近年、鉄筋コンクリート(RC)造建築物の経年劣化及び早期劣化が大きな社会的問題となっており、RC造建築物の耐久性の確保・向上が重要な課題になっている。また、今後の資源・環境問題及び社会的背景を考慮すると、ますますRC造のストックは増大し、維持管理および耐久性診断の果たす役割は非常に重要になっていくことが予想される。 一般的に、RC造建築物に発生する劣化現象(中性化、塩害、凍害など)の大部分は、鉄筋の腐食による建築物の耐力性能低下につながることから、RC造建築物の耐久設計及び最終的な寿命の評価は、鉄筋の腐食劣化に伴う構造耐力の低下に基づいてなされるのが適切である。また、既存RC建築物の耐震診断の面からも鉄筋が腐食したRC造建築物の変形能力及び耐力性能の低下を把握することは、重要な課題である。しかしながら、経年劣化したRC造建築物の構造性能という問題については、材料分野及び構造分野の交錯するところであったため、系統的な研究はほとんどなされておらず、現状では構造性能に基づいた耐用性・寿命の判定はほとんど不可能である。また、鉄筋が腐食したRC構造部材は、鉄筋の腐食原因を調べた後、適切な補修を施すのが一般的であるが、鉄筋の腐食程度によっては、補修とともに補強を施す必要のあるものがあり、その判断根拠としても鉄筋の腐食程度とRC構造部材の構造性能を明確しておくことは有用である。 このような、鉄筋が腐食した構造部材の耐力低下は、かぶりコンクリートのひび割れ発生によるコンクリートの有効断面積の減少、鉄筋の断面減少による鉄筋の力学的性能の低下及び鉄筋とコンクリートの付着性能の低下がその原因であり、鉄筋の腐食程度を変数とする各材料要素の構成則を導き出せば、有限要素法(FEM)を用いて、鉄筋が腐食したRC構造部材の耐力低下機構を明確にすることができると考えられる。しかしながら、鉄筋の腐食に伴うRC構造部材の耐力低下現象を定性的に検討した研究は数例あるものの、有限要素解析に適用可能な定量的研究は殆どなされていない。 一方、鉄筋腐食によって構造的に危険な状態にあるRC造建築物は、海岸のような過酷環境下で塩害を受けたものが多いことから、その補強工法としては作業性がよく、鉄筋の腐食再発を防ぐ工法が必要である。 以上のことを鑑み、本研究は、鉄筋腐食によるRC構成材料(コンクリート、鉄筋、付着)の特性変化を鉄筋の腐食程度を変数として定量化した後、この材料特性に基づいて鉄筋の腐食程度とRC構造部材の耐力性能との関係を定量的に把握するとともに、鉄筋が腐食したRC構造部材の炭素繊維シートによる補強工法の開発を行うことで、鉄筋が腐食したRC造建築物の耐久設計、補修・補強設計及び耐久性・耐震診断に資する基礎資料を提供することを目的とする。 本論文は9章から構成されており、以下に各章の内容を示す。 第1章は「序論」であり、研究の背景、研究の目的、研究の範囲及び論文の構成を述べた。 第2章は「本研究と関連する既往の研究」であり、まず、RC造建築物に発生する鉄筋腐食のメカニズムを考察した後、構成材料の劣化がRC構造部材の構造性能に及ぼす影響について、既往の研究結果を総説した。次に、既往のRC造建築物の耐久性設計・診断及び耐震診断における鉄筋の腐食問題の取扱い方を調査し、本研究の必要性を述べた。また、鉄筋が腐食したRC構造部材の耐力評価方法として有限要素法の適用可能性について考察し、最後に、鉄筋が腐食したRC構造部材に対する従来の補修・補強工法について調査し検討を加えた後、炭素繊維シートによる補強工法の適用可能性について検討した。 第3章では、「鉄筋腐食によるコンクリートのひびわれ性状」と題して、鉄筋腐食によるかぶりコンクリートのひびわれ発生が鉄筋の腐食速度の急激な増大、ひいてはRC構造部材の耐力低下に繋がることを考慮して、かぶりコンクリートのひびわれ発生時の鉄筋の腐食減量率をコンクリートの強度、かぶり厚さ及び鉄筋径を変数として算出した。また、ひび割れ幅と腐食減量率との間には、高い相関関係があること、腐食減量率が同一の場合には、コンクリート強度及びかぶり厚さが大きいほど、ひびわれ幅は大きくなる傾向があること、様々な状況下でひび割れ幅から鉄筋の腐食程度を推定することが可能であることを述べた。そして、鉄筋の腐食膨張によるかぶりコンクリートのひびわれ発生挙動を有限要素法によって解析した結果、腐食生成物の弾性係数は約25〜200kgf/cm2であること、ひびわれ性状に大きな影響を与える錆の物性はポアソン比であること、鉄筋の腐食形態によってかぶりコンクリートのひびわれ方向は異なること、局部的な腐食ほどひびわれ発生に必要な腐食量が大きくなることが示された。 第4章では、「鉄筋腐食が鉄筋の力学的性能低下に及ぼす影響」と題して、鉄筋の力学的性能低下に及ぼす鉄筋腐食の影響を把握するため、孔食(塩分添加及び高温乾湿繰り返しによる腐食促進方法による)及び全面均一腐食(電食方法による)を生じさせた腐食形態の異なる鉄筋の引張実験を行った。その結果を用いて、鉄筋の力学的性能を鉄筋の腐食減量率を変数として定量化し、有限要素解析に必要な鉄筋の構成則に導入するとともに規格降伏点を基準として鉄筋の許容腐食量を算定した。 第5章では、「鉄筋とコンクリートの付着性能に及ぼす鉄筋腐食の影響」と題して、鉄筋腐食が鉄筋とコンクリートの付着性状に与える影響を把握するために、鉄筋を数段階に腐食させて引抜き付着実験を行い、鉄筋腐食に伴う最大付着強度及び付着剛性の変化を腐食減量率を変数として定量化した。また、実験から得られた最大付着強度及び付着剛性を基準にして、実験で得られた付着応力-すべり曲線の有限要素法による逆解析を行い、付着要素の構成パラメータである最大付着強度及び付着剛性を求め、それらに腐食減量率を変数として導入した。 第6章では、「鉄筋が腐食したRC構造部材の有限要素法による耐力性能評価」と題して、鉄筋腐食がRC梁の耐力性能に及ぼす影響を把握するために、第4章と第5章で求めた腐食鉄筋の構成則及び付着の構成則を用いて鉄筋が腐食したRC梁の有限要素解析を行い、その結果を実際に鉄筋が腐食したRC梁の載荷実験結果と比較検討することによって腐食鉄筋及び付着の構成則の妥当性を検証した。また、有限要素解析によって各材料要素のパラメトリックスタディを行い、鉄筋が腐食したRC単筋梁では、耐力低下の支配的な要因は腐食による鉄筋の降伏点の低下であり、剛性低下の支配的な要因は腐食による鉄筋の弾性係数、最大付着強度及び付着剛性の低下であることを明らかにした。 第7章では、「鉄筋が腐食したRC梁の耐力性能低下及びその補強」と題して、引張主筋の腐食によって曲げ耐力が低下することを明らかにし、腐食減量率が大きくなるほど鉄筋の局部的な腐食の影響が顕著になり、平均断面欠損率から算定される耐力よりもさらに低下することを指摘した。また、炭素繊維シート補強工法は、鉄筋が腐食したRC梁の曲げ耐力補強工法として有効であることを実証した。また、炭素繊維シートによる補強効果を決定する要因はシートの付着特性であることを示し、定着を設けることによって梁の曲げ耐力および最大耐力時の変形能力が向上すること、シート剥離時の引張応力をシートとコンクリートの付着特性として用いることにより、補強後の曲げ耐力を既往の算定式により評価できることを示した。一方、あばら筋が腐食したRC梁についても炭素繊維シートによる補強を施すことによって最大耐力が上昇すること、シートの貼付方法は十字貼りが最も効果があり、定着を設けることで変形能力が増加することを示した。また、炭素繊維シートにより補強したRC梁のせん断耐力は、シートの補強量、貼り方及び定着長さに応じてその補強効果を適切に算定することにより、既往の荒川mean式で評価できることを示した。 第8章では、「鉄筋が腐食したRC柱の耐力性能低下及びその補強」と題して、横補強筋の腐食がコンファインドコンクリートの応力-ひずみ曲線に及ぼす影響を明らかにするために一軸圧縮実験を行い、鉄筋の腐食減量率が30%を越えるとコンファインド効果がなくなることを示した。また、帯筋が腐食したRC短柱の中心圧縮実験を行った結果、耐力低下の原因は、腐食膨張圧によるかぶりコンクリートのひびわれ発生によるコンクリートの有効断面積の減少及び鉄筋の力学性能の低下であることを明らかにした。一方、横補強筋が腐食したRC柱の正負交番繰り返し水平加力試験を一定軸圧縮力下で行い、鉄筋が腐食した試験体の最大耐力は、健全試験体の約0.9倍に低下すること、鉄筋腐食によるかぶりコンクリートのひびわれが載荷によって進展することによって、鉄筋の付着性能が著しく低下するとともに部材角1/20でかぶりコンクリートが完全に剥落するなど、破壊モードが異なることを示した。また、鉄筋が腐食した腐食試験体の軸変形は、かぶりコンクリートの剥落により、ある時点で急に進むこと、鉄筋が腐食した試験体のひずみエネルギー吸収量は、部材角の増大に伴い低下することなども表示し、鉄筋が腐食したRC柱の耐震性能は健全試験体に比べ劣ることを実証した。 第9章では、「総括」と題して、本研究の結論を述べた。 |