学位論文要旨



No 112539
著者(漢字) 孫,志堅
著者(英字)
著者(カナ) ソン,シケン
標題(和) PCa工法を用いた集合住宅の躯体と内装、設備の分離有効性に関する研究
標題(洋)
報告番号 112539
報告番号 甲12539
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3817号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 鎌田,元康
内容要旨 1.研究背景と目的

 長期利用型ストックを念頭に置いた集合住宅の住戸部分の個別対応性について考える時に、サポートとインフィルの分離、つまり躯体と内装及び設備の分離の可能性と、その際に必要とされる生産技術の研究は重要である。

 RC系建築においては、建物の全体或いは部位をPCa部材に分割して工場で生産するPCa系工業化生産技術が開発されて今まで広く採用されてきた。その基本構想は、工場生産部品の現場組立による、在来の現場打設工法を一転した建築の生産システムの開発であり、労務費の高騰や環境の重視などの背景の下で現在ますます注目される工業化生産技術である。

 壁式PCa工法などが工業生産技術として成立するには標準化が必要であるが、標準化がPCa工法の適用対象建築物の拡大や多様化にとって制約となっている。そのためこれらの工法による生産量は一時期急減し、生産システムの柔軟性と対応性の課題が残されることになった。

 また、通常のPCa住宅の設計・建設業務では設備端末に至る配管や配線を建物の構造躯体部分に埋め込んで「埋込み物」とすることが多い。これにより部材自体の付加価値を付けることが可能になる反面、住戸ニーズに応じるためには同じプランの住宅であってもわずかな設計変更によって必要となるPCa板種が異なることとなり、部品にフレキシビリティーを持たせて応用する可能性が低くなった。つまりは工場でPCa板のどこまで作り込んでどこからを現場に任せるかという問題である。

 PCa生産の中では数量が一番多い電気関係部品の埋込み物が与える影響が大きい。本研究の目的は、電気関係埋込物を排除した場合の生産性の分析を通じてPCa工法を用いた集合住宅の躯体と内装、設備の分離の有効性を研究することである。具体的内容は、以下の2つである。

 (1)PCa集合住宅躯体のフレキシビリティーの可能性と集合住宅の構面型及び対応関係を分析、把握する。

 (2)実際のPCa住宅について電気関係部品について生産実態の調査及びPCa板版種分析と、電気埋込み物を排除した場合の生産評価を行う。

 研究対象はPCa住宅の代表的な民間住宅メーカーA社の規格型集合住宅及び住宅生産を主として行う。

2.集合住宅躯体のフレキシビリティー条件

 PCa住宅生産の住戸ニーズの「多様化への対応」のためには、PCa構法による集合住宅躯体の躯体フレキシビリティーの可能性及び条件を明確にする必要がある。

 まず集合住宅の住戸プランニング上の可能を基本的に下記のレベルで考える。

 (1)住戸規模での可変性(2)間取りの可変性(3)水廻り室範囲内の可変性

 そしてそれぞれにレベルを設定することで集合住宅空間の可変性の’評価BOX’を作って(表2-1)集合住宅の評価を行った。評価の軸は(1)(2)(3)の3つであるが、価軸の並ぶ順番により集合住宅の躯体のフレキシビリティーの可能性評価方向が違う。住戸間取りの可変性を注目する場合は、評価軸の順番は:(L)間取りの可変性評価、(P)水廻り室範囲内の可変性評価、(S)住戸規模の可変性評価、と設定される。

表2-1 壁式集合住宅フレキシビリティーの可能性評価BOX図2-1 集合住宅躯体の基本構面型

 また分析では集合住宅の構面型が全部で4種類がある(図2-1)が、先ほどの’評価BOX’と併せてPCa壁式集合住宅の躯体のフレキシビリティーの可能性を検討した。

 住戸間取りの可変性を注目した「L,P,S」型躯体フレキシビリティーの可能性と集合住宅の構面型の対応関係により、プランニングの可能性と躯体構面型の対応分類はL0〜L7までの7種類がある(表2-2)。PCa住宅の基本構面は’構面B型’であり、躯体のフレキシビリティーの項目別レベル評価では、表2-2のL7にあたる。居室部分に関しては水廻り室は全く固定であるとして評価したが、構面型特徴からみると’L3系’まで可変性を高めることが出来るはずである。しかし実際のPCa板内の電気配線により、居室と水廻り室の変更ができない。またL5系.L6系の可変性も具備していない。現在の生産方式によりPCa躯体のフレキシビリティーが制約を受けているわけである。

表2-2 躯体フレキシビリティーの可能性と躯体構面型の関係により分類間取りの可変性を注目
3.PCa住宅生産における電気関係埋込物の影響

 規格型住宅の版種分析及び生産調査によりPCa住宅生産における電気関係埋込物の影響分析を行った。調査により、現状生産ライン上で型枠変更の発生は

 (1)電気関連(2)設備関連(3)躯体関連

 の順に多い。何かが変更になると、電気も影響を受けやすい。型枠セット替えの作業が直接ラインに影響を与えないように、別の場所で行っている、現在少しでも変更のあるベッドはラインからはずして型枠セット場で変更する。一度ラインからはずしたベッドは、翌日に復帰させる。

 規格型プラン工事間での型枠変更における電気関係の影響分析

 PCa工法では電気関係部品を、床板では殆ど全ての版に、壁版では間口方向の版に埋込んでいる。標準設計と比較しても工事間でのPCa床版や壁版の外枠寸法の変更は発生せず、外枠寸法の変更が発生するにしても直接工事が原因ではない。PCa床版と壁版の電気関係がよく発生する(図3-1、3-2)(以後、図や表において「位置10使われる床板」を「S10」、「位置20に使われる壁板」を「W20」という様に表す)。版種毎に床版、壁版の電気関係工事間での変更タイプが多く出てくる(図3-3、図3-4)。工事間における床版、壁版の電気関係の変更タイプの発生率も高い(図3-5、図3-6)。

図3-13-2図3-3図3-4図3-5図3-6
PCa版電気関係の変更により外枠に対する影響分析

 規格型住宅工事間における床版や壁版の電気関係埋込み物の変更に伴ってPCa版外枠の変更が多く行われることが分かった(図3-7、図3-8)。これらの変更も掛かる手間により、一般的な変更とFEを伴う変更の2種類がある。

図3-7図3-8図3-9図3-10

 通常PC床版外枠の上に配線・配管用外枠補助部品を予設しており、電気変更に伴い簡単に取替えられる。これは同一平面内の場合は良いが、床版から壁版に配線を立てる場合にはジョイント部分の配線配管が曲がるので床版端部の形状を変えてFEと呼ばれる部材を付けることが必要となり変更の手間がかなりかかる。版種分析では、床版での電気関係の変更によるFE変更の発生率が高い(図3-9)が、壁版におけるFE変更の発生率は0である(図3-10)。工事間における電気関係埋込み物の一般変更とFE変更の発生率により、一般に工事間転用における床版の電気関係変更の手間が大きく、一方で壁版の電気関係変更の手間が小さいことが明らかになった。

 以上により標準設計との比較によるPCa版床版と壁版の工事間での型枠変更の実態を把握した。規格型といえども床版における電気埋込み物によって物件ごとに板が異なるということが明らかになった。電気関係埋込み物工事間変更の手間との比較によりセット替えの手間について版種別に把握した。

版種発生における電気関係埋込み物の影響分析

 版種分析により、規格型といえども工事内転用が多いことが分かった。そこで版種生成における電気関係埋込み物の影響を分析した。

 表3-1に床版での版種生成を示す。左欄が基準版種で、右欄は生成した版種数である。床版版種生成の基本的な要素は、軽微な形状変化、電気関係、タイプの差異、の3つであり、ここでは版種生成要素を7種類とした。

 電気埋込み物の影響はS10、S11、S12、S31、S80、S81、S82、S83、軽微形状変化はS30、S31、S32、S80、S81、においてそれぞれ見られる。後者の原因はバルコニー付加やそれに伴う欠込み、水切り等の軽微な形状変更の発生である。

表3-1 板種別規格プラン床板版種生成の要素分析

 壁版における版種生成要素は5種類ある(表3-2)。軽微な形状変化、タイプの差異、取付け位置、電気埋込み物の4要素は版種生成の主な要素である。電気関係の影響は、W10、W20、W21、W30、W81の版で大きい。W80は特例である。基本的に奥行方向のPCa壁版には電気関係埋込物は埋め込まない。W20、W21はバリアフリー仕様への変更による影響が大きい。

表3-2 板種別規格プラン壁板版種生成の要素分析
4.PCa板電気埋込み物が排除された場合の生産性予測分析

 PCa板電気関係埋込物を全て排除した場合、それらを設置する代わりの方法は以下の5種類考え得る。

 (1)二重天井(2)木製間仕切り内に納める(3)二重床(4)二重壁(5)PCa板ジョイント内に配管

 本研究では民間PCa集合住宅メーカーの規格型PCa住宅(3LDK)A、Bタイプを対象に、電気関連埋込み物をPCa板からすべて排除して二重天井にした場合の、資材量、工数の変化をコスト換算したデータを用いて、居室別に生産上の可能性を分析する。ここで二重天井を採用したのはコスト面から現在最も安価であると考えられるからである。

 ここでは以下の様な結果が得られた

 (1)電気関係埋込み物の排除でPCa板の住戸毎の工場生産コストは減少したが、1戸当たりの全工事コストは増加した。しかしその増加分は全体工事のコストに比べると小さい。

 (2)電気関係が無くなると図4-1、図4-2に示す様に、電気配管をセットする電気工事などがなくなるため、各室関係PCa板の直接製造労務費(工場での労務費)が大きく減少する、これが工業化生産に対して有利な点である。直接製造費の減少分については部屋面積との関係はない。

図4-1 PCa板電気埋込物が排除された場合の室別労務費変化予測図4-2 PCa板電気埋込物が排除された場合の室別材料費変化予測

 (3)電気埋込み物の効果は第一に型枠費の低減が挙げられる。直接製造費はPCa板BOX取付けとCD配管セットの2項目を中心にかなり減少する。(2)の労務費の減少はこれにより関連する。その他転用時の清掃作業も」不要となる。第二に、管理業務、積算、倉庫管理の減少が指摘できる。第三には、前述した様に生産ライン上のロスが無くなる。

 (4)電気関係が無くなると各室関係PCa板の直接製造労務費が全て減少し、内洗面所、便所以外の部屋は直接製造費が大幅に減少した。但し相応する直接工事費(現場での工事費)も大幅に増加するので、この生産方式を合理的にするには諸生産関連要素間の分析が必要と考えられる。今回の分析では工事費の増加分も評価対象としたが、これを含めると、洗面所、便所においては製造、工事に掛かる費用の面においても、電気関係を分離することが十分な有利性をもつことが確認できた。

図4-2 PCa板電気埋込物が排除された場合の室別労務費変化予測幅木配線

 (5)電気埋込物が無くなると工場の生産性は向上するが、現場での二重天井工事により直接工事費が大幅に増える。これは異なる代替構法技術を採用すれば効果も違ってくると考えられる。例えば’部分木製幅木配線’を使用すれば、Aタイプでは図4-3の様に工事労務費が大分減った。従って電気関係埋込物の排除あたっては、代替構法技術により生産性やコスト効果が違ってくる。

5.PCa住宅設計プロセス上電気関係の分離の対応可能性

 PCa住宅設計プロセスにおける電気設計の業務展開及び他部門間との連携に関する調査により、設計プロセス上の電気関係の分離の可能性を分析した。

 (1)現状のPCa住宅の設計は、施主の要望には社内ルールに沿う範囲で変更を行い、後に役所関係や消防関係などの法律関係の要件に沿って行われる。基本的には基準データからの転用が多く、フリープラン型でも既存タイプからの転用も多い。

 現状のPCa住宅設計おける電気設計で最も重要なのは、施工図作成段階にPCa板作成の為に電気と意匠構造との関係問題を具体的に解決するチェック段階である。ここで電気関係の問題がよく出て、規格型でも変更される場合が少なくない。

 現状のPCa住宅設計プロセスでは、変更は早い段階で要望が出揃えば簡単であるが、行程の後になるほど変更要望には対応しにくくPCa打設後には解決するのに多大な時間と労力を費やすことになる。電気関係は特に変更が起こりやすい部分であるから、電気関係の変更に対する対応性は低いと考えられる。

 (2)電気単独の内では問題は発生しないが、電気設計部門と他部門の間の問題発生は多い。PCa板の作製には電気設計が大きく関わるのに、全体が決まらないと電気が決まらず、製造工程上もかなりのロスがでている。また設計の平面図の少しの書き換えが電気設計には大きく影響し、ひいてはPCa板の製作に更に大きく影響してくる。

 (3)図5-1より、実際の設計においては板図作成段階におけるチェックの工数がかなりの割合を占めるこれは住宅の規模と関係はない。既往データを転用する場合でもチェックにかける工数が標準工数よりかなり大きいものもある(物件3、5)。このチェック段階では電気関係問題が主な問題であり、電気関係を排除した場合の生産設計に対する有効性を定量的にも見ることが出来る。

図5-1 PCa板図作成段階における時間の分布調査
6.結論

 本研究では

 (1)レベル評価により、プランニング上の集合住宅躯体のフレキシビリティーの可能性と集合住宅の構面型及び対応関係の把握

 (2)PCa住宅生産の調査及びPCa板版種分析や埋込物工数のコスト計算によりPCa生産における電気関係埋込物が排除された場合の生産有効性の検討を行った。

 以上電気関係埋込物が排除された場合の生産の有効性の分析を通じてPCa工法を用いた集合住宅の躯体と内装、設備の分離有効性を明らかにすることができた。

審査要旨

 本研究は、更新或いは変更の周期の異なる躯体、内装、設備を分離し易くすることで集合住宅の長期耐用性を高める考え方を基本とし、それを実現するために最も固定し易い躯体部分が持つべき特性を明らかにするとともに、そのように躯体、内装、設備を分離する方法が集合住宅建設時の生産性にどのような影響を与えるかを評価することを目的としたもので、6章から構成される。

 第1章では、研究の背景、目的、範囲、そして方法について論じている。

 第2章では、躯体と内装、設備を分離することで集合住宅のフレキシビリティを高めようとした国内外の設計事例を対象とした検討を行い、躯体部分の設計内容によって実現できるフレキシビリティがどのように異なるかを評価する方法を立案している。具体的には、集合住宅のフレキシビリティを住戸規模の可変性、間取りの可変性、水廻り室範囲内の可変性の3種に分類し、それぞれに数段階のフレキシビリティがあり得ることを指摘し、それを評価する方法を立案した上で、国内外から収集した約30の集合住宅設計例の評価を行うことでその有効性を検証している。

 第3章では、設備の中でも電気関係の設備をコンクリート躯体中に埋込む製造方法のとられることが一般的なPCa工法による集合住宅を対象として、特に生産性に大きな影響を与える型枠工事に対して電気関係の埋込物がどのような影響を及ぼしているかを、詳細な工場調査を通して定量的に評価している。具体的には、異なる工事間で型枠を変更する要因として電気関係の変更が最も大きな位置を占めること、壁板よりも床板において電気関係の変更に伴う手間が大きいこと、更には製品としてのPCa版の種類を増加させる要因としても、軽微な形状の違い等と並んで電気関係埋込物の違いが大きな位置を占めていることを明らかにしている。

 第4章では、前章と同様PCa工法による集合住宅を対象として、電気関係埋込物をコンクリート躯体中から取り除いた場合の生産性の変化を、収集した詳細なコスト及び工数データに基づいて、工場生産段階及び現場施工段階の双方で定量的に評価している。先ず、工場生産段階においては型枠費、労務費の双方で電気関係埋込物排除による低減効果が大きいことを明らかにし、次いで現場での電気工事の発生による工事費の増加分を考慮すると全体としては少額のコスト増となること、但し、現場での電気工事に伴う内装工事の方法によってはこの増加を極めて低く押さえることができること等を明らかにしている。

 第5章では、PCa工法による集合住宅の設計段階において、電気関係の設備を躯体から分離することがどの程度の省力化に繋るかを、具体的な設計プロセスの分析を通じて明らかにしている。

 具体的には、電気関係の変更が設計プロセスの後期にまで生じ易いことから、電気関係設備を躯体から分離しない場合は、それに伴う変更図面製作の手間が極めて大きくなること、また分離しない場合は他の変更が電気関係の図面変更を発生させるケースも多いこと、更にPCa板の設計段階で最も多くの工数を要しているのがチェック作業であり、その中で電気関係の問題が主たる位置を占めていること等を明らかにしている。

 最終章では、研究全体の成果を統括し、結論としている。

 以上、本論文では、集合住宅の長期耐用性を高める方法として躯体と内装、設備を分離し易くする方法に着目し、長期耐用性を高めるためのフレキシビリティが躯体の設計によって大きく異なることを明らかにし、分離による建設段階の生産性の低下について、PCa工法における電気工事を例とする詳細な実態調査に基づいて定量的な評価を行うことで、分離し易くする方法の適用可能性の大きさを検証したものであり、多くの新たな知見を示している。この成果は今後の集合住宅設計・生産のあり方を考える上で有効な示唆を与えるものとして評価でき、建築学の発展に寄与するところは大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク