学位論文要旨



No 112556
著者(漢字) 方,榮鳳
著者(英字)
著者(カナ) バン,ヨンボン
標題(和) 小径穴加工用自動ボール盤の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 112556
報告番号 甲12556
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3834号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 助教授 黒澤,実
内容要旨

 産業の発達に伴って,機械部品の精密化,電子回路の高集積化が進んでいる.その中,小径穴加工の需要も増加し,また,加工の要求条件の段々難しくなる.本論文は小径穴ドリル加工機の開発に関することである.論文の前半部は磁気浮上テーブルを用いた中心合わせ加工の自動化に関することであり,論文の後半部はボイスコイルモータを用いた小径穴加工用自動ボール盤の開発に関することである.前半部研究の加工対象はノズルであり,後半部研究の加工対象はプリント基板である.

1.磁気浮上テーブルを用いた中心合わせ穴加工の自動化

 中心合わせ穴加工が要求される代表的な例としてノズル加工がある.図1はノズルの基本的な形であり,下穴(入口穴)の先端に微小穴(出口穴)加工を行う.この時,下穴先端にドリルの軸芯を合わせる必要がある.中心が合っていない状態で穴加工を行うと,ドリルの折損,ドリルの寿命短縮,穴品質の低下などが生じる.本研究の実験での加工対象である紡糸用ノズルの加工は,今のところでは,熟練技術者の手仕事(定盤とボールを用いた作業)によって行われている.

 本研究では,ノズル加工物を図2の示す鉄材テーブル上に固定し,テーブルを磁気浮上させ,摩擦抵抗が無い状態で中心を合わせる.中心が合ってから,テーブルの支持剛性を高くし,穴加工を行う.本論文の実験では0.1mm径ドリルを用いた中心合わせ穴加工作業も自動化している.

図1 ノズルの基本的な形図2 磁気浮上テーブルシステム
2.ボイスコイルモータを用いた小径穴加工用自動ボール盤の開発

 今までの殆どの自動ボール盤ではスピンドルの直線運動機構としてボールネジとサーボモータとが使用されている(図3).本研究では,ボイスコイルモータを用いてスピンドルをダイレクト駆動する(図4).ボイスコイルモータを用いるダイレクト駆動によって下記することが可能になる.

図3 ボールねじを用いた送り機構図4 ボイスコイルモータのダイレクト駆動を用いた送り機構2.1高速駆動と応答性

 ボイスコイルモータを用いたダイレクト駆動によってスピンドルの高速駆動が可能になる.試作機のスピンドルが2m/minの送り速度で下がっている時,上昇指示すると,1ms以内に停止し,21msで10mm上昇・停止した.高い応答性の送り機構はドリル折れ防止実現のためには必須のことである.また高速駆動はステップフィード加工時の加工時間を減らすことに役に立つ.

2.2軸方向外力測定

 ボイスコイルモータの推力はコイルに流れる電流に比例する.したがって,コイルに流れる電流を測定すると,推力を測定できる.図5は0.2mm径ドリル加工時の切削スラストを測定した結果である.ボイスコイルモータの電流変化に推力定数を掛けて得た推力変化が,切削動力計(Kistler9065)で測定した切削スラストとほぼ一致していることがわかる.

図5 穴加工時の切削スラストとボイスコイルモータの推力変化
2.3ドリルの折れ検出

 ドリルが加工中折れてしまった場合,ドリルが折れたまま次の穴加工を続けてはいけない.上記の軸方向外力測定機能を用いると,別途のセンサを設けることなく,ドリルの折れ検出が可能になる.すなわち,ドリルが折れた場合,加工が始まる距離をスピンドルが移動しても,切削スラストが検出されないので,ドリルが折れていることがわかる.プリント基板を加工物にした実験を行った.

2.4軸方向への支持剛性調整

 可動部(スピンドル部)位置制御系のフィードバックゲインを変えることによって,スピンドル軸方向への支持剛性を変えることができる.支持剛性が小さい場合はスピンドルをスプリングを通して動かしていることと同じく考えられ,クッション効果がある.

2.5加工面までの距離測定

 軸方向支持剛性調整機能と軸方向外力測定機能とを用いると,別途のセンサを設けることなく加工面までの距離測定が可能になる.

 ドリルは回転させずに,軸方向の支持剛性を小さくした状態で,ドリルをゆっくり下げながら,ドリルと加工面との接触によるスラストが検出されるかを継続的にチェックする.スラストが検出される時の変位が原点から加工面までの距離である.軸方向の支持剛性を小さくした状態でドリルを下げるようにしたことは,ドリルが加工面と接触する時,大きな力が加わって,ドリルが折れることを防止するためである.実験によると,加工面までの距離を5m以下の再現性で測定できた.

2.6切削スラスト制御加工

 ボイスコイルモータのダイレクト駆動を用いると,送り速度を制御する加工だけでなく,切削スラストを制御する加工も可能になる.切削スラスト制御加工を行うと,送り速度は加工負荷に応じてが自動的に決まる.

 図6は0.3mm径のドリルで厚さ0.75mmのガラスエポキシ4層基板の4枚重ねを加工スラスト21Nで加工した結果を示す.実際加工時間83ms,ドリルの移動時間を含んだ全体加工時間130msであった.加工深さが深くなるほど送り速度が小さくなることが分かる.

図6 スラスト制御加工時のスピンドルの変位・速度,推力
3結論

 磁気浮上テーブルを用いると,中心合わせ穴加工を自動化することができるということを示した.

 (1)中心合わせの時,浮上テーブルの水平方向の支持剛性だけでなく垂直方向の支持剛性も低い状態におくことにより,0.1mm径までの中心合わせ穴加工を実現した.

 (2)中心合わせアルゴリズムを改良することにより,中心合わせにかかる時間を減らした.また,中心合わせに失敗しないように安定性を高めた.

 (3)中心合わせ過程をシミュレーションし,適切な支持剛性を求めた.

 ボイスコイルモータを用いてスピンドルを送る小径穴加工用自動ボール盤は下記の長所があることを示した.

 (1)スピンドルの高速駆動と高い応答性が得られる.

 (2)別途のセンサを設けることなく,軸方向外力を測定することができる.

 (3)別途のセンサを設けることなく,ドリル折れを検出することができる.

 (4)軸方向への支持剛性を変えることができる.

 (5)別途のセンサを設けることなく,ドリル先端から加工面までの距離を測定することができる.

 (6)スラスト制御加工ができる.

審査要旨

 本論文は「小径穴加工用自動ボール盤の開発に関するに関する研究」と題し、ノズルの微細穴加工や多層プリント基板のスルーホールの微小径加工の自動化と高速化を目的として、能動形磁気浮上機構と直流リニアモータを利用した新しい自動ボール盤の開発を行った一連の研究を纏めたものである。

 論文は14章から構成されている。

 第1章「序論」では、研究の背景および目的を述べている。各種の微小穴加工技術の現状を調査し、ドリル加工と他の微細穴加工法との比較を行い、ドリル加工の有用な分野を明確にし、解決すべき課題を示している。また、本論文で開発した自動ボール盤で重要な要素技術である磁気浮上の現状を紹介している。第2章から第7章までは、磁気浮上テーブルを用いた微細穴加工における下穴と微小径ドリルの中心合わせの自動化に対して行った研究を述べている。

 第2章「中心合わせ穴加およびその自動化方向」では,合成繊維用口金の直径が0.2mm程度の微細穴加工の技術の現状を述べ、下穴の中心と微細穴加工用ドリルの中心合わせの自動化が最も重要な課題であることを述べている。第3章「磁気サーボ浮上テーブルの原理」では,中心合わせ穴加工を自動化するために開発した磁気浮上テーブルの原理と制御系の設計について述べている。加工対象物を保持したテーブルを制御した磁気吸引力で能動的に非接触支持することによって、微小径の穴加工の自動化に役立つ3機能、つまり、6自由度の精密位置決め機能、力センシング機能、可変コンプライアンス機能を得られることを示し、これらを実現するための設計法を示している。4章「磁気サーボ浮上テーブル実験装置」では,構想に基づいて試作した磁気浮上テーブルとNCボール盤で構成した加工実験装置について述べている。

 第5章「磁気サーボ浮上テーブル実験装置の各機能の実験」では、実際の穴加工に先立ち、磁気サーボ浮上テーブルの3機能の確認を行い、その性能を明らかにしている。第6章「ドリルと下穴の中心合わせ」では、下穴との中心合わせの方法について検討し、幾つかの方法を提案し、それらを実現するための、磁気浮上テーブルの支持剛性の設定について論じている。第7章「加工実験」では,中心合わせに関する種々の加工実験を行い磁気浮上テーブルの有効性を確認している。水平方向の支持剛性を低くすることによって、下穴の傾斜面に沿ってドリルが下降するに伴って、自動的に下穴の中心とドリル中心を一致するようにできることを実証し、直径が0.1mmのドリルによる口金のノズル加工に成功している。

 第8章から第13章までは、ドリルの軸方向の駆動に直流リニアモータであるボイスコイルモータを利用した小径穴加工機の開発について行った研究を述べている。第8章「ボイスコイルモータを用いた小径穴加工用自動ボール盤」では,直流リニアモータによるダイレクト駆動を行う方式を検討し、今回は試作が最も簡単であるスピンドルモータ全体を駆動する方式を選択し、設計に必要な仕様を定めた。この過程で、複数のボイスコイルモータで駆動する場合に、応答を一致させるため、ボイスコイルモータのコイルを直列結合する方法を見いだしている。

 第9章「自動ボール盤実験装置」では,開発した実験装置の各部の要素を制御装置の詳細を述べている。第10章「軸方向外力測定」では,ボイスコイルモータを用いた自動ボール盤の重要な機能の一つである軸方向外力測定について行った研究について纏めている。ボイスコイルモータの駆動電流から、加工力を推定しようとする考えに基づき、当初懸念したほどには、慣性力の影響は小さく、極めて良好に、ドリル切削時のスラスト力の検出が可能であることを明らかにしている。第11章「可動部の高速送り」では,自動ボール盤のスピンドルの送りの高速化のために行った実験について述べている。プリント基板の穴あけ加工においては、単位時間あたり如何に多数の穴を加工できるかが、最も重要である。ダイレクト駆動の採用によって、従来のボールねじと回転形サーボモータを利用した方式に比べて、数倍の速さで加工が可能であることを実証している。

 第12章「ドリル折れ検出および加工面までの距離検出」では,ボイスコイルモータの電流の情報を利用して、歩留まり向上のためのドリル欠損検出技術と、加工時間の短縮に繋がる加工面までの距離検出技術の開発を行っている。第13章「スラスト制御加工」では、切削時のスラストが一定値になるように、制御系を構成する方法を提案し、ドリルの折損を大幅に低減できる高速微細穴加工が実現できることを実験で明らかにしている。

 第14章は、本論文を総括するとともに、今後の残された研究課題と、これらの問題を解決するための指針を述べている。

 このように、本論文では、微小穴加工の自動化と高速化に非常に役立つ、磁気浮上サーボ機構による浮上テーブルとボイスコイルモータによる駆動という2つの技術の開発を行っており、その有効性を試作機によって確認している。本研究で得られた成果は、実用面での価値は極めて高く、産業界から注目されている。多層プリント基板では、0.1mmより小さい径のスルーホールが利用されようとしており、開発した自動ボール盤が役立つものと期待出来る。このように、本論文の研究成果は、精密加工学の進展に寄与するだけでなく、産業の発展に大きく貢献するものと言える。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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