分析氏、三次元的な要因を考察した。

 また人間が作ってきた尺度の単位とそこから造られた空間が、環境の差によってどういう違いを生んだのかを中国語・韓国語・日本語での言葉を通じて空間形成に関する比較文化的な考察を試みた。

 本論文の構成は、まず序論で人間の知覚的尺度に関連した研究系譜を考察し研究の位置づけをした。その内容は空間領域に関する研究の中で個体空間、指示領域と空間の尺度に関する研究の中で単位、人体・動作寸法を検討したものである。中国・韓国における住宅の概要では中国の伝統住宅、現代の住宅および小康住宅を考察し、中国の住宅の変遷を捉え考察を試みた。また、韓国近代住宅に関しての研究の流れにも検討を加えている。

 本論の第1章では指示代名詞による個体領域を指示詞の距離的空間成分の分析と実物大モデルにおける天井面での指示領域分節を通じて解明した。その中で、各々の研究に対して日本語および諸外国語の指示語とその領域分布を考察した。実験においては外部空間に影響を受けにくい非限定空間での実験、部屋の大きさを変えることによって生じる、心理領域の分析、普段は感じない床下の領域などに関して考察した。

 第2章では空間の規模を考察するため単位の紀元・歴史をたどり、中国・日本・韓国・欧米に分けて、尺度の歴史的な変遷の考察を行っている。また単位空間の中で行われる行動とその容積を考察し、さらに限定された環境の中での空間では極限の環境を考察する。その他の空間の天井高・容積も考察している。

 第3章では居住空間の容積の考察を行っている。中国・韓国の伝統建造物および、日本の建造物での住居空間、伝統住居(茶室、書院等)、近現代住居を考察する。特に、限定されている領域の例として宇宙船の室内空間を考察している。

 第4章では空間に関する比較文化的考察を試みている。今までの考察、「実験等によるパーソナルスペースに関しての考察」、「空間の規模に関して単位・諸空間での考察」、「生活空間での考察」などを空間の形成、現状から文化を通して考察する。

 最後の結では、これまでの住居空間においては単位空間を決める物理的な要素として人体寸法・動作寸法・ものの寸法のみが重視されてきたが、近年では質を上げる一つの方法として、天井高を上げ、心理的・物理的な要素を取り入れようとする試みが起きている事を述べ、日本・韓国・中国のそれぞれの試みについて言及している。そして、人間のための空間づくりや豊かな生活を作り出す居住空間を考えるにあたっての、天井高を含めた規模空間について、心理的・環境的・伝統的因子等の関連を考察している。

審査要旨

 本論文は、人間の生理心理的自我空間である個体領域に着目し、空間の広がりを示す指示代名詞の使い分けによって、その領域の物理的大きさを実大実験によって導いたものである。この結果と住宅を構成している室の伝統的大きさとの比較検討を行い、室空間規模に対して日本・韓国・中国間での比較文化的様態の観点から論じたものである。

 本論文は、序論とそれにつづく4章および結からなる。

 序論では、空間領域に関連した個体空間、指示領域、空間規模の尺度に関する研究の中で、特に人間の知覚的尺度についての研究系譜を考察し、研究の位置づけを行っている。また、中国の伝統住宅・現代住宅・小康住宅といった中国の住宅の変遷や、韓国近代住宅に関する研究の流れについても検討を加えている。

 第1章では、指示代名詞による立体的な指示領域を、実物大モデルを用いた天井面での指示領域分節実験を通じて解明している。使用した言語は、日本語の他に、韓国語、北京語(中国)、そして英語であり、前2者は指示代名詞の種類が3つ、後2者は2つであり、実験結果においても、日本と韓国との相似性や中国の領域がそれらより拡大することを明らかにしている。(なお英語については被験者数が少なく、参考データとして提示している)。実験における空間条件としては、天井・壁に囲まれた室(限定空間)、天井・壁の影響を直接受けない大空間(非限定空間)を対象とし両者の違いを検討したこと、立体的指示領域を床より下方にまで広げたことが特徴である。

 第2章では、建築の室を構成する単位空間の規模を考察する前提として、中国・日本・韓国・欧米における度の単位の歴史的変遷の考察を行っている。また、これまで広さを基に捉えられていた単位空間やその中での動作を立体的な容積を単位として表示し、代名詞の指示領域との比較検討を行っている。また、最小限空間として潜水艦をはじめとする乗り物等における極限状況での必要容積に関するデータを収集し、建築の諸空間との対比を示している。

 第3章は、居住空間の容積の考察にあてられている。中国・韓国の伝統建造物、および日本の伝統的住居(茶室、書院等)・近現代住居の容積に関する大量のデータを収集し、日韓の容積が中国のそれよりも小さいことを指摘している。また、極小の生活空間として宇宙船の室内容量と行動とを考察している。

 第4章では、個体領域、尺度、居住空間の容積に関する比較文化的考察を試みている。第3章までに考察を行ってきた「実験等によるパーソナルスペース」「空間の規模に関する単位・諸空間」「生活空間」などの空間の形成・現状の違いを比較文化的な視点からの考察を試みている。

 結では、これまでの住居空間の規模決定においては、単位空間の平面的寸法が重点課題として検討されてきたが、近年では居住空間の質を上げる方法として天井高を高くする、あるいは広さと天井高という二元的な押さえではなく、室全体を容積として考えるなど、動作寸法に加えて心理的な要素も取り入れようとする試みがあることを指摘し、日本・韓国・中国のそれぞれの試みについて具体的に言及し、空間規模のあり方を論じている。

 以上、本論文は、人間の生理・心理的個体領域について、実物大の実験によってその立体的な大きさを導き、日本・韓国・中国各言語による違いを明らかにし、更に各国における伝統的・現代的住居その他の小さい空間の容積規模を比較文化的に論じたものである。これは人間の生理・心理的要求に根ざして空間の適切なスケールを導くための実証的研究であり、将来、住空間の国際化が進んでいくなかでの共通性と多様性を満たした空間の規模計画に対して基礎的知見を与えるものである。

 この成果は日本、韓国、中国の建築空間の環境心理学的な研究や建築計画学の今後の展開に寄与するところが大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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