学位論文要旨



No 112562
著者(漢字) 柴田,貴範
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,タカノリ
標題(和) 遷音速翼列フラッタに関する研究
標題(洋)
報告番号 112562
報告番号 甲12562
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3840号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梶,昭次郎
 東京大学 教授 佐藤,淳造
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 永野,三郎
 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
内容要旨 はじめに

 軸流圧縮機の高負荷化、大容量化の要求にともない圧縮機翼列は相対マッハ数が超音速の状態で作動しており、また、フラッタ防止用シュラウドは排除される傾向にある。しかも、そのような超音速流れにおいて高効率を実現するような翼型は、ワイドコード、薄型、低キャンバー翼であり、ねじり剛性は高いものの、曲げ剛性は非常に低い。そのような翼列が部分負荷である遷音速状態で作動する場合、曲げモード翼列フラッタ発生し、いかにこのフラッタを圧縮機性能を落とさずに回避するかが重要な課題と見なされている。

 国内外の今までの研究により、遷音速翼列フラッタにおいて、翼列内の衝撃波の変動により生じる非定常空気力が翼列安定性を決める上で重要な役割を果たすことが指摘されている。しかし、理想的な遷音速流れ場の実現や、高振動数の並進振動機構の製作が非常に困難であることから、実験例がごく限られているのが現状であり、衝撃波形状と絡めた翼列の安定性に関する議論はまだ行えていない。

 本研究では、曲げフラッタが圧縮機作動線図上の限られた範囲でしか観察されないことから特定の衝撃波形状の流れ場と相関が強いと考え、風洞実験と数値解析を通し、主として衝撃波形状の翼列安定性に与える影響について考察を行った。

実験結果および考察

 実験に用いた遷音速翼列風洞のテストセクション概観図を図1に示す。衝撃波形状を変えるため翼列後方に絞り弁を設け、背圧を調整することにより、異なる衝撃波形状の流れ場を得ることができる。

 衝撃波形状は背圧の影響を顕著に受け、背圧が低いときには翼列下流側に位置する強い垂直衝撃波を形成するが、圧力比が上昇するにつれ衝撃波は次第にその強さを弱めながら上流側へ移動し、ついには前縁離脱衝撃波となる。2次元流れの場合、このような離脱衝撃波をともなう不始動状態は流入マッハ数が低い超音速流れ(1マッハ数1.15)特有の現象であるようで、高い流入マッハ数の流れでは離脱した前縁衝撃波を定常的に翼列内に保持しておくことはできなかった。

 翼列翼7枚のうち中心の翼を曲げ振動させ、歪みゲージにより振動翼および周りの静止翼に働く非定常空気力を計測した。その結果をもとに、影響係数法を利用して、全ての翼が振動している翼列での翼列安定性解析を行なった。

図1:Test section

 影響係数法を使って求めた空力仕事と翼間位相差の関係を図2左に示す。流入マッハ数は1.15、無次元振動数は0.01である。翼振動は正の翼間位相差(forward travelling wave)のとき不安定になり、空力仕事の最大値や不安定となる翼間位相差の範囲は圧力比によって異なることが示されている。空力仕事の最大値に着目し、最大空力仕事と翼列圧力比の関係をグラフにしたのが図2右である。図には明らかに、圧力比を上げていくと励振力が増大すること、つまり、翼列負荷の増加は翼列を不安定化させることが示されている。一方、振動周波数の増加は最大空力仕事を減少させる方向に働き、翼列安定性を高める効果がある。これらのことから、曲げモードフラッタは高負荷、低振動数で発生しやすいことが分かる。

図2:Work per cycle vs. interblade phase angle and peak instability

 実機ではある限られた回転数範囲でしか曲げフラッタが観察されないことから、流入マッハ数と翼列安定性との相関はかなり強いと想像される。そこで、風洞側壁の吸い込み量を調節して翼列流入マッハ数を変化させ、流入マッハ数の翼列安定性に与える影響を調べてみた。図3に最大空力仕事と流入マッハ数および圧力比の関係を示す。失速限界線に沿って流入マッハ数の影響を見ていくと、マッハ数が増加するにつれ一旦は空力仕事は増加するが、ある時点を越えると今度は下がるようになる。始めのうちはマッハ数の増加にともない衝撃波が強くなって、生ずる非定常空気力も大きくなるのだが、マッハ数が高くなり過ぎると衝撃波と境界層との干渉が顕著になり、大きな非定常空気力を発生し得なくなる。また、高い流入マッハ数では不始動状態が存在し得ないことも、流入マッハ数の増加が翼列安定性を高める原因と考えられる。

図3:peak instability vs. Mach number and pressure ratio
解析結果および考察

 翼列フラッタ計算では、流入マッハ数、圧力比などの流体力学的パラメタ以外に、振動周波数および翼間位相差という2つの変数が加わるため、膨大な計算量の解析を行なう必要がある。そのため本研究では、非線形オイラー方程式をそのまま時間進行法で解く非線形解析法と、非定常擾乱項が定常場に比べて微小であるという仮定のもと、方程式を線形化してから解く、高速な線形解析法を確立し、各手法の特性を活かして、多様な衝撃波形状下における翼列フラッタの安定性解析を行なった。両手法ともに、支配方程式をdeforming grid上で離散化して解き、入口・出口境界には線形オイラー方程式に基づく無反射条件を適用している。また、翼間位相差を考慮して周期境界条件を与えることにより、単独翼間流路のみの計算で、すべての翼が一定の翼間位相差をもって振動している流れ場をシミュレートできる。

 本解析で着目している流れ場は(1)前縁離脱衝撃波を伴う場合、(2)翼間垂直衝撃波を伴う場合、と(3)翼後縁から衝撃波を発生している場合の3種類であり、3種の流れ場の特徴的な違いは、強い衝撃波の足が(1)の場合は背側のみ、(2)の場合には背と腹の両側に(3)の場合には腹側のみに存在するということである。

 2次元計算の場合、流入マッハ数が1から1.15ぐらいまでの限られたマッハ数範囲でしか、離脱衝撃波は存在しえなかった。流入マッハ数が高い状態で背圧を高めると、前縁から離脱した衝撃波はとどまることなく上流へ移動し、周期境界条件を課した計算では収束解が得られなくなる。高い流入マッハ数で不始動状態を得られないということは実験での観察と一致しており、不始動状態は限られた流入マッハ数範囲でしか存在しないと考えられる。

 線形解析法と非線形解析法との比較から、衝撃波の発生・消滅をともなう本質的に非線形な非定常流れの解析には非線形手法を使う必要があるが、衝撃波の動きが微小であると考えられる流れ場においては両者の解は十分な精度で一致することが確認された。また、標準的なtip断面の翼列を用いて行なった数値実験の結果から、フラッタ発生に翼振動振幅が影響している可能性は低いことが明らかとなった。そのため、主として線形解析を使って衝撃波形状と翼列安定性との関係を調べた。

 一般に曲げ振動フラッタというと翼弦に対し垂直方向の並進振動として扱われる場合が多いが、翼列内に強い衝撃波が存在する場合、翼列安定性は振動方向の影響を顕著に受けることが明らかとなった。図4左に始動流れの場合の振動方向(翼列軸方向からの角度)の影響を示す。このとき翼後縁から強い衝撃波が発生し、隣接翼の腹側へ伸びているのだが、明らかに振動方向が周方向に近いほうがフラッタを発生しやすい。この流れ場において主要な励振源は腹側の衝撃波付着点であり、翼弦方向の振動が加わると衝撃波での空力仕事を際立たせることになる(図4右)。

図4:Effect of oscillation direction(RF:Reduced Frequency,:interblade phase angle)

 後縁に衝撃波がある状態から回転数を保ったまま背圧を高めていくと、後縁衝撃波は徐々に上流側へ移動し翼間垂直衝撃波となる。このとき背・腹ともに衝撃波付着点が存在し、それぞれの付着点で大きな空力仕事を生み出す(図5左)が、その仕事は互いに異符号であり、翼全体としては不安定とならない。ところが、さらに回転数と圧力比を調節して背側にのみ衝撃波付着点がある状態(不始動状態)をつくり出すと、再び曲げフラッタが発生する。このときの励振源は離脱衝撃波の足と腹側の亜音速部の非定常空気力である(図5右)。

図5:Local aerodynamic work(=30°RF0.1)

 このように衝撃波形状は翼列安定性を考える上で重要であり、強い衝撃波の足が翼の腹側のみ、あるいは背側のみ(不始動状態)に存在する流れ場のとき曲げモードフラッタは発生しやすい。

 また、不始動状態のときには特に翼列背圧の影響を顕著に受け、背圧の大小により前縁衝撃波の離脱距離やその強さが変化し、翼列安定性が急変することも見出している(図??)。

図6:Effect of back pressure
結論

 実験と計算とともに、低振動数のforward travelling waveの範囲の翼間位相差で曲げフラッタが発生することが確認され、衝撃波付着点の移動によって生ずる非定常空気力が主要な励振源となっていることが分かった。翼列安定性は衝撃波形状と関連性が高く、overspeedの領域で観察される曲げフラッタは翼後縁から強い衝撃波を発生している流れ場と、中間スピードのサージライン寄りで観察される曲げフラッタは不始動状態と関係している可能性が高い。また、強い衝撃波をともなう流れの場合、翼列安定性は振動方向の影響を顕著に受けるため、単純に翼の固有振動数を上げるだけでなく翼の振動方向を変化させることにより翼列フラッタの発生を回避することができることも明らかとなった。不始動状態では、わずかな背圧変化により翼列安定性が急変することも計算で捕らえられ、このことは実機試験で観察されているsteepなフラッタ境界と関連していると考えている。

審査要旨

 修士(工学)柴田貴範提出の論文は、「遷音速翼列フラッタに関する研究」と題し、7章から成っている。

 近年、ジェットエンジンのファンや圧縮機の高負荷大容量化の要求にともない、大弦長、薄型、低キャンバー翼が多用されるようになっている。そのような翼列が部分負荷である遷音速状態で作動する場合、曲げモードの翼列フラッタが発生し、圧縮機性能を落とさずにいかにこのフラッタを回避するかが重要な課題となっている。

 遷音速翼列フラッタにおいて、翼列内の衝撃波変動により生ずる非定常空気力が、翼振動の安定性を決める上で重要な役割を果たすことは、これまでに指摘されている。しかし、具体的にどのような流れ場でフラッタが発生するのか、あるいは、その主要な発生機構は何かについて、未解明な点が多いのが実情である。

 本論文で著者は、翼列内に強い衝撃波を含む非定常流れ場を対象に、数値計算と風洞実験による解析を行い、翼列の曲げモードフラッタに関し、各種パラメタの変化に対する特性を明らかにするとともに、曲げモードフラッタの発生と衝撃波形状の関係を解明することに成功している。

 第1章は「序論」であり、遷音速翼列フラッタに関するこれまでの研究を概観し、本論文の研究の背景と目的を明確にしている。

 第2章の「風洞実験」では、実験設備や計測法について説明し、風洞実験によって得られた結果を考察している。実験には2次元直線翼列風洞を用い、影響係数法を利用した翼列振動の安定性解析を行っている。それにより、翼列前後の圧力比の増加は曲げフラッタの発生を助長すること、一方、振動周波数の増加はフラッタ発生を抑制する効果があること等を確認している。また、流入マッハ数を変化させた実験により、特定範囲の流入マッハ数において空力弾性的な不安定性が強まることを示し、境界層剥離などの強い粘性の効果はかえってフラッタを発生しにくくすることを示唆している。

 第3章の「解析手法」では、オイラー方程式を時間進行法で直接解く非線形解析手法と、定常項に対し非定常擾乱項を線形化する線形解析手法について説明している。特に、線形オイラー方程式から得られる衝撃波の非定常空力仕事に関し、衝撃波の全非定常空力仕事は、衝撃波捕獲法あるいは衝撃波適合法などの衝撃波の取扱い方には依存しないことを明らかにしている。また、この種の非定常翼列計算で問題となる入口、出口境界での非定常擾乱の無反射条件についても言及している。

 第4章の「解析手法検証」では、第3章で提示された解析手法の正当性を検証し、本研究の解析手法は、線形・非線形手法ともに精度の高い予測能力があることを確認している。また、衝撃波を含む流れ場における線形化の妥当性と、翼列共鳴現象による適用限界を検討している。

 第5章は「遷音速振動翼列の基本特性」と題し、強い衝撃波を含む翼列の非定常空力特性の概要について、解析結果をもとに考察している。曲げモードの振動翼列安定性は、流れ場や翼間位相差、振動周波数に強く依存するだけでなく、並進振動の振動方向の影響を顕著に受けることを指摘している。即ち、曲げモードフラッタは、主として正の翼間位相差で発生すること、また、翼の振動方向が翼弦に垂直な方向から翼列方向寄りに変化するほどフラッタが起こりやすくなることを示した。また、衝撃波を含む流れ場の非線形性の立場から、空力仕事の振動振幅依存性に関しても調べている。結果的には、安定性が問題となる振動方向や翼間位相差における振幅依存性が小さいことから、微小振幅近似に基づく線形の安定性解析によって、フラッタ境界の適切な予測が可能であるとしている。

 第6章の「考察」では、衝撃波形状と翼列振動の安定性との関係について考察している。それによると、過回転数領域で観察される曲げモードフラッタは翼後縁から強い衝撃波を発生するような流れ場と関連しており、一方、中間回転数のサージ線寄りで観察される曲げモードフラッタは翼列の不始動状態と関連している。そして、いずれの場合もフラッタ発生には衝撃波付着点の空力仕事が支配的な役割を果たすことが示されている。また、不始動状態のフラッタ発生には翼列の背圧が特に重要であり、わずかな背圧変化によって空力仕事が急激に変化する事実も明らかにしている。

 第7章は「結論」で、各章で得られた結論をまとめている。

 以上を要するに、本論文は遷音速翼列フラッタに関して、オイラー方程式に基づく数値解析と直線翼列を用いた風洞実験を行い、振動翼列における衝撃波の役割を明確化することを通じて、高負荷、中・高回転数領域における曲げモードの翼列フラッタ発生機構を解明したもので、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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