学位論文要旨



No 112548
著者(漢字) 西田,継
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,ケイ
標題(和) 水中有機物質の酸化チタンによる光触媒反応処理に関する研究
標題(洋)
報告番号 112548
報告番号 甲12548
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3826号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 藤島,昭
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 山本,和夫
内容要旨

 序章では、現代の水環境と本研究の目的を述べた。水道原水を汚染する溶存有機物質には、微量であっても健康に影響する特定の化学物質や、フミン質に代表されるように塩素処理によって有害な物質を生成する消毒副生成物前駆物質がある。フミン質は水道原水の着色や異臭味の原因ともなる。本研究では、光触媒反応における酸化力を利用した水中有機物質の分解に関する実験を行った。対象物質として、フェノール,ベンゼンなどに代表される芳香族化合物、市販のフミン質試薬および天然水中の有機物質をとりあげた。

 第1章では現在問題となっている溶解性有機物質と水質の関連を明らかにし、新しい浄水方法の必要性を述べた。近年、有機物汚染対策を目的として、オゾン酸化をはじめとする高度酸化処理法と呼ばれる浄水技術が開発されつつある。光触媒もその一つであり、有機物質に対する酸化力の強さ、維持・管理が比較的容易である、などの点から有効な浄水方法として期待される。

 第2章では既存の研究を紹介し、浄水技術としての光触媒の可能性を示した。光触媒反応における酸化力は強く、これまでに多くの有機化合物を酸化分解して完全に無機化できることがわかっている。反応の支配因子に関しては、動力学的考察をはじめとして様々な知見が得られている。また、近年では、従来の粉末状触媒における固液分離等の問題を解決するために、固定化された触媒を導入するなど、触媒,装置の改良に関しても研究が進んでいる。

 第3章では、実験に使用した装置の詳細を記載した。触媒には2種類の形態の酸化チタンを用いた。基礎的な反応機構を解明するために、過去の研究で広く使われている粉末酸化チタンを用いて回分式懸濁光触媒系を用いた。また、浄水処理に応用することを想定して、酸化チタンが薄膜状に表面コーティングされた固定化光触媒系を作成した。固定化光触媒系では、反応容量を増やした循環式反応装置も作成した。

 第4章では、粉末状酸化チタンを光触媒とし、水溶液中の対象物質が単一で存在する系を用いて分解実験を行った。その結果、異なる数種類の芳香族化合物について、以下のような類似した反応機構が導かれた。すなわち、 (1)主要な反応活性種であるOHラジカルと反応することによって親化合物の水酸化物が形成されること、(2)分解過程において脱置換基反応に伴う陰イオンの生成が起こること、(3)基質が炭酸ガスまで無機化されることによって溶液中の全有機炭素量は減少することなどである。基質の減少に比べて無機化速度は物質によって大きな差がないことがわかった。完全な無機化までに要する反応時間が長かったこと、脂肪酸の蓄積が観察されたことから、アルキル基部分の分解反応が律速であることが示唆された。また、反応速度論的な検討を行い、過去の研究で一般化されているラングミュア型の速度式に適合し、基質濃度が低いときは一次反応に近似されることが示された。反応速度に対する化学構造の影響を調べるため、置換基の効果を定量化したハメット則を適用して解析を行った。その結果、対象物質として用いたベンゼン置換体の光触媒反応では、電子供与性の高い置換基ほど反応を促進する傾向にあることが示された。

 第5章では、懸濁光触媒系を用いて、(1)複雑な構造を持つフミン質の分解、(2)他の芳香族化合物を共存物質とする混合系の分解、(3)さらにフミン質を共存物質とする多成分系での分解実験を行い、共存物質による反応阻害の影響を検討した。過去の研究では、個別の化合物に関して反応機構を検討した例が多かった。従って、多成分系の反応については、基礎研究においても不十分な点が多い。実際の水処理を想定した場合、対象となる原水は数多くの溶存物質を含んでおり、色度・濁度・光増感有機化合物、無機塩類や金属といった共存成分の影響を考えることは重要な課題である。フミン質は有機物質の中でも難分解性であるといわれるが、光触媒反応によってフミン質のE260またはTOC成分が減少することを確認できた。色度を持ち高分子化合物の集合体であるフミン質は、入射光の透過を阻害したり、反応場において基質と競合するという理由から、光触媒反応に対して阻害影響を及ぼしたが、芳香族化合物同士が共存するだけでも、同様の効果によって明らかに反応が抑制された。

 第6章では、薄膜状の酸化チタンを備えた固定化光触媒系を作成し、異なる2種の固定化酸化チタンの触媒能を比較する方法を検討した。また、光源の選択,照射方法などに関する検討を行った。その結果、次のような知見が得られた。(1)実験で使用した薄膜酸化チタンは近紫外域以上の波長を透過する特性を持っているため、長波長の紫外線を有するブラックライトを光源として使用する場合には、酸化チタンに対して光源光線を透過・反射させる高効率光利用型の反応槽の採用が提案できることがわかった。長波長の紫外線は原水の紫外線透過率が低い場合にも対応が可能であり、中間生成物の抑制効果も期待できると考えられる。(2)短波長の紫外線を有する殺菌灯を使用する場合には、表面型光照射のタイプに限定されることが確認された。対象としては光源光線の透過率が高い原水が適当であり、光路長を短く設定するほど効率が高いといえる。光路長を短くすることは、反応場である触媒表面と基質の接触率を高め、反応効率を向上させることにもなる。(3)反応速度と量子収率のいずれの計算結果においても、ブラックライトより殺菌灯の方が効率が高いことがわかったが、実際の水処理では、装置の設計を改善することでブラックライトも殺菌灯に匹敵する処理速度を得ることができると考えられる。(4)また、直接光分解に比べて光触媒反応では中間物質の生成量を抑制できることが示された。

 第7章では、固定化光触媒系を用いてフミン質溶液と河川水を用いて実験を行い、実用化のための反応因子に関する検討を行った。ここでは、循環式二重円筒管型反応装置を作製し、指標物質としたフェノールの分解速度やその他の様々な水質指標から処理性能を評価した。その結果、(1)光触媒反応に対しては溶存酸素の影響が強く見られること、(2)吸光成分あるいはTOC成分による反応阻害が行われること、(3)酸化チタンは連続的に河川水を通水すると触媒能が低下したが、酸洗浄を行うことで比較的容易に性能を回復させることができることを確認した。第5章においても共存物質の阻害作用を確認したが、第7章では、吸光成分による阻害についてモデル式を仮定することにより、実測値と理論値の良好な関係を導いた。また、(4)処理水質の変化から見た最終的な処理水の安全性を評価するため、トリハロメタン生成能(THMFP)を指標として考察を行った。オゾンによる酸化処理と同様、分解が進行するにつれてTHMFPが増加する場合があり、フェノールのような低分子化合物になるとその傾向は著しかった。しかしながら、一旦上昇したTHMFPは反応の進行と共に再び減少してゆくので、処理時間を長くすることでTHMFPの抑制・低減は可能になると思われる。また、河川水を試料とした反応においては、TOC,トリハロメタン生成能はほとんど変化しなかった。THMFPと色度やTOC成分は相関があるといわれるが、THMFPに対しては有機物の組成や臭素等による影響も無視できないことが示唆された。

審査要旨

 健康に直接影響する有機化学物質、あるいは、フミン質に代表されるような塩素処理によってトリハロメタンなど有害な物質を生成する消毒副生成物前駆物質など、水道原水に含まれる微量な汚染物質を、効率的に除去する浄水システムの開発が求められている。本論文は、光触媒反応を浄水処理に応用することを目的して、光触媒反応における水中の有機汚染物質の反応機構とその反応速度への影響因子に関する基礎的研究である。

 研究対象とした物質は、フェノール,ベンゼンなどに代表される芳香族化合物、フミン質、および、天然水中の有機物質である。対象とした芳香族化合物には水道水質基準項目として規制されている物質も含まれている。

 第1章は序論であり、研究対象としている溶存有機物質と現在の水道技術システムとの関連を明らかにし、新しい浄水技術を開発する必要性を述べている。

 第2章では既存の研究を紹介し、新しい浄水技術としての光触媒反応の応用の可能性を示している。

 第3章では、研究に使用した実験装置及び実験方法について説明している。基礎的な反応機構を解明するためには、既存の研究で広く使われている粉末状懸濁光触媒系を用いること、浄水処理への応用を想定した系としては、固液分離プロセスの不要な薄膜状固定化光触媒系を用いることを示し、それぞれの作成方法と実験解析手法を述べている。

 第4章では、粉末状酸化チタンを光触媒として、各種の芳香族化合物についてそれぞれ個別に水中に存在する場合について、その分解機構に関する実験を行い、各化合物とも、類似した反応機構であることを示している。すなわち、(1)主要な反応活性種であるOHラジカルと反応することによって親化合物の水酸化物が形成されること、(2)分解過程において脱置換基反応に伴う陰イオンの生成が起こること、(3)基質が炭酸ガスまで無機化されることによって溶液中の全有機炭素量は減少することなどである。

 基質の減少に要する時間に比べて完全な無機化までに要する反応時間が、比較的長いことから、炭素間飽和結合部分の分解反応が律速であると考察している。また、反応速度論的な検討を行い、既存のラングミュア型の速度式に適合し、基質濃度が低いときは一次反応に近似されることを示している。また、反応速度と化学構造の関係について、置換基の効果を定量化したハメット則を適用して解析を行い、対象物質として用いたベンゼン置換体の光触媒反応では、電子供与性の高い置換基ほど反応を促進する傾向にあることを示している。

 第5章では、実際の水処理を想定した場合、対象となる原水は数多くの溶存物質を含んでおり、光触媒反応が色度・濁度・光増感有機化合物、無機塩類や金属などの共存成分の影響を受けることから、粉末酸化チタン系を用いて、(1)複雑な構造を持つフミン質の分解、(2)芳香族化合物混合系の分解、(3)さらにフミン質を共存物質とする多成分系での分解実験を行い、共存物質による反応阻害の影響を明らかにしている。

 第6章では、光触媒を水処理に適用する場合、実用的には光触媒を固相表面に担持した形態が適当である可能性があることから、薄膜状に酸化チタンを担持した固定化触媒系を作成し、光源の種類,照射方法などに関する検討を行っている。使用した薄膜酸化チタンは近紫外域より長波長の波長を透過させることから、長波長の紫外線を有するブラックライトを光源として使用し、酸化チタンに対して光源光線を透過・反射させる高効率光利用型の反応槽の採用が提案できることを示している。

 第7章においては、薄膜状の固定化光触媒を用いた循環式二重円筒管型反応装置により、さまざまな水質指標の処理性能を評価している。その結果、(1)光触媒反応に対しては溶存酸素の影響が強く見られること、(2)吸光成分による反応阻害が生じること、(3)酸化チタンに連続的に河川水を通水すると触媒能が低下するが、酸洗浄を行うことで比較的容易に性能を回復させることができること、を確認している。また、吸光成分による阻害作用についてモデル式を仮定することにより、実測値をよく説明できることを示している。また、反応阻害はTOC成分によっても引き起こされることを見いだしている。

 トリハロメタン生成能(THMFP)を指標とした実験結果から、オゾンによる酸化処理と同様、分解が進行するにつれてTHMFPが増加する場合があり、フェノールのような低分子化合物においてその傾向は著しいことを示している。しかし、一旦上昇したTHMFPは反応の進行と共に再び減少することを見いだしており、処理時間を長くすることでTHMFPの抑制・低減は可能であると考察している。また、河川水を試料とした研究において、共存物質の影響の評価も行っている。

 第8章は結論である。

 以上のように、本論文は、光触媒反応を水処理へ適用するための基礎的で重要な知見を見いだしており、水環境工学の学術分野の発展に大いに貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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