学位論文要旨



No 112555
著者(漢字) 増谷,佳孝
著者(英字)
著者(カナ) マスタニ,ヨシタカ
標題(和) 三次元医用画像処理による血管の形態情報の取得およびその血管内手術支援への応用
標題(洋)
報告番号 112555
報告番号 甲12555
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3833号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 松本,博志
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 講師 鈴木,真
内容要旨

 近年の医用画像関連技術の発展はめざましく、定量的な情報の抽出など、積極的に診断・治療などの医療行為全般において利用されるという状況にある。近年盛んな手術支援においても各種画像情報の果たす役割は大きい。その中でも血管という臓器の提供する情報は、最も重要なものの一つである。血管という臓器の形状は、脳、肝臓などの実質臓器と比較して「細長く、分岐している」ことが特徴的である。コンピュータグラフィクスにより臓器形状の可視化、手術シミュレーションを行う臓器モデリングにおいて、分岐構造を陽に計算機内に保持する構造化モデリングの手法が既に研究されている。しかしながら、3次元画像処理における特徴抽出法の問題などから、手術支援において必ずしも有効な情報の提供がなされていない。特徴抽出法として最もよく用いられているのは細線化であるが、細線化に基づく血管の構造化モデリングにおいては、動脈瘤などの異常形態の処理、形状の雑音に対する反応などの問題点が存在する。本研究では、数理形態学的演算の閉空間への応用により、血管形状の特徴を抽出する手法を開発した。

 本研究で開発した特徴抽出法は、領域抽出などに用いられる領域拡張法の概念を数理形態学における構成要素を用いることによって一般化し、特徴抽出に応用したものである。細線化処理による構造情報の取得と異なり、構成要素の規定により処理の効果を制御できる点が最大の特徴である。即ち、血管形状表面における構成要素のサイズ以下の突起物やループは「枝」として抽出しない。本手法は基本的に構成要素を用いた領域拡張による形状の成分への分解に基づいている。その手順は、まず形状の表面に領域拡張の開始点を与え、その点に対して構成要素を用いたDilationを血管形状内の閉空間内に限定して行った結果の領域を第1成分として定義することから始める。その点に対して数理形態学的演算のDilationを血管形状内の閉空間内に限定して繰り返し行う。そして、n回目のDilation処理によって拡張した部分を第n成分とする。これを形状全体を覆い尽くすまで繰り返した後、別々の成分、および同一の成分でも空間的に連結性のない領域は別々の領域として独自の識別子を与え、これらをクラスタとして定義する。これにより最終的に形状全体をクラスタと呼ばれる小領域に分解する。クラスタ間の接続情報は、形状の分岐構造を定義するものであり、クラスタの体積は、血管径、あるいは異常形態識別への特徴量となる。

 実験として、分岐のない棒状の血管形状表面に雑音形状を与え、構成要素のサイズを変え、構造抽出を試みた(図1)。雑音量として0%,2%,4%,6%の4種を与えた。構成要素(球)の大きさにより、形状表面の雑音を枝として抽出する感度が低下していく様子が観察された。但し、単調減少ではなく僅かに周期的な増減を繰り返しながら減少していくのは、成分(あるいはクラスタ)境界上に存在する分岐の抽出における不確定性を示しており今後の改善点として挙げられる。また、臨床データにおける巨大脳動静脈奇形(Gigantic AVM:Arterio-Venous Malformation)に対してクラスタへの形状分解を行い、クラスタ体積により動静脈奇形を検出し分離した(図2において形状はクラスタごとに異なる色で着色されている)。

図1 構成要素の大きさによる分岐検出能の差異図2 臨床画像における血管形状のクラスタへの分解(左)およびAVM形状分離(右)

 これら病変部を含めた血管の構造的情報など、臓器としての高度な情報を統合して血管の「形態情報」と定義し、より高度な手術支援を試みた。

 具体的には、血管の形態情報を利用して脳神経外科における血管内手術支援を行うシステムの開発を行った。血管内手術は、通常の観血的直達術適用の困難が予想される例、即ち手術対象である病変が深部にあり到達するには多大な侵襲を余儀なくされるなどの場合適用され、X線透視像によるモニタ下において、大腿部より挿入したカテーテルを脳部まで到達させて動脈瘤の塞栓などを行うものである。視覚的困難、手技的困難を伴うが、本システムは、本来カテーテル先端より造影剤を注入しなければ観察のできない血管を、術前に撮影したX線CT像などから作成した血管モデルのマーカを用いた投影幾何における位置合わせに基づいて可視化することにより、視覚的困難を克服するものである。また、位置合わせの成否の指標として、複数マーカの2次元座標の逆変換の直線と3次元座標との距離の平均値を「再投影距離」として定義した。実験としては3次元、および2次元におけるマーカ座標入力の誤差に対する位置合わせの耐性試験を再投影距離の評価により行った(図3)。その結果、マーカは広く分散させ、かつ座標の偏位を平行移動により取り除き、原点を取り囲むような状態で投影変換行列を取得することにより、高精度、かつ安定性の高い位置合わせが実現できることが明らかとなった。また、実際に動脈瘤の症例に対して臨床使用を行った結果を図4に示す。このとき再投影距離による位置合わせの評価は2.6mmであった。本来侵襲度の高い造影剤を使用することなく、血管系、および病変である動脈瘤が可視化された。また塞栓の難易度を決定する動脈瘤の入口部分の形状の可視化により、手術に有用な情報を提供し、定侵襲手術の実現に貢献した。その他将来的にカテーテル操作のメカトロニクス技術などによる自動化の際に必要となる、カテーテル先端位置の3次元空間における推定を、一方向からの投影像と血管の形態情報における構造情報を用いて行う手法も開発した。

 以上のように本研究で実現した医用画像情報の処理に基づく血管の形態情報の提供は、高度な手術支援を可能とし、最終的に患者のQOL(Quality Of Life)の向上に結びつき、高齢化社会を迎えた我が国において社会的意義の大きいものであると考えられる。

図3 マーカ座標への雑音混入に対する位置合わせの耐性左:マーカ2次元座標に雑音混入、右:同3次元座標再投影距離による評価図4 3次元血管モデルとX線透視像の術中重ね合わせ左上:重ね合わせ像全景、右上:動脈瘤内からの眺め下:重ね合わせ像の血管付近の拡大図矢印は動脈瘤
審査要旨

 本論文は、外科手術において極めて重要な血管に関して数理形態学を用いた新しい情報取得方法を実現し、更に血管内手術支援システムへ応用し臨床データによる評価からその有効性を明らかにしたものである。

 近年、低侵襲治療の実現を目的とし外科手術において医用画像情報の利用は必須のものとなっている.中でも血管の三次元形状は最も重要な情報であるが、従来の三次元画像処理による特徴抽出は、正常な血管形状を前提としているため動脈瘤などの異常形態に対処しきれず外科手術に有効な情報を十分に提供できていなかった.本論文は数理形態学的演算の応用により手術支援に必要な血管形状情報を取得する方法を開発し、具体的な手術支援システムへ応用することを目的としている。

 本論文ではまず血管形状を取得する原画像となる三次元医用画像について、必要な情報を得るための撮像方法を論じている.現状の問題として、医用画像撮影がまず診断を主目的としていることから最大公約数的な画像が撮影されており、手術支援に必要十分な情報が入手できていないことを指摘している.そこで最適な情報を得る手法として撮影範囲などを手術目的に合わせて設定した術中医用画像を挙げている.本論文では特に血管造影像を考え、領域抽出により血管部分のみを取り出した三次元画像を原画像としている。

 次に血管形状の情報を手術支援に適した形で提供するための表現形式とその取得手法を述べている.手術支援用の血管形状としては特に分岐構造や異常部分を医師の認識に近い形式で明示的に表現するため、主観的に「枝」として認識される部分を単位として構造化し、それらが接続されたものを血管形状情報とした.そして実際にこのような情報を取得するために、与えた構成要素により形状解析を行う数理形態学を利用した.本論文では数理形態学的演算のうち原図形を膨張させるDilation処理を応用している.具体的には与えられた血管の全体形状に対して分割初期点を設定し、これに球を構成要素とするDilation処理を施し原形状との和をとる.これを第1成分として再度Dilation処理を行い、最終的に原形状全体が成分の集合で覆い尽くされるまで繰り返す.その後、同一成分の中で相互に連結していない領域を「クラスタ」として再分割することで、接続関係を持ったクラスタの集合として血管の原形状を表現する.クラスタ間の接続情報は形状の分岐構造を定義し、クラスタの体積は血管径算出や異常形態識別に用いる特徴量となる.この手法は与える構成要素の規定により処理結果が制御されるため、従来の細線化処理で問題であった突起部分等の形状雑音を除去するという利点を持つ。

 本手法の評価のため形状雑音を含む合成画像データを対象として適用した.結果から構成要素の大きさによる形状雑音の低減効果が明らかにされた.また瘤を模擬した異常形態を含む合成画像データに適用した結果、クラスタ体積の分布から異常形態部分を抽出できることを示した.その応用として臨床の頭部血管造影像を用い対話的な閾値決定によりクラスタ体積による巨大脳動静脈奇形抽出を行った。

 具体的な手術支援への応用として、血管情報を高度に利用する外科的治療法であることから脳神経外科における血管内手術を対象とした.これはX線透視下で大腿から挿入したカテーテルを脳まで到達させて動脈瘤等の処置を行うものであり大きな視覚的・手技的困難を伴う.そこで本研究ではまず視覚面で医師を支援するため術前の医用画像から取得した血管形状情報を可視化しX線透視画像に合成して表示するシステムを開発した.血管形状とX線透視画像はマーカにより三次元的に位置合わせされ、医師は様々な視点から合成画像を観察できる.従って侵襲度の高い造影剤を用いずとも血管形状や病変部位の情報を得られ、またこれまで術中には不可能だった範囲の血管をも観察することができる.更に任意の部分について体積など構造化された血管形状情報を得られる.本システムを臨床に用いた結果、医師に対し広い視野を提供出来ること、病変部位の形状の可視化と構造情報の提供により手術計画が容易に行えることから低侵襲手術の実現に大きく貢献するものであることが明らかとなった.更なる血管形状情報の利用として、メカトロニクスによるカテーテル操作の制御を行うためのカテーテル先端位置の推定を行い、模型による評価実験から臨床に許容できる精度を持つことが示された。

 考察において、血管情報の取得手法における構成要素の大きさの決定の重要性を挙げている.そのため非対称の構成要素の導入や、医師の判断を反映するための対話的インタフェースの必要性を述べている.またクラスタ体積の分布が分岐部分で特異な傾向を示すため、異常形態の分析はクラスタ体積と位相情報を統合して行わなければならないとしている.更に血管内手術支援システムにおける構造化された血管情報の利用は低侵襲治療を実現し患者のQuality Of Lifeを向上させるものであり大きな意義を持つことを論じている。

 以上から本論文では、手術支援のための血管形状の情報について数理形態学的演算によりクラスタを単位として分割・構造化する手法を実現し、この手法は形状雑音を除去し異常部分や分岐構造を従来より正確に表現できること、及び血管内手術において低侵襲治療の実現に有効であることを明らかにした。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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