学位論文要旨



No 112553
著者(漢字) 坪倉,誠
著者(英字)
著者(カナ) ツボクラ,マコト
標題(和) 平面衝突噴流のLES数値解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 112553
報告番号 甲12553
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3831号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 工学的に問題となる高レイノルズ数の乱流場の解析においては,乱流場に時間的に平均操作を施し,平均値と変動量に分離して考えるレイノルズ平均の概念が一般に用いられてきた.しかしこの平均操作を施すことで,乱流場が本来持っている非定常性,三次元性などの特徴的な性質が失われてしまうという問題点を持っている.

 一方,近年乱流場における非定常な組織的渦構造に着目し,乱流場を制御する研究や,乱流場と乱流場に置かれた物体間の連成振動の研究,乱流場により発生する音響の研究など,乱流場の非定常三次元性に着目した研究が盛んに行われつつある.

 本研究においてはこのような背景から,非定常三次元乱流場の解析に対して有利に適用できると考えられるLarge Eddy Simulation(LES)と呼ばれる数値解析手法に着目し,この手法を工学的な問題においてしばしばあらわれる,乱流場に特有な様々な性質を合わせ持つ複雑乱流場において有利に適用できるようにLES乱流モデル(サブグリッドスケールモデル)の開発を行い,この種の複雑乱流場の一種である平面衝突噴流に適用し,その有用性を検討した.本研究において解析対象とする平面衝突噴流を図1に示す.

Fig.1 Plane impinging jet

 平面衝突噴流場は遷移,自由剪断層,壁剪断層,よどみ域,層流域など乱流場においてみられる様々な特徴的な様相を合わせ持ついわゆる複雑乱流場である.この流れ場は自由噴流領域の乱流遷移域における大規模な渦構造や,よどみ域における壁に沿った流線方向に渦度を持つ渦構造など特徴的な3次元組織構造を有しており,LESによる非定常三次元解析を行い,その有用性を検討する上で,興味深い流れ場である.さらに衝突噴流はそのよどみ域において,高い熱,物質伝達率を示し,物質の加熱,冷却,乾燥など工学的にも幅広く用いられている流れ場であるが,上述の複雑性から乱流解析においてしばしば用いられているレイノルズ平均乱流モデルによる予測が困難とされている.またよどみ域においては流れ場の主流方向に対する逆流が観察され,この結果一般に速度場計測に用いられる熱線流速計の適用が困難であり,工学的な意義も非常に大きい.

 尚,LES解析により予測された速度場の統計量の評価については,この種の乱流場に対する実験による速度場の統計量のデータが不足していることから,レーザドップラー流速計(LDV)を用いた実験計測を行い,数値解析の評価の為の実験データを得た.

 サブグリッドスケールモデルの構築に際しては,その第一ステップとして乱流モデルを用いないDirect Numerical Simualtion(DNS)の結果が存在する平行平板間乱流のLES解析を行い壁剪断乱流における有用性を検討することで行った.

 モデル構築においては,

 ○様々な乱流場に対して,モデル係数を最適化する必要性の排除

 ○より非等方性の強い乱流場を再現しうる高精度なモデルの開発という点に着目した.

 前者の問題についてはGermanoらにより提案されたダイナミックSGSモデルを適用し,モデル係数に対して普遍性を期待せず,流れ場の状態に応じてモデル係数を決定する手法を採用した.しかしダイナミックSGSモデルにより求めたモデル係数は空間的に大きく振動し,渦粘性型のモデルを用いた場合,モデル係数の負値に起因する数値不安定性が問題となる.現在この解決策として,乱流場の統計的に平行な方向で均操作を施す手法が一般に用いられているが,この手法はダイナミックSGSモデルを複雑な形状を有する乱流場への適用を妨げる結果となる.そこで,本研究においてはMeneveauらにより提案された流跡線に沿った平均操作(LagrangianダイナミックSGSモデル)を採用し,その有用性,およびモデルパラメータ依存性を確認した.

 また,後者の問題についてはLES解析において一般に用いられるスマゴリンスキー型の等方型渦粘性モデルに代わるモデルとして,渦粘性モデルの改良,およびBardinaにより提案されているスケール相似則モデルの改良を行った.

 渦粘性モデルの改良としてはサブグリッドスケール応力の輸送方程式の生成項に着目し,等方型,非等方型の渦粘性モデルを導出した.これらのモデルはスマゴリンスキー型渦粘性モデルの導出において仮定されるSGSの乱流エネルギーの局所平衡仮説を用いておらず,より普遍的な乱流場に対して適用が可能なモデルと考えられる.これらのモデルを平行平板間乱流のLESに適用し,通常のスマゴリンスキーモデルの結果と比較した結果,非平衡非等方型渦粘性モデル,非平衡等方型渦粘性モデル,平衡等方型渦粘性モデル(スマゴリンスキーモデル)の順に,その有用性が示された.

Fig.2 Turbulent statistics at stagnation regionalong free jet axis

 また,スケール相似則モデルについては,一般に用いられるスマゴリンスキー型渦粘性モデルとの混合型モデルに対して,上述の非平衡型の渦粘性モデルを適用し,さらにLagrangianダイナミックSGSモデルの手法を用いてモデルの改良を行った.この結果通常のスマゴリンスキーモデルが壁近傍の組織構造の大きさを過大評価するのに対して,スケール相似則モデルと渦粘性モデルの混合型SGSモデルがこの傾向を緩和し,より小さい渦構造を捕らえることを確認した.

 これらの結果から,非平衡等方型渦粘性モデル,非平衡非等方型渦粘性モデル,および改良混合型モデルに対して,LagrangianダイナミックSGSモデルの手法を適用したモデルを複雑乱流場に対するSGSモデルとして提案した.

 これらのモデルを平面衝突噴流において実際にLES解析を行い,その有用性を調べた.この結果,混合SGSモデルは,自由噴流の遷移領域において不安定となり,早期に乱流遷移し,ノズル近傍において観察される組織的な双子渦を再現するに至らなかった.これは,この領域においてスケール相似則モデルがアライアジング誤差により不安定になる影響であると考えられ,この領域における解像度および低次精度の差分法に問題があると思われる.

 これに対して,非平衡等方型渦粘性モデル,非平衡非等方型渦粘性モデルは流れ場の性質を定性的によく捕らえた.特に平均流速については自由噴流領域,壁噴流領域,よどみ域の全てにおいて実験値と良好に一致した.乱流強度については等方型と非等方型に若干の差がみられた.即ち,非等方型モデルは全体的に等方型と比較して乱流強度を定性的に良好に予測するが,流れ場全体で実験値と比較してやや過小評価をする.これに対して等方型モデルは定性的な予測では非等方型モデルにやや劣るが,よどみ域近傍などでは実験値とかなり一致したレベルを予測していた.一般に等方型モデルは流れ場の組織的な渦構造を強く評価する傾向にあることが知られており,この影響がよどみ域にあらわれたものと考えられる.図2によどみ域における自由噴流軸上の乱流統計量について,等方型モデルと非等方型モデルの結果を示す.尚,図1における自由噴流の主流方向をy,壁噴流の主流方向をx,噴流のスパン方向をzとしている.

 LESにより得た解を用いて,レイノルズ平均乱流エネルギー,およびレイノルズ法線応力の収支を求め,よどみ域の乱流エネルギー輸送機構を解明した.図3によどみ域における自由噴流軸上の乱流エネルギーの収支を示す.この領域においては壁からやや離れた領域においては主流の減速による生成項の利得が支配的であるが,壁のごく近傍においては圧力拡散項による利得が支配的となった.この時,分子粘性による拡散が損失として支配的であり,分子粘性による散逸は大きくなかった.また,軸対象衝突噴流において観察される壁近傍でのエネルギーの統計的な負の生成は,平面衝突噴流においては壁のごく近傍においてわずかにみられるものの支配的ではなかった.

 レイノルズ法線応力の収支から,よどみ域においては,主流の減速によりエネルギーを得るのは壁方向の法線レイノルズ応力で,圧力歪みによりこのエネルギーが壁噴流の主流方向,およびスパン方向の法線レイノルズ応力に分配される機構が再現された.この時,壁噴流主流方向が得たエネルギーは,壁噴流の加速により再び主流へ返還される機構が再現された.

Fig.3 GS turbulent energy budjet

 これらの解析結果から,提案したサブグリッドスケールモデルの複雑乱流場に対する有効性が示され,LES解析の複雑乱流場への適用が可能となった.またLES解析により得られたデータから,実験では求めることが困難な,レイノルズ応力の輸送方程式における圧力歪み相関項などの項が求められ,これらのデータを用いてよどみ域のエネルギー輸送機構が解明された.この結果はレイノルズ平均乱流モデルのモデル開発において,有用なデータとなると考えられる.

審査要旨

 本論文は論文題目「平面衝突噴流のLES数値解析に関する研究」と題して,複雑なエネルギーの輸送機構を有する乱流場(複雑乱流場)へのLarge Eddy Simulation(LES)の適用を考慮したSub-grid scale(SGS)乱流モデルの開発,改良を行い,工学的に重要な流れ場の一つである平面衝突噴流へ適用し,その有用性を検討したものである.

 第1章では研究の動機,目的が述べられている.ここで申請者は,近年,乱流場の大きな特徴である三次元性、非定常性を直接反映する解析手法の必要性が高まっていることを研究の背景として指摘し,この解析手法の一つとしてLESに着目している.

 第2章ではLESの概念と近年のSGS乱流モデルについての現状について言及し、複雑乱流場をLES解析する為に解決すべき問題点を指摘している.そしてこの問題の解決策の一つとして、任意の流れ場への適用性を広げることを意図し、SGS渦粘性モデルとして一般に用いられているスマゴリンスキー型モデルを基礎として,モデルの導出過程においてSGS乱流エネルギーの生成率と散逸率の釣り合い,即ち局所平衡仮説を用いないモデル化手法の提案を行い、等方型渦粘性モデル,非等方型渦粘性モデルの2つのモデルの導出を行っている.

 第3章では,第2章で述べた知見を基に複雑乱流場を考慮したSGSモデルの構築を行い,実際に平行平板間乱流において数値実験を行うことでその有用性について検討している.即ち(1)第2章で導出した2種類の等方,非等方型渦粘性モデルの有用性,および(2)Bardinaらによるスケール相似則モデルに上述の渦粘性モデルを適用した改良型混合SGSモデルの提案とその有用性について,平均流速,および乱流強度をKimらによるDNSの結果と比較することで示している.この時,各SGSモデルに含まれるモデル係数の決定についてはGermanoらによるダイナミックSGSモデルに着目し、Meneveauらによる改良されたラグランジュダイナミックSGSモデルを応用することで、提案したSGSモデルの複雑乱流場への適用性を高めている.また適用するSGSモデルの違いによる、平行平板間乱流場において観察される壁近傍の渦組織構造の再現性,さらに,近年着目されているサブグリッドスケールからグリッドスケールへの乱流エネルギーの局所瞬時的な逆カスケードの再現性についても言及している.

 即ちこの章では,前述のラグランジュダイナミックSGSモデルと局所平衡を仮定しない渦粘性モデルを用いて,改良型等方型渦粘性モデル,改良型非等方型渦粘性モデル,改良型混合モデルの3種類のモデルを提案している.

 第4章においては,本論文において着目した平面衝突噴流について,物理的特徴,および工学的有用性について述べ,LESによる解析意義について言及している.また数値計算結果の検証の為に,衝突平板近傍の淀み域における乱流統計量について,Laser Doppler Velocimeter(LDV)により実験計測を行い乱流統計量を求めている.

 第3章で提案された3つのSGSモデルによる平面衝突噴流の数値解析結果から,スケール相似則モデルを併用した混合型モデルが,自由噴流の乱流遷移域において実験値と比較して早期に乱流遷移が起こることを指摘している.その他の2つの渦粘性型モデルについては特に平均流速の予測に対しては実験値を良好に再現しており,モデルの差も小さいことが示されている.一方乱流強度の予測に対しては,モデルによる差が観察されることが示されている.申請者はこの原因を、第3章における解析結果から類推して等方型渦粘性モデルの渦スケールの過大評価に起因していると考察している.

 また,この解析により得られた速度,圧力場のデータを基に淀み域におけるGS乱流エネルギー,およびGSレイノルズ垂直応力の収支を求めており,一般に実験において計測が困難な圧力歪み相関項,圧力拡散項などが求められている.この結果,流れ場の伸縮運動が支配的でレイノルズ平均モデルによる予測が困難な衝突淀み域の乱流エネルギーの輸送機構が明らかにされている.

 第5章においては全体の結論が述べられている.

 以上を要約すると,本研究において提案されたSGSモデルが平面衝突噴流場において有用であることが示された.このSGSモデルを用いたLES解析により、理工学における複雑乱流の素過程と構造の間の干渉に関して多くの知見を与えており、工学の進展に寄与する所が大きい.

 よって,本研究は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる.

UTokyo Repositoryリンク