本論分では、まず構造モデル試験片における変動荷重を模擬した荷重条件下での疲労試験結果を解析する事により、疲労強度評価法としてのき裂伝播解析手法の有用性を示すと同時に、現状の実構造部材におけるき裂伝播解析手法の問題点を考察した。その結果、実用的でより精度の高い疲労き裂伝播解析手法の実用化の為の鍵となるのが、変動荷重下における伝播の乱れに対する定量的取り扱いである事が理解された。さらには上記変動荷重下における伝播の乱れに対する定量的取り扱いの為には、変動荷重下におけるき裂開閉口挙動の定量的把握が要求されるが、き裂開閉口挙動に対する定量的な測定手法すら確立されていない現状を考察した結果、実用的でより精度の高い疲労き裂伝播解析手法の実用化の為の第一歩として、疲労き裂開閉口挙動の定量的把握を含めた疲労き裂伝播メカニズム解明の為の、疲労き裂先端歪み変化の詳細観察を計画した。結果得られた主要な結果は以下の通りである。 1)伝播中の疲労き裂先端における歪み変化を従来にない高精度で測定する事に成功した。 2)き裂閉口点並びにRPG pointに対し以下の自動計測上の定義を与える事に成功した。 き裂閉口点---除荷過程におけるヒステリシスカーブ(’-p曲線)の変曲点すなわちコンプライアンス(d’/dp)変化の極大点 RPG point---負荷過程におけるコンプライアンス(d’/dp)変化の変曲点すなわちd2’/dp2変化の極小点 3)上記定義に基づくき裂開口荷重並びにRPG荷重の自動計測に成功した。 4)疲労き裂伝播を律するパラメータとしてのKRPの他のパラメータに対する優位性を示す事ができた。 得られた疲労き裂先端歪み変化の測定及び解析結果の代表例を、荷重負荷過程について図1に、荷重除荷過程について図2に示す。 図1 荷重負荷過程における疲労き裂先端歪み変化の測定及び解析結果図2 荷重除荷過程における疲労き裂先端歪み変化の測定及び解析結果 図1,2に示す結果により、き裂閉口域の存在する疲労き裂先端の挙動が荷重振幅に対しA〜Hの特徴的な領域に分けられる事が判明し、それぞれの領域とそれら領域を区切る特徴的なpointに対する詳細な考察を行う事により、表1〜表3に示す見解を得た。 表1 負荷過程における特徴的なpoint及び領域表2 除荷過程の各領域における支配的因子表3 除荷過程における特徴的なpoint 上記の見解に従ったき裂閉口荷重並びにRPGの自動計測結果を図3に示す。 図3 き裂閉口荷重並びにRPGの自動計測結果 さらに本論分で行った実験及び解析結果を総合的に判断する事により変動荷重下におけるき裂伝播寿命評価の考え方について考察を行った。結果得られた主な知見は以下の通りである。 5)周期的変動荷重下におけるき裂開閉口現象は、考慮点における荷重振幅の周期的変動荷重中に現れる極大並びに極小荷重のペアとの相対的位置関係により、巨視的なき裂縁塑性変形層状態で規定される領域と、巨視的なき裂縁塑性変形層状態には規定されずにき裂先端極近傍のミクロ領域における状態に大きく左右される領域とに分かれる。 6)工学的には周期的変動荷重下における、巨視的なき裂縁塑性変形層状態で規定される巨視的き裂開閉口レベルを定量的に評価する事ができれば、変動荷重下における精度良い寿命推定が行えるものと思われる。 7)上記周期的変動荷重下における巨視的き裂開閉口レベルは、周期的変動荷重中に現れる極大並びに極小荷重のみならず、その荷重履歴によるき裂縁塑性変形層の押し潰される相対的度合いに影響されているものと思われる。 8)上記き裂縁塑性変形層の押し潰される相対的度合いは、周期的変動荷重下において相対的に低いある荷重レベル以下における荷重振幅範囲の全荷重振幅範囲に対する出現確率と高い相関があると思われる。 その他従来の伝播解析手法に関して得られた主な知見は以下の通りである。 9)Keff基準による伝播則(すなわちParis-Elber則)に定振幅荷重下における有効荷重範囲の推定式(U-R関係)を適用する事による変動荷重下における伝播解析が通常よく行われているが、その適用の妥当性には何の根拠も存在せず、実際のき裂開閉口現象を無視した適用は、荷重履歴如何によりその寿命評価精度がK基準による伝播解析(すなわちParis則)結果を大きく下回る場合がある為、この様な無批判な適用は避けるべきであると思われる。 10)構造部材にかかる実働応力のパターンが定量的に把握できており、その応力パターン内における伝播の乱れの内遅延現象が顕著であり、かつその応力パターンの周期が構造部材の寿命に対して短い為、個々の変動応力下における伝播の乱れを考慮する必要はなく、その周期内における平均的な遅延の程度が評価できれば実用上充分である場合に限り、Wheelerモデルによる解析は実用的手法に成り得ると思われる。 |