学位論文要旨



No 112545
著者(漢字) 尾崎,則篤
著者(英字)
著者(カナ) オザキ,ノリアツ
標題(和) 分離膜を用いた活性汚泥懸濁液のろ過における膜表面への汚泥堆積過程に影響を与える因子に関する研究
標題(洋)
報告番号 112545
報告番号 甲12545
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3823号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 中尾,真一
内容要旨

 膜分離技術を用いた下廃水処理法は様々な方向から導入が検討され、開発、適用が進められている。日本におけるビル中水、屎尿処理への膜分離技術の適用はその成果といえる。

 その中で、活性汚泥法と分離膜による固液分離を組み合わせた膜分離活性汚泥法は現在開発、応用が進みつつある分野である。膜分離活性汚泥法は汚泥の沈降性によらない安定した処理水質が得られ、基本的には汚泥引き抜きを必要としない維持管理が容易な方法となりうる。一方、本法が広く適用されるには膜分離にかかるコストを低減することが重要であり、そのために透水能のすぐれた膜素材の開発、そして、よりコンパクト化された、処理効率のよい膜モジュールの開発が必要になってくる。

 膜モジュールのコンパクト化に関しては様々なモジュールが考案されている。例えば中空糸膜は膜の充填密度を高くすることが容易であり、容積当たりの処理効率を大きくすることが可能である。しかし中空糸膜の外圧型ろ過では膜糸の充填密度を高くすることによって膜表面に汚泥の堆積が起きるという問題が生じる。汚泥の堆積は透過水量の極端な低下を引き起こし膜糸の充填密度を上げることによる効果を相殺する。ろ過の効率を上げるには適切な運転工程を見いだすこと、そして出来るだけ汚泥の堆積を避けつつ膜糸の充填密度を上げるような設計をせねばならない。

 モジュールの設計はバルク側の水理学的な状況を決定し、その水理学的状況が膜表面への汚泥堆積過程を決める。適切なモジュール設計を行うにはどのようなモジュール形態がどのような水理学的状況を生じさせ、そしてその水理学的状況が汚泥堆積過程とどのような関わりを持っているかを詳細に知る必要がある。

 そこで本研究においてはモジュールの設計とバルク側の水理学的状況との関わり、そして汚泥堆積過程との関連を広く且つ詳細に知ることを目的として中空糸膜及び平膜を用いて活性汚泥懸濁液のろ過を行い水理学的状況と汚泥堆積過程との関連について解析をおこなった。現在様々な形態を持った膜モジュールが高濃度懸濁液に適用されているが、基本的には本研究で用いた中空糸膜または平膜と類似した水理学的な状況を持っていると考えられ、本研究で得られる水理学的な因子に関する統合的な解析は様々なモジュールにおけるモジュール設計の考え方に対する基礎的な知見になりうるものと考えられる。

 まず、平膜を用いたろ過においては、2枚の支持板とそれに挟まれる形で配置された1枚の平膜をによって構成された平膜モジュールを用い、曝気流中でのろ過及び懸濁液クロスフロー流中でのろ過における汚泥堆積過程に関する解析をおこなった。懸濁液クロスフロー流中でのろ過とは、曝気によらず懸濁液のみでクロスフロー流を与えろ過をおこなうろ過形式のことを意味する。

 次に、中空糸膜を用いた外圧式のクロスフローろ過においては、正三角形状に配置された3本の中空糸膜モジュールが外圧型中空糸膜モジュールを構成する基本単位になるとし、3本の膜糸を持つ中空糸膜を用いた解析をおこなった。3本の膜モジュールは膜糸に囲まれた領域が存在しうる最小の本数であり、その解析は一般の、多くの膜糸を含む中空糸膜モジュールの堆積機構の解明の基礎となりうるものである。

 そして解析によって以下の知見を得ることができた。

 まず、汚泥堆積過程を記述する因子として、平衡汚泥堆積量、汚泥堆積速度、汚泥堆積開始時間という因子を見出した。

 平膜を用いたろ過においては平衡汚泥堆積量は、せん断力と逆比例するという関係を得た。そして曝気流中のろ過及び懸濁液クロスフロー流中のろ過において、ろ過形態によらない統一的な関係を見出すことができた(図-1)。

 中空糸膜の場合は、ある程度以上のクロスフロー流速になると汚泥の堆積を生じなくなる。また、汚泥の堆積が生じている膜は、各クロスフロー流速下での堆積量の上限値を持つことが分かった(図-2)。

 堆積が生じている状態では、堆積による流路の収縮によって局所的にクロスフロー流速が上昇しており、そのクロスフロー流速は汚泥堆積を生じなくなるクロスフロー流速と常に等しかった。これはクロスフロー流速の上昇による堆積層表面のせん断力の上昇によって汚泥堆積が制限されたためであるということを意味していると考えられる。

 汚泥堆積速度はいずれの場合も平衡汚泥堆積量と同様の傾向が見られた。

 汚泥堆積開始時間は平膜を用いた曝気流中のろ過及び中空糸膜を用いたろ過において見出された。いずれの場合もせん断力だけではなく、膜間距離に依存するという傾向が見出された。平膜の場合は膜間距離が狭くなるほど汚泥堆積開始時間が短くなるという傾向を得た。また中空糸膜の場合は汚泥堆積開始時間が短い膜間距離の範囲が存在し、ある膜間距離で極小に至るという傾向を得た。

図-1 せん断力の逆数と平衡汚泥堆積量

 平膜においては、せん断力が変わらないにも関わらず膜間距離が短くなるのは、汚泥フロックの乱れによる膜間距離の移動度に対して膜間距離が相対的に短くなるためではないかと考え、以下のような定式化による整理をし、膜間距離によらない一定の関係を得ることができた。

 

 ここにTA:汚泥堆積開始時間[s]、:膜面せん断力[Pa]、fpm:フロックの付着力[Pa]、D:膜間距離[m]、u’:懸濁液液相の流れの乱れ強度[m/s]、ks,n:定数[-]である。

 平膜の場合のとTA/(D/u’)との関係を例を図-3に示す。

 中空糸の場合も式(1)の考え方を適用することがある程度可能であることを論文中で示唆した。しかし、中空糸の場合、膜間距離を、その考え方によって様々に取ることが可能であり、その意味で式(1)のDに相当する部分がやや明確でない。

 そこで式(1)のD/u’の部分について解釈してみると、この値が小さくなるということは、フロックの移動に対して膜間領域が小さくなりフロックの膜面への接触頻度が上がるということを意味していると考えられる。そこで、中空糸膜を用いたクロスフローろ過の場合、気泡流の場合と比較して単純な流れの構造を持つ流れであり、問題とするべきフロックの挙動を直接シミュレーションすることにより汚泥の挙動と汚泥堆積過程との関係を考察し、式(1)のD/u’に相当する構造を見出すことが可能ではないかと考えられる。

図-2 各クロスフロー流速下における膜間距離と平衡汚泥堆積量図-3 TA/(D/u’)と(MLSS2〜3kg・m-3)

 そこでクロスフロー流中でのフロックの挙動をシミュレーションによって定め、それに基づき複数回膜面に衝突する粒子の個数と汚泥堆積開始時間が以下のような関係を持っているのではないかと考えた。

 V=Nv(AC-K)TA(2)

 ここにC:衝突頻度、A:付着係数、K:剥離頻度、N:流路を単位時間に通過する総粒子数、v:粒子一個当たりの体積、V:膜面を覆うときの汚泥堆積層体積である。ただし衝突頻度とは、膜糸に流路を単位時間に通過する総粒子数に対する、単位時間に膜糸にn回以上衝突する粒子数の比である。汚泥堆積が開始されるきっかけとなるのは汚泥粒子がちょうど膜面を単層相当覆ったときとしてVを計算した。最も実験値との適合性のよかったn=3の場合の結果例を図-4に示した。

 式(1)も式(2)も粒子の運動に対して相対的に膜間距離が狭くなれば汚泥堆積開始時間が短くなるという点は同一であり、この複数回衝突する粒子が汚泥堆積開始時間に影響を与えるという考え方が、(1)式に対して、フロック粒子の具体的な運動論的な解釈を与えているものであると考えられる。

図-4 汚泥堆積開始時間の実験値とシミュレーションの比較(n=3の場合)
審査要旨

 膜分離技術を用いた下廃水処理法は様々な方向から導入が検討され、開発、適用が進められている。日本におけるビル雑用水再生利用設備、屎尿処理への膜分離技術の適用はその成果といえる。その中で、活性汚泥法と分離膜による固液分離を組み合わせた膜分離活性汚泥法は現在開発、応用が進みつつある分野である。膜分離活性汚泥法は汚泥の沈降性によらず安定した処理水質が得られ、基本的には汚泥引き抜きを必要としない維持管理が容易な方法となりうる。一方、本法が広く適用されるには膜分離にかかるコストを低減することが重要であり、そのために透水能のすぐれた膜素材の開発とともに、よりコンパクトな膜モジュールの設計が必要とされる。しかし、現実には膜モジュールのコンパクト化に際し、膜表面への汚泥の堆積が大きな障害となる。

 本論文は、「分離膜を用いた活性汚泥懸濁液のろ過における膜表面への汚泥堆積過程に影響を与える因子に関する研究」と題し、汚泥堆積過程に関わる水理学的因子を抽出し、詳細に分析したものであり、適切なモジュール設計のための基礎的知見を与えるものである。本論文は、6章よりなっている。

 第1章は序論で、研究の背景と目的、及び本論文の構成等を述べている。

 第2章は、既往の研究をまとめたものである。

 第3章は「平膜を用いたろ過における汚泥の堆積過程」である。2枚の支持板とそれに挟まれる形で配置された1枚の平膜をによって構成された平膜モジュールを用い、曝気流中でのろ過及び懸濁液クロスフロー流中でのろ過における汚泥堆積過程に関する解析をおこなっている。まず、汚泥堆積過程を記述する因子として、平衡汚泥堆積量、汚泥堆積速度、汚泥堆積開始時間という因子を見出し、平衡汚泥堆積量は、せん断力と逆比例するという関係を得た。実験により得た関係式は、曝気流中のろ過及び懸濁液クロスフロー流中のろ過において同様であり、ろ過形態によらない統一的な関係を見出すことができた。汚泥堆積開始時間は、曝気流中のろ過において、せん断力だけではなく膜間距離に依存するという傾向が見出された。また、膜間距離が狭くなるほど汚泥堆積開始時間が短くなるという傾向を得た。平膜においては、せん断力が変わらないにも関わらず汚泥堆積開始時間がが短くなるのは、汚泥フロックの乱れによる膜間距離の移動度に対して膜間距離が相対的に短くなるためとした定式化をおこない、実験結果をよく説明することが出来た。

 第4章は「中空糸膜を用いた懸濁液クロスフロー流虫のろ過における汚泥の堆積過程」である。正三角形状に配置された3本の中空糸膜モジュールが外圧型中空糸膜モジュールを構成する基本単位になるとし、3本の膜糸を持つ中空糸膜を用いた解析をおこなった。3本の膜モジュールは膜糸に囲まれた領域が存在しうる最小の本数であり、その解析は一般の、多くの膜糸を含む中空糸膜モジュールの堆積機構の解明の基礎となりうるものである。中空糸膜の場合は、ある程度以上のクロスフロー流速になると汚泥の堆積を生じなくなり、また汚泥の堆積が生じている膜は、各クロスフロー流速下での堆積量の上限値を持つことが分かった。堆積が生じている状態では、堆積による流路の収縮によって局所的にクロスフロー流速が上昇しており、そのクロスフロー流速は汚泥堆積を生じなくなるクロスフロー流速と常に等しかった。これはクロスフロー流速の上昇による堆積層表面のせん断力の上昇によって汚泥堆積が制限されたためであるということを意味していると考えられた。汚泥堆積速度は平衡汚泥堆積量と同様の傾向が見られた。汚泥堆積開始時間は、中空糸膜を用いた場合もせん断力だけではなく、膜間距離に依存するという傾向が見出された。中空糸膜を用いたクロスフローろ過の場合、気泡流の場合と比較して単純な流れの構造を持つ流れであり、問題とするべきフロックの挙動を直接シミュレーションすることにより汚泥の挙動と汚泥堆積過程との関係を考察し、汚泥堆積開始時間を説明するモデルを提案した。

 第5章は「結論」、第6章は「今後の展望」である。

 以上要するに、本論文は、膜分離活性汚泥法における、膜面への汚泥堆積過程に関わる水理学的因子を抽出し、貴重なデータと解析手法を提示したものである。このことにより膜分離活性汚泥法用のモジュールの設計法を確立し、実際の廃水処理への適用が飛躍的に進展することが期待でき、都市環境工学の発展に貢献する成果である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54573