学位論文要旨



No 112559
著者(漢字) 朱,庭耀
著者(英字)
著者(カナ) シュ,テイヨウ
標題(和) 超大型浮体式海洋構造物に働く波力および流体力の推定法に関する研究
標題(洋)
報告番号 112559
報告番号 甲12559
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3837号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 助教授 影本,浩
内容要旨

 国土の狭い日本では、古くから埋立による居住や工場のための用地の確保が盛んに行われてきたが、より住みやすい環境、より安全な都市づくりのために、生活基盤や交通基盤の整備が急がれている。しかし、環境問題や設置スペースの確保難など、さまざまな理由により陸上・沿岸域に大規模施設を設置・整備することが困難になってきている。従って、近年では、陸地の延長でなく、沖合に人工島を造成し、海上空港などの施設がつくられる場合があるが、平成6年秋に開業した関西国際空港はその端的な例である。沖合における人工島の造成にあたっては、埋立方式以外に、浮体式の人工島も考えられ、長さ400m規模の浮体式の石油備蓄基地が長崎県沖に設置されて、今日まで安全に稼動している。埋立式と浮体式の人工島を比較すると、水深が20〜30mより深くなると、浮体式の方が経費の面から有利になるとされており、また環境への影響が少ない、工期が短く、免震性があるという面からも浮体式は優れている。従って、近年では浮体式の海上空港や海上都市などを大都市近辺の沖合に建設しようとする提案がある。

 国際空港としての機能を果たすためには、浮体構造物の長さは少なくとも5,000m必要であり、幅も1,000m程度になると予想される。前述したように、これまでの最大規模の浮体は400m程度の長さであり、浮体式海上空港は寸法にしてその数10倍程度、面積にして数100倍にもなる空前の規模の浮体となる。このような超大型浮体構造物のフィジビリティの検討のためには、構造物に加わる波力を知ることが必要である。一方、超大型浮体式構造物では、その質量が水平面内の寸法に比例して増加する一方で、波浪外力は各部での波浪外力が相殺して、全体外力としてはそれほど大きくならないため、剛体としての運動は非常に小さいと予想される。しかしながら、本研究で対象としているような超大型浮体式構造物では、水平面内寸法は、従来の構造物の数10倍であるのに対して、鉛直面内寸法(構造物厚さ)は、従来の構造物とさほど変わらないと予想されるため、相対的な曲げ剛性が非常に低下(×10-3〜10-4)し、剛体としての応答よりも、弾性体としての応答の方が大きくなると考えられる。従って、運動に対する流体反力(付加質量や減衰力係数)を求めるにあたっては、剛体運動のみならず弾性体としての運動も考慮にいれる必要がある。

 浮体式構造物に働く波力、流体力および波浪中の剛体応答の推定に関しては、船舶海洋工学の分野で古くから研究されてきており、既にいろいろな精度の良い計算手法が確立されている。また、弾性応答に関しても、原理的には、流力弾性干渉までも考慮した解析が可能である。超大型浮体式構造物に働く外力及び応答に関するこれまでの研究は、従来の手法を超大型浮体に適用したものが多い。しかしながら、本研究で想定している浮体は、長さ、幅が数kmにもなるため、従来手法の単なる外挿では、計算量が莫大な量となって解をえることが実際上不可能である。波力・流体力の計算に要する時間はほぼ構造物の浸水面積(縦・横)の2乗に比例するから、仮に面積が既存の最大規模の浮体の500倍になるとすれば、これまで10秒程度でできていた計算は月あるいは年単位の莫大な量となって実際的でないことは明かである。

 この問題の解決策として、本研究では、構造物の形状が単純であることと非常に大きいことを逆に利用し、構造物を外縁部と内部とに分けて、内部領域流場は無限の広がりをもつ構造物まわりの流場とほぼ同じであるとしたアイデアに基づく近似解析により、超大型浮体式構造物に働く外力、及び運動応答(弾性応答も含む)に対する流体反力を実用的な計算量で、しかも精度を落とすことなく推定することのできる手法を提案する。また、既存の数値計算結果及び水槽試験結果と比較することによって、その有効性を検証する。その際外縁部におけるいわゆる端部影響は、内部と外縁部との相互干渉を既存の手法と同様の方法で考慮することによって、評価できることを示す。本論文の構成は次の通りである。

 第1章 序論

 第2章 3次元特異点分布法概説

 第3章 非常に細長い浮体に加わる波強制力

 第4章 非常に長く非常に幅広い浮体に加わる波強制力

 第5章 規則波中における大型箱型浮体底部の波浪変動圧力計測

 第6章 非常に長く非常に幅広い浮体の剛体モード及び弾性モードに対する流体力

 第7章 本解析法の適用例

 第8章 結論

 まず、第2章では本研究が用いる数値解析手法である3次元特異点分布法の定式化及び数値計算法の概要について述べる。

 第3章では、本研究の基礎として、様々な入射波(入射波の方向、周期)による非常に細長い箱型浮体に働く波強制力の近似解析手法を提案する。提案された近似解析手法で計算した結果を従来の解析法の直接適用によって得られる結果と比較し、近似解析手法の有効性を検証する。また、端部影響を考慮すべき範囲と、入射波の波長・方向との関係について、検討・考察を行い、端部影響を考慮すべき範囲についての基準を示す。

 次に、第4章では、第3章の手法を発展させて、海上空港の様な非常に長くかつ非常に幅の広い超大型浮体に働く波強制力の近似解析手法を提案する。非常に細長い浮体と非常に長くかつ非常に幅の広い浮体とでは、浮体内部の流場(特に波浪変動圧の減衰の様子)が大きく異なることを示す。提案された近似計算法によって得られる結果と既存の数値計算結果とを比較、検討することによってその有効性を検証する。計算量は既存の数値計算法をそのまま適用する場合に比べて、大幅に軽減されることを示した。また、近似解析において端部影響を考慮すべき範囲と、入射波の波長・方向との関係について、理論的かつ数値的な検討・考察を行って、端部影響を考慮すべき範囲の基準を示す。さらに、本章で述べた解析手法を用いて、長さ5000m、幅1000mといった国際空港規模の浮体式構造物に働く波力の解析が実用的な計算量で可能であることを示す。例として長さ5000m、幅1000mの浮体底面における波浪変動圧力Pの分布に関する計算例をFig.1に示す。このような国際空港規模の浮体の波浪変動圧分布について、実際に数値計算例を示したものは著者の知るかぎり初めてのものと思われる。

 続いて、第5章では、大型箱型浮体式構造物模型を用いて規則波中における浮体底部の波浪変動圧力分布計測実験を行った。第3、4章で提案した近似解析手法では、構造物の縁に沿った部分では、波が入射波と同じ位相で変動しつつ代数的に減衰することなど、完全流体を仮定した微小振幅線形理論で予測される波浪減衰に関する性質を利用した。しかしながら、実現象では、波くずれや渦の生成など、完全流体中の線形理論では考慮されていない影響も少なからず存在し、理論予測値よりも早く減衰してしまうのではないかとも推測される。したがって、提案された近似解析手法の有効性をさらに細かく検討するため、また超大型浮体式構造物底面の波浪減衰の実態につき考察するため、規則波中における大型箱型模型底部の波浪変動圧力分布計測実験を行った。実験の結果により、浮体底面における波浪変動圧力は線形ポテンシャル理論値あるいは本近似計算値と良く一致し、浮体の波上端から1波長程度内部では波浪変動圧力はほとんどゼロに減衰することが実験によっても確認された。渦や波くずれなどを考慮しない線形理論に基づく本近似計算結果が実験結果と良く一致したのは、波浪(変動圧)の減衰が非常に速く、波崩れ・渦などの影響が相対的に小さくなったためであると考えられる。波と直角方向の圧力分布は、浮体端部を除いてほとんど一定値となり、現在提案されている海上空港のように、構造物の寸法が波長に比べて非常に大きい場合には、波に直角方向の圧力は端部を除いてほぼ一定であるとみなす本近似解析手法の仮定が妥当であることが実験によっても確認された。Fig.2は縦波中における波浪変動圧力の振幅分布の実験結果と計算結果を種々波周期について比較したものである。実験の結果より、本研究において提案した浮体に働く波力の推定法の有効性が更に認められた。

 第6章では、非常に長く非常に幅広い浮体の剛体モード及び弾性モードの運動に対する流体力、即ち、付加質量係数・造波減衰係数などのラディエイション問題の近似解析手法を提案する。提案された近似解析手法を用いて計算した結果を従来の解析法の直接適用によって得られる結果と比較し、近似解析手法の有効性を検証する。構造物の重量分布や剛性の分布が一様であれば、長さ・幅が数kmである海上空港のような超大型浮体の剛体運動、弾性応答、曲げモーメントおよびせん断力も同様な手法によることができると考えられる。

 第7章では、実用構造物への適用例として、補助滑走路用浮体つき浮体空港の解析例を示す。数値計算の比較により、本近似計算法は超大型浮体が組合わされた様な浮体にも適用可能であることを示す。また、本研究では、主として、箱型式の超大型浮体を対象として波力および流体力の近似計算手法を提案するが、他の構造式、例えば多数の脚で支持されるようなセミサブ型浮体にも、同様の解析手法が適用できることを示す。

 更に、本近似解析手法の考え方は特異点分布法のみならず、他の計算方法(領域分割法など)にも同様に適用できることを示す。

Fig.1 Overall hydrodynamic pressure distribution on the entire bottom surface of a 5000m×1000m structure obtained by 341 panels in head wave (=40m)Fig.2 Hydrodynamic pressure distribution along Line1 for different wave periods in head wave (x=0°)
審査要旨

 国土の狭いわが国では、空港などの大規模施設を新しく建設しようとする場合、用地の確保が困難となってきている。一方、わが国は四方を海に囲まれた有数の海洋大国であるため、近年では空港や発電所などの大規模施設を海上に建設しようという提案がなされ、先年開業した関西国際新空港はその端的な例である。これは、埋立方式によるものであるが、埋立以外に浮体式のものも考えられ、周囲の環境への影響、免震性等の面からは浮体式の方が優れているとされており、近年では浮体式空港などの提案もなされている。たとえば国際空港を浮体によって建造しようとする場合、長さ・幅がそれぞれ5km,1km程度となり、現存する最大級の浮体式構造物の100倍、面積にして10000倍といった空前の規模となることが予想される。浮体の場合には、構造物が波から受ける力、その力によって誘起される浮体の挙動の推定が不可欠であるが、波力や浮体の挙動の推定については、主として船舶工学の分野で古くから研究されてきており、既に精度のよい数値的推定手法が確立されている。しかしながら、このような手法を海上空港のような超大型浮体式構造物に適用した時、計算量が日あるいは月単位の莫大なものとなって、解析を行うことが事実上不可能であるといった大きな問題がある。

 本論文は、このような背景のもとに、構造物の形状が単純であることと非常に大きいことを逆に利用し、構造物を外縁部と内部とに分けて、内部領域まわりの流場は無限の広がりをもつ構造物まわりの流場とほぼ同じであるとしたアイデアに基づく近似解析により、超大型浮体式海洋構造物に働く波力・流体力を実用的な計算量で、しかも精度を落とすことなく推定することのできる手法を提案したものである。

 本論文は8章より成っている。

 第1章は序論であり、本研究の背景および目的についてまとめている。

 第2章では、波力・流体力の代表的数値的計算法である3次元特異点分布法について述べている。

 第3章では、入射波の波長に比べて長さが非常に長く、幅が波長程度の非常に細長い浮体に加わる波力の近似計算法を提案し、近似を施さない数値計算による結果と比較することによって、その有効性を検証している。

 第4章では、海上空港のような入射波の波長に比べて非常に長くかつ非常に幅の広い超大型浮体に働く波力の近似計算手法を提案している。第3章で扱った非常に細長い浮体と、本章で扱っているような非常に長くかつ非常に幅の広い浮体とでは、浮体内部の流場が大きく異なることを数値計算および理論的考察により明らかにしている。更に、近似計算において端部影響を考慮すべき範囲と入射波の波長・方向の関係について考察を行い、端部影響を考慮すべき範囲についての基準を示している。本章で提案した解析手法を用いて、長さ5,000m、幅1,000mといった国際空港規模の浮体式構造物に働く波力の解析が実際に可能であることを示している。このような国際空港規模の浮体についての解析例を示したものは初めてのものである。

 第5章では、大型模型を用いた水槽試験によって計測された波浪変動圧力と、本手法に基づく数値計算によって推定された波浪変動圧力を比較し、理論計算結果が実現象と良く一致することを示し、本論文で提案した手法の有効性を更に検証している。

 第6章では、非常に長くかつ非常に幅の広い浮体の剛体モード及び弾性モードの運動に対する流体力、即ち、付加質量・造波減衰係数などのラディエイション問題の近似解析手法を提案している。提案された解析手法によって得られる結果と、近似を施さないで得られる数値結果とを比較して、提案された手法の有効性を示している。

 第7章では、実用的な構造物への適用例として、補助滑走路用浮体つきの海上空港の解析例を示し、構造物が組み合わされたような実用的な構造物へも本手法が適用可能であることを示している。更に、本論文は主として箱型の超大型浮体を対象としているが、他の構造様式たとえば多数の脚で支持されるようないわゆるセミサブ式の超大型浮体にも同様な近似手法が適用可能であることを示している。また、本論文で提案された手法は特異点分布法のみならず、他の計算手法(たとえば領域分割法など)にも同様に適用できることを示している。

 以上を要するに、本論文では、長さ・幅が数km規模の超大型浮体式海洋構造物に働く波力・流体力の近似解析手法を提案し、その有効性を他の数値計算結果や実験結果と比較することによって検証したもので、浮体空港のような超大型浮体の実現に果たした役割は極めて大きく、工学分野への多大の貢献を成した。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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