学位論文要旨



No 112538
著者(漢字) 銭,志偉
著者(英字)
著者(カナ) セン,シイ
標題(和) 幾何学的非線形構造の構造安定および最適化に関する解析的研究
標題(洋)
報告番号 112538
報告番号 甲12538
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3816号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 教授 高梨,晃一
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨

 現在、大空間構造物において、トラス構造、梁構造、膜構造、シェル構造などがよく用いられている。これらの構造が持っている最も重要な長所は軽量であるということである。軽量で大スパン室内空間を得ることができるため、その解析や設計の機会も増えている。大スパン構造物は大変形の後に座屈して破壊に至る場合が多い。座屈現象は、応答の飛移りや分岐によって構造物が安定性を失うことである。従って、大空間構造物において、座屈荷重を正確に評価しなければならない。また、非線形分岐座屈現象に対して主釣合経路のみの追跡では不十分であり、厳密に分岐経路を求める必要もある。大空間構造物の終局座屈荷重をあらかじめ求めるためには、模型実験を行う以外、有限要素法に代表される数値解析法を用いて評価することは一般的である。有限要素法による構造解析技術もコンピューターの発展とともに成長し、現在では相当な規模の複雑な構造にも適用できるようになり、非線形有限要素解析は実用化の時代に入ったといっても過言ではない。しかしながら、非線形有限要素の定式化の厳密さ、計算アルゴリズムの効率化など、多くの難しい課題が残されているのが現状である。

 一方、構造の座屈荷重を正確に評価し、指定した座屈荷重拘束条件下での構造物の薄肉化を進めることは、重要な設計課題である。この場合、トラス部材の断面積やシェルの肉厚は設計パラメータとなり、これらに対する座屈荷重の感度解析を実施することが必要となってくる。しかし、大空間構造物のような幾何学非線形座屈問題に対する感度解析手法はまだ開発の途上であり、未解決の問題は多い。特に、シェル構造の座屈荷重制約条件を考慮した最小重量設計例はほとんど見られないのが現状である。

 本論文の主な目的を以下に示す。

 (1)幾何学的非線形構造物の数値解析における効果的な数値解析法を提案すること

 (2)座屈点における構造挙動特性を調査し、分岐経路の方向を厳密に求める方法を開発すること

 (3)座屈荷重の感度解析を行い、座屈荷重制約条件下での最適化問題を解析すること

 (4)多種荷重を受けるホモロガス構造の最適形態を求めること

 本論文は以下の6章からなっている。

 第1章では、既往の研究と本論文の位置付けを述べた。

 第2章では、連続体の非線形理論についての基礎的理論をまとめた。埋込座標系における最小ポテンシャルエネルギー原理を誘導した。

 第3章では、Total-Lagrange法に基づいて、退化アイソパラメトリック要素(梁要素、シェル要素、梁とシェルによる複合構造における梁要素)の定式化を示した。梁要素において、座標変換により、任意断面梁要素における面内Gauss積分法を示した。シェル要素にあたっては、Bathe等が提案した4節点MITC(Mixed Interpolation of Tensorial Components)要素を用いた。この要素は変位および応力仮定を取り込んだ混合型変分原理に基づいて定式化されており、薄肉、厚肉双方のシェルに適用できる。また、要素の面外せん断ひずみを再補間することにより求めるため、薄肉シェルにおいてもロッキングが生じない。そのほか、節点あたりの自由度が小さく、要素の定式化が簡便であるなどの長所がある。特に、要素を定式化するには、構造全体座標系における位置ベクトルを直接に補間するので、要素の全ポテンシャルエネルギーの3次微分も陽な形で求められる。さらに、この微分にband性があるので、増分の2次項をも含む摂動式の誘導は煩雑なものではないと考えられる。本研究では、有限回転テンソルをTaylor展開した3次項までを用いることにより、要素のポテンシャルエネルギーの未知変位における3次微分を求める方法を示した。本章の最後に、偏心作用を考慮した梁とシェルによる複合構造における梁要素の定式化を示す。

 第4章では、非線形方程式における3種類の解法を挙げた。つまり、(1)Newton-Raphson法に基づいた解法を検討した。まず、Extended Systemを用いることにより座屈点を精算する方法を示した。次に、座屈点におけるThompsonによる座屈解析摂動法を、コンピューターによる数値解析に適用できることを重視した立場から再定式化した。最後に、構造の非線形解析に用いる弧長法の改良を提案した。すなわち、(m+1)次元空間における荷重変位曲線の接線の変化率を計算することにより、predictorに変位増分の2次項も考慮することと、次の収束点の接線の変化は大きすぎないように弧長を決定することである。多くの数値例題を通して、提案する方法の適用性を確認した。(2)非線形方程式の微分型解法による解曲線の連続追跡法を示した。この方法による不安定構造の安定化移行解析を提案した。安定化の必要条件、ステップ長さの調整、誤差のオーダーおよびその修正などについても論じた。(3)非線形方程式の大域的収束性を持つ解法の一つである連続変形法を示した。その応用例としては、ホモロガス構造の形態解析を行った。普通のNewton-Raphson解法より良好な収束性を持つホモロガス構造の形態決定法を提案した。

 第5章では、逐次2次計画法を用い、構造の最適設計法を示した。(1)多種荷重を受けるホモロジー・トラス構造の最適形態設計法を提案した。ホモロガス変形条件下での最小重量問題を定式化し、逐次2次計画法で構造の最適な部材断面積および節点座標を求めた。(2)トラス構造とシェル構造の座屈荷重条件下での最適設計法を示した。まず、座屈荷重の感度を求める解析手法の定式化を行った。従来の研究と異なって、本研究では、Extended Systemを用いて、座屈荷重の感度を求めた。次に、逐次2次計画法でトラス部材の最適断面積やシェル構造の最適肉厚を求めた。構造物の飛移りおよび分岐座屈の数値例により、本解析法の妥当性を確認した。

 第6章では、結論を述べた。

 本論文による新しい提案を以下に整理する。

 (1)積分領域を自然座標に変換することにより、任意断面形状をもつ梁要素の面内Gauss積分法を提案した。

 (2)degenerated構造要素の釣合方程式およびその高次微分を求める方法を提案した。

 (3)偏心作用を考慮する梁とシェルによる複合構造における梁要素を定式化した。

 (4)構造分岐解析を、コンピューターによる数値解析に適用できることを重視した立場から定式化した。

 (5)弧長法における弧長の長さの決定法を提案した。

 (6)直交法に基づく不安定構造の安定化移行解析法を提案した。

 (7)連続変形法に基づく大域的収束性をもつホモロガス構造の形態解析法を提案した。

 (8)逐次2次計画法による多種荷重を受けるホモロガス構造物の形態解析法を提案した。

 (9)構造物の座屈荷重の感度解析法を提案した。そのシェル構造への応用例として、座屈荷重拘束条件下におけるシェル構造の最小重量設計法を示した。

審査要旨

 本論文は「幾何学的非線形構造の構造安定および最適化に関する解析的研究」と題し,(1)幾何学的非線形性を呈する構造物の効率的数値解析法,(2)構造安定問題の主要テーマのひとつである分岐解析における新しい数値解析法,(3)座屈荷重制約条件下での最適な構造形態を求める解析法,(4)多種荷重を受けるホモロガス構造の最適形態解析法,を提案したもので全6章から成っている。

 第1章「序論」では,有限要素,弧長法,座屈点の精算法,分岐解析,座屈荷重に対する感度解析,ホモロジー設計等における既往の研究を概観し,本論文の目的を述べている。

 第2章は「有限変形における基礎式」と題し,デカルト座標系を用い,弾性有限変形の基礎方程式を整理している。

 第3章「梁,シェルにおける非線形有限要素法の定式化」では,第2章の基礎方程式を利用し,退化型有限要素の定式化と長所および短所を述べている。さらに,ポテンシャルエネルギー関数の変位に関する3次微分を陽な形で求め,次章以降への準備としている。また,偏心作用を考慮した梁とシェルの複合構造における梁要素を定式化している。

 第4章は「非線形方程式の解法」と題し,非線形方程式に対する3種類の解法を述べている。つまり,(1)Newton-Raphson法と弧長法による荷重変位曲線の自動追跡法,(2)非線形方程式の微分型解法,(3)非線形方程式の大域的解法としての連続変形法,である。さらに,本章では,これらの解析法を利用し,梁,シェル,梁とシェルによる複合構造の座屈解析,不安定構造の安定化移行解析,ホモロジー構造物の形態解析をおこない,提案した解法の有用性を示している。

 第5章「構造最適化の問題」では,逐次2次計画法を応用する最適設計法を述べている。この解法を利用し,多種荷重を受けるホモロジー・トラス構造の最適形態設計法を提案している。さらに,トラス構造とシェル構造の座屈荷重条件下での最適設計法を示し,飛移座屈荷重や分岐座屈荷重を指定した場合に対して興味ある数値解析例を提示している。

 第6章「結論」では、本論文で得られた結果を9項目にまとめ,結論を述べている。

 以上のように,本論文では,数値解析の困難とされる幾何学的非線形問題に対して,種々の解析法を提案するとともに,具体的な数値解析例を示すことにより,その有効性を示している。本論文に示されている内容は構造工学上,高く評価される。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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