学位論文要旨



No 112541
著者(漢字) 鄭,永培
著者(英字)
著者(カナ) チョン,ヨンベ
標題(和) 風観測および実験による風速のモデルに基づく設計用風荷重評価
標題(洋)
報告番号 112541
報告番号 甲12541
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3819号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 加藤,信介
内容要旨

 近年,社会における経済成長は,都市への人口集中の現象を生み,都市中心部の市街地の拡大と高密度化をもたらしている.この都市中心部の市街地の拡大と高密度化とに伴って建築物・構造物の高層化または,超高層化が進行している中で,高層ビルおよび超高層構造物の耐風設計が重要性を増している.風荷重評価にあたって,建築物の建設予定地周辺における風環境に及ぼす影響,市街地における平均風速の鉛直方向分布,台風時の強風による再現期間の評価などが一般に問題とされている.

 現在,高層ビルや超高層ビルにおける風荷重評価は,風向によらず均一の設計風速に対し各面に作用する圧力についての評価の形で行っている.例えば,建築構造物の耐風設計においてもっとも重要となる基準風速の高さ方向の分布形状についてみてみると,建築基準法施行令において設計用の速度圧の形で示されており,これは場所にも,風向にも依らない形式となっている.しかし,実際の風速分布は建設予定地での問題になる気候や周囲の状況に影響される.特に,地表面付近の風速分布に関しては地形の影響により風向が変化する.このような風における特性にもかかわらず,卓越風向を考慮した風荷重の評価はなされていないのが現状である.

 上記のように現在の風荷重評価は,風の風向性を考慮せずに行っているが,風の風向性があることを考えるとき,風向を考慮した風荷重評価を何らかの方法で評価すべきであり,本論文では風の風向性を考慮したときの風荷重の評価の新たな考え方の基本として,その手法の提案を目的とした.

 本論文の構成は,全6章よりなる.第1章序論,第2章上空の風観測,第3章地形模型の風洞実験,第4章風向ごとの確率モデル化,第5章としては風向を考慮した設計用風荷重の評価,そして第6章の結論で構成されている.風向の性質を考える際,上空風の構造と地形の影響が重要要因となる.第1章は序論として論文の趣旨と研究背景および目的について述べており,従来の研究としては本論文と関わる基礎的な過去の研究についで述べている.

 第2章では,上空の風の性質を把握するため,大気境界層における風の観測を複数のドップラーソーダによりメソスケールやマイクロスケールの大気の擾乱の観測を行って,地上500m程度までの境界層における風の三次元構造の解明を試みた.上空風観測は,耐風設計の観点から大都心の市街地における上空の風を,4地点に配置されたドップラーソーダを用いて,同時観測を実施し,その時空間分布などによる上空の特性を把握することを目的としたものである.この章において,上空の風観測結果により,その時空間分布の特性を平均風速と乱れの強さのコンターおよび鉛直方向分布の変化などの形で把握し,風荷重の設計用風速の評価の基本となる広域風観測に基づく風分布の検証を行った.これより,上空における時空間構造の把握ができ,風の風向ベクトルや風速のスカラコンター分布による風の流れの様子を知る有効な情報が得られた.さらに,設計への反映に関して考察する.

 第3章では,地形と風の性状の関係を地形模型を製作して風洞実験を行って評価することを試みた.実験は長崎海洋気象台を対象として,地形の影響による風速分布や風向性を把握することに着目した.地表面における風環境評価において山岳地帯が多い日本の場合,地表面粗度区分の鉛直方向分布や台風時の強風の解析的なモデルの評価に加えて,広域あるいは局地の影響の評価が重要である.この章では,特定地点の地形における風の特性を把握するにあたって,地形模型を用いて地形の風に与える影響の定量的な評価を試みた.他に長崎地区を対象とした地形模型の風洞実験の報告もなされており,ここでの基準風速の設定と模型表面の粗・滑面を対象とした場合について比較検討を行った.実験としては,長崎海洋気象台を中心とした地形模型を製作し,比較的複雑な地形を1/10000の縮尺率で実施した.地形による風の水平方向の収束が生じていることと,風向によっては最大約2割と周辺地形による縮流からの風速の増加が認められた.また,風洞内の特性が厳密には観測された自然風の特性と一致していないことなどの不確定要素が多いが,地形模型を用いた風洞実験により局所的な地形の風況および風速の予測の可能性が示された.地形による風速の変化は大であることのみならず,風向の変化の様子が明らかとなった.これらの結果に対しても,設計への反映に関する考察を加えた.

 第4章では,構造物に作用する自然風の風向特性は,構造物の建設される地点,または構造物周辺の地形による影響によって大きく支配されることから,建設予定地における風向ごとの特性を超過確率として把握し,風向区分ごとの確率モデル化を試みた.日本全国の30地点における強風により観測された年最大風速を統計データとして扱った.その際,年最大風速は各観測地点の観測条件により,局地的な地形などの異なる点からデータの均質化を行った.本論文では,年最大風速を1929年から1991年までの均質化した統計データを用いた.現行の風荷重の評価において,風方向の応答の予測に関する研究の集積により,すでに建築物の建設においての風荷重の条件として設計用風荷重の評価法は改良されて来ている.その成果のまとめとして,日本の場合は建築学会の建築物荷重指針によって最新の成果を反映した耐風設計時における風荷重の評価法が示されている.

 しかし,風向を考慮した耐風設計の考え方やその仕組みなどについての研究および評価は,まだ確立されておらず,風向を考慮した場合の設計例は殆どない.風向性をもつ風に対して風向を考慮してより合理的な設計を行うため,風向を考慮した設計用風速の設定の必要性は大きくなりつつある.そこで,本研究では比較的簡単な確率理論に基づいて風速のモデル化の手法を提案する.解析手法としては,風向ごとの特性を把握するに当たって,観測データを確率・統計的に処理し,気象庁における統計データとの比較を行なった.新潟のデータについては,新潟市周辺における新潟西港,新潟東港,岩船港,柏崎港の4地点において3年間の年最大風速を用いてモデル化を行った.極値分布の適用は,気象庁の年最大風速の統計データを非超過確率はGumbel分布に当てはめてモデル化した.気象庁の年最大風速の統計データと新潟市の各観測地点での3年間の風向ごとの年最大値を比較して検討した.

 第5章では,4章において述べた風向区分ごとの確率モデルに基づく風荷重評価を行った.風向を考えるとき,上空における風の流れは風向ベクトルそして,地形による風向の変化などを通して,自然風の風向の性質の把握ができ,それらは観測及び実験より明らかにされる.また風向を考慮した確率モデル化による特性から風向の考慮による風速評価の必要性が強調できる.これらを踏まえて,風の風向性の確率モデル化を,耐風設計上でどのように適用し,評価するのかについて評価法の一つを提案する.この章では,その風向の考慮を耐風設計において,第4章のGumbel分布に基づくGumbelパラメータを考慮し,傾きを,0.1,0.3,0.6,及び0.9の場合についてそれぞれモデル化しパラメトリックな検討を行った.卓越風向区分としては2つのTypeを想定した.また,荷重を考える際,最大値としては現行の設計における標準的な大きさとして,超過確率として考える場合,年超過確率1%程度の値であると考えられるので,設計用再現期間100年を基準とした.モデル化のための建物形状としては,正方形の場合と長方形の場合を対象とした.

 TypeIは,卓越風向が1つの風向区分が存在し,他の風向区分はほぼ同等な場合であり,TypeIIは,卓越風向が2つの風向区分が存在し,他の風向区分は卓越しない場合である.これは,ある建設予定地における建物に及ぼす風の風向性を考える時,卓越する風向区分は風向区分中の1つか2つを有する場合が多いからである.さらに,各Typeごとにおいて,卓越しない風向区分が1/400,1/1000,1/2000,及び1/3000の超過確率の場合についてそれぞれモデル化を行った.これらの風向区分の風速のモデル化に基づき,建設費用と設計用風速との関係から風向区分別に最適となる風速を繰り返し数値計算により算出した.その結果は次の通りである.

 外装材用の風荷重の評価の結果により,卓越風向区分を1つを有する場合のTypeIでは,最適となる風向区分の組み合せを与えるGumbel確率紙上の1次式は正方形の形状の場合のそれぞれのとき,ほぼopt=88°での組み合せ線の傾きを持つ1次式を有する場合に最適風速が得られた.しかし,長方形の場合は,opt=72°-90°までの傾きを持つ結果となっており,正方形の場合より長方形の場合が最適風速となるの範囲が広いという結果が得られた.

 また,構造骨組用の風荷重の評価の結果から,TypeI,TypeII共に,正方形建物モデルの場合はopt=86°で最適の値を得っており,長方形建物モデルの場合はopt=63-90°までの組み合せ線の傾きを持つ結果を示した.

 卓越風向区分を2つを有する時のTypeIIの場合の最適となる所は,TypeIの場合とほぼ同様な傾向の結果が得られているが,最適風速とコストとの関係としては,TypeIよりTypeIIの方が最適コストが大きくなっており,卓越しない風向区分の超過確率が1/400から1/3000の場合になるにつれて最適コストが小さくなる結果が得られた.また,これらのTypeIとTypeIIについての風速モデル化を,実際新潟港の4地点における風向を考慮した風速モデルに適用し,その妥当性を検討した.さらに風向区分を4方位および8方位に区分した場合の風速モデル化に基づく風荷重評価を行なった.

 第6章では,この論文の意義と各章ごとの成果を述べており,今後の展望について述べ,本論文のまとめとした.

 以上のように本研究では,上空の風観測を時空間的に実施し,その三次元的な上空の構造を時空間の平均風速コンター分布及び風向ベクトル分布や統計平均風向などの整理を行い,比較的複雑な地形を有する地点において地形模型による風洞実験を用いた風に与える地形の影響を風速分布や風向分布などによる実験的考察をした上で,風向ごとの風速の確率モデル化の検討に基づき,風荷重評価における風向を考慮する時の新たな風荷重評価の考えを提案し,その考察を行っている.

審査要旨

 超高層建築や大スパン構造の設計にあたっては、風荷重の適切な評価が重要であり、風荷重評価に関する構造工学的視点に立った研究は、近年、わが国でも、勢力的に行われ成果をあげている。しかしながら、そこで前提としている風速のモデルは、比較的簡略化された粗度区分分類に基づく平均風速の鉛直分布として、べき指数則をもとに設定されたものであり、必ずしも個別の構造物の周辺環境が適切に反映されているとは言えない場合も少なくない。局所的な地形の影響や高密度市街地における風速モデルを、個別の構造設計ごとに構築することは、必ずしも現実的とは言えないが、風観測や地形模型を用いた風洞実験などの成果を設計用風荷重評価に反映する手法を開発することは、耐風工学上、重要な課題である。

 本論文は、上記課題に対し、ドップラーソーダを用いた風観測、地形模型を用いた風洞実験、風向を考慮した年最大風速モデルの検討という複数の視点に立って、設計用風荷重評価に対する考察・提案を試みたもので、「風観測および実験による風速のモデルに基づく設計用風荷重評価」と題し全6章よりなる。

 第1章は、序論として研究の背景および目的について述べており、自然風観測、地形模型風洞実験に関する研究現状を風荷重評価の視点で、とりまとめている。

 第2章は、提出者が中心的役割を果たした共同研究による、4台のドップラーソーダによる市街地上空の強風観測の成果をもとに、強風の時空間分布特性を様々な視点から分析し、風荷重評価における風速分布モデルについて考察している。複数のドップラーソーダによるこの種の観測成果は、世界的にも先駆的なもので貴重な情報として、今後の活用が期待されると共に、市街地上空500mまでの観測のフィージビリティを明らかにしたことについても有意義な成果と考えられる。

 第3章は、局地地形の影響が顕著で、かつ、台風進路と強風モデルの関係が多く議論されている長崎市周辺を対象とした、比較的簡便な、縮尺1/10000の風洞実験の実施により、地形の影響の定量的評価を通して地形模型を用いた風洞実験の意義を考察している。模型表面粗さ、採用風速をそれぞれ2種類設定し、相似則を考察した上で、結果に対する影響を論じている。長崎海洋気象台地点において、風向により、最大2割程度の風速の増加の生ずることを確認し、設計風速評価において台風シミュレーションなどを採用する場合も含めて、耐風設計に反映する考え方について述べている。

 第4章は、年最大風速の確率モデルに関し、異なる種類のデータの有効な活用について検討している。長期間のデータとしては、気象官署の年最大風速を用いることになるが、そのときは、データの性質上風向ごとの年最大風速モデルを構築することができないため、AMeDasあるいは、個々に短期間観測されたデータを、累積頻度分布図、風配図、同時確率密度モデルなどにより風向特性の評価法を考察し、新潟港湾の場合について4風向区分確率モデルの提案を行っている。

 第5章は、前章の成果をもとに、風向区分ごとの確率モデルに基づく設計風速の決定法に関する手法を提案し、解析例を通して、その意義を述べている。風向ごとの風速の特性を耐風設計に反映することは、一般に実用化されておらず、また、風向ごとの設計用再現期間の考え方についても、議論がほとんどなされていない状況に対し、全風向に対する超過確率を与条件として、最小コストとなる風向ごとの風速を求める解析手法を提案し、単純化した正方形および長方形平面を有する建築構造物に対して、外装材および構造骨組用の設計風速の最適値を、パラメトリック・スタディを通して、および新潟港地区に対し求めている。

 第6章では、各章ごとの成果の総括を行い、今後の展望について述べ本論文のまとめとしている。

 以上を要約するに、本論文は、強風の評価の基本である実測として、ドップラーソーダを活用した成果、地形の影響評価の実用的手法としての風洞実験結果の考察に基づき、風向に主眼を置いた風速の確率モデルを検討、それらを設計用風荷重評価に反映する考え方についていくつかの提案を行っている。風観測および実験を風荷重評価に反映するための風工学上の課題は、極めて多岐にわたるもので、本論文の成果は、総合的枠組として完備したものには到っていないが、貴重な成果の取りまとめと設計風速決定に関する風向を考慮した新しい手法の提案は、耐風工学の研究に寄与するところ大であると判断される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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