学位論文要旨



No 112558
著者(漢字) 牧野,寛之
著者(英字)
著者(カナ) マキノ,ヒロユキ
標題(和) 疲労き裂伝播解析手法の実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 112558
報告番号 甲12558
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3836号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 教授 伏見,彬
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 助教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 吉成,仁志
内容要旨

 本論分では、まず構造モデル試験片における変動荷重を模擬した荷重条件下での疲労試験結果を解析する事により、疲労強度評価法としてのき裂伝播解析手法の有用性を示すと同時に、現状の実構造部材におけるき裂伝播解析手法の問題点を考察した。その結果、実用的でより精度の高い疲労き裂伝播解析手法の実用化の為の鍵となるのが、変動荷重下における伝播の乱れに対する定量的取り扱いである事が理解された。さらには上記変動荷重下における伝播の乱れに対する定量的取り扱いの為には、変動荷重下におけるき裂開閉口挙動の定量的把握が要求されるが、き裂開閉口挙動に対する定量的な測定手法すら確立されていない現状を考察した結果、実用的でより精度の高い疲労き裂伝播解析手法の実用化の為の第一歩として、疲労き裂開閉口挙動の定量的把握を含めた疲労き裂伝播メカニズム解明の為の、疲労き裂先端歪み変化の詳細観察を計画した。結果得られた主要な結果は以下の通りである。

 1)伝播中の疲労き裂先端における歪み変化を従来にない高精度で測定する事に成功した。

 2)き裂閉口点並びにRPG pointに対し以下の自動計測上の定義を与える事に成功した。

 き裂閉口点---除荷過程におけるヒステリシスカーブ(’-p曲線)の変曲点すなわちコンプライアンス(d’/dp)変化の極大点

 RPG point---負荷過程におけるコンプライアンス(d’/dp)変化の変曲点すなわちd2’/dp2変化の極小点

 3)上記定義に基づくき裂開口荷重並びにRPG荷重の自動計測に成功した。

 4)疲労き裂伝播を律するパラメータとしてのKRPの他のパラメータに対する優位性を示す事ができた。

 得られた疲労き裂先端歪み変化の測定及び解析結果の代表例を、荷重負荷過程について図1に、荷重除荷過程について図2に示す。

図1 荷重負荷過程における疲労き裂先端歪み変化の測定及び解析結果図2 荷重除荷過程における疲労き裂先端歪み変化の測定及び解析結果

 図1,2に示す結果により、き裂閉口域の存在する疲労き裂先端の挙動が荷重振幅に対しA〜Hの特徴的な領域に分けられる事が判明し、それぞれの領域とそれら領域を区切る特徴的なpointに対する詳細な考察を行う事により、表1〜表3に示す見解を得た。

表1 負荷過程における特徴的なpoint及び領域表2 除荷過程の各領域における支配的因子表3 除荷過程における特徴的なpoint

 上記の見解に従ったき裂閉口荷重並びにRPGの自動計測結果を図3に示す。

図3 き裂閉口荷重並びにRPGの自動計測結果

 さらに本論分で行った実験及び解析結果を総合的に判断する事により変動荷重下におけるき裂伝播寿命評価の考え方について考察を行った。結果得られた主な知見は以下の通りである。

 5)周期的変動荷重下におけるき裂開閉口現象は、考慮点における荷重振幅の周期的変動荷重中に現れる極大並びに極小荷重のペアとの相対的位置関係により、巨視的なき裂縁塑性変形層状態で規定される領域と、巨視的なき裂縁塑性変形層状態には規定されずにき裂先端極近傍のミクロ領域における状態に大きく左右される領域とに分かれる。

 6)工学的には周期的変動荷重下における、巨視的なき裂縁塑性変形層状態で規定される巨視的き裂開閉口レベルを定量的に評価する事ができれば、変動荷重下における精度良い寿命推定が行えるものと思われる。

 7)上記周期的変動荷重下における巨視的き裂開閉口レベルは、周期的変動荷重中に現れる極大並びに極小荷重のみならず、その荷重履歴によるき裂縁塑性変形層の押し潰される相対的度合いに影響されているものと思われる。

 8)上記き裂縁塑性変形層の押し潰される相対的度合いは、周期的変動荷重下において相対的に低いある荷重レベル以下における荷重振幅範囲の全荷重振幅範囲に対する出現確率と高い相関があると思われる。

 その他従来の伝播解析手法に関して得られた主な知見は以下の通りである。

 9)Keff基準による伝播則(すなわちParis-Elber則)に定振幅荷重下における有効荷重範囲の推定式(U-R関係)を適用する事による変動荷重下における伝播解析が通常よく行われているが、その適用の妥当性には何の根拠も存在せず、実際のき裂開閉口現象を無視した適用は、荷重履歴如何によりその寿命評価精度がK基準による伝播解析(すなわちParis則)結果を大きく下回る場合がある為、この様な無批判な適用は避けるべきであると思われる。

 10)構造部材にかかる実働応力のパターンが定量的に把握できており、その応力パターン内における伝播の乱れの内遅延現象が顕著であり、かつその応力パターンの周期が構造部材の寿命に対して短い為、個々の変動応力下における伝播の乱れを考慮する必要はなく、その周期内における平均的な遅延の程度が評価できれば実用上充分である場合に限り、Wheelerモデルによる解析は実用的手法に成り得ると思われる。

審査要旨

 近年、船舶の安全や環境保全の面から船体構造の健全性に対する社会的要請は益々強まってきている。一方船体構造の設計面では構造解析技術の進歩により、より精査な強度評価を伴った設計手法が指向され、構造信頼性確保の為の努力が続けられている。しかしながら現在の船体構造に対する疲労寿命予測は、小型試験による疲労試験結果と損傷実績のフィードバックとを拠り所に行われており、定量的な寿命予測が行えているとは言い難く、またき裂発生を安全性判断の基点としている為、就航後の検査で発見されるクラックに対し有用な知見を与える事ができず、そこで採られるべき処置についても保守管理者の個人的な経験や資質に基づいた判断に委ねられているのが現状であり、船体構造の疲労き裂の発生が相変わらず造船所の設計者や船会社の保船に携わる人達を悩ませているのもまた事実である。この様な状況のもと、現存するクラックに対しての余寿命評価を可能にする疲労き裂伝播解析手法は、安全性判断の基点を構造部材が本来の機能を果たせなくなった状態(限界状態)におき、設計/工作/保守を包括しその結び付きを強固にした新しい設計思想による設計法(限界状態防止疲労設計法)を指向する上でのキーテクノロジーであると目されており、その技術の高精度化が望まれている。

 本論文は、このような背景のもとで、疲労き裂伝播解析手法の実用化に向けて、き裂伝播解析技術の高精度化を目的に、疲労き裂伝播メカニズムの一端を解明しようとしたものであり、9章より構成される。

 第1章は序論であり、研究の背景と題し、弟二世代VLCCにおける実船の損傷報告について紹介した上で、船体構造における疲労強度解析並びに疲労強度評価法の現状を述べ、また本研究の目的と本論文の構成を述べている。

 第2章では、現行の疲労強度評価法として、現在の船体構造疲労強度評価法に用いられている"S-N線図と線形累積被害則による疲労強度評価法"と、船舶がその稼働中に遭遇する波浪荷重をモデル化した、嵐モデル変動荷重を用いての"変動荷重疲労試験による疲労強度評価法"を取りあげ、構造モデル試験片における実働荷重を模擬した多段多重変動荷重疲労試験結果(嵐モデルブロック荷重を用いた混合嵐負荷試験結果)の破断寿命を、両評価法で推定する事により、現行の疲労強度評価法の寿命推定精度、従って疲労強度評価法としてのそれら手法の信頼性を定量的に評価している。

 第3章では、第2章での解析結果を踏まえ、現行の疲労強度評価法の問題点と、疲労強度評価法における破壊力学的アプローチの意義について述べた上で、現行の疲労強度評価法に代わるものとして"破壊力学に基づく伝播解析手法による疲労強度評価法"を取りあげ、構造モデル試験片におけるK値,溶接止端部における複数き裂状態,変動荷重下における伝播の乱れ等に対し適切な評価を施す事により構築したき裂伝播解析モデルにより、第2章で取りあげた現行の疲労強度評価法より、同じ実働荷重模擬疲労試験結果に対して精度良い寿命推定を行い、疲労強度評価法としてのき裂伝播解析手法の有用性を示す事に成功している。

 第4章では、現状の船体構造に対する疲労強度評価法の問題点打開の為に、将来その実現が期待される船舶版耐損傷設計法(限界状態防止疲労設計法)の試案と、その実現化へ向けての船体構造に対する疲労き裂伝播解析手法の現状の研究成果を紹介した上で、本論文2,3章での解析結果を踏まえて、高精度な疲労き裂伝播解析手法の実用化に向けての課題を考察している。

 第5章では、第4章での考察の結果、高精度な疲労き裂伝播解析手法の実用化に向けてのキーポイントであると思われる、疲労き裂伝播に及ぼす荷重履歴の影響と、き裂開閉口挙動について述べ、これら現象の定量的把握をめざし計画した、疲労き裂伝播メカニズム解明へ向けての基礎試験である、疲労き裂先端歪み変化の詳細観察を行う為に、高精度コンプライアンス測定装置を用い構築した試験システムについて述べている。

 第6章では、第5章で構築した試験システムを用いて疲労試験を行う事により、伝播中の疲労き裂に対し、き裂長さの自動計測と同時に、疲労き裂先端歪み変化の従来にない高精度測定とを、疲労試験速度を落とす事なく自動的に行う事に成功している。しかしながら従来にない高精度で疲労き裂先端の歪み変化を測定する事に成功したにもかかわらず、伝播速度との関係において、KeffとKRPとの疲労き裂伝播を律するパラメータとしての優劣を判断するには至らなかった。

 第7章では、第6章での解析結果を踏まえて、疲労き裂の開閉口挙動に対する自動計測の為の定義の必要性を論じた上で、疲労き裂先端歪み変化の計測結果(荷重-歪み関係におけるヒステリシスカーブ)に対して、新しい解析手法(ヒステリシスカーブ微分法,コンプライアンス微分法)を用いる事により、従来その計測結果が測定精度と各研究者の主観に大きく左右されていた疲労き裂の開閉口挙動に対し、自動計測上の明確な定義を与える事に成功し、その定義に従ったき裂閉口荷重とRPG荷重(き裂先端再引張り塑性域発生荷重)の自動計測に成功している。

 第8章では、前章までに行った解析結果を踏まえて、8.1項で疲労き裂伝播を律するパラメータに関して、また8.2項で変動荷重下におけるき裂伝播寿命評価に関して総合的考察を行っており、8.1項では、伝播中の疲労き裂を疲労き裂先端における歪み変化の面から、荷重振幅に対して特徴的な幾つかの領域に分け、各領域について詳細な考察を行う事により、疲労き裂伝播を律するパラメータとして、KRPの他のパラメータに対する優位性を合理的に示す事に成功しており、また8.2項では、多段多重変動荷重下におけるき裂開閉口挙動の高精度測定結果を基に、数種の従来き裂伝播解析手法でその伝播寿命を解析する事により、従来手法の寿命推定精度に対する定量的評価を行い、その上で周期的変動荷重下におけるき裂伝播寿命評価に関して、周期的変動荷重中に現れる極大荷重並びに極小荷重で規定される巨視的なき裂縁塑性変形層状態と、荷重時系列を考慮したそのき裂縁塑性変形層がき裂開閉口現象により効果的に押し潰される相対的強さの度合いを考慮した、き裂伝播寿命評価法の提案を行っている。

 最後の第9章は結論であり、本論文の成果を総括したものである。

 以上を要するに、本論文は、き裂伝播解析技術の高精度化を目的に、疲労き裂伝播メカニズムの一端を解明したものであり、今後の高精度な疲労き裂伝播解析手法の実用化の為にも重要な役割を果たすものと考えられ、工学、特に疲労強度学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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