修士(工学)柴田貴範提出の論文は、「遷音速翼列フラッタに関する研究」と題し、7章から成っている。 近年、ジェットエンジンのファンや圧縮機の高負荷大容量化の要求にともない、大弦長、薄型、低キャンバー翼が多用されるようになっている。そのような翼列が部分負荷である遷音速状態で作動する場合、曲げモードの翼列フラッタが発生し、圧縮機性能を落とさずにいかにこのフラッタを回避するかが重要な課題となっている。 遷音速翼列フラッタにおいて、翼列内の衝撃波変動により生ずる非定常空気力が、翼振動の安定性を決める上で重要な役割を果たすことは、これまでに指摘されている。しかし、具体的にどのような流れ場でフラッタが発生するのか、あるいは、その主要な発生機構は何かについて、未解明な点が多いのが実情である。 本論文で著者は、翼列内に強い衝撃波を含む非定常流れ場を対象に、数値計算と風洞実験による解析を行い、翼列の曲げモードフラッタに関し、各種パラメタの変化に対する特性を明らかにするとともに、曲げモードフラッタの発生と衝撃波形状の関係を解明することに成功している。 第1章は「序論」であり、遷音速翼列フラッタに関するこれまでの研究を概観し、本論文の研究の背景と目的を明確にしている。 第2章の「風洞実験」では、実験設備や計測法について説明し、風洞実験によって得られた結果を考察している。実験には2次元直線翼列風洞を用い、影響係数法を利用した翼列振動の安定性解析を行っている。それにより、翼列前後の圧力比の増加は曲げフラッタの発生を助長すること、一方、振動周波数の増加はフラッタ発生を抑制する効果があること等を確認している。また、流入マッハ数を変化させた実験により、特定範囲の流入マッハ数において空力弾性的な不安定性が強まることを示し、境界層剥離などの強い粘性の効果はかえってフラッタを発生しにくくすることを示唆している。 第3章の「解析手法」では、オイラー方程式を時間進行法で直接解く非線形解析手法と、定常項に対し非定常擾乱項を線形化する線形解析手法について説明している。特に、線形オイラー方程式から得られる衝撃波の非定常空力仕事に関し、衝撃波の全非定常空力仕事は、衝撃波捕獲法あるいは衝撃波適合法などの衝撃波の取扱い方には依存しないことを明らかにしている。また、この種の非定常翼列計算で問題となる入口、出口境界での非定常擾乱の無反射条件についても言及している。 第4章の「解析手法検証」では、第3章で提示された解析手法の正当性を検証し、本研究の解析手法は、線形・非線形手法ともに精度の高い予測能力があることを確認している。また、衝撃波を含む流れ場における線形化の妥当性と、翼列共鳴現象による適用限界を検討している。 第5章は「遷音速振動翼列の基本特性」と題し、強い衝撃波を含む翼列の非定常空力特性の概要について、解析結果をもとに考察している。曲げモードの振動翼列安定性は、流れ場や翼間位相差、振動周波数に強く依存するだけでなく、並進振動の振動方向の影響を顕著に受けることを指摘している。即ち、曲げモードフラッタは、主として正の翼間位相差で発生すること、また、翼の振動方向が翼弦に垂直な方向から翼列方向寄りに変化するほどフラッタが起こりやすくなることを示した。また、衝撃波を含む流れ場の非線形性の立場から、空力仕事の振動振幅依存性に関しても調べている。結果的には、安定性が問題となる振動方向や翼間位相差における振幅依存性が小さいことから、微小振幅近似に基づく線形の安定性解析によって、フラッタ境界の適切な予測が可能であるとしている。 第6章の「考察」では、衝撃波形状と翼列振動の安定性との関係について考察している。それによると、過回転数領域で観察される曲げモードフラッタは翼後縁から強い衝撃波を発生するような流れ場と関連しており、一方、中間回転数のサージ線寄りで観察される曲げモードフラッタは翼列の不始動状態と関連している。そして、いずれの場合もフラッタ発生には衝撃波付着点の空力仕事が支配的な役割を果たすことが示されている。また、不始動状態のフラッタ発生には翼列の背圧が特に重要であり、わずかな背圧変化によって空力仕事が急激に変化する事実も明らかにしている。 第7章は「結論」で、各章で得られた結論をまとめている。 以上を要するに、本論文は遷音速翼列フラッタに関して、オイラー方程式に基づく数値解析と直線翼列を用いた風洞実験を行い、振動翼列における衝撃波の役割を明確化することを通じて、高負荷、中・高回転数領域における曲げモードの翼列フラッタ発生機構を解明したもので、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |