健康に直接影響する有機化学物質、あるいは、フミン質に代表されるような塩素処理によってトリハロメタンなど有害な物質を生成する消毒副生成物前駆物質など、水道原水に含まれる微量な汚染物質を、効率的に除去する浄水システムの開発が求められている。本論文は、光触媒反応を浄水処理に応用することを目的して、光触媒反応における水中の有機汚染物質の反応機構とその反応速度への影響因子に関する基礎的研究である。 研究対象とした物質は、フェノール,ベンゼンなどに代表される芳香族化合物、フミン質、および、天然水中の有機物質である。対象とした芳香族化合物には水道水質基準項目として規制されている物質も含まれている。 第1章は序論であり、研究対象としている溶存有機物質と現在の水道技術システムとの関連を明らかにし、新しい浄水技術を開発する必要性を述べている。 第2章では既存の研究を紹介し、新しい浄水技術としての光触媒反応の応用の可能性を示している。 第3章では、研究に使用した実験装置及び実験方法について説明している。基礎的な反応機構を解明するためには、既存の研究で広く使われている粉末状懸濁光触媒系を用いること、浄水処理への応用を想定した系としては、固液分離プロセスの不要な薄膜状固定化光触媒系を用いることを示し、それぞれの作成方法と実験解析手法を述べている。 第4章では、粉末状酸化チタンを光触媒として、各種の芳香族化合物についてそれぞれ個別に水中に存在する場合について、その分解機構に関する実験を行い、各化合物とも、類似した反応機構であることを示している。すなわち、(1)主要な反応活性種であるOHラジカルと反応することによって親化合物の水酸化物が形成されること、(2)分解過程において脱置換基反応に伴う陰イオンの生成が起こること、(3)基質が炭酸ガスまで無機化されることによって溶液中の全有機炭素量は減少することなどである。 基質の減少に要する時間に比べて完全な無機化までに要する反応時間が、比較的長いことから、炭素間飽和結合部分の分解反応が律速であると考察している。また、反応速度論的な検討を行い、既存のラングミュア型の速度式に適合し、基質濃度が低いときは一次反応に近似されることを示している。また、反応速度と化学構造の関係について、置換基の効果を定量化したハメット則を適用して解析を行い、対象物質として用いたベンゼン置換体の光触媒反応では、電子供与性の高い置換基ほど反応を促進する傾向にあることを示している。 第5章では、実際の水処理を想定した場合、対象となる原水は数多くの溶存物質を含んでおり、光触媒反応が色度・濁度・光増感有機化合物、無機塩類や金属などの共存成分の影響を受けることから、粉末酸化チタン系を用いて、(1)複雑な構造を持つフミン質の分解、(2)芳香族化合物混合系の分解、(3)さらにフミン質を共存物質とする多成分系での分解実験を行い、共存物質による反応阻害の影響を明らかにしている。 第6章では、光触媒を水処理に適用する場合、実用的には光触媒を固相表面に担持した形態が適当である可能性があることから、薄膜状に酸化チタンを担持した固定化触媒系を作成し、光源の種類,照射方法などに関する検討を行っている。使用した薄膜酸化チタンは近紫外域より長波長の波長を透過させることから、長波長の紫外線を有するブラックライトを光源として使用し、酸化チタンに対して光源光線を透過・反射させる高効率光利用型の反応槽の採用が提案できることを示している。 第7章においては、薄膜状の固定化光触媒を用いた循環式二重円筒管型反応装置により、さまざまな水質指標の処理性能を評価している。その結果、(1)光触媒反応に対しては溶存酸素の影響が強く見られること、(2)吸光成分による反応阻害が生じること、(3)酸化チタンに連続的に河川水を通水すると触媒能が低下するが、酸洗浄を行うことで比較的容易に性能を回復させることができること、を確認している。また、吸光成分による阻害作用についてモデル式を仮定することにより、実測値をよく説明できることを示している。また、反応阻害はTOC成分によっても引き起こされることを見いだしている。 トリハロメタン生成能(THMFP)を指標とした実験結果から、オゾンによる酸化処理と同様、分解が進行するにつれてTHMFPが増加する場合があり、フェノールのような低分子化合物においてその傾向は著しいことを示している。しかし、一旦上昇したTHMFPは反応の進行と共に再び減少することを見いだしており、処理時間を長くすることでTHMFPの抑制・低減は可能であると考察している。また、河川水を試料とした研究において、共存物質の影響の評価も行っている。 第8章は結論である。 以上のように、本論文は、光触媒反応を水処理へ適用するための基礎的で重要な知見を見いだしており、水環境工学の学術分野の発展に大いに貢献するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |