本論文は光照射による物質系の熱運動変化の非定常過程、すなわち光熱変換機構を数値解析的に研究を行ったものである。光の特性、物質の特牲と系の熱運動変化の関係を定性的に考察することを目的としている。そのために、光照射下の物質系の運動変化を直接数値計算的に解析するための量子分子動力学的計算手法を開発している。 従来、光照射による物質の熱運動変化はふく射伝熱として、単なる熱エネルギーの授受として扱われることが多い。しかし、レーザーを応用した材料製造過程の制御や精密加工を考える場合には、光照射による物質の蒸発や温度変化などの熱エネルギーレベルの現象であっても、光と物質の相互作用として捉えて、照射光特性、物質特性、系の熱運動変化の関係を知ることが本質的になると考えられる。 本論文では、照射光特性、物質特性、系の熱運動変化の関係に関して定性的に知見を得るために、物質系を原子系とし、原子系を構成する原子を最外殻の自由電子とそれ以外の荷電原子からなると考え、光電場の作用を含む自由電子の時間に依存したシュレディンガー方程式、電荷原子のニュートンの方程式の導出を行い、その解法の開発及び数値計算が行われている。 本論文は全5章から構成されている。 第1章は「序論」であり、本研究の目的、関連する従来の研究の概要について述べられている。 第2章は「光作用系の基礎式」であり、光照射下の原子系の基礎式を、系全体の時間に依存するシュレディンガー方程式から量子動力学的に、量子分子動力学的にどのように近似でき、記述されるかについて一般的に述べている。 第3章は「光熱変換の量子分子動力学」と題され、数値解析のための基礎式の導出、解法について述べている。第2章で示した一般的な光作用系の基礎式から、物質系を構成する原子が最外殻の電子とそれ以外の電荷原子に分離可能であるという仮定を用いることによって、光作用によるポテンシャルを含むシュレディンガー方程式が導出されることを示している。電荷原子に関してはさらにニュートンの方程式が導かれるが、その光による作用としては自由電子による作用と電荷原子内の束縛電子による作用があることが示されている。これらのニュートン方程式、シュレディンガー方程式を組み合わせて解くために、本研究で開発された数値解法およびその計算条件について記述されている。 第4章は「光熱変換機構」と題され、光特性、系特性、原子系の規模が、系の分解や運動エネルギーの時間履歴に及ぼす影響について、3章までに述べた量子分子動力学法を用いての数値計算及びその結果の考察が行われている。計算結果によると照射光の周波数が原子間振動に近い場合には、主として電荷原子に働く光のポテンシャルによって系の熱運動変化が生じ、照射光の周波数が電子励起が可能なエネルギーの場合には、自由電子の光吸収に伴って起こる電荷原子間ポテンシャル変化によって系の熱運動変化が生じることが示されている。また光のエネルギーが原子間振動に相当するエネルギーより一桁以上大きく、自由電子の励起が可能なエネルギーより小さい場合には、十分に大きな光エネルギー密度であれば電荷原子間ポテンシャルが変化することによって系の運動状態変化が生じることが示されている。またこのような光特性による系への作用の違いにより、物質の運動エネルギーの時間履歴、光照射によるフラグメントの種類およびその並進速度の特性の違いが生じることが示されている。 第5章は本論文「結論」である。 付録において第4章「光熱変換機構」の考察、論述のために用いた実際の数値計算結果を示している。 本論文のように、光の特性と原子系の熱運動変化との関係を考察した研究は例が少なく、物理現象として明確でない点が多い。本研究はそのような現象を解析するための直接数値解析法を示し、解析結果として物質の温度変化特性、分解特性、フラグメント特性と光特性との関係及び光熱変換機構に関して定性的知見を与えている点に関して、工学上寄与するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |