学位論文要旨



No 112533
著者(漢字) 篠崎,正彦
著者(英字)
著者(カナ) シノザキ,マサヒコ
標題(和) 「生活資源」からみた地域における居住者の環境行動に関する研究
標題(洋)
報告番号 112533
報告番号 甲12533
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3811号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 伊藤,毅
 東京大学 教授 岡部,篤行
内容要旨

 本研究は、居住者の地域での生活行動を「生活資源」という視点から分析しており、居住者がおくる地域での生活のいくつかの側面を、属性の違う地域間の比較を通して明らかにしている。同時に、居住者の生活の面から地域の生活環境を評価する際に着目するべき点を挙げ、今後の地域計画、コミュニティ計画への適用の可能性を示している。

 本論は全4章と添付資料からなる。以下、各章について要旨を述べる。

「第1章研究の目的と背景」

 まず、人々の日常生活と関わりを持つ場所とそれに付随する様々な役割を統合し、住民の生活に資するための環境の総体的な単位として「生活資源」を定義している。「生活資源」とは、人間が日々利用している様々な場所を物的な環境と人間との関係だけでなく、その場所で出会う人や情報、その場所にまつわる歴史や自然条件まで含めた総合的な環境の単位を表すものであり、このような総体的な環境の単位を通して実際の生活の様々な場面での場所の使い方を把握する必要性を指摘している。これまでの地域研究においては、建築計画、都市計画の側からは主に物的な環境の計画に関する研究が行われてきており、社会学の面からは主に対人環境や社会・文化的な環境の計画に関する研究が行われてきた。しかし、環境というのは本来一体としてあるものであり、生活行動の実態を捉えるためにはより総体的に環境を見る必要性があることを示している。

「第2章調査対象地および調査内容の概要」

 今回の調査対象とした7つの調査対象地について調査地域、アンケート調査およびインタビュー調査の調査人数、調査内容について概要を述べている。アンケートによって得られたデータより各調査対象地の年齢構成、職業、世帯構成などの社会的な概要について報告している。

「第3章行動の広がりと生活資源」「3.1生活資源の分布と利用の状況」

 では生活資源を個々の場所の面から分析している。各地域で利用される生活資源の数は一人当たりで見ると都心から遠ざかるほど多くなることを見出しているが、一方、地域全体でどの程度の場所が生活資源として利用されているかについて見ると、都心に近い地域ほど利用されている場所の総数は多くなっている。このことから都心に近い地域ほど利用する場所に居住者間でばらつきがあることを指摘している。また、生活資源の地理的な分布については物的な環境の影響、特に商業施設、広大なオープンスペース、最寄り駅といった要素に影響を受けていることを明らかにしている。さらに各地域ごとにそれぞれの地域の状況を踏まえて個々の生活資源の利用状況と類似する生活資源間の使い分けや利用の集中度について説明している。

「3.2情報を獲得する手段」

 においては生活資源の重要な構成要素の一つである生活情報の入手について述べている。生活情報の入手件数は都心から遠ざかる地域ほど多くなっていることを指摘している。また、情報の入手先については梗概の地域ほど知人や回覧板などの身近な情報源から情報を得ていることを示している。入手する情報の種類については各地域の社会構成特に子育て期にあたる子どもがいるかいないかで差が出てくる傾向を指摘している。

「3.3地域の探検誘発性」

 では3.2で見たような目的的な情報の獲得のほかにも情報を得ている可能性を指摘し、その他日常の生活行動のついでに様々な情報を得ている実例がかなりあることを示している。それに伴い、地域によっては居住者が地域内を歩くことを誘発する性質があることを指摘して、この性質が居住者が生活資源を発見するにあたって重要な意味を持っているとしている。

「3.4つき合いの様態」

 では、情報とならび重要な生活資源の構成要素である知人について分析している。つき合いの人数では大規模に開発された住宅団地においてつき合いのある人の人数が多くなっていることを示している。つき合いの程度については、挨拶程度のつき合いが6割以上おり、訪問して上がり込むようなつき合いをしているのは知人のうち1割に満たない地域が多い。他の居住者に比較して特につき合いが多い居住者も見られるが、上がり込みむようなつき合いのある人の数は総数に比例して増えないことを指摘している。

「3.5生活資源を獲得するきっかけ」

 では普段利用している生活資源をどのように使い始めたかの分析を3.3、3.4の分析とあわせて行っている。今回の調査で得られたデータから、(1)知人による案内、(2)知人からの情報、(3)地域の活字メディアからの情報、(4)自分の足を使った発見の4つのきっかけのパターンが見出された。

「3.6生活資源から見た行動範囲の展開」

 では居住年数とともに生活資源が地域野中にどのように展開していくかを分析している。自宅を中心として、生活資源が展開していく方向性と生活資源の存在する密度の変化の関係から、(1)同心円状、(2)線状、(3)密度上昇、(4)それらの複合した型、(5)近年生活資源の利用に変化が見られない型、(6)最近急速に生活資源の利用を確定した型、に分類している。居住者の行動範囲が広い地域においては(3)か(4)の型がよく見られるほか、(5)や(6)の型は居住年数に左右される傾向があることを説明している。

「3.7各調査地域の構造」

 では以上3章での議論をもとに生活資源の分散度と地域外への接続点となる最寄り駅までの距離の2つの軸で4つに分類した上で、地域内の生活資源の分布と居住者の行動する範囲の関係を模式的に示した。

「第4章居住者が作り上げる地域での生活」「4.1生活資源における他者との関係」

 では、3章とは対照的に居住者個々からの生活資源のあり方を見ている。まず、居住者と生活資源の関わり方として、他者との直接的関係と第一義的な機能への重要性という2つの軸から9つの型に分類しており、同じ生活資源であっても居住者の違いや状況の違いによって関わり方が様々であることを明らかにしている。

「4.2居住者が組み立てる地域での生活」

 では、地域への生活資源の展開のあり方に、(1)地域に生活資源の利用を広げている例、(2)生活資源の連鎖を利用して生活を展開している例、(3)人間関係よりも生活資源との関係を頼りに生活を展開している例、の3つの型を抽出し、それぞれについて、数名の居住者のケーススタディを行い、居住者が生活資源を自分の生活の中でどのように位置づけているかを見ている。その結果、居住者は地域の環境を読み取りながら自らの生活スタイルに合わせて生活資源を生活の中に取り入れ、生活資源のネットワークを地域に張り巡らせ、生活を組み立ていることを示している。

「4.3生活資源のアクセスとナビゲーター」

 では、居住者、特に新規居住者が地域へ生活資源を展開していくに当たって、生活資源となりうる場所へ居住者を案内してくれる知人(ナビゲーター)とそのようなナビゲーターと出会うことの出来る場所(アクセスポイント)が重要な役割を持っていることを指摘している。さらに、アクセスポイントで新しいナビゲーターに出会うことによって新しいアクセスポイントへと導かれる例を挙げて、アクセスポイントとナビゲーターの連鎖が地域の生活資源を自然に獲得するに当たって有益であることを見ている。また、このようなアクセスポイントを通して地域の人間関係へと居住者が選びとった複数の接点でつながっていく、「ネットワーク型混住」の利点を指摘している。

「第5章まとめ」「5.1地域空間の価値と生活資源」

 では第3章および第4章で得られた知見をまとめた上で、多様な居住者が異なる価値観、様々な生活スタイルを持って多様な生活を送っているような都市内の地域で、多様な居住者の生活を許容するのに必要と思われる視点を(1)質・量ともに多様な生活資源の存在、(2)生活資源への接近可能性の保障、(3)生活資源との関わり方の居住者自身による調節可能性の3点にまとめている。この3つの面から各地域の持つ生活環境の評価を行い、都心に近い地域では多様な資源が存在するのに比べ、郊外では多様性がかなり減少することとともに、生活資源の多様性の高い地域では居住者と生活資源の関わり方も変化に富む傾向があることを指摘している。この要因として、郊外では多様な生活資源が存在できるほどの利用者数がないことともに家族構成や生活スタイルの似通った居住者が多く、都心に近い地域ほど生活資源の多様性が要求されていないためである可能性をあげている。また、生活資源への接近可能性に関しては各地域で大きな違いは見られないことも述べている。

「5.2これからの課題」

 では、本研究では未解明のままに終わっている生活資源に関するいくつかの問題を挙げ、これらの問題を解決することによって生活資源が地域計画、施設計画、コミュニティ計画にとって有用なものとなる可能性を指摘している。

「添付資料」

 今回の調査の対象とした各地域ごとに居住者の地域での行動図を付している。

審査要旨

 本論文は、人々の日常生活と関わりを持つ場所とそれに付随する様々な役割を統合し、住民の生活に資するための環境の単位として「生活資源」という視点を導入し、地域における居住者の生活と生活環境の質について考察したものである。都心から郊外にわたる立地を異にする7地域の調査をもとに、各地域での生活資源のあり方や個々の居住者と生活資源の関わり方などを分析し、調査対象地の生活環境の特徴と居住者の多様な生活を地域がどの様に支えているかについて明らかにし、既成の地域のなかに居住者が意識的・無意識的に発掘している生活資源のネットワークの形成を、地域計画評価の一側面として成立させることを目的としている。

 論文は5章からなる。

 第1章では、研究の目的とその背景、既往研究について述べた上で本研究の位置づけを行い、用語の定義を述べている。

 第2章では、調査対象地の物理的環境の概要と調査内容を述べた上で、アンケートから得られた調査対象地の社会的な概要について記述している。

 第3章では、各調査対象地において生活資源がどのように利用されているのかを、各地域ごとの利用状況の違いや生活資源の分布範囲と密度、生活情報の入手、つき合いの様態、生活資源を獲得するきっかけ、地域のなかに生活資源を展開して行く過程などの分析を通して、各地域の物理的環境、社会的環境の違いによる生活資源の具体的なあり方を明らかにしている。

 第4章では、居住者が生活資源とどの様な関係を持ち、地域にどの様に生活資源のネットワークを張り巡らせているのかを個々の居住者のケーススタディを通して捉えている。同じ生活資源であっても居住者の違いや利用する状況の違いによって関わり方が様々であることを明らかにするとともに、生活資源との関わり方および地域での生活資源の展開のさせ方から、地域生活の特徴的な三つのあり方として、(1)地域全体に利用する生活資源を広げていく例、(2)生活資源の連鎖を利用して生活を展開していく例、(3)人間関係よりも生活資源との関係を頼りに生活していく例、を抽出している。その結果、居住者は地域の環境を読み取りながら、自らの生活スタイルに合わせて生活資源を生活の中に取り入れ、生活資源のネットワークを地域に張り巡らせ、生活を組み立てていることを示している。また、居住者が生活資源を獲得したり、地域社会に溶け込んで行く過程で新しい生活資源へと案内してくれる居住者(ナビゲーター)とそのような居住者と出会う生活資源の一つである「アクセスポイント」が重要な意味を持っていることを指摘している。

 第5章では、それまでに得た結果をまとめ、都市において地域が様々な居住者の多様な生活を許容することのできる特質を生活資源のあり方から、(1)質・量共に多様な生活資源が存在していること、(2)必要とする生活資源へのアクセスが保証されていること、(3)居住者自身の意志によって生活資源との関わり方が調整しうること、の三つを主要な評価軸にあげ、この三つの面から各地域の持つ生活環境の評価を行い、都心に近い地域では資源の種類と数が多いのに比べ、郊外では両者共にかなり減少すること、前者つまり生活資源の多様性の高い地域では居住者と生活資源の関わり方も変化に富む傾向があることを指摘している。この要因として、郊外では多様な生活資源が存在できるほどの利用者数がないこと、家族構成やライフスタイルの似通った居住者が多く、都心に近い地域ほど生活資源の多様性が要求されていないためであることを指摘している。また、生活資源への利用可能性に関しては各地域で大きな違いは見られないとしている。

 以上、要するに本論文は一般の地域計画論では抜け落ちてしまう、居住者自らが生活資源の発掘というかたちで形成している生活環境を具体的に描き出し、それらの個々のネットワークの集積の結果現れてくる各地域の特性を導く方法を見い出したものである。これは、これまでの地域計画における上位から下位へと向かう施設計画プロセスに対して、生活する側からの計画論を組み立てるための方法を提供したものと評価される。この成果は建築計画学、地域施設計画における新たな知見であり、その進展に貢献するところ大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53954