学位論文要旨



No 112540
著者(漢字) 池,尚昱
著者(英字)
著者(カナ) チィ,サンウック
標題(和) 建設プロジェクトにおける発注方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 112540
報告番号 甲12540
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3818号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 長澤,泰
内容要旨 1.研究の背景と目的

 近年、建設産業を取り巻く環境においては建設市場の国際化、建設プロジェクトの大型化・複雑化、国民の建設業界に対する不信による発注方式の多様化とコストの透明性に関する社会的な要請、発注者のニーズの多様化・高度化、コスト・品質・工期の効率性への追求等様々な問題がある。このような建設環境においては今までの発注方式では十分に対応できないため、米国で生まれたCM方式を初め、多様な発注方式が一つのメニューとして考えられるようになった。この研究では、日本と韓国の建設生産システムに対する現状の問題点、建設産業を取り巻く環境、多様な発注方式に基づいた将来の日韓の建設生産システムの変化等を分析し、そのうえで、ヒアリングとアンケート調査を通してCM方式に対する実際の認識とそのニーズを分析し、CM方式の導入の可能性を探ることに目的がある。

2.米国におけるCM方式

 総合的なコーディネーションの管理技術の必要性、不景気下での建設業者のリスクの回避、強いユニオンと専門工事業者の間でのマネジメントの必要性、分離発注下での繁雑な発注・管理業務に応じるCM的業務への要望、訴訟問題を回避する手法の必要性、工期短縮への要望、インハウスエンジニア節減の必要性等の背景で米国で発生してきたCM方式は、米国の建設市場の約50%の建設プロジェクトに関与していることが報告されている。CM方式の定義は、関連機関により、異なるが、本論文では建設プロセスの企画から維持保全までコンサルタントとしての第3者が発注者側に立ってマネジメント業務を遂行することとした。CM方式の基本形としては、第3者が設計者と対等の立場としてコンサルティングのみをするPure CM、最高限度額保証付きのCM at Risk、第3者が設計者と施工者を自分の指揮下にし、プロジェクト全般を総括するProject Management型で分類した。

3.日本と韓国における建設生産システム

 公共発注者の問題としては、需要パタンの多様化、コストの透明性、プロジェクトの公開性、参加主体選抜の公正性、地方自治体のインハウスエンジニアの建設遂行力の問題、市場開放化による外国企業への門戸開放などがあり、特に韓国では、最近の建設事故による品質確保の問題がある。民間発注者の問題には、不景気下でのコスト削減と発注者側の専門家としての主体の必要性等が挙げられる。受注者側の立場には、事業の多角化・高付加価値化等の狙いと共に、一般競争導入による競争の激しさ、クレームの対策、コスト削減、一括請負方式の公明性、コミュニケーション、総合的工事遂行能力、国際建設市場への進出のための経験、等の問題がある。特に、日本は、各専門工事業者の自主管理能力の向上によって、発注者との直接契約を求める傾向があり、韓国には、品質管理の問題、統一時代を迎え、北朝鮮への進出の準備の問題が挙げられる。

 CM方式導入をめぐる障害と導入時の問題点を言及すると、発注者には、CM方式に対する認識不足(ソフトは無償)、発注者の業務と責任の増加、クレーム増加、CMrの倫理性の問題等があり、工事業者にとっては、コスト削減に対するインセンティブの低さ、協力業者の育成と系列化のメリットの減少、外国企業の市場蚕食への懸念等が挙げられる。

 本論文では、伝統的な設計・施工分離方式、設計・施工一括方式、CM方式(Pure CM,CM at Risk,Project Management型)、Design-Build,Design-Management,Bridging(設計施工分離+Design-Build)方式に分類し、各主体間の関係とその意味、各主体の業務内容と責任、各主体別報酬の決定方法、各主体別メリットとデメリット、建設産業の各種問題解決の可能性、各工種別立場の変化可能性の項目に対して分析を行った。しかし、紙面の限りのため、ここではCM方式の典型的な方式であるPure CMのみを言及せざるを得ない。

Pure CM方式1.各主体間の関係とその意味2.各主体業務内容と責任3.各主体別報酬の決定方法4.各主体別メリット・デメリット5.建設産業の各種問題解決可能性
4.ヒアリングとアンケート調査

 実際のヒアリングとアンケート調査を通して、CM方式に対する認識とニーズに関して分析を行った。ヒアリング調査によると、CM方式が論議されている理由は、発注者のコスト削減の要望、発注者の建設業界に対する不信、建設市場開放に伴う海外企業の参入への対応策がある。CM会社の選定方法については、入札等の価格依存型よりも、技術力や信頼に基づく調達方式が望ましいと答えられた。一定規模以上の公共工事では、設備や鉄骨等の工事は分割しているが、それぞれが品質責任・施工責任を負える水準に達しているとは言えない。CMrだけのコントロールでは、満足のいく結果を得られるかという疑問がある。将来的にはインハウスエンジニアの補完と人材派遣的な業務のような形態をとることができ、また、より高度なマネジメント教育をうけた人材の育成が重要なことであるという答えが得られた。

 アンケート調査を通して、全般的にCM方式に対するニーズが、日本と韓国で同じようにあることが明らかになった。しかし、会社の規模と内容によって違う結果が出されたことも少なからずある。一例として、韓国の公共発注者の中で、建築技術者を1929,1300名をもっている二つの会社は現在も将来も全体の業務を発注者自体や自社の別部門でしようとすることがわかるようになったが、建築技術者を10,20名を含む会社は将来的にCM方式を選択する比重が高い。

 CM方式の経験の可否については、日本では、公共発注者は0%(韓国0%),民間発注者は10.5%(韓国26.7%),設計事務所は37.5%(韓国50%),建設会社は28.6%(韓国38.1%)が経験があると答えた。しかし、韓国では、国家次元のレベルで原子力発電所、新空港事業、高速鉄道事業で既にCM方式を導入したことがある。CM方式の将来の選択形態については次のような結果が得られた。

CM方式の選択形態
5.欧米におけるCM教育システム

 米国の8つ、英国の2つの建設マネジメント関連大学を対象とし、各学科の設立時期と趣旨、対象大学の講義を講義名と内容別に分類してみた。各大学によって、ある程度の差はあるが、根本的に実際的に建設マネジメント関連業務に使えるような講義が多いことがわかる。今、日本と韓国であまり成熟されてない建設マネジメント関連の教育体系が、これからは欧米の教育システムを参考しながら、将来のもっと効率的なマネジメント人材を育てるための教育システムとして模索されるべきところではないかと考えられる。ただ、各学校の講義を必修と選択科目で分けることができたら、各学校の狙っている目標やどのような形の専門家を育てるためのシステムか、このような事項に対する把握ができるが、この研究では資料が足りないため、残念ながらそこまではできなかった。

6結論

 以上の状況を全て検討すると、導入に対する様々な障害点もあるが、専門工事業者の能力が更に向上した上で、遠くない将来にCM方式は一つの発注方式として日本と韓国で定着することになると考えられる。

審査要旨

 本研究は、今日欧米で用いられるようになった新たな建設プロジェクトの発注方式を主たる対象として、日韓両国における既存の発注方式との比較及び両国での新たな発注方式導入の可能性の検討を行うことで、最終的には日韓両国の建設プロジェクトにおいてそうした新たな発注方式を導入することの得失と導入する上で必要な条件を明らかにすることを目的にしたもので、6章から構成される。

 第1章では、研究の背景、目的、範囲、そして方法について論じている。

 第2章では、新たな発注方式の中心的な存在であるCM方式について、広範な文献調査により、それがアメリカにおいて発生し、今日アメリカの建設市場の約50%の建設プロジェクトに関与するに至った経緯を明らかにした上で、その経緯の中で多様な変形が生じていることを指摘している。具体的には、多様な変形を持つCM方式の定義が関連機関により異なることを示し、その相互の違いを明解に整理した上で、本研究におけるCM方式の包括的な定義を、「建設プロセスの企画から維持保全までをコンサルタントとしての第3者が発注者側に立ってマネジメント業務を遂行すること」とし、多様な変形を理解する基本形として、Pure CM型、CM at Risk型、Project Management型の3分類を採用することの妥当性を明示している。

 第3章では、先ず本研究の対象地域である日本と韓国について、既存の発注方式が成立してきた過程と今日現れてきているその限界を、文献調査及び法制度関連資料調査等により明らかにし、新しい発注方式を導入する上での環境条件として位置付けている。具体的には、発注方式を根拠づけるものとしての入札制度に着目し、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスとの比較によって、日韓両国の特殊性を明確化した上で、今日現れてきている既存発注方式の限界を、「発注者側の問題」と「受注者側の問題」とに分けて明解に整理している。次に諸外国の発注方式に関する文献調査を通じて明らかになった多様な発注方式の特徴の整理を行い、これらが伝統的な設計・施工分離方式、設計・施工一括方式、CM方式、Design-Build方式、Design-Management方式、Bridging方式に分類できることを指摘している。その上で、このそれぞれの発注方式における各主体間の関係、各主体の業務内容と責任範囲、各主体別の得失等を比較分析し、各発注方式を相互に位置付けている。

 第4章では、日韓両国の発注者、設計者、建設会社を対象とした調査とその分析を通して、CM方式に対する認識と将来の導入についての意識を明らかにしている。具体的には、既にCM方式の経験を有する、或いはCM方式の導入を検討している日本の発注者、設計者、建設会社を対象としたヒアリング調査によって、日本においてCM方式を導入する上での障害として、全ての専門工事業種に分離発注を行うことが困難であること、CM業務を担う人材を育成する教育機関が存在していないこと等を指摘している。次いで日韓両国の発注者設計者、建設会社計730社を対象としたアンケート調査によって、いずれの主体においてCM方式の利点についての正しい認識の上にその将来の導入の必要性を認めている企業が少なくないこと、しかし一方でCMrの機能として想定した関連35機能毎に見れば一定の明な傾向は見られず、CMrに期待される機能にはかなりの幅があること等を明らかにしてい

 第5章では、前章の中でCM方式導入上の障害として指摘された人材教育について、既に独立性の高い高等教育を行っているアメリカ、イギリスの10大学の建設マネジメント関連学科のカリキュラム分析を行い、CMrが持つべき知識に関する先進二国の考え方を明確把握している。具体的には、これらの大学における教育内容はマネジメント系、エンジニアリング系、コンピュータ系の3つに大別して捉えることができることを指摘し、また4章でも用いたCMr関連35機能との関係を詳細に分析することで、各大学がCMrとして知識修得の必要性を認めている機能の共通点と相違点を明解に整理している。

 最終章では、研究全体の成果を統括し、結論としている。

 以上、本論文では、今日欧米で用いられるようになった新たな建設プロジェクトの発注方式について、その成立過程を明らかにした上で、多様な変形の分類法を提示するとともに、それらの日韓両国での導入の得失と必要性、更には導入する上で必要な条件を、広範な実態調査によって明らかにし、多くの新たな知見を示している。この成果は、日韓両国における今後の建設プロジェクト・マネジメントに関わる政策の展開や高等教育の実施に直接的で有効な示唆を与えるものとして評価でき、建築学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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