本論文は、住宅及び宅地選択行動を通じて人が住環境をどう評価しているかをとらえる手法の開発を目的としたものである。住宅や宅地の選択行動には住環境に対する考え方が表出しているという考えから、この居住地選択行動に焦点があてられている。本論文では以下の3つの視点から分析手法が開発されている。 (1)住宅選択行動の構造をデータから推定する柔軟な分析手法 (2)住宅選択要因の重みの範囲を推定する数理的な手法 (3)主観的確率という心理学的な概念を導入した分析手法 論文の構成は、第1章で既存の研究における本論文の位置づけ及びその目的が述べられ、第2、3、4章では上記の(1)から(3)についての各内容が記され、第5章でまとめが行われている。各章の内容を以下に記す。 第1章では、住環境評価および居住地選択に関する既存の研究を概観、分類し、その中における本論文の位置づけが示されている。また住宅選択に関する国内の研究例が海外にくらべて少ない点をふまえ、上記(1)から(3)の分析手法の独自性および本論文の目的と意義が述べられている。 第2章では、住宅選択行動における応募者特性と住宅特性の関係を、ニューラルネットワークモデル(以下、NNモデル)を使用して解析する手法が開発されている。NNモデルの都市計画分野への適用例はまだ少ない中で、住宅選択に適用した先進的な例であるといえよう。 応募者属性値(世帯人数、世帯年収など7因子)を入力して、応募の際の選択住宅グループ(価格帯と住宅規模により分類した5グループ)を出力するNNモデルが構築されている。実際に行われた入居者募集時の応募者アンケートから、応募者の属性値およびその応募者がどの住宅を選択したかのデータを用意し、構築したNNモデルに入力して、NNモデルがデータに最もあうような構造になるまで学習を行っている。つぎに学習用以外のデータを入力した結果により統計的検証を行い、学習の効果があることを示している。NNモデルの内部構造を解析するために、入力値(応募者属性)と出力値(住宅の規模価格)の間の関係を表す「因果性尺度」という指標が導入され、その値により住宅選択の際の要因の重みづけ、すなわち、応募者属性の各要因と住宅の規模・価格との間の関係が論じられている。 第3章では、住宅選択の要因の重みを推定する数理的手法が開発されている。ここでは、住宅選択者が客観的に示した極めて弱い順序関係から、選択要因の重みを推定する方法を考案している。 住宅選択要因の重みを推定する問題を、「最大効用選択原理」のもとで「線形効用関数仮定」が成り立つときの効用関数の中の重みベクトルの推定問題として定式化した後、仮定した効用関数に関する合理性の判定方法が述べられている。次に推定問題の解法について、視覚的に理解しやすい選択要因数が3の場合から一般の要因数mの場合へと拡張している。推定問題の幾何学的意味を考慮することにより数理的な解法が提示され、要因重みのとりうる値の範囲がm次元空間内の多角錐の内部領域として表され、それが実用的な所要時間内で計算可能であることが示されている。最後に実際の住宅選択アンケートで得られたデータにより実証的検討が行われている。 第4章では、供給される宅地数が需要数よりも下回る市場での住宅選択行動について論られている。このような状況下では抽選によって購入者が決定されるという確率的な要素が加味されている。応募者は当選確率を考慮して効用の期待値を最大化するような宅地選択行動をとるという考えから、応募者の感じている「当たりやすさ」と実際の当選確率との関係を明示的に含む分析手法が開発されている。すなわち、応募者の感じる「当たりやすさ」が主観的当選確率として定義され、4種類の関数形を仮定して、それを組み込んだ宅地選択行動モデルが構築されている。 構築されたモデルを元に、実際の新規宅地入居者募集の事例を用いて実証分析が行われている。その結果、応募者の主観的当選確率は実際の当選確率の対数項を含む関数形で表され(「対数モデル」)、当選確率がほとんど0に等しい場合を除いて、実際の当選確率よりかなり楽観的に「当たるであろう」と考えて宅地を選択し応募していることが述べられている。また、ここで得られた主観的当選確率の関数形について、ロジットモデルによる分析は、応募者の主観的な当選確率が対数モデルに従うとする分析方法として解釈できるという点が指摘されている。 第5章では、第2章から第4章で提案した手法および実証例から得られた知見がまとめられ、本研究の意義が示されている。また、残された課題を整理することにより今後の当分野における研究の展望について論じられている。 以上のごとく、本論文は住宅計画学に新たな手法を導入して大きな貢献をした論文であり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |