学位論文要旨



No 112554
著者(漢字) 野木,高
著者(英字)
著者(カナ) ノギ,タカシ
標題(和) セラミックコーティングを有する接触面の弾性限界に関する研究
標題(洋)
報告番号 112554
報告番号 甲12554
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3832号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,孝久
 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 機械的な要因によって生ずる材料の摩耗は,真実接触部に作用する力によって表面に損傷が蓄積し,その結果として摩耗粉の脱落が生ずるという一種の破壊プロセスであると考えられる.したがって,表面の突起の大部分が弾性接触状態にある場合,塑性接触状態に比べて,摩耗量の大幅な減少が期待できる.弾性接触を実現するための有効な手段の一つはセラミックスなどの硬質材料で接触面をコーティングすることである.本研究では,セラミックコーティングを有する表面の接触について,表面粗さの影響を考慮して理論的ならびに実験的な検討を行った.特に,セラミックコーティングによる弾性接触の実現は耐摩耗性の向上に大きく寄与するとの見地から,弾性接触の限界を精確に予測することに重点をおいた.接触理論は,接触面の形状を決定論的に扱うモデルと,統計論的に扱うモデルの双方を用いて展開し,コーティング/基材の系において塑性変形が生ずるか否かを予測し,表面粗さ,基材の硬さ,コーティングの厚さなどのパラメータを適切に制御し弾性接触を実現することを主な目的とした.また,セラミックコーティングを有する試料を用いて球状圧子による押込み試験を行い,試験前後の表面形状の比較によって塑性変形挙動を調べるとともに,弾性接触の限界を数値シミュレーションで予測できるか否かを検討した.さらに,セラミックコーティングを有するローラを用いて転がり接触試験を行い,摩耗特性を調べるとともに,弾性接触を実現するコーティング/基材の設計によって耐摩耗性の向上が達成されるか否かを検討した.

 まず,決定論的に与えられる表面形状について解析を行う目的で,表面にコーティングを有する半無限弾性体と剛体圧子の弾性接触における表面の圧力および変位を表面粗さの影響を考慮して数値的に計算する方法を提案した.数値計算においては,圧力ベクトルに関する連立一次方程式の求解に共役勾配法(CG法)を用い,CG法の各反復における影響係数行列と方向ベクトルの積の計算に高速Fourier変換(FFT)を用いることによって計算時間の大幅な短縮を実現した.また,コーティングおよび基材の内部応力についても,FFTを用いて効率よく計算する方法を述べた.計算例として,剛体圧子の表面粗さを転がり摩耗試験で用いるローラの3次元実測データによって与え,S45C基材にTiNをコーティングした場合の接触を解析し,表面の圧力および変位は表面粗さの影響を著しく受けることを示した.また,内部応力の計算結果をvon Misesの条件に基づいて検討し,弾性接触の限界に及ぼす表面粗さおよびコーティング厚さの影響について計算結果を示した.特に,基材の降伏を避けるためには2乗平均平方根粗さRqの100倍以上の膜厚が必要であることを明らかにした.

 次に,統計論的に与えられる表面粗さについて解析を行う目的で,単純なGreenwoodとWilliamsonのモデルを,基材と異なる材料のコーティングを有する表面に対して適用できるように修正した.この修正GWモデルによれば,セラミックコーティングを有する接触面の弾性限界を,無次元膜厚,無次元圧力および塑性指数という3個のパラメータから推定し,塑性変形が生ずるか否かを予測することができる.また,高速度鋼SKH5と炭素鋼S45CにTiNをコーティングした場合について,弾性接触と塑性接触の境界における各パラメータの関係を求め,弾性接触を実現するために必要なコーティング厚さが容易に求められるように計算結果を図示した.特に,広範囲の無次元圧力において,弾性接触の限界に及ぼす基材の影響が無視できるのは,膜厚がSKH5について突起高さ分布の標準偏差2のおよそ30〜130倍,S45Cについて20〜80倍以上のときであることを明らかにした.さらに,転がり摩耗試験に用いるローラなどの表面形状を用いて,S45C基材にTiNをコーティングした場合の弾性接触限界に関する修正GWモデルと数値シミュレーションの比較を行った.その結果,両者の予測が多くの場合によく一致し,弾性接触を実現するコーティング/基材の設計を行う際に修正GWモデルが有効であることを示した.

 さらに,S45C,SKH5およびそれらにTiNをコーティングした試料を,先端半径200mの球状ダイヤモンド圧子によって押込む試験を行い,試験前後の表面形状の変化を調べるとともに,併せて,表面形状の測定データを用いて数値シミュレーションを行った.まず,試験前後の同一箇所の表面形状を原子間力顕微鏡(AFM)で測定することにより,表面に存在する多数の突起のそれぞれにおける塑性変形挙動の詳細な評価が可能であることを示した。それぞれの突起に塑性変形が生ずるか否かは,コーティングしない場合については数値シミュレーションによる圧力の計算結果と材料の硬さの関係からほぼ精確に予測できた.また,TiNをコーティングしたものについては,内部応力の計算結果とせん断降伏応力の関係からこれも精確に予測できた.さらに,相互相関係数を用いて押込み試験における弾性接触の限界を定量的に評価するとともに,数値シミュレーションによる予測の結果と比較した.その結果,両者がよく一致することがわかり,数値シミュレーションの妥当性が検証された.

 最後に,高速度鋼SKH5,炭素鋼S45CのローラおよびそれらにTiNをコーティングしたものを試料として,2円筒式試験機を用いて無潤滑転がり接触試験を行うとともに,併せて,試験ローラのGWパラメータを測定し,修正GWモデルによる解析を行った.まず,摩耗特性を調べた結果,TiNコーティングの摩耗量は表面粗さおよび基材の硬さによって大きく変化し,表面粗さがある程度小さい場合にのみコーティングによって摩耗が抑制できることがわかった。ここで,S45C基材の場合にはSKH5に比べて表面粗さをより小さくする必要がある.また,修正GWモデルを用いてローラの接触面積に占める塑性領域の割合Ap/Aを計算したところ,コーティングの摩耗量はAp/A値に大きく依存することが明らかになった.特に,Ap/Aがおよそ2%以下の場合にはTiNコーティングによって,コーティングしない場合に比べて摩耗量が減少する.したがって,Ap/A<0.02を設計の基準として,修正GWモデルを用いてこれを実現するコーティングおよび基材の設計を行うことにより,転がり接触における耐摩耗性の向上を達成することが可能となった.ここで,修正GWモデルによる解析においては膜厚のオーダのサンプリング間隔を用いることが推奨される.

審査要旨

 本論文は「セラミックコーティングを有する接触面の弾性限界に関する研究」と題し,6章からなる.

 機械的な要因によって生ずる材料の摩耗は,真実接触部に作用する力によって表面に損傷が蓄積し,その結果として摩耗粉の脱落が生ずるという一種の破壊プロセスであると考えられる.したがって,接触面をセラミックスなどの硬質材料でコーティングすることによって弾性接触状態を維持することができれば,摩耗量の低減が期待できる.本研究ではこの様な立場に立ち,セラミックコーティングを有する表面の接触について,表面粗さの影響を考慮して,理論的・実験的な検討を行った.

 第1章「序論」では,材料の摩耗のメカニズムに関する従来の研究を概説し,摩耗が一種の破壊過程であることを述べている.そして,多くの場合,破壊に先だって材料に塑性変形が生ずることを示し,表面を硬質弾性膜で保護することの意義を説いている.また,表面のミクロな粗さによって,表面に応力が集中することから,表面粗さを考慮することの重要性を述べている.そして,本研究の目的,本論文の構成を述べている.

 第2章「実表面モデルに基づく接触理論」では,まず,本研究で解析する対象として,表面粗さを有する剛体球面を半無限弾性体に押し付ける場合を説明している.そして,フーリエ周波数空間を利用した新たな3次元弾性理論解析手法を提案している.この手法では,圧力ベクトルに関する連立一次方程式の求解に共役勾配法を用い,各反復における影響係数行列と方向ベクトルの積の計算に高速フーリエ変換を用いることによって計算時間の大幅な短縮を実現し,従来の手法と比較して最大500倍のスピードでの高精度な計算を可能にした.この方法による解析を行って,基材の降伏を避けるためには二乗平均平方根粗さの100倍以上のセラミックコーティングの膜厚が必要であることなど,実用上有意義な結果を得ている.

 第3章「修正GWモデルに基づく接触理論」では,統計論的に与えられる表面粗さについて解析を行う目的で,単純なGreenwoodとWilliamsonのモデルを,基材と異なる材料のコーティングを有する表面に対して適用できるように修正した.この修正GWモデルを用いれば,接触面の弾性限界を,無次元膜厚,無次元圧力および塑性指数の3つのパラメータから推定できることを示している.そして,解析例として高速度鋼SKH5および炭素鋼S45CにTiNをコーティングした場合を想定し,前者では突起高さ分布の標準偏差のおよそ20〜80倍,後者では30〜130倍の厚さのコーティングがあれば,弾性接触の限界におよぼす基材の影響が無視できることを示した.続いて修正GWモデルによる計算結果を第2章の実表面モデルに基づく接触理論による計算の結果と比較し,両者がよく一致することより,統計論的に与えられる表面粗さを持つ表面の接触にはこのモデルが有効であることを示している.

 第4章「球状圧子による押込み試験」では,SKH5,S45CおよびそれらにTiNをコーティングした平面試料を先端半径200mの球状ダイヤモンド圧子によって押込む試験を行い,試験前後の表面形状の変化を調べるとともに,表面形状の測定データを用いて接触の数値シミュレーションを行った.そして,実験と計算との比較から,粗さのそれぞれの突起に塑性変形が生ずるか否かについては,コーティングしない場合については圧力の計算結果と材料の硬さとの関係から精確に予測できること,コーティングした場合については内部応力の計算結果とせん断降伏応力との関係から精確に予測できることを示した.また,相互相関係数を用いて押込み試験における弾性接触の限界を定量的に評価する方法を提案し,計算結果からその妥当性を示している.

 第5章「転がり接触における摩耗試験」では,SKH5,S45CのローラおよびそれらにTiNをコーティングしたものを試料として,2円筒式試験機を用いて無潤滑転がり摩耗試験を行った.併せて,試験ローラのGWパラメータを測定し,修正GWモデルによる解析を行った.まず,摩耗特性を調べたところ,TiNコーティング材の摩耗は表面粗さおよび基材の硬さに大きく依存し,表面粗さがある程度小さい場合にのみコーティング膜の摩耗抑制効果が現れることを示した.また,基材の硬さが小さい場合には表面粗さを小さく抑えなくてはならないことを示している.そして,塑性変形面積の真実接触面積に占める割合を2%以下に抑えるようにコーティングおよび基材の設計を行うことにより転がり接触における耐摩耗性の向上が期待できることを示した.

 第6章「結論」では,以上の結果を総括している.

 以上を要するに,本研究は転がり接触におけるセラミックコーティングおよび基材の設計を目的として,表面の粗さを考慮した解析手法を提案するとともに,その妥当性を実験的に示した.本研究で得られた知見は機械工学およびトライボロジーに寄与するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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