本論文は、外科手術において極めて重要な血管に関して数理形態学を用いた新しい情報取得方法を実現し、更に血管内手術支援システムへ応用し臨床データによる評価からその有効性を明らかにしたものである。 近年、低侵襲治療の実現を目的とし外科手術において医用画像情報の利用は必須のものとなっている.中でも血管の三次元形状は最も重要な情報であるが、従来の三次元画像処理による特徴抽出は、正常な血管形状を前提としているため動脈瘤などの異常形態に対処しきれず外科手術に有効な情報を十分に提供できていなかった.本論文は数理形態学的演算の応用により手術支援に必要な血管形状情報を取得する方法を開発し、具体的な手術支援システムへ応用することを目的としている。 本論文ではまず血管形状を取得する原画像となる三次元医用画像について、必要な情報を得るための撮像方法を論じている.現状の問題として、医用画像撮影がまず診断を主目的としていることから最大公約数的な画像が撮影されており、手術支援に必要十分な情報が入手できていないことを指摘している.そこで最適な情報を得る手法として撮影範囲などを手術目的に合わせて設定した術中医用画像を挙げている.本論文では特に血管造影像を考え、領域抽出により血管部分のみを取り出した三次元画像を原画像としている。 次に血管形状の情報を手術支援に適した形で提供するための表現形式とその取得手法を述べている.手術支援用の血管形状としては特に分岐構造や異常部分を医師の認識に近い形式で明示的に表現するため、主観的に「枝」として認識される部分を単位として構造化し、それらが接続されたものを血管形状情報とした.そして実際にこのような情報を取得するために、与えた構成要素により形状解析を行う数理形態学を利用した.本論文では数理形態学的演算のうち原図形を膨張させるDilation処理を応用している.具体的には与えられた血管の全体形状に対して分割初期点を設定し、これに球を構成要素とするDilation処理を施し原形状との和をとる.これを第1成分として再度Dilation処理を行い、最終的に原形状全体が成分の集合で覆い尽くされるまで繰り返す.その後、同一成分の中で相互に連結していない領域を「クラスタ」として再分割することで、接続関係を持ったクラスタの集合として血管の原形状を表現する.クラスタ間の接続情報は形状の分岐構造を定義し、クラスタの体積は血管径算出や異常形態識別に用いる特徴量となる.この手法は与える構成要素の規定により処理結果が制御されるため、従来の細線化処理で問題であった突起部分等の形状雑音を除去するという利点を持つ。 本手法の評価のため形状雑音を含む合成画像データを対象として適用した.結果から構成要素の大きさによる形状雑音の低減効果が明らかにされた.また瘤を模擬した異常形態を含む合成画像データに適用した結果、クラスタ体積の分布から異常形態部分を抽出できることを示した.その応用として臨床の頭部血管造影像を用い対話的な閾値決定によりクラスタ体積による巨大脳動静脈奇形抽出を行った。 具体的な手術支援への応用として、血管情報を高度に利用する外科的治療法であることから脳神経外科における血管内手術を対象とした.これはX線透視下で大腿から挿入したカテーテルを脳まで到達させて動脈瘤等の処置を行うものであり大きな視覚的・手技的困難を伴う.そこで本研究ではまず視覚面で医師を支援するため術前の医用画像から取得した血管形状情報を可視化しX線透視画像に合成して表示するシステムを開発した.血管形状とX線透視画像はマーカにより三次元的に位置合わせされ、医師は様々な視点から合成画像を観察できる.従って侵襲度の高い造影剤を用いずとも血管形状や病変部位の情報を得られ、またこれまで術中には不可能だった範囲の血管をも観察することができる.更に任意の部分について体積など構造化された血管形状情報を得られる.本システムを臨床に用いた結果、医師に対し広い視野を提供出来ること、病変部位の形状の可視化と構造情報の提供により手術計画が容易に行えることから低侵襲手術の実現に大きく貢献するものであることが明らかとなった.更なる血管形状情報の利用として、メカトロニクスによるカテーテル操作の制御を行うためのカテーテル先端位置の推定を行い、模型による評価実験から臨床に許容できる精度を持つことが示された。 考察において、血管情報の取得手法における構成要素の大きさの決定の重要性を挙げている.そのため非対称の構成要素の導入や、医師の判断を反映するための対話的インタフェースの必要性を述べている.またクラスタ体積の分布が分岐部分で特異な傾向を示すため、異常形態の分析はクラスタ体積と位相情報を統合して行わなければならないとしている.更に血管内手術支援システムにおける構造化された血管情報の利用は低侵襲治療を実現し患者のQuality Of Lifeを向上させるものであり大きな意義を持つことを論じている。 以上から本論文では、手術支援のための血管形状の情報について数理形態学的演算によりクラスタを単位として分割・構造化する手法を実現し、この手法は形状雑音を除去し異常部分や分岐構造を従来より正確に表現できること、及び血管内手術において低侵襲治療の実現に有効であることを明らかにした。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |