海は人間にとっては最後のフロンティアだといわれる。しかし、高水圧、暗黒、電波を伝えないことなどの原因で人間による探索には限界がある。そこで、有索潜水機(ROV:Remotely Operated Vehicle)や海中ロボット(AUV:Autonomous Underwater Vehicle)を含む水中機器の活躍が期待される。人間の代わりに未知な動作環境において、自由に行動し未知のターゲットを探して接近して調査する海中ロボットの構築が、本研究の目的である。 このような水中機器に、必要となる機能として以下の3点が挙げられる。 1、センシングの難しさや、外部環境把握が困難であることから、限られた情報からターゲットを確実にキャッチするための行動プラン。 2、ホーミングを達成するための3次元的な運動制御システム。 3、ターゲットを認識し、その位置情報を得るための信号処理システム。 水中では音響以外の有効なセンシング手法が乏しいから、我々はターゲットは水中音源であることを仮定し研究を展開する。従来の水中機器に使用される位置測定装置は、予め設置された特定の音源しか測定せず、高価かつ静かな環境を要することから、必ずしも移動水中機器に適するとはいえない。さらに、高度な音響信号処理や高精度なトラッキング制御の実現には、依然として多くの課題が残されている。 本研究では、まず誘導及びホーミングのための行動プランを提案する。次に、高精度な3次元な運動制御システム、及びターゲットからの音波の位相を観察することによってターゲットの位置を測定できる信号処理システムを提案する。さらに、シミュレーションを含む理論的検討をもとに、我々は東京大学で開発されてきた汎用水中ロボットTwin-Burgerを用いてホーミング・ミッションを実際に行い、提案したシステムの有効性を実証した。 まず第1に、行動プランについての説明を行う、図1に示すように水中ロボットにハイドロホンを設置した。 図1:ハイドロホンの設置 このような設置をすることによって、海中ロボットが音源に真正面に向かう時、音源から2つのハイドロホンに到達する音の伝達距離差は最大となる。しかし、音の波長がハイドロホン間の距離より短い場合、単なる位相差の情報のみからでは、この伝達距離がわからない。そこで本研究では、一定の時間間隔でハイドロホン1及び2に到達する音をサンプルし、位相差の変化に着目する。ある時間で得られた位相差を、時間tの後に得られた位相差と比較することによって、位相差が増加する場合ロはボットが音源に回転しており、減少する場合はロボットが音源から離れる方向に回転していると判断できる。従って、位相差の時間差分がプラスの場合、現在のヨー方向のままで前進し、マイナスの場合、現在のヨー方向を逆転して前進するような行動プランを策定した。このプランを用いたシミュレーションでは、図2に示すように、ロボットのターゲットへのホーミングが可能となる。 図2:ホーミングの軌道 次に運動制御システムに関しては、筆者が提案するPassive Switch Actionコントローラ(PSA Controller)及びモデル規範形適応制御コントローラ(MRAC)から構成する冗長混成制御システムを利用することによって、高精度なトラッキング制御が可能となる。PSAコントローラはスライディング制御をもとに開発したコントローラであり、スライディング制御に比べて、プラントの動特性モデルを必要としないことや、チャタリングが抑制できることなどの特徴を有する。 一方、一定なパターンで変化する制御目標に対しては、適応制御コントローラ(MRAC)は、適応が完了すると、なめらかなインプットで高精度なトラッキング制御が可能となる。しかし、ロバスト性の低さから実用には支障となる。本研究では、スイッチ適応則を導入することによってMRACの安定性を高める。 冗長混成制御システムは、1つのPSAコントローラ及び1つの適応コントローラを並列してスラスタを駆動する構造をもつ。制御目標値が変化する時PSAコントローラを使用し、目標値が比較的一定の場合は適応制御に切り替えることによって、高精度な制御とチャタリングの減少といった要求にバランスをとったロボットの運動制御を行うことができると考える。 水中機器は一般に、浮心及び重心の垂直距離を十分とることによってロールやピッチに関しては安定になる。先述の1入力1出力運動制御システムを水中機器のサージ、スウェー、ヒーブ及びヨー運動方向に適用することによって、3次元空間での運動制御が可能となる。実際のホーミングミッションでは、図3に示すような、高精度なヨー制御結果が得られた。 図3:ホーミングミッションにおけるヨー制御 最後に音響処理システムに関しては、水中で未知な音源を認識し、受信した音波の波形から位相を観察して音源の位置を同定するためには、非常に高い性能をもつ信号処理システムを必要とする。 Wavelet Transformを用いた信号処理は時間周波数解析に優れ、信号の分解・再構成もできるので、本システムに導入する。本研究ではまず、音源がピンガーなどのような単一周波数音源として、正弦波信号の解析に分解性能の良い4次B-Spline Waveletを導入した。図4に示されるように、かなり変形した信号から目標とする周波数の成分の抽出が大変よく行われ、高い信頼性で位相の比較が行われると考えられる。 Wavelet Transformを用いた解析法については、種々の手法がすでに提案されており、これらの手法を導入することによって、実海域における、さらに複雑な音源に対しても、本システムは、充分対応していくことができる。 図4:Waveletによる信号の分解(左)及び再構成(右) 以上行動プラン、運動制御システム及び音響処理システムの詳細を述べた。システム全体としては、音響システムからの情報に基づいて、行動プランが上位の行動を決定し、下位の運動制御システムに、ロボットの軌道の目標を与える。 受信する信号の特性は、ロボットが運動することにより変化するため、全体として運動制御が音響システムにフィードバックされることになり、外乱や、計測誤差、制御誤差等に対して、ロバストなホーミングが可能となっている。 本システムの実証実験では、海中ロボットTwin-Burgerを用いた。実験では10kHz及び100kHzの音源をそれぞれ使い、ロボットは音源からおよそ10mからの場所でミッションをスタートする。いずれもターゲットの1m以内までの範囲に接近することができた。100kHzのターゲットを用いた実験でのミッションが終了した時点でのロボットの位置を図5にしめす。Dead Reckoningによるロボットの軌道は図6に示す。 Dead Reckoningデータでは、ロボットがターゲットに近づくことが示されているが、積分誤差が大きくなった場合ターゲットに到達できない可能性がある。それに対して、本システムではよりよいホーミングができる。 図5:ロボットの最後の位置図6:Dead Reckoningによる軌道 水中機器が運動センサのdead reckoningエラーや潮流などの外乱に左右されず、音源であるターゲットにホーミングを行えることを目標として、本論はホーミングシステムを構成する行動プラン、運動制御、及び音響処理について、実行可能なシステムを提案した。提案したシステムを用いることによって、海中ロボットが未知なターゲットに接近することが可能となり、自律的な探索機として十分機能し得る。 |