学位論文要旨



No 112550
著者(漢字) 古谷野,宏一
著者(英字)
著者(カナ) コヤノ,コウイチ
標題(和) 電子顕微鏡下における微細作業システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 112550
報告番号 甲12550
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3828号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 樋口,俊郎
内容要旨

 今日、様々な分野において微細作業が必要とされている。微細作業とは、サブmから数百mの対象物を扱う作業である。この大きさの対象物を扱う作業は、現在、社会の発展を支える技術の重要な基盤となる領域である。例えば、この領域は、現代を支えている情報社会の基盤となる技術を発展させるための重要な領域となっている。今後情報機器の大容量化、高速化を実現するには、高密度化、高集積化が必須であり、サブmから数百mの対象物を自由に扱えることがこれらの技術を実現するための鍵となる。また、生命・医学の分野においても、この領域の対象物が様々な生命現象を解明する上で非常に重要な領域となっている。この領域で自由に対象物が扱えるようになることは、生物学の分野において大きな貢献となる。医学の分野においても、複数のセンサーや、エンドエフェクタを持ち多機能化された能動カテーテル、能動鉗子が実現することで、低侵襲な手術や治療が可能となり、社会生活に大きなインパクトを与える。このような器具を実現する上で、この領域で対象物を扱うことが非常に重要である。以上のようにサブmから数百mの対象物を扱うことは、様々な分野で必要とされており、微細作業が可能となれば社会に対して大きな貢献となる。

 本研究の目的は、この領域の微小な対象物を扱うための微細作業を実現することである。特に、本研究では、情報分野などの産業に大きな影響を与えるサブmから数百mの機械部品を扱うこと目指す。

 微細作業を実現するためには、まず、微小物を扱うための様々な知見を得ることが必要である。そのための道具としての作業システムが必要となる。その道具を用いて作業をした結果から得られる知見を基に、微細作業実現のために必要な技術を開発していくべきである。微細作業を実現するために、本研究においては、以下のような手段を取る。

 ・微細作業システムの構築

 微細作業を行うための手段として、微細作業システムを構築する。サブmから数百mの対象物を扱うためには、作業監視するための顕微鏡が必要であり、顕微鏡を中心にした従来にない新たな構成を持った作業システムが必要である。本研究では、顕微鏡として電子顕微鏡を採用し、電子顕微鏡下の作業下のシステムを構築する。

 ・微小体力学の解明

 微細な対象物は、通常の大きさの対象物と支配的物理法則が異なる。重力、慣性力など体積に比例する体積力より、静電力、分子間力、表面張力などの表面積に比例する表面力が支配的となる。微小な対象物を扱うために、これらの微小物に働く力学(微小体力学)を解明する。この成果を基に、微細作業における力学モデルを構築する。

 ・微小体のハンドリングスキルの開発

 微小物を扱う際には、常に何らかの吸着力が、対象物に働く。そのため、吸着力がないことが前提の通常世界におけるハンドリング手法は役に立たない。本研究においては、吸着力が働く対象物に対する新たなハンドリング手法を開発する。

 この過程で得られた結論は、以下のとおりである

 ・微細作業の分析から、微細作業システムの必要機能を明らかにした。

 対象物が微細であるために、人間が直接扱えない、肉眼で確認できないなど、微小世界と通常世界との間には、扱うことのできる対象物の大きさの間に大きな開きが存在し、微細作業を困難にしている。対象物も小さくなることで構造的に弱く軽くなり扱いがより難しくなる。このような微小物を扱う上での困難性を克服し、微細作業を行うためには、作業が監視できる分解能を持った監視機能、全ての作業を監視装置の視野内で行うための視野内作業機能、対象物の位置を姿勢を変えるための並進と回転を分離した構成の移動・姿勢変化機能、対象物に働く吸着力を考慮した対象物把持機能、対象物に過度の地からをかけて壊さないための微小力監視機能、通常世界と微小世界の扱う対象物の大きさのギャップを克服するための不整合吸収機能が必要である。

 ・必要機能と顕微鏡からの制約条件を満たす作業システムの構成法を明らかにした。

 微細作業において、作業の状況を知る手段は、ほとんどが視覚情報からである。そのためシステム構成は、視覚情報を最大限に得られるようにしなければならない。視覚情報を得るために顕微鏡を用いるが、顕微鏡の視野は小さく、システムはこの視野を作業空間とし、この空間を中心としてシステムが構成される。本研究で箱のような構成を集視構成と名付けて提案した。集視構成とは、以下のような構成である。1)複数方向からの監視を実現するために、複数の顕微鏡を複数の方向に配置し、それらの視野を一点に集中させる、2)視野の集中した点を中心として顕微鏡の視線方向を作業の状態を保ったまま変えるための自由度を持つ、3)マニピュレータは、視覚が集中した狭い空間を作業空間とし、その中で、回転と並進自由度を実現するために、回転自由度の回転軸が工具の先端で交わる構成とし、工具の先端が常に作業空間内だけで並進するように、並進自由度を回転自由度の下に直列に配置する集動構成をとる。集視構成により、監視機能、視野内作業機能が、集動構成により視野内作業機能と移動・姿勢変化機能が実現される。

 不整合吸収機能を実現するために、作業台が通常世界とのインターフェースの役割を果たすべく、大きな動作範囲と高い分解能を兼ね備える必要がある。また、対象物を壊したり無くしたりしないように対象物を閉じ込めおくためのパッケージを用いることでこの機能を実現する。

 ・サブmからサブmmの対象物を扱うために、電子顕微鏡下における微細作業システムを構築した。

 サブmからサブmmの対象物を監視するために、電子顕微鏡を選定し、その真空チャンバー内に作業システムを構築した。本システムは、二つの顕微鏡、メインとサブの二つのマニピュレータ、作業台から構成される。複数方向からの監視を実現するために、電子顕微鏡に対して直角方向に光学式顕微鏡を配置した。また、監視方向を変えるための顕微鏡の視野を中心とした回転自由度を備える。メインマニピュレータは二つの回転自由度と、三つの並進微動自由度を持つ。回転自由度の回転軸は工具の先端で交わり、工具の先端は、顕微鏡の視野内に配置される。サブマニピュレータは、一つの並進自由度を持ち、作業台上に配置され、作業台上の対象物を押さえる目的で用いる。作業台には、3軸の並進粗微動機構を持つ。

 ・微小体に働く吸着力を電子顕微鏡環境において明らかにした。

 微小物に働く吸着力を上げ、特に電子顕微鏡内で支配的となる静電力について測定、理論的な検討を行った。対象物は、電子顕微鏡の電子線により帯電しており、その帯電による静電力を見積もり、また、実際に測定した。これにより電子顕微鏡内の20mの対象物に働く力は、1N以下であることがわかった。これらの成果を基に電子顕微鏡内の微細作業における力学モデルを構築した。

 ・吸着力が働いている状態で、微小な対象物を扱うための二つのハンドリングスキルを提案した。

 微小な対象物には、静電力、分子間力、表面張力などの吸着力が働いている。そのため、通常世界で行われているような対象物を挟んでハンドリングする手法は微小世界においては通用しない。吸着力は、完全になくすことはできないし、完全にコントロールすることができないため、機械的なハンドリングスキルを併用することが必要不可欠である。吸着力は、接触面積によるため、工具と作業台と対象物間の接触面積を相対的に変えることで、それぞれの間の吸着力の大小関係を作り出してピック&プレースを行うのが有効である。本論文では、工具と対象物の接触面積を工具を動かすことで小さくする接触面積減少法と、ハンドリングする工具と接触面積の小さな工具を用いて対象物を押さえておく対象物押さえ法を提案した。

 ・電子顕微鏡内での実際の作業状態で対象物との間に働く力をそれぞれ測定し、ハンドリングスキルの実現可能性を証明した。

 電子顕微鏡内での微小力測定装置を用いて、実際に電子顕微鏡内において、各ハンドリングスキルにおいて、直径20mの対象物に働く静電力を測定し、ハンドリングスキルが有効であることがわかった。

 ・直径10mの対象物について、提案したハンドリングスキルにより、ピック&プレース作業が行われた。

 直径10mの半田球を30ミクロンピッチで並べる実験を行った。これにより、10m対象物が扱えることが実証された。

 本研究で提案した構成法は、微細作業システムだけでなく、視覚装置からの制約条件がシステムの構成を決める際に非常に重要となる場合に、適用できると考える。また、本研究で提案したハンドリングスキルは、吸着力の原因が変わっても適用できる普遍的な手法である。

 以上、本研究の成果は、電子顕微鏡内の作業システムだけに適応できるのではなく、様々な形態の微細作業システム、様々な対象物に対する微細作業に適応できると考える。

図 電子顕微鏡下における微細作業システムの構成図
審査要旨

 情報機器、医療・生命、科学の分野で、サブmから数百mの大きさの対象物に対する微細作業が必要とされている。本論文では、微細作業を実現することを目的とし、電子顕微鏡下における微細作業システムの構築、微小な対象物に働く吸着力の解明、吸着力が働く中での微小な対象物のハンドリングスキルの開発が行われた。

 本論文の内容は以下のとおりである。第1章においては、微細作業システムの研究の目的と背景について述べられている。第2章においては、まず微細作業のニーズとして、情報機器分野におけるLSIの実装技術と液晶の製造技術について説明し、次に微細作業に関する研究を調査し、本論文の位置づけを述べている。また、微細作業が通常の作業に比して困難な点を明らかにし、微細作業を実現するための研究課題として微細作業システムの構築、微小な対象物に働く微小力の解明、微小な対象物のハンドリングスキルの開発が必要であることを述べている。第3章においては、一般的な作業システムを作るために必要な構成法について考察し、これに微細作業を実現するための要求機能や、現状の技術における制約条件を考慮した微細作業システムの構成法が導かれている。具体的には、微細作業においては監視装置からの視覚情報が重要であり、視覚情報を最大限に得るために複数の顕微鏡の視野を集中させ多面視を実現し、その点を中心にした回転自由度により作業の状態を保ったままの視線方向力変を実現した集視構成を提案している。また、集視構成を実現するためのマニピュレータの構成として、監視装置の監視(視野)範囲で作業を行うための位置と姿勢の自由度を分離した構成法である集動構成を提案している。第4章では、第3章で述べた構成法に基づき、構築された電子顕微鏡下における微細作業システムについて述べている。本システムは、電子顕微鏡と光学式顕微鏡、5自由度を持つ主作業腕と補助作業腕、3並進自由度を持つ作業台からなる。第5章においては、微小体に働く力について述べられている。特に電子顕微鏡内においては、電子ビームによる帯電が支配的になる。そこで、この帯電現象について帯電量や対象物の電位から、対象物に働く静電力を数値的に求た。また、実際に電子顕微鏡内の微小な対象物に働く力を測定し、微小体に働く静電力の見積について述べている。これらの結果を基に吸着力を含めた微細作業の力学モデルが構築された。第6章においては微小体を扱うために行われてきた対象物の把持離脱の研究についてまとめ、吸着力のコントロール以外に、対象物との接触状態を機械的に変化させる機械的なハンドリングスキルが必要であることを指摘し、二つの機械的ハンドリングスキルの方法を提案している。このハンドリングスキルの作業モデルによる検証と実際のハンドリング実験によって、その有効性が示されている。第7章では、これまでの各章で展開した議論を総括した結論が示されている。また、本研究の成果と課題を踏まえた微細作業の将来の展開が述べられている。

 本論文の意義は、微細作業システムの構成法を明らかにした点、実際に電子顕微鏡下に置ける作業システムを構築した点、電子顕微鏡下で微小な対象物に働く力を明らかにした点、吸着力が働く中で微小物を扱うための機械的なハンドリングスキルを実現した点、実際に電子顕微鏡下で20mの対象物のピック&プレースを実現した点にある。本論文で提案されたシステム構成法は、微細作業システムを構築する上での普遍的な構成法であり、これを明らかにした意義は大きい。構築された電子顕微鏡下の作業システムにより、実際に微小な対象物に対する作業が行われており、実現されたシステムの有効性も評価できる。微細作業を行う上で問題であった微小物に働く吸着力について、電子顕微鏡下における帯電現象を理論的・数値的な計算とともに、実際の測定により明らかにし、微小な対象物に働く静電力を解明した点も重要な知見である。また、対象物に働く吸着力の制御において、対象物との接触状態を機械的に変えるハンドリングスキルが提案され、力学的モデルの解析と合わせて、実際に対象物に働く吸着力の測定により、その実現可能性が確認されている。このハンドリングスキルにより、20mの対象物のハンドリングが実現されており、微小物のハンドリングの可能性を実証したことの意義は大きい。本論文において、微小な対象物を扱うために必要な要素である、作業システムの構築、微小物に働く力学系の解明、微小物を扱うためのハンドリングスキルの開発が行われ、20mの対象物のハンドリングが実現されており、これは、微細作業の研究における重要な成果であるといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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