都市下水処理場などに用いられている標準活性汚泥法では、容積当たりの有機物転換率が低い、余剰汚泥の発生量が多い、増殖速度が小さい生物を保持できないという問題が存在する。特に、余剰汚泥の処分は全処理費用の60%を占めており、その発生量を削減することは重要である。近年、膜分離技術は排水処理分野において広い範囲で適用されるようになってきている。本論文の対象とする膜分離活性汚泥法は、曝気槽混合液汚泥濃度(MLSS)を高くして低F/M比で運転することにより、高い有機物除去率と容易な硝化・脱窒を可能にしている。理論的には汚泥を引き抜かない運転が可能で、標準活性汚泥法と比較して極めて大きな汚泥滞留時間(SRT)で運転することができる。このことから、膜分離活性汚泥法の汚泥は標準活性汚泥とその性状が大きく異なり、微生物の活性も異なっていると予想される。また、極めて長いSRTは増殖速度の遅い微小動物に対して有利で、微小動物は浄化に果たす役割だけではなく、汚泥の無機化にも重要な役割が期待される。 本論文は、「A STUDY ON MICROBIAL ACTIVITIES AND THE ROLE OF PREDATORS IN MEMBRANE SEPARATION ACTIVATED SLUDGE PROCESS」と題し、膜分離活性汚泥法における微生物活性と微小動物の動態を分析し、汚泥の無機化に果たす役割を明らかにしたものである。本論文は、9章より成っている。 第1章は、序論で、研究の背景と目的、及び本論文の構成を述べている。第2章は、既往の研究をまとめたものである。第3章は、実験方法の記述である。 第4章は、「膜分離活性汚泥(MSAS)法の汚泥と標準活性汚泥(CAS)法の汚泥の比較」である。MSAS法を用いている3実施設とCAS法を用いている4実施設から年間を通してサンプリングを行い、汚泥のフロックサイズ、微生物相及びその活性を測定し比較検討している。CAS法の汚泥の粒径分布は幅が広く、大きい粒径の占める割合が高いことが示されている。例えば、ある下水処理場汚泥の粒径は100m以上のものが52.8%を占めた。一方、MSAS法の汚泥粒径分布は全体的に小さい方に偏る傾向がある。例えば、あるビル中水道施設のMSAS法の汚泥の粒径分布の幅は狭く、10-20mのものが65.5%を占め、また30m以上のものは見られなかった。 MSAS法では、理論的には余剰汚泥を発生しないと考えられるが、実施設においてはCAS法に対して80%程度の余剰汚泥が発生した。実験室規模のMSASは汚泥を引き抜かないで二年間運転し続けていることから、実施設ではさらに余剰汚泥を減量化できる可能性が指摘された。MSAS法では長いSRTのため、比較的高濃度に硝化細菌が保持され、一方、長いSRTと低いF/M比のため、生菌数と全菌数の比率がCAS法の1/10から1/100程度であった。従って、微生物量(MLVSS)当たりの活性も低くて、季節変動が大きかった。しかし、MSAS法は高MLSS濃度での運転を特徴としているため、体積あたりで考えた場合、施設全体としての処理能力は高かった。汚泥の酸素消費速度(OUR)とATP含量の比率はMSAS法の汚泥とCAS法の汚泥との間に大きな違いが見られた。MSAS法の汚泥のOUR/ATP比はCAS法の汚泥と比べて低かった。この結果から、MSAS法では好気細菌の比率は低いと推測された。細胞外ポリマー、あるいは貯蔵物質の一つである多糖類については微生物代謝産物として測定したが、MSAS法の汚泥ではMLVSSあたりの含量がCAS法の汚泥と比べて低かった。この結果より細菌の自己分解が進んでいたと推定された。しかし、容量当たりではMLSSが高いため、多糖類の全含量はCAS法の汚泥と比較してかなり高かった。実施設の汚泥中の微小動物相を観察した。CAS法では種当たりの個体数は少なかったが、多種類で構成されていた。また微小動物相があまり変化せず安定していたといえる。一方、MSAS法では少数の種が優占となる傾向にあり、その個体数はCAS法と比較して多くなっていた。ただし、優占となる種及びその個体数は調査時期が違えば大きく異なっていたことが明らかとなった。 第5章は、予備的検討として実験室規模MSASリアクター(MSB)の処理性能をまとめたものである。 第6章では、実験室規模MSASリアクター(MSB)を設置して室内培養を行い、微小動物相を調べ、微小動物の汚泥減量における役割を検討している。このMSBは槽浸漬型膜分離リアクターであり、酢酸主成分の合成排水を用いて汚泥を引き抜かずに二年間運転し、90%以上の有機物除去率と80%以上の窒素除去率が得られたものである。原生動物は106(cells/ml)、後生動物は8×104(cells/ml)に達し、汚泥の死滅速度は0.057(l/d)であった。また、原生動物と後生動物の個体数の関係を解析した結果、両者の間に相関も周期性もないことがわかった。汚泥の無機化における微小動物の役割を、後生動物の有無を比較する回分実験により調べた。初期状態の後生動物の個体数が103(cells/ml)であった場合には汚泥の死滅速度が0.0786(l/d)であったのに対して、初期の後生動物が検出限界以下の場合では0.0168(l/d)であった。また前者においては、実験開始3日目から、溶存態の蛋白質及び多糖類の濃度の増加とMLVSS/MLSS比の増加とが認められた。これは、後生動物の捕食により汚泥が解されて基質に戻り再増殖が起きたためと考えられ、後生動物は捕食によりdeath-regenerationというサイクルを促進し、汚泥減量化に重要な役割を果たしていると推定された。実際、後生動物の個体数と汚泥無機化速度の関係を解析した結果、両者が正の相関にあることがわかった。 第7章ではMSB中の微生物生態系に数理モデルを適用し、その動態のシミュレーションを行っている。数理モデル中のパラメータ値は文献、回分実験及び連続MSBの運転結果に基づく最適化により推定されたものである。回分実験から得られた後生動物の比増殖速度は0.26(l/d)であった。それは一般的に報告された値と一致していた。またこのシミュレーションにより、後生動物が104(cells/ml)程度存在する場合は全く存在しない場合よりMLSSが4割程度低い値で安定することが示された。 第8章は「結論」、第9章は「今後の課題」である。 以上要するに、本論文は、膜分離活性汚泥法における微生物活性と微小動物の動態を分析し、実施設の分析とともに貴重なデータを提供している。また、汚泥の無機化に果たす微小動物の役割を明らかにしており、汚泥処理を同時に行う排水処理法としての膜分離活性汚泥法の今後の進展が期待でき、都市環境工学の発展に貢献する成果を挙げている。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |