学位論文要旨



No 112557
著者(漢字) 濱田,邦裕
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,クニヒロ
標題(和) 板骨構造物を対象とした製品モデルの表現方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 112557
報告番号 甲12557
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3835号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 小山,健夫
 東京大学 教授 大坪,英臣
内容要旨

 製造業を取り巻く環境の急激な変化に伴い、新しい計算機支援による設計・生産システムの構築が望まれており、計算機によって統合化された設計・生産システム(CIM:Computer Integrated Manufacturing system)が注目されている。成熟産業と言われる造船業も例外ではなく、次世代の設計・生産システムとして造船CIMの構築が必要である。

 造船CIMを構築するためには、設計・生産活動を統合的に支援するための概念が必要である。一方、計算機を利用して設計・生産活動を統合的に支援するための重要な概念の1つとして製品モデルの概念が提唱されている。製品モデルは、設計・生産活動で必要となる製品情報を可能なかぎり計算機内部に記述し、製品情報を統合的に管理するための概念である。造船CIMにおいても製品モデルの重要性が認識されており、製品モデルを構成する製品情報や(情報処理)機能の明確化を目的とした様々な研究が行われてきた。

 しかし、統合化された設計・生産システムを構築するためには、「全体は部分の和以上のものである」ことを十分に認識しなければならない。製品情報や機能は製品モデルを構成する要素であり、製品情報や機能を明確化することは製品モデルを構成する部分部分を明確化することである。製品モデルを構築するためには部分を明確化することのみでは不十分であり、各部分が有機的に結合された製品モデル全体の構造について検討し、全体としての製品モデルを如何に表現すべきかについて検討することが重要と考えられる。

 以上の考えに基づき、本研究では造船業界が製造対象とする船や海洋構造物などの板骨構造物を対象として、製品モデルの表現方法に関する研究を行っている。具体的には、製品モデルの適切な表現方法を明確にすること、更にその表現方法に基づいて製品モデルのプロトタイプ・システムを構築することを本研究の目的とする。

 製品モデルの全体像を把握するためには、設計・生産活動の支援の視点や情報処理の視点など、様々な視点から製品モデルを捉えてその特徴を整理することが重要と考えられる。そして全体としての製品モデルを表現するためには、製品モデルの特徴を踏まえて適切な製品モデルの構造や表現方法を検討することが必要である。そこで本研究では、以下に示す視点から製品モデルの特徴を整理している。

 ・設計・生産活動の支援の視点

 ・製品モデルの開発の視点

 ・情報処理と、設計・生産活動との関連の視点

 ・製品モデルに関連する要素技術の視点

 ・製品モデルの規模の視点

 ・システム構築の視点

 そしてこれらの視点からの整理の結果、製品モデルの表現方法には以下に示す4つの項目が要求されることが分かった。

 a)製品モデルを情報や機能の構成として表現できること

 b)製品モデルの多面性を表現できること

 c)情報や機能が部品化(モジュール化)されていること

 d)製品モデルの柔軟性・拡張性が確保されていること

 以上の要求項目を考慮すると、情報や機能を一旦適切な単位(大きさ)まで分解し、分解した部品を何らかの方法によって組み合わせて、製品モデル全体を表現することが有効と考えられる。本研究では情報や機能の間に存在する「関係」に着目し、情報や機能を「関係」を用いて組み合わせることによって製品モデルを表現する。このように製品モデルを表現することによって、上記a)〜d)の要求項目は次に示すように満足される。

 a)本研究の手法によると、製品モデルは情報や機能が関係によって結合された結合体として表現される。このため、製品モデルを情報や機能の構成として捉えることが可能である。

 b)関係を目的に応じて種類分けすることによって、製品モデルをある特定の関係に着目して捉えることが可能となる。従って、ある特定の関係に着目して製品モデルを捉えることによって、製品モデルを様々な側面から捉えられる。

 c)情報や機能が適切な単位まで分解されているので部品化は達成されている。

 d)関係を自由に定義・削除できる構造となるので、情報や機能の追加・変更は容易に実施可能であり、製品モデルの柔軟性・拡張性は確保される。

 ところで、情報や機能を関係によって結び付けることによって製品モデル全体を表現するためには、製品モデルにおける関係を目的や特徴に応じて整理することが重要である。本研究では、製品モデルにおける関係を以下のように分類した。

 (1)参照関係:情報の参照を目的とする情報から情報への関係。

 (2)制御関係:情報の変換を実現するための機能から機能への関係。

 (3)変換関係:情報の変換を表現する関係であり、情報から機能への関係と機能から情報への関係によって表現される。変換関係は以下の2つの関係に分類される。

 3a)生成関係:製品モデルの内部の情報を生成するための変換関係。

 3b)抽出関係:製品モデルの情報を利用して、製品モデルの外部の情報を生成するための変換関係。

 また、関係によって情報や機能を結び付けるためには、関係を用いて製品モデルを記述する際に情報や機能がどのように表現されるかを明確にしなければならない。本研究では上記4種類の関係を考慮すると情報及び機能がどのように表現されるかを検討し、製品モデルを構成する様々な情報や機能を以下の3つの層によって分類・整理している。

 (1)認識層:複数の実体層の情報や属性層の情報によって表現される設計者の設計対象の認識に対応するための情報、及びそれらの情報を生成するための機能が属する層。

 (例)中間製品、中間製品の生成機能etc.

 (2)実体層:現実の世界において最小の単位となる実体の情報、及びそれらの情報を生成するための機能が属する層。

 (例)部材、部材の分割機能etc.

 (3)属性層:実体の一側面を表現するための属性情報、及びそれらの情報を生成するための機能が属する層。

 (例)形状、面分と面分との交線を計算する機能etc.

 その結果、製品モデルは複数の情報や機能が関係によって結合された結合体として表現される。情報の生成や抽出が必要な時は、情報から変換関係を介して機能に生成や抽出の要求が発せられ、機能によって要求された情報処理が行なわれる。また、製品モデルに記述された情報の参照が必要な時は、参照関係を辿ることによって目的とする情報が参照される。

 以上のように製品モデルを表現することによって、製品モデルが情報と機能の構成として捉えられると同時に、情報や機能の部品化が実現される。そして、ある特定の関係に着目することによって、情報や機能の詳細度に着目する側面、設計・生産過程(モデルの成長過程)に着目する側面、情報の生成・管理・利用に着目する側面などの様々な側面から製品モデルを捉えられる。更に、製品モデル全体が柔軟なネットワーク構造によって表現されるため、情報や機能の追加・変更などの問題に対して柔軟な対応が可能となる。また、本研究では関係を4種類に分類しているが、これらの関係の間には相性があり、この関係同士の相性を利用することによって、製品モデルの構築を支援できる。

 以上のように情報や機能の間の関係に着目して製品モデルを表現することによって様々な恩恵が期待できる。これによって本研究の製品モデルの表現方法が有効であることが理論面から確認できた。

 ところで、これまでの造船の製品モデルに関する研究では、製品モデルはオブジェクト指向言語であるSmalltalkやC++などを用いてシステム上に実装されてきた。しかし、オブジェクト指向言語を用いて製品モデルをシステム上に実装した場合、オブジェクト指向言語の特徴によって、情報や機能をプログラムによって暗黙的に結び付けてしまい、関係を明確に表現することは困難である。本研究の概念を用いて製品モデルを構築するためには、情報や機能を関係によって組み合わせることが必要である。このため、製品モデルのシステム化のためにオブジェクト指向言語の環境を直接的に利用することはできない。そこで本研究では製品モデルを定義するための環境(メタ・ブラウザ)を構築している。メタ・ブラウザでは情報や機能はノードとして、関係はリンクとして表現され、製品モデルの構造を視覚的に把握しながら製品モデルを構築することができる。

 更に構築したメタ・ブラウザを用いて、船の製品モデルや海洋構造物の製品モデルをプロトタイプ・システムに実装した。その結果、以下の項目が確認できた。

 ・著者の所属する研究室でこれまでに検討してきた船の製品モデルを実装した。その結果、製品情報・機能などの構成が明確に表現されるのみでなく、製品モデルの成長過程や、製品モデルの中での製品情報や機能の位置づけが明確に表現されることが確認できた。

 ・船の製品モデルをベースとしてその上に海洋構造物の製品モデルを実装した。そして本システムがモデルの統合の問題にも柔軟に対応できること、船の製品モデルのみでなく海洋構造物の製品モデルにも適用できることが確認できた。

 ・著者の所属する研究室の外部で提案されている船の製品モデルを本システム上に実装した。これによって、幅広い製品モデルを本システムによって表現できること、更に製品モデルの特徴を表現できることが確認できた。

 以上に示したプロトタイプ・システムの構築によって本研究の表現方法を理論面のみでなく実践の面から検証し、本研究の有効性を示している。

審査要旨

 計算機技術の急速な発展に伴い、計算機の有効利用は製造業にとって重要な課題の一つとなっている。造船業においても次世代の設計・生産システムとして造船CIMの構築が進められている。

 本研究では造船CIMに用いられる製品モデルを対象として、その構築方法及び表現方法についての検討が行われている。具体的には、情報や機能を部品化し、部品の組合わせによって製品モデルを表現することを試みている。そのために部品化の手法、組合わせの手法、及び部品の組合わせによって製品モデルを表現するための手法が述べられている。

 本論文は緒言から結言まで全部で9章からなり、参考文献、謝辞、付録が添付されている。

 第1章では、本研究の目的を述べている。本研究では船舶や海洋構造物などの板骨構造物を対象として、製品モデルの表現方法に関する研究を行っている。具体的には、製品モデルの適切な表現方法を明確にすること、さらにその表現方法に基づいて製品モデルのプロトタイプシステムを構築することを目的としている。

 第2章では、造船業におけるシステム開発の歴史と現状を整理している。造船業のシステム技術は50年の歴史があり、50年間の成果の上に立って、最近10年間の新しい研究が展開されたことが述べられている。特に造船CIMで用いられている製品モデルに関する研究・開発を整理し、これまでの製品モデルの研究の特徴を把握することによって本研究の背景を明確にしている。

 第3章では、計算機を用いたシステム開発を行う際に重要となるモデル化について、特に製品モデルについて明確化している。その結果、製品モデルの特徴が様々な視点から検討されている。様々な視点を以下に示すと、イ)設計・生産活動の支援の視点、ロ)製品モデルの開発の視点、ハ)情報処理と設計・生産活動との関連の視点、ニ)製品モデルに関連する要素技術の視点、ホ)製品モデルの規模の視点、へ)システム構築の視点、などである。これらの視点からの検討に基づいて、製品モデルの表現方法に要求される項目が整理されている。

 第4章では、第3章の結果を基に製品モデルの表現方法について検討している。具体的には、製品モデルを構成している情報や機能を部品化し、部品化された情報や機能を関係を用いて組合わせることによって製品モデルを表現している。これによって、情報や機能をどのように部品化すべきか、また部品を組合わせる関係にはどのような種類があるかが明らかにしている。

 第5章では、第4章の方法によって製品モデルを表現すると、製品モデルはどのような特徴を有するかを明確にしている。さらに第3章で述べられた製品モデルに要求される項目がどのように満足されるかについて触れ、本研究の表現方法の有効性を検討している。これらを整理すると以下のようになる。

 イ)製品モデルは情報や機能が関係によって結合された結合体として表現される。従って製品モデルを情報や機能の構成として捉えることが可能である。(この際、情報や機能は適当な単位にまで分解されることが必要である。)

 ロ)関係を目的に応じて種類分けすることによって、製品モデルをある特定の関係に着目して捉えることが可能となる。従ってある特定の関係に着目して製品モデルを捉えることによって、製品モデルを様々な側面から捉えられる。

 ハ)情報や機能が適切な単位まで分解されているので部品化は達成されている。

 ニ)関係を自由に定義・削除できる構造となるので、情報や機能の追加・変更は容易に実施可能であり、製品モデルの柔軟性・拡張性は確保される。

 第6章では、本研究の手法によって製品モデルを表現するためにはシステムとして何が必要かを整理し、プロトタイプシステムの全体構成が明確化されている。さらにその全体構成に基づいて実際にプロトタイプシステムが構築されている。本研究ではプロトタイプシステムとして製品モデルを定義するための環境が構築されている。その環境では情報や機能はノードとして機能はリンクとして表現され、製品モデルの構造を視覚的に把握しながら製品モデルを構築できることが示されている。

 第7章では、本研究のプロトタイプシステムを用いると、製品モデルがどのように構築され、どのように表現されるかが述べられている。さらに本研究のシステムを用いて表現された製品モデルの例が示され、本研究の有効性が実例を用いて示されている。

 第8章では、本研究の表現方法が製品モデルのみでなく造船CIM全体の表現のために有効か否かが検討されている。さらに造船CIM全体に適用するための検討項目が整理されており、本研究の今後の発展性が明示されている。

 第9章では、本研究の取り纒めが行われ、製品モデルの表現方法に関する提案を行ったこと、プロトタイプシステムの構築によって本研究の有効性が確認できたことが示されている。

 製造業のCIM化についてはいくつかの研究が実施されているが、本研究では製品モデルを定義する環境を明確に定義すると共に、そのプロトタイプシステムを開発し、実用システムへの基本的概念を明らかにしている。このような研究方針は独創的かつ将来性があり、工学的有用性に富んでいる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54574