学位論文要旨



No 112547
著者(漢字) 中島,典之
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,フミユキ
標題(和) 紅色非硫黄細菌を用いた廃水からの有価物生産過程における二酸化炭素摂取量と菌体成分変動に与える諸因子の影響
標題(洋)
報告番号 112547
報告番号 甲12547
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3825号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 長棟,輝行
内容要旨

 近年、地球温暖化が危惧されている。この現象に関しては現在も未知の点が多く、決定的な解決策も見い出せていないが、不可逆的で大きな影響を与える恐れがあることを考えると、あらゆる分野での温暖化ガス排出抑制、また、あらゆる分野に関わる要素技術の温暖化ガス排出抑制化ということが重要だと考えられる。一方、無用のものから有価物を生産(または回収)するということは、資源の枯渇という問題点から望ましい対策のひとつであろう。

 従来の排水処理は排水中の有機物を出来るだけ多くガスとして放出するシステムであったと考えられるが、それとは逆に出来るだけガス化せずに有価物として回収・利用するというシステムは十分に検討されずにきた。そこで、本論文においては、温暖化ガス排出抑制型でかつ有価物を回収できるようなシステムとして紅色非硫黄細菌を用いた排水処理法を取り上げた。紅色非硫黄細菌を用いた排水処理に関しては1960年代から研究されているが、実際に適用する場合には好気条件で処理を行っている事例が多く、光照射を行っていても、光合成従属栄養的増殖ではなく化学合成従属栄養的増殖をしていると考えられる。化学合成従属栄養的増殖においてはエネルギー獲得のために有機物を利用してしまうため、回収できる菌体量が少なくなり同時により多くの二酸化炭素を発生させることになる。本論文においては、できるだけガス化しないという考え方から光合成従属栄養的増殖、すなわち嫌気・光照射下での処理を想定している。また、有価物として紅色非硫黄細菌の菌体蛋白とPHA(polyhydroxyalkanoate;生分解性プラスティックの原料)を対象とした。これらの菌体の質の制御に関して、特にPHAの蓄積に関しては近年研究が進められてきているが未だ制御方法が確立されておらず、また多くの研究が窒素制限などの増殖抑制下でのものであり、蓄積したPHAの消費まで含めて考察したものは少ない。また、菌体の質・量と二酸化炭素の発生・摂取は密接な関係があるが、いままで十分に議論されていない。

 そこで、本論文においては、回収菌体(有価物)の量・質の制御・予測と、紅色非硫黄細菌の増殖に伴う二酸化炭素の放出・取込の定量的検討を行った。さらに、有価物生産、温暖化ガス排出抑制という観点から、紅色非硫黄細菌槽の最適運転条件、最適な前処理の制御などを提示した。

 本論文によって明らかにされたことをまとめると以下のようになる。

 炭素数2〜9の直鎖飽和脂肪酸およびグルコースを基質とした際の、紅色非硫黄細菌Rhodobacter sphaeroidesの増殖における基質の菌体変換率および無機化率(CO2の発生量・固定量)を定量した。酢酸を基質とした際は無機化率0.09(mgC-CO2/mgC-substrate)であり基質の一部が二酸化炭素となって放出された。一方、炭素数4(酪酸)以上の直鎖飽和脂肪酸では無機化率が負となり基質の同化とともに二酸化炭素を摂取することが定量的に示された。この実験結果に対し、基質の代謝経路から、また基質及び菌体の還元度という概念からの説明を加えた。この考察から、菌体の還元度は4.55となり、菌体よりも還元度が高い有機物を基質とした場合には、より還元度の低い物質である二酸化炭素を同時に摂取し、無機化率が負になることが示された。すなわち、菌体よりも還元度が高い廃水を処理する際には、二酸化炭素を同時に摂取すると言える。

 PHB(poly-3hydroxybutyrate)蓄積および消費に関与する還元力が何から供給され何が受容するのかを考察し、実験結果と比較した。このことから、紅色非硫黄細菌におけるPHB蓄積の意義はエネルギー源のストックではなく、還元力の一時的なプールであるという考え方を提示した。また、実験で得られた二酸化炭素の摂取量に関しても、二酸化炭素固定系を還元力の受容経路として考えることにより説明が出来た。

 3種類の光照射条件(Runl;明12時間→暗12時間、Run2;暗12時間→明12時間、Run3;明24時間)における増殖と菌体成分の変動について実験、考察した。菌体成分については、どの光照射条件においても1日の間における顕著な時間変動は認められなかった。また、12時間の暗条件下での酢酸の摂取、菌体内PHBの消費、菌体濃度の減少等も今回の実験では認められなかった。これらの結果から、見かけ上、暗条件下では休眠状態にあると言える。すなわちRb.sphaeroidesによる有価物生産システムにおいて太陽光などの不連続光を用いる際には、細菌の質には影響がないと予想されるが、連続光よりも増殖可能な時間が短くなるため、その照射時間に応じて十分な滞留時間を確保する必要があると考えられる。

 光照射下で通気量を変化させて紅色非硫黄細菌を培養した際の菌体成分(PHB含有率)について調べた。生成菌体量という点では、窒素曝気をした系がもっとも高く、空気曝気量を増加させると減少していった。同じような傾向がPHB含有率に関しても示された。すなわち、有価物生産という点でも二酸化炭素排出抑制という点でも、できるだけ酸素の少ない条件での運転が望ましいということになる。

 炭素源の減少とPHBの蓄積・消費をバッチ実験により定量した。比基質消費速度という点では酢酸が最も消費速度が速く、炭素鎖が短いほど早く消費されることが示された。また、PHBの蓄積は、基質の消費(菌体の増殖)とともに進行し、基質がなくなるとPHBが消費されることが示された。PHB含有率は増殖中はほぼ一定であり、基質がなくなると減少していくことが分かった。基質が存在する間のPHB含有率は、酢酸を基質としたときが0.4〜0.5、プロピオン酸では0〜0.1、酪酸では0.1〜0.2、これらを混合して用いたときは0.2であった。照度を低くすることによるPHB蓄積の(相対的な)促進は認められなかった。また、アンモニア態窒素だけでなく、N2をも除外した系での実験により、PHB含有率0.9が得られた。これは紅色非硫黄細菌PHB蓄積率に関して筆者の調べた範囲ではどの文献値よりも高いものである。

 これらの結果を元に、基質(酢酸、プロピオン酸、酪酸)からのPHBおよび必須菌体成分の合成、PHBの消費と基質濃度との関係などを明らかにし、モデルを構築した。これにより、これら三種の炭素源からの嫌気・光照射下でのPHBの合成・消費を表すことができた。

 このモデルをもとにいくつかの条件を想定して計算を行い、廃水再資源化の最適条件を考察した。その結果、プロピオン酸が主となるような前処理を行い、光合成細菌槽の滞留時間を長く、深さを浅く、照度を高くすることにより、菌体蛋白生産速度や基質の菌体蛋白転換率が高くなることが分かった。このとき、溶存有機物の除去率も同時に高くなる傾向が認められ、廃水処理と菌体蛋白生産が両立しやすいと考えられた。一方、酢酸が主となるような前処理を行い、光合成細菌槽の滞留時間、深さ、照度を最適化(例えば、酢酸400mgC/lの流入廃水に対し、滞留時間24時間、深さ3cm、表面照度8000lxでPHB生産速度が1.44mgC/l/hour)することにより、PHB生産速度、基質のPHB転換率、PHB含有率が高くなることが示された。しかし、このとき廃水中有機物の除去率が低下する(上記の例の場合では88%)ため、PHB生産と廃水処理との両立をはかるためには、何らかの条件の改善を行う必要があると考えられ、一例として二段式の処理を提案した。この方法では、第一段では滞留時間を短めに、第二段では十分な滞留時間を設定することにより、第一段後にPHB含有率の高い菌体が、第二段後には菌体蛋白の多い菌体が回収されると考えられる。

審査要旨

 地球温暖化現象に関しては現在も未知の点が多く、決定的な解決策も見い出せていないが、不可逆的で大きな影響を与える恐れがあることを考えると、あらゆる分野での温暖化ガス排出抑制、また、あらゆる分野に関わる要素技術の温暖化ガス排出抑制化ということが重要だと考えられる。一方、無用のものから有価物を生産(または回収)するということは、資源の枯渇という観点から推進されなければならない。従来の排水処理は排水中の有機物を出来るだけ多くガスとして放出するシステムであったと考えられるが、それとは逆に出来るだけガス化せずに有価物として回収・利用するというシステムは十分に検討されずにきた。

 本論文は、「紅色非硫黄細菌を用いた廃水からの有価物生産過程における二酸化炭素摂取量と菌体成分変動に与える諸因子の影響」と題し、温暖化ガス排出抑制型でかつ有価物を回収できるようなシステムとして紅色非硫黄細菌を用いた排水処理法を取り上げ、回収菌体(有価物)の量・質の制御・予測と、紅色非硫黄細菌の増殖に伴う二酸化炭素の放出・取込の定量的検討を行ったものである。本論文は、11章よりなる。

 第1章は序論で、研究の背景と目的、及び本論文の構成を述べている。

 第2章は、既往の研究をまとめたものである。

 第3章は「紅色非硫黄細菌の増殖に伴う二酸化炭素の出入量に対する炭素源および菌体成分の変動の影響」である。炭素数2〜9の直鎖飽和脂肪酸およびグルコースを基質とした際の、紅色非硫黄細菌Rhodobacter sphaeroidesの増殖における基質の菌体変換率および無機化率(CO2の発生量・固定量)を定量したものである。酢酸を基質とした際は無機化率0.09(mgC-CO2/mgC-substrate)であり基質の一部が二酸化炭素となって放出された。一方、炭素数4(酪酸)以上の直鎖飽和脂肪酸では無機化率が負となり基質の同化とともに二酸化炭素を摂取することが定量的に示された。この実験結果に対し、基質の代謝経路から、また基質及び菌体の還元度という概念からの説明を加えられた。この考察から、菌体の還元度は4.55となり、菌体よりも還元度が高い有機物を基質とした場合には、より還元度の低い物質である二酸化炭素を同時に摂取し、無機化率が負になることが示された。

 第4章は「紅色非硫黄細菌の光合成従属栄養的増殖下でのPHB(poly-3hydroxybutyrate)蓄積に関する考察」である。PHB蓄積および消費に関与する還元力が何から供給され何が受容するのかを考察し、実験結果と比較した。このことから、紅色非硫黄細菌におけるPHB蓄積の意義はエネルギー源のストックではなく、還元力の一時的なプールであるという考え方を提示した。また、実験で得られた二酸化炭素の摂取量に関しても、二酸化炭素固定系を還元力の受容経路として考えることにより説明することが出来た。

 第5章は「紅色非硫黄細菌の菌体成分の変動に及ぼす光照射条件の影響」である。3種類の光照射条件(明12時間→暗12時間、暗12時間→明12時間、明24時間)における増殖と菌体成分の変動について実験、考察したものである。菌体成分については、どの光照射条件においても1日の間における顕著な時間変動は認められなかった。また、12時間の暗条件下での酢酸の摂取、菌体内PHBの消費、菌体濃度の減少等も今回の実験では認められなかった。これらの結果から、見かけ上、暗条件下では休眠状態にあると言える。すなわちRb.sphaeroidesによる有価物生産システムにおいて太陽光などの不連続光を用いる際には、細菌の質には影響がないと予想されるが、連続光よりも増殖可能な時間が短くなるため、その照射時間に応じて十分な滞留時間を確保する必要があると考えられた。

 第6章は「紅色非硫黄細菌の菌体成分の変動に及ぼす微量な通気の影響」である。光照射下で通気量を変化させて紅色非硫黄細菌を培養した際の菌体成分(PHB含有率)について調べたものである。生成菌体量という点では、窒素曝気をした系がもっとも高く、空気曝気量を増加させると減少していった。同じような傾向がPHB含有率に関しても示された。すなわち、有価物生産という点でも二酸化炭素排出抑制という点でも、できるだけ酸素の少ない条件での運転が望ましいという結論を得ている。

 第7章は「紅色非硫黄細菌の増殖とPHB(poly-3hydroxybutyrate)含有率の経時変化、およびそれらに及ぼす炭素源の影響」である。炭素源の減少とPHBの蓄積・消費をバッチ実験により定量したものである。比基質消費速度という点では酢酸が最も消費速度が速く、炭素鎖が短いほど早く消費されることが示された。また、PHBの蓄積は、基質の消費(菌体の増殖)とともに進行し、基質がなくなるとPHBが消費されることが示された。PHB含有率は増殖中はほぼ一定であり、基質がなくなると減少していくことが分かった。基質が存在する間のPHB含有率は、酢酸を基質としたときが0.4〜0.5、プロピオン酸では0〜0.1、酪酸では0.1〜0.2、これらを混合して用いたときは0.2であった。照度を低くすることによるPHB蓄積の(相対的な)促進は認められなかった。また、アンモニア態窒素だけでなく、N2をも除外した系での実験により、PHB含有率0.9が得られた。これは紅色非硫黄細菌PHB蓄積率に関して筆者の調べた範囲ではどの文献値よりも高いものであった。

 第8章は「PHB(poly-3hydroxybutyrate)、菌体成分合成の動力学」である。前章までに得られた結果をもとに、基質(酢酸、プロピオン酸、酪酸)からのPHBおよび必須菌体成分の合成、PHBの消費と基質濃度との関係などを明らかにし、モデルを構築した。これにより、これら三種の炭素源からの嫌気・光照射下でのPHBの合成・消費を表すことに成功している。

 第9章は「紅色非硫黄細菌を用いた廃水再資源化の最適運転条件に関する考察」である。前章のモデルをもとにいくつかの条件を想定して計算を行い、廃水再資源化の最適条件を考察した。その結果、プロピオン酸が主となるような前処理を行い、光合成細菌槽の滞留時間を長く、深さを浅く、照度を高くすることにより、菌体蛋白生産速度や基質の菌体蛋白転換率が高くなることが分かった。このとき、溶存有機物の除去率も同時に高くなる傾向が認められ、廃水処理と菌体蛋白生産が両立しやすいと考えられた。一方、酢酸が主となるような前処理を行い、光合成細菌槽の滞留時間、深さ、照度を最適化(例えば、酢酸400mgC/lの流入廃水に対し、滞留時間24時間、深さ3cm、表面照度8000lxでPHB生産速度が1.44mgC/l/hour)することにより、PHB生産速度、基質のPHB転換率、PHB含有率が高くなることが示された。しかし、このとき廃水中有機物の除去率が低下する(上記の例の場合では88%)ため、PHB生産と廃水処理との両立をはかるためには、何らかの条件の改善を行う必要があると考えられ、一例として二段式の処理を提案した。この方法では、第一段では滞留時間を短めに、第二段では十分な滞留時間を設定することにより、第一段後にPHB含有率の高い菌体が、第二段後には菌体蛋白の多い菌体が回収されると考えられた。

 第10章は「結論」、第11章は「今後の課題」である。

 以上要するに、本論文は、温暖化ガス排出抑制型でかつ有価物を回収できるようなシステムとして有望である紅色非硫黄細菌を用いた排水処理法において、回収菌体(有価物)の量・質の制御・予測と、紅色非硫黄細菌の増殖に伴う二酸化炭素の放出・取込の定量的検討を行い、貴重な実験データを提供している。さらに、有価物生産、温暖化ガス排出抑制という観点から、紅色非硫黄細菌槽の最適運転条件、最適な前処理の制御などを提示し、実用化への道筋をつけたものと評価され、都市環境工学の発展に貢献する成果である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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